魔王討伐に貢献したオークの英雄、数百年後の世界で人間の女戦士を嫁にする   作:京谷ぜんきまる

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第82話 オークの都モーベイ

 光環が夜の終わりを告げる。

 地上界ではありえない晴天に輝く星明かりや、巨木の幹や根元に一見めり込むようにして生えているジオルミ結晶の光が混ざり合う中、メトーリアは野営地へと戻った。

 

 設置してある五つの天幕のうち、自分(とバルカ)の天幕の前にゼフラが立っていた。

 ゼフラが自分に気づかず、じっと天幕を見つめている様子を見て、メトーリアの胸はざわついた。

 ゼフラの瞳にはある種の決意が宿っていた。だがそれが何なのか。

 バルカに対する想い……あるいは期待のようなものだろうか……分からない。 

 

 極端に短い黒髪と深い赤紫色の瞳をもつオークの少女ゼフラが何歳なのかは知らないし、そもそもメトーリアはオークの成人年齢すらわからない。

 ただ、バルカやネイルたちフィラルオークが彼女を子供として扱っているのは確かだ。

 

 ゼフラは他のオークよりも淡い緑色の肌をしている。

 バルカもフィラルオークより薄い灰緑の肌をしているがゼフラはさらに緑の色素が薄い。

 遭遇した他のハイオークたちはフィラルオークとほぼ変わらなかったので、ゼフラの特徴なのだろう。

 オークらしい逞しい体つきだが、同じ女性オークのナキムと比べたらその筋肉量は少ない。

 だが、その分手足が長く見えて、しなやかなスタイルをしていた。

 オークは皆、歩き方や身のこなしが戦士のそれだが、ゼフラはそれよりも軽やかだ。

 道中もあまりしゃべらずおとなしいゼフラだが実は、

 

(かなりの遣い手のようだ。私のような戦い方をするのかも……)

 

 などと思いつつ、メトーリアは周囲を見回した。

 他の者はまだ寝ているのか天幕からは誰も出てくる気配がない。

 ゼフラはバルカが出てくるのを待っているのだろうか?

 

「……おはようゼフラ」

 

 ゼフラは振り向き、驚いた表情で、人間女性としてはかなり背が高いメトーリアの顔を見上げた。

 

「メ、メトーリア様。おはようございます」

「こんな――夜が明けたばかりの時間に、どうした?」

 

 地底界は夜が終わるとすぐに真昼のような明るさになるので、朝と言うのも何やら違和感がある気がして、メトーリアは自分なりに言葉を選んでゼフラにそう聞いた。

 詰問調にならないようにさりげなさを装おうとしたが、二人きりで話すのは初めての事だったので、口調はぎこちなくなる。

 ゼフラは神妙な面持ちで答えた。

 

「あの、バルカ様はまだ天幕の中に?」

「今バルカはレバームスの天幕にいる」

「え」

「バルカに何か用なのか?」

 

 なぜレバームスの天幕にいるのかといった説明は省いて、メトーリアは単刀直入に聞いた。

 

「……バルカ様に、お願いがあるのです」

 

 少し迷った末、ゼフラはそう告げた。

 

「わかった。一緒に行こう」

 

 ゼフラを連れてメトーリアがレバームスの天幕の前に行くと、バルカとレバームスが外に出てきた。

 

    ×   ×   ×

 

 挨拶もそこそこに、バルカの前に進み出て来たゼフラは両膝をついて言った。

 

「昨日、湖の化け物を倒す姿を魔法の映像で見て、あなた様が本当に魔王討伐戦の英雄バルカーマナフの生まれ変わりだとはっきり分かりました」

「あ~……うむ」

 

 “生まれ変わりじゃなくて本人なんだけどな”という言葉を飲みこんで、バルカは頷いた。

 

「そんなバルカ様に、会って欲しい方がいるんです」

「俺に? 誰を?」

「私の氏族を束ねる氏族長ラケーシ・ルサイド様です」

「ルサイド!?」

 

 バルカの目が驚きで大きく見開かれる。

 

「ルサイド氏族は……まだ存続してるのか? 縄張りはオークの都モーベイの周辺だったはず。まさか、モーベイも健在なのか?」

「は、はい」

 

