魔王討伐に貢献したオークの英雄、数百年後の世界で人間の女戦士を嫁にする 作:京谷ぜんきまる
「バルカ、どうするつもりなんデス?」
「お前はメトーリアの側にいてくれ」
熟睡しているメトーリアの寝顔を見ながらギデオンにそう囁くと、バルカは音も無く天幕の外へ出ていった。
× × ×
メトーリアは、目を覚ました。
「ア、起きた。スゴイ」
ギデオンは素直に賞賛の声をあげた。
メトーリアはバルカとお互いの霊体の
バルカの存在をより強く感じるようになったメトーリアの霊体がバルカが離れるのを感知して意識の覚醒を促したのだ。
これはすごいことだと、ギデオンは密かに興奮した。
熟睡状態から、隠密状態のバルカの気配を気取って目を覚ませる者など世界にどれだけいるだろうか。入眠前にメトーリアがバルカのことを心配していたこと、バルカともっと話をしたがってたことも影響しているのかもしれないと、ギデオンは計算していた。
「ギデオン、バルカはどこへ行った?」
メトーリアの質問に対して、ギデオンは正直に答えるべきかどうか一瞬迷った。
バルカは黙っておいて欲しいんだろうなというのは分かる。
しかし、現在自分を装備しているのはメトーリアだ。
「湖がある方角から多数の霊の存在をキャッチしたことを伝えたら、出てったヨ」
「それって、クロキア族の霊かッ」
それ以外の可能性なんて殆ど無いでしょうがと思いながら、ギデオンは自分の見解を述べる。
「まぁ十中八九、クロキアの霊でしょーネ。闇属性の魔力を感じますし、湖底にあった死骸がアンデッド化して活動を始めたんデショウ」
メトーリアはレイスやゾンビ、スケルトンといったアンデッド・モンスターと遭遇したことがあるのだろうか?
自問した直後に“あるだろう"とギデオンは断定する。
十数年前までリザードと戦争していたのだ。戦場跡などではアンデッドは発生しやすい。レギウラ国内のアンデッド討伐クエストなどに何度かは駆り出されているはずだ。
「あいつ、何で武器を持たずに行ったんだ!?」
「それは――」
質問しておきながらメトーリアは自分の長剣を掴み、少し迷った後でバルカの戦斧も手にして天幕を飛び出していった。
さっきのは質問だったのか? それともただの独り言か?
どう反応していいか困るのでああゆう言葉の発し方は止めてもらいたいな――と思いながらギデオンは空中で身を翻して、メトーリアの後に続いた。
× × ×
メトーリアは長剣を腰に携え、バルカの戦斧を片手に持って湖の方角へ走った。
非常に重いはずの戦斧はなぜか自分の剣と同じくらいに軽く感じた。
(この戦斧には霊が宿っているとバルカは言っていたが……私とバルカの霊体の繋がりが影響しているのか? いや、それよりもッ)
なぜ、アンデットとの戦いに武器を携行せずに行ったのか。
これがメトーリアには理解できない。ベヒーモス・クロキアとの戦いで初めて見たバルカの疲れた顔を思い出す。
メトーリアはバルカの身を案じ、彼が無理をしているのではないかと考え、全力で走った。
「オーゥ! バルカのめちゃ重アックス持ってるのに速いっデスね。以前よりスピードアップしてない?」
ギデオンは飛行をやめてメトーリアの肩にしがみついていた。
「バルカが霊体を治療してくれてから、私のレベルは上がっている。それにしてもギデオン、お前の探知能力はすごいな。私にはまだクロキアの霊の存在は感じ取れない」
「フフーン……ま、プローブ・ツーを哨戒させてたから察知できたんだケドネ。ン? まてまて、じゃあアンタ、今何を目標にして走ってんの? イヤ、方角は合ってるけどサ」
「バルカのいる場所は何となく分かる」
やがて湖から漂ってくる瘴気を感じ取れる場所まで来たとき、木々の根元にあるジオルミ結晶の淡い光に照らされているバルカの背中が見えた。
そして――。
バルカが既に、クロキアのアンデッドの大群と向かい合っているのがわかった。
プローブアイから送られてくきた湖底に積み重なっていた無数のクロキアの死骸。
それらがみな眼窩に赤い光を灯して立ち上がっている。
腐敗臭漂うゾンビ・クロキア。
闇の魔力で組み上げられた動く骸骨、スケルトン・クロキア。
これら達に囲まれると、身長二メートルを超えるバルカの巨躯が小さく見えた。
ベヒーモスに比べると小さいがそれでも、みな体高五、六メートルはある。
しかもその数は少なくとも百体以上!
クロキアの形をした煙のような影のようなモノもいる。
おそらくレイス。 実体を持たない死霊だ。
こいつが一番数が多い。無数のレイスが空中を漂っていた。
「これ以上近づくのは止めといた方ががいいですヨ」
バルカに駆け寄ろうとするメトーリアをギデオンが止める。
「しかし――」
「バルカが武器を置いていったって事は使う必要がないと判断したからデス」
「どうするっていうんだ?」
× × ×
バルカは、タイタン・アバタールを使用したときになった黒曜石のような黒い肌をした形態に変じながら、彼らに語りかけた。
「俺はここだ」
ゾンビは怨嗟の咆哮。スケルトンは骨をカタカタと打ち鳴らし、レイスは悲鳴のような叫びを上げながらバルカに殺到した。
ゾンビ・クロキアは、バルカの頭を、腕を、噛みちぎろうと大口を開け、レイス達はバルカの霊体に接触して力を吸い取ろうとするが、バルカの体は傷一つ付かない。
スケルトン・クロキアの爪が空気を切り裂きながら迫る。爪はバルカの皮膚を引き裂こうとするが、鋼の刃のような鋭さのある攻撃も通じなかった。
衣服すら破れていなかった。
バルカの黒い体から迸る赤い闘気が放射線状に広がると、アンデッドの群れはなねとばされた。もはや近づくことさえできなくなったクロキア達に向かってバルカは低い声で一喝した。
「聞け!」
声には狂暴なアンデッド達に届く力が込められていた。
スケルトンやゾンビは金縛りになったように停止し、バルカの放つオーラの力が及ぶ範囲外でぐるぐると旋回していたレイス達も空中で凍り付いたかのように静止した。
「オーク族の呪いを解くため、お前らの怒りや恨みを一身に引き受けていたお前達の同族を、俺は殺した。その事で俺は許しは請わないし、謝るつもりもない!」
バルカの言葉は通じているのか……ゾンビ・クロキアはその屍肉を震わせ、スケルトンはカタカタと歯を噛み鳴らし、レイス達は鋭く甲高い、狂暴な叫びをあげる。
「だが! お前達はあの戦いで、魔王側につく理由があった。その原因は俺たちオーク族や人間にあるッ」
× × ×
そうだそうだと言わんばかりに、アンデッド達はバルカの言葉に、さらに激しく反応した。
……だがこちらの全ての動きをいとも簡単に、完全に封じているバルカに恐怖もしているようだった。
特に集合霊と化していたレイス達は、
(数百年ももがき続けたというのに、このたった一人のオークはいとも簡単に我らを消滅させることができる!)
そう思い至ったのだ。
× × ×
「だから、俺だけはお前達の呪いにつき合おう! 恨みが洗い流される場所に行くまで、俺についてこい!」
バルカの声は力強く、ジオルミ結晶や夜空の星の光に包まれている薄暗闇を切り裂くように響き渡った。
その言葉には、過去の戦いの重みと、クロキア族への複雑な感情が込められていた。
赤い闘気はまるで炎の幕のように周囲を包み込んでいたが、バルカが戦闘態勢を解くとゆっくりとその気質を変えていく。
後に残ったのは生命力みなぎる比類無き強靱な灰緑色の肉体と、莫大な霊力を蓄えた霊体だ。
アンデッド達は一瞬、まるで時間が止まったかのように静まりかえった。
バルカの言葉に心打たれたのではない。
だが、バルカの提案はあまりにも意外だったようで、縛り付けていた力が消えた後も動こうとしない。
空中にクロキア達の霊的な光が揺らめいた。
バルカの霊気はその光に触れ、揺さぶった。
やがて――。
ゾンビの体が崩れ落ち、腐肉が泥のように地面に溶け込んでいった。
スケルトンの骨は粉塵のように砕け散り、風に舞う塵となって消え去った。
後に残ったクロキアの霊達は、レイス達と共に青色に縁取られた白い光となって、バルカへと吸い寄せられるように集まっていった。光はバルカの周囲を旋回し、やがて静かに彼の体内へと吸い込まれていき、完全になくなった。
「さすがに、ちょっと重たいな」
そう独りごちるバルカに、それまで黙ってみていたメトーリアは声をかける。
「バルカ」
「み、見てたのかメトーリア」
「今、何をやった?」
バルカはメトーリアが握っている自分の戦斧をちらりと見た。
その視線に気づいたメトーリアは戦斧をバルカに手渡した。
戦斧の反り返った牙のような刃先を見つめながらメトーリアの質問に答えた。
「ほとんど自我がない怨霊だとしても、霊気をおびた武器で攻撃して、消滅させるようなむごい真似はしたくなかったんだ。だから取り憑かせた」
「!? あれを全部、憑依させてるのか!?」
「心配すんな。ハハハ、さすがにちょっとしんどいがな」
× × ×
天幕のある場所まで、バルカと一緒にメトーリアが戻ると、レバームスが外に出ていた。
「おや、もう帰ってきたのか」
レバームスの驚いたふりをした声に、バルカは小さくうめいた。
「メトーリア、バルカとちょいと話がある。借りていいか?」
レバームスの言い様にメトーリアはちょっと面食らった。
(別に私の許可がいることではないだろうっ)
バルカはなぜか少しほっとしたように、
「メトーリア、話が長くなったら、今日はそのままあいつの天幕で寝るかもしれん」
と言うので、メトーリアは「わかった」と返事を返して、自分の天幕の中に戻った。