魔王討伐に貢献したオークの英雄、数百年後の世界で人間の女戦士を嫁にする   作:京谷ぜんきまる

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第69話 オークの少女ゼフラ

 

 ハイオークたちの足音が遠ざかっていく。

 静寂が戻ったフロストパームの木蔭にゼフラと呼ばれていたオークの少女は逃げることも無く、手を差し伸べたバルカの手を取ることも無く佇んでいる。

 

「バルカ、あいつら、大穴の方向へ向かってマス。プローブ・アイをがっつり張り付かせときましょーカ?」

「気づかれないか?」

「あいつらハイオークとか自称してる割りにレベルあんまり高くなかったから大丈夫デショ。もういっそ、このまんま当初の予定を前倒しにしてプローブ・アイを一体、地底界まで潜行させますかね?」

「じゃあ、そうしてくれ」

 

 ギデオンの提案に、簡潔に答えながらバルカはゼフラの様子を伺う。

 

(歳は……十五、六歳ぐらいか?)

 

 ゼフラは武器を携帯しておらず、防具や衣服の面積はナキムのように必要最低限といった姿だ。

 オークにしては背が低く、極端に短い黒髪と深い赤紫色の瞳が印象的だ。

 ゼフラはじっとバルカの顔を見つめていたかとおもうと、両手でバルカの手をぎゅっと握り、頭を垂れた。

 

「どうした? 何か言いたいことがあるのか? そうじゃないなら今からでもザズ達を追いかけてもいいんだぞ?」

 

 バルカがそういうとゼフラは激しく首を振る。

 

「バルカ。まずはウォルシュ達のところへ戻らないか?」

「そうだな……」

 

 メトーリアに促され、バルカはゼフラの手を引きながら野営地に戻ることにした。

 

 跪いていたナキムは立ち上がり、首を傾げてバルカとゼフラを見つめた。

 無礼を働いた別の群れの、見知らぬ女を、まるで自分の群れに入れようとするかのようなバルカの行為に、言葉が理解できない彼女は、困惑と警戒感を抱いていた。

 灰褐色の肌は緑色に戻っていたが、まだ微かに光沢を放ち、戦いの余韻を残している。

 ビオンがそっと近づき、ナキムの肩に手を置いた。

 

    ×   ×   ×

 

 見知らぬオークの少女を連れて戻ってきたバルカ達にネイルやウォルシュ達は驚いた。

 地底界からやって来たオーク……ハイオーク達と遭遇し、戦闘になったことなどを説明するとネイルが驚いてナキムを見つめる。

 ネイルは地底界での縄張り争いに負けて地上に追放され、呪いに汚染されたオークだ。

 退化の秘法の効果を抑制する薬のおかげで、自分の過去を思い出したといっても、ネイルにとってそのころの記憶はおぼろで、はっきりしていない。

 だが苦い記憶である事は間違いないのだろう。目を細めて、ゼフラを見据えていた。

 

 バルカはゼフラに焚き火の側に座るよう促した。

 

「まずは座ってくれ」

 

 そう言ってバルカ自身も座ろうとするが、ずっとゼフラの手を握ったままなのに気がつく。

 

(無意識にずっと握ってた……俺としたことが)

 

 バルカは咳払いをしてゼフラの手を離すと、まず自分が腰を落として胡座をかく。

 周囲のオークや人間達も座るのを見て、やっとゼフラも座った。

 

「改めて自己紹介しよう。俺は群れ長のバルカ。人間達はアクアルという領国からやってきたひとたちだ。俺たちはアクアルと協力関係にある。アクアルの長……領主は隣にいるメトーリアだ。ええと、俺とメトーリアは、番の契りを交わしている。こっちは俺の補佐をしてくれているネイル。それからナキムとビオン、このふたりは番だ。メトーリアの肩に座っているちっこいのは機械精霊のギデオン。ちとうるさい奴だが気にしないでくれ」

「ヒドイ!」

 

 ゼフラはそれまでずっと放心したように、遠慮がちに目を伏せていたが“メトーリアと番の契りを交わしている”というバルカの言葉を聞くとハッと顔を上げた。

 

 ゼフラは驚き、そして困惑しているようだった。だがすぐに俯く。

 メトーリアは一瞬ではあったが、じっとオークの少女に見つめられ、なんとなく居心地が悪くなった。

 ゼフラの態度は終始おとなしく、他のハイオーク達が見せていたような敵意は全く感じられない。

 人間の女である自分への視線にも敵意や、蔑みは無かったが……。

 

(だが、なんだろうか……)

 

 ゼフラの視線に、違和感というか、なにやら探るような気配を微かに感じ取ったからだ。

 だが、これはバルカと番であるという事が本当では無いため、自分がそう感じただけだろうか……と結論づけ、メトーリアは気にしないことにした。

 

「お前の名前は、ゼフラと呼ばれてたよな? ザズって奴に」

「はい」

「なんで撤退していくザズ達についていかなかったんだ?」

「あ、あたし……ザズたちと一緒に戻りたくなかったんですっ」

 

 バルカとメトーリアは顔を見合わせた。ゼフラは震えながら、言葉を続けた。

 

「グラント氏族は他の氏族を支配していて……私は呪い酒の採取役に選ばれて、怖かったんですッ。だからバルカ様、私をどうか囲ってください! 召使い――いいえ、物扱いでも奴隷でも何でもいいです!」

 

 身を寄せながら、必死に言いすがるゼフラにバルカは唖然とした。

 

「あ、で、でも、その、群れ共用の性奴あつかいだけはご勘弁を……」

 

 

 ……などと言い出す始末。

 メトーリアやアクアル隊の面々はゼフラの言動から地底界のオーク社会というものがかなり野蛮なのでは……と、色々と想像してしまう。

 バルカに出会う以前に抱いていたオーク観と符号するので、ウォルシュなどは妙に納得した声を上げた。

 