 バルカとレバームスが視線を交わす。

 

「つまり……地上界にいるオーク全てが退化の呪いに掛かっていたわけじゃなかったんだな」

 

 レバームスが確認するような問いにゼフラは頷く。

 

「はい。ただ、険しい山を越えて南や西へ行くと、水の呪いにかかってしまいます。北の大地に閉じ込められて、モーベイやその周辺に住むルサイドオークはいつも食糧不足に苦しんでいます……」

 

    ×   ×   ×

 

(ルサイド……聞き覚えがある)

 

 メトーリアは記憶の糸をたどる。

 四百三十年前のオーク君主エルグの妻の姓がルサイドだったはず。たしか名前は……ゼラ・ルサイド。

 ゼラの姿をメトーリアはワールドノードの霊脈回廊が見せた幻影で見ている。

 口元を布で覆い、大きな目でバルカを見つめているのだろうその表情はどことなく心配そうだった。

 そして、その瞳がゼフラと同じ赤紫色で、肌も淡緑色だったことに思い至る――。

 

    ×   ×   ×

 

 様々な感情が心の中に押し寄せてくるのを抑えながら、バルカはゆっくりと尋ねた。

 

「俺の——オリジニー氏族もまだある?」

「い、いえ」

「…………だろうな」

 

 出会ったハイオーク達の口ぶりから予想はしていたことだ。

 

「オリジニーの戦士衆は根の谷から北の海へと流れていく下流部が主な縄張りだったしな……呪いの直撃を受けているとは思ってはいた」

 

 バルカは視線を落としてさらに呟いた。

 

「モーベイは北の山脈を越えた高原にある都だ」

「地上界最北の都市でもある」

 

 レバームスが補足するように言葉を継ぐと、バルカは彼にそれ以上の見解を求めて彼に視線を向ける。

 

「地上界で大陸を横断して北流する河川の水源を汚染して、西や南への進出を阻み、封じ込めることでギルド同盟の勢力圏と接しないようにした。荒涼とした寒冷地に封じ込められたオーク達は大幅に縮小した地上の縄張りや呪いに汚染されていない地底界で内戦を繰り広げた。現在はグラント氏族のギルベーダとかいう大物が現れて、ルサイドや他の氏族を支配し、他種族との争いが激化してる……そんなところかな」

 

 バルカは腕を組んで難しい顔をした。

 

「どうしたバルカ。何を悩んでる」

 

 黙って話を聞いていたメトーリアは気になって思わず口をはさんだ。

 

「レバームス、この地底エリアのワールドノードは根の谷行きのやつ以外は全部封鎖されていると言ったな?」

「いや……呪染源の湖の中にあったノードみたいなのが、まだあるかもしれん。水の中とか、地下とか」

「ゼフラ、お前たちルサイド氏族はグラント氏族との戦いに負けてモーベイへと繋がるエリアと行き来できるノードを封鎖した。お前はその時捕虜になって奴隷の扱いを受けていた……と、そういうことか?」

 

「少し……いえ、まったく違います」

 

  ゼフラはかぶりを振って説明する。

 

「根の谷行きのノード以外にも封鎖されていないノードがあるんです。それはこの地底エリアにあるグラント氏族の本拠バサルデ城の中にあります」

 

 話している内に、ゼフラの目に涙が浮かんだ。

 

「それから私は奴隷ではなく、部隊を率いていたザズと――つがいにさせられる予定でした」

「は? ゼフラ。お前、いまいくつなんだ?」

「……十四歳です」

「妹と同い年か」

 

 バルカの問いに声を震わせながら答えたゼフラを見つめながらメトーリアは思わず呟いた。

 レバームスは肩をすくめ、わずかに眉をつり上げた。

 

「人間の貴族や王族は政略結婚の一環として、もっと幼い子供の婚約を早々に取り決めることがよくある。だが、オークに“結婚の予約”のような慣習はあまりなかったと記憶していたんだがな」

「無理矢理、そうさせられたんですっ」

 

 ゼフラは吐き捨てるように言うと、しばし黙り込み、息を整えてから話を続けた。

 

「グラント氏族長ギルベーