魔王討伐に貢献したオークの英雄、数百年後の世界で人間の女戦士を嫁にする   作:京谷ぜんきまる

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第78話 飲んで、食って、回復につとめる

 

「つまり……退化の秘法の呪物はこのベヒーモス・クロキアそのもので、殺すことで呪いの破壊はもう達成したということか?」

 

 もう仕事は終わったとばかりに、上着を着て軽装鎧を装備しているバルカにメトーリアは言った。

 

「ああ。奴の舌に、赤く光る紋様があった。見覚えがある。あれは退化の秘法の術式が仕込まれた魔方陣だ。完全に破壊したし――見ろ」

 

 バルカに指し示されて、メトーリアはベヒーモス・クロキアの死骸がある方を見た。

 巨大な骸はシューシューと音を立てて煙を発散させながら、急速にやせこけていった。

 その様子を呆然と眺めるメトーリアだったが、似たようなものを見たことがあるのを思い出した――プローブ・アイだ。

 プローブ・アイの死骸に起こる現象。

 あれとそっくりだ。

 

 頑丈そうな外皮が裂けて、溶けて、肉がどんどんそげ落ちていく。骨すらも崩れ去って、あれほどの巨体がまるで存在しなかったかのように、塵となって消え去った。

 

「ベヒーモス・クロキアの反応消失と同時に、退化の秘法の消滅も確認」

 

 ギデオンがいやに真面目にそう報告すると、ベヒーモス・クロキアの体が崩れ去る様子をつぶさに観察していたレバームスが、

 

「ベヒーモス化で強制進化させられた者の末路だ」

 

 と、締めくくるように言った。

 

「あ、でもぉ! 湖のつよーい瘴気は残ったままデス」

 

 元の口調に戻ったギデオンの言葉を聞いて、一同は湖の水面を見つめた。

 無風状態だった先程とは違って、穏やかな風が湖面をなでているが、透明度の高い水は相変わらず地底界の紺碧の空に輝く星や雲を映し出していた。

 一見すると非常に美しい湖だが、残留する瘴気はさらに濃さを増しているように思える。

 メトーリアはプローブ・アイから送られた映像を思い出していた。

 湖底のクロキアの屍が放つ黒い怨念のオーラを。

 レバームスが湖の現状を述べる。

 

「湖底のクロキア達はどうする? 怨念を吸い取るベヒーモス・クロキアという存在がいたから、奴らはあの場所に鎮まっていた。怨念の受け皿だったベヒーモスがいなくなったこの状態。かなり厄介だろ――」

「だから、まずはネイル達と合流して野営だ。とりあえず飯を食って、一晩休まないと」

 

 話を遮られたレバームスは肩をすくめながら、ちらりとメトーリアを見てから戦斧を背負うバルカを見つめた。

 妙に急いでいるようなバルカを見てメトーリアは先程の闘いを思い出す。

 湖の中でどのような戦闘が行われていたのか想像もできないが、湖面から姿を現した全身が黒曜石のような黒い肌になったバルカが巨大化した彼自身の霊体を操ってベヒーモス・クロキアを倒す神話じみた光景……それだけに……。

 

「バルカ、疲れているようだが、もしかしてかなり消耗してるのか?」

 

 心配げなメトーリアの問いにバルカはハッとして、笑みを浮かべながらかぶりを振った。

 

「いやいやいやっ、久しぶりに高位のスキルを使ったのでちょっとは疲れたが、消耗なんてもんじゃない。ただ、さすがに何か食わないとしんどくてな」

 

 そう言うバルカに対して、

 

(それは消耗しているということなんじゃないか?)

 

 と、メトーリアは思ったがそれ以上は何も言わなかった。

 バルカ達は湖を後にし、ネイル達が待機している場所へと急いだ

 

    ×   ×   ×

 

 バルカ達はネイルと合流するなり、すぐに野営の準備にかかった。

 瘴気にあてられていたビオンもハントも、すっかり元気を取り戻していた。

 それでも一応大事を取って瘴気の影響が及んでいなくて、なおかつ土が乾いていて、草などが繁茂していない場所に天幕を張った。

 

 バルカの指示で大きめの焚き火をウォルシュが起こした。

 それも三つ。

 乾いた倒木がそこかしこにあるので燃え種には困らなかった。

 

 バルカはあるだけの干し肉を一つ目の焚き火で炙り、残りの二つで復元粥を鍋からあふれないギリギリの量まで作るよう頼んだ。それから、あるだけのフロスト・パームワイン・スピリッツと一番大きい酒杯、そしてお湯に浸す前の固形物状態の復元粥も二つ。

 

 干し肉担当はハントで、二つの鍋はウォルシュとニーナが担当した。

 

 バルカは胡座をかいて、かなり酒精が強いはずのスピリッツを酒杯に八分目ほど満たして、グイッと飲み干した。そしてピッチャーを傾け、また飲む。

 いつもの飲み方ではない。

 普段のバルカなら間に肴をつまみながら、ぐびり、ぐびり、とやる。

 今は流し込むように一口で飲んでいる。

 すぐにピッチャーは空になった。

 

 やがて干し肉からにじみ出る油と香料の匂いが漂ってくると、食事が始まった。

 バルカは大皿に山盛りの干し肉を見つめながら、ひと切れ取った。二回噛んで、飲み込む。

 

「うむ」

 

 バルカはうなずくと、干し肉を次々に口に放り込んでいった。

 噛むのは二、三回だけ。喉が動いて、次々と嚥下していく。

 大食い揃いのフィラルオーク達でさえ、バルカの食いっぷりに唖然としていた。

 しばらく茫然としていた三人のオークはハッと我に返り、自分たちの分が無くならないうちにと、急いで食べ始めた。

 茫然としたメトーリアの視線に気づいたバルカは、

 

「どうした?」

 

 と訊いた。

 

「そ、そんな食べ方して大丈夫なのか?」

「大丈夫だ」

 

 そう言って今度は固形物状態の復元粥をつまむと、バキリと牙でかみ砕いてから、咀嚼していく。メトーリアは慌てた。

 

「お、おい! それは水分に反応してものすごく膨張――」

「大丈夫だ。そのためにさっき酒をかっくらったんだから」

「いや、意味が分からない……それも、何らかのスキルなのか?」

「まあ、そうだなスキルといえばスキルだ」

 

 はぐらかすような言い方しかしないバルカにメトーリアは釈然としないものを感じる。

 レバームスはそんな彼女とバルカのやりとりを聞きながら、酒をちびちびと飲んでいた。

 

    ×   ×   ×

 

「バ、バルカ!」

「バ、バル!? バル・バル――ゴウル・ウルド!」

「ンオオオ! バルカ・デ・ロカ!」

 

 食事が終わると、ビオンとナキム、ネイルの三人は、ギデオンが空間に投影している青白い幻像をかぶりつきで見ていた。

 かつて無いほど興奮している。

 

「戦闘記録しておくとは、ギデオンもなかなかやるな。」

 

 ギデオンが映し出しているのはベヒーモス・クロキアとバルカの闘いだった。

 

「ネェ~、もういいっショ?」

「ギデオンッ」

「メギ・ギデオン」

「オレも、また見たい!」

「えぇ……まだ見たいのぉ? ハァ~……調子に乗ってリピート再生するんじゃなかっタ」

 

 呪染源たる湖で何が起こったのかをわかりやすく説明するために、バルカに頼まれて記録幻像を映し出したのだが……フィラルオーク達に何度もせがまれて、同じ場面を繰り返し映し出しているギデオンであった。

 ハイオークの少女ゼフラも、一言も喋らず幻像の中の黒い姿になったバルカと紅蓮の巨大な彼の操る霊体に見入っていた。

 

 騒ぎ立てるフィラルオーク達の横で、ウォルシュ達アクアル勢も驚愕して彼ら同様幻像に見入っていた。

 

「なんかの冗談みたいな光景っすね」と、ハント。

「あんなに大きい生き物ってこの世にホントにいるんですね……」

 

 ニーナも呆気にとられている。

 ウォルシュなどはバルカに色々話を聞きたそうだったが、バルカは大量に飲んで食った後は、周辺のジオルミ結晶や空の星が輝きを弱め始める前にはもう天幕の中に入っていた。

 

    ×   ×   ×

 

「バルカ、あの大量の食糧摂取はベヒーモスとの闘いで使ったスキルとやはり何か関係があるのか?」

 

 天幕の中で二人きりになったメトーリアは、体を横たえずに座したまま背筋を伸ばし、眼を軽く閉じたままのバルカを見つめながら訊いた。

 

「……いつもより霊力使ったからな。回復にすこし時間がかかるから、できるだけ肉体の方にエネルギーを蓄えておきたかった」

 

(肉体と霊体に密接な相関関係があるのは私も知っている。しかし……)

 

 思わず、メトーリアはバルカの腹をちらっと見た。

 あれだけの量を飲み食いしたのにもかかわらず、ちっとも膨らんでいない。今バルカは精神を集中しているのか、深く静かな呼吸をしている。腹式呼吸というやつだ。無理をして腹を引っ込めてる様子も無い。

 神のごときレベルに達した超人が川の水をすべて飲み干したり、山を動かしたりするおとぎ話を見聞きしたことはあるが、バルカもできるのだろうか……などということも思い浮かぶ。

 メトーリアはタイタン・アバタールのこと、過去の魔王討伐戦時のベヒーモスとの戦いなど質問したいことが山ほどあった。

 だが、何となくそういった話題に触れて欲しくなさそうなバルカの雰囲気を感じ取ってもいた。

 

「私は先に寝るぞ」

 

 未だ座ったままのバルカにそういうと「分かった」という返事が返ってきた。

 今のバルカは深い瞑想状態だ。

 

「おやすみ、メトーリア」

 

 寝る前の挨拶が自然にバルカの口をついて出ていた。

 今まで就寝時は「寝るぞ」「ああ」とかいった、ぶっきらぼうなやりとりしかしてなかったのでメトーリアは内心ちょっと驚いたが、すぐにふわりとした気分になって、

 

「おやすみ……」

 

と、挨拶を返して眠りについた。

 

    ×   ×   ×

 

 タイタン・アバタール。

 霊体を巨大化するスキルは、本来それに見合う(ベッセル)が必要だ。

 親からもらったこの体とは別の体が。

 しかし、それは今は所持していない。

 まさかの超巨大型の魔物ベヒーモスとの遭遇にやむを得ないとはいえ、霊体を巨大化させ、さらに半実体化させて戦闘に及んだのだが、想像以上に霊力を消耗し、霊体も疲弊していた。

 だからこそバルカは次に直面する問題を予期して、大量の食糧を摂取し、深い瞑想状態に入っていた。

 天幕内の空間が揺らぎ、暗闇の中にギデオンが姿を現した。

 器械精霊が口を開けたのと、目を開けたバルカが指を唇に当てる仕草をしたのは同時だった。ギデオンはバルカの耳元まで音もなく飛んでいって、ひそひそ声で話しかける。

 

「バルカ、湖の方角から多数の霊の存在を感じます。ちなみに闇属性の魔力を帯びてます」

 

(来たか)

 

 バルカはメトーリアを起こさないように、気配を殺したままそっと立ち上がった。

 

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