 

「何というか……これぞオーク! って感じですな」

「いや、違うからな!? ゼフラ、普通に群れの一員にしてやるから!」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます」

 

 その場で土下座し、平伏するゼフラ。バルカはとにかく話を先に進めることにした。

  

「いいから顔を上げてくれ……地底界のハイオークと名乗ってる者たちは地上を汚染している呪いがどんなものかを知っているのか?」

「はい。水が“退化の秘法”で汚染されて、飲むと頭が馬鹿になって言葉が話せなくなります」

「……そんな呪いにかかったフロストパームの酒をどうして採取するんだ?」

「グラント氏族長ギルベーダに逆らった者を罰するためです。あと奴隷にも飲ませたりしてます……」

「奴隷か。ギルド同盟圏においては表向きは禁止されている制度だ」

 

 レギウラに隷属状態であるアクアル領主としては思うところがあるのか、メトーリアはポツリと呟いた。

 

「昔のオーク国に奴隷制度は確かにあった。でも、魔王討伐戦時に種族間同盟が結ばれると、廃止されたはずなんだがな……」

 

 ゼフラは少し困惑したような顔をする。

 

「バルカ様は……本当に地上の下級オークを率いてらっしゃるのですか?」

「ああ、つい最近だけどな」

「でも呪いが……」

「俺は呪いやデバフに耐性があるから効かないんだ。それから、呪いの抑制薬も作った。ネイルはそのおかげで少し共通語が話せるようになってる。な? ネイル」

「オル。すべて長バルカのおかげ。ニド・ヒム(肉の紐)、ニド・ヒムが集まってできるゴウル・ウルド(魔物)、ぜんぶたおした」

「呪いの薬……それと、ニド・ヒムって……まさか、触手の魔物のことですか?」

 

 バルカはしばし逡巡した。

 

(全部喋っていいのだろうか……)

 

 地底界のオーク、ハイオーク達はあきらかにフィラルオークを“下級”と見下し、ナキムにも欲情して手を出そうとしていた。あの様子からして、これまでにもフィラルオークに略奪行為を行っていたのでは無いか……と、考えたのだ。

 地底界の安全な水を携行していけば、呪いにかからずに根の谷や湿地帯周辺で数日間の行動はできるだろうから。

 だがゼフラは地底界で幅を利かせているグラント氏族のことを嫌っているみたいだし、群れに引き入れたからには隠す必要も無いと考え、バルカは思い切って事実を伝える。

 

「そうだ、湿地帯に蔓延していた魔物達は俺たちが全滅させた。明日は、地底界へ向かう。退化の秘法による呪いの呪染源を探して、取り除くか、破壊するためだ」

「……っ!」

 

 ゼフラは愕然とし、バルカをまじまじと見つめた。

 

「呪いの発生源はずいぶん前からみんな知ってはいるんです。でも、瘴気が強すぎて正気を失わずに近づけたオークは誰一人いませんっ」

「まあ、なんとかなるだろ。今日はもう遅い。明日に備えて寝よう」

 

 四方の山から吹き下ろす風は冷たい。バルカの一声で皆、立ち上がる。

 携帯式の天幕は三つあったが急遽一つ追加して組み立てる。

 バルカとメトーリア。ウォルシュとハントとニーナ。ネイルとナキムとビオンという風に三組に分かれる。追加された天幕をゼフラにあてがう。

 

 あまりの待遇の良さにゼフラは感激してバルカの手を両手で握ってまた膝をつこうとするのでバルカは慌てて止めさせるのだった。

 ちなみに見張り当番などはない。

 睡眠を取る必要の無いギデオンが担当しているからだ。

 見えないだけでプローブ・アイも周辺を哨戒中のはずである。

 

    ×   ×   ×

 

「では、メトーリア。明日……な?」

「ああ」

 

 地上でのハイオークとの遭遇は予想外だったが、明日の早朝にアルパイスとの魔法通信にバルカが密かに立ち会う約束だ。そのことを短く確認しあうと、二人は横になった。

 

(ギデオン………………)

 

 メトーリアは念話で装備中の、天幕の外にいるであろう機械精霊に密かに呼びかけた。

 

『……』

 

(命令だ。応答してくれ)

 

『も~~~~なんダヨッ!?』

 

(問題ないとは思うが、ゼフラのこと見張っていてくれ)

 

『ほう? ほうほうほう? あのオーク娘、なんか怪しいところがゴザイマシタか?』

 

(ハッキリとしたものではないが……バルカを見るときの彼女の様子に引っかかるものがある)

 

『フゥン……女の勘ってヤツ?』

 

(い、いや、そういうのじゃない。何となく、だ。頼めるか?)

 

『ドーセ、嫌だっていっても“命令”するんでしょ。りょーかいデスヨっ』

 

(……)

 

 メトーリアは目を閉じる。

 想像以上に色々なことがあった一日だったので、気疲れしていたのか、すぐに瞼が重たくなる。

 まどろみに落ちる最中――。

 

(私とバルカが番っていると聞いた時の、私を見る目もそうだったが……)

 

 触手の化け物を滅ぼしたことを教え、退化の秘法も破壊するとバルカが宣言した時。

 メトーリアはゼフラの様子に、ハッキリと違和感を感じたのだ。

 暗殺や隠密のスキルを修めるメトーリアは、アルパイスの命令で他国に潜入したり、身分を偽って諜報活動などを行った経験もある。

 その、影響なのだろうか……。

 平身低頭、バルカに服従しようとするゼフラの言動や身振り行動に、なにか「裏があるのでは……」と感じたのだった。

 

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