魔王討伐に貢献したオークの英雄、数百年後の世界で人間の女戦士を嫁にする   作:京谷ぜんきまる

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第77話 タイタン・アバタール

 湖底の同族の屍が放つ怨念を吸い込み、オークの知性を奪い、弱体化させる呪いを数百年以上にわたって吐き続けてきたベヒーモス・クロキア自身はその間ずっと休眠状態だった。

 

 だが、ベヒーモス・クロキアはときおり夢を見ていた。

 

    ×   ×   ×

 

 自分が何者で、どうしてここにいるのかも、何をしていたのかも今となっては分からない。 頭の中に光が差し込む場所で、見えるものがある。思い出すことがある。

 

 かつては自分たちにとっての獲物でしかなかった、ちっぽけな毛の無いサルや緑色のサル。 ニンゲンやオークがいつのころからか群れをなして、自分たちを逆に狩り始める光景だ。

 オークの攻撃は特に激しかった。

 食べるためでもなく、ただただ殺されるだけの同族たち。

 どんどん奪われていく縄張り。

 

 怒りと絶望が交錯する中、自らの種族の運命を呪い、オークへの復讐を誓う。

 力を貸してくれる者もいた。そいつは今の自分のように同族達の体を大きくしてくれた。

 だが、そいつも今はいない。それでも自分は頭の中に光が差し込む場所で見えるものを見ながら、思い出しながら、怒り、嘆き、そして復讐を誓いつづける。

 同族達の恨みの念を糧として、永遠に呪い続けるのだ

 それを繰り返す中――。

 突如として訪れた変化。

 頭上にかゆみのようなものを感じる。

 そして、存在を感じる。ひどく不快な存在を。

 ――オーク族。

 憎き生き物の匂いを久しぶりに嗅ぎつけて、ベヒーモス・クロキアは眼を開けた。

 闘争本能が数百年ぶりに自分の体を突き動かした。

 水面から浮上したベヒーモス・クロキアは長い尾を水面に打ちつけ、今度は一気に身を沈めた。

 頭の上で踏みとどまっているオークを水底まで引きずり込んでやろうと、潜行する。

 

    ×   ×   ×

 

 凄まじい速度で湖の深みへと落ちていく。途中で、バルカは斧槍を抜いた。

 すでに頭上の光が遠い。かなりの深さだ。雲がかすかな光を覆い尽くしたかのような、暗く冷たい水中で下を見るとさらに暗いぞっとするような深部からベヒーモス化したクロキアが身体を捻って、眼から赤い炎のような光を発しながら、こちらに向かってくるのが見えた。

 ベヒーモスは巨大な口を開けて襲いかかるが、バルカは飛翔機能のある斧槍を推進力にして回避した。

 

 ベヒーモスは何度も襲いかかるが、バルカはその全ての攻撃を避けた。

 業を煮やしたベヒーモスは、身を翻して尾を振った。

 バルカはその攻撃も避けようとする。

 だが、体長の半分を占めるベヒーモスの尾が、まるで独立した生物のように数倍に伸び、鞭のようにしなってバルカに襲いかかった。

 

(避けきれんッ)

 

 バルカは斧槍でテールアタックを防いだ。

 防御には成功したが、ここは足場の無い水中。尻尾に押されて吹き飛ばされる。

 その先にはベヒーモスの顎門があった。

 ベヒーモスのワニに似た口内にある舌に、赤く光る異様な紋様が刻まれているのをバルカは見た。ベヒーモスは飲み込まずに、食いちぎるために、上顎と下顎の鋭い歯でバルカの身体をはさんだ。

 

    ×   ×   ×

 

 歓喜の瞬間だ。ベヒーモス・クロキアは骨肉が裂け、砕ける感触と、口の中に広がる肉と血の味を想像しながら、歯を強く噛みしめた。

 

 ガキン!

 

 直後、感じたのは骨肉が裂け、砕ける食感でも、血肉の味わいでもない。

 なんだこれは。歯に強烈な不快感を感じる

 不快感の正体が、とてつもなく硬いものを強く噛みしめた時と同様の痛みであることに気づき、ベヒーモス・クロキアは混乱した。

 

    ×   ×   ×

 

 バルカはスキルを発動させ、その灰緑色の肌をした身体を黒曜石のような漆黒のすがたに変えていた。

 ナキムの全身防御と同系統のスキルだが、ナキム以上の防御力になっていた。

 バルカを噛み千切れないことに苛立ちのうなりを上げるベヒーモス。

 

 バルカの黒い体表に赤いマグマのような紋様が脈動するように明滅する。

 黒い身体を伝って、右手に握る斧槍の元へと集約していく。

 バルカは斧槍を投擲形態の両刃斧にして無造作に投擲した。

 赤いオーラに包まれた両刃斧は水中なのに、かつてない速度で軌跡を描き、ベヒーモスの片眼に直撃した。

 大量の銀色の空気の泡を吐きながら痛みに悶えるベヒーモスはもう片方の眼でバルカを睨む。

 そして、硬直した。

 バルカの背後に人型の巨大な影がいたのだ。

 それは巨大化し、高密度の霊力によって半実体化したバルカの霊体だった。

 霊体は黒いバルカの身体を彩る赤い紋様と同じ、色をしていた。

 紅蓮の霊体が右拳を打ちだす。水の抵抗が全く影響していない。

 拳がベヒーモスの腹にめり込んだ。

 さらに左右の拳打が雷光のように閃き、ベヒーモスの頭部を殴りつけた。

 ベヒーモスは大打撃に苦しみながらも、本体はバルカである事を感づいているのか腕を交差させて掌をこちらに向けて構えたまま、動かないバルカにむけて巨大な尻尾を振るって攻撃するがバルカの巨大霊体がバルカの前をすり抜けて立ちふさがり、尻尾を打ち払う。

 直後に眼に突き刺さったままの両刃斧が動き、片刃の戦斧形態に戻りながらバルカの手へと戻る。バルカがその斧を持った右腕を振り上げると、バルカの霊体もまた同様の動作をした。

 すると驚いたことに霊体の右手に巨大な戦斧の形をした霊体が生まれた。

 霊体が振るう巨大戦斧はベヒーモスの硬い背中を安々と切り裂いた。

 

    ×   ×   ×

 

 メトーリアは、湖の中で発生していると思しき振動で揺らされ、波打つ湖面をずっと見つめていた。

 

 突如、轟音を立ててさきほどよりも巨大な水柱が上がった。

 

 現れたベヒーモス・クロキアが咆哮を轟かせながらのたうち回る。

 咆哮は最初の猛々しさと違い、悲鳴を上げて泣き叫んでいるかのようだった。

 

 その後ろから巨大な青白い斧を持った紅蓮のシルエットと真っ黒な肌をした男が浮上した。

 空中に上昇して静止した男をメトーリアは呆然と見上げた。 

 

「メトーリア、一応いっときますケド、アレはバルカデスヨ」

 

 メトーリアは何かを言おうとするがベヒーモス・クロキアがこちらに近づいてくるのを見て思わず身構える。

 

「グロォオオッッ」

 

 ベヒーモス・クロキアは全身傷だらけだった。

 すぐに、自分たちを襲おうとしているわけではないことが分かった。

 バルカとその巨大な霊体から逃げようとしているのだ。

 もはや水中に潜る力も無いようで、血塗れで浅瀬に這いつくばりながらも、何度も立ち上がろうとしてもがく。

 

「グオオォ……グロォ……オ……オォ」

 

 空中に浮いていたバルカはそれを見て哀れみの表情を浮かべていたが……やがて戦斧を両手持ちにして高々と振り上げた。

 するとバルカの巨大霊体も、同様の動作をする。

 ――そして、振り下ろす。

 

 呪いの湖に轟音が鳴り響いた。

 

 ベヒーモス・クロキアは頭蓋骨を叩き割られ、脳髄を完全に破壊されて、絶命した。

 

 急激に縮小しながらバルカの身体へと吸い込まれるように消えていく巨大な霊体をメトーリアはただただ呆然と見つめていた。

 

「レ、レバームス卿。あれは?」

「タイタン・アバタール。対ベヒーモス用の戦闘形態に変じたバルカの霊体さ。不完全だけどな」

「タイタン・アバタール用の(ベッセル)ってシェンリーに返還してるんデスヨネ。バルカ、さすがにしんどそうデスネ」

 

 メトーリア達がいるところまでふわりと飛んで、着地したバルカは構えを解く。

 すると赤い霊気を発散させながら肌の色がいつもの灰緑色へと戻っていった。

 水浸しのはずの全身はなぜか乾いていたが、元の姿に戻った途端にふつふつと大量の汗をかき始めたバルカの全身から、茹だっているような水蒸気が立ち上っている。

 体温が異常に高いのだ。

 目は落ちくぼみ、心なしか身体も細って見える。

 これまでメトーリアは、バルカが汗をかくところも、疲れているところも全く見たことが無かった。

 

「だ、大丈夫か?」

 

 と、思わず心配そうな声で聞いた。

 バルカは慌てた。

 

「とりあえずネイル達と合流しよう。腹が、減った……」

 

 湖の浅瀬に横たわる巨獣の骸を背に、バルカはそう呟くのだった。 

 

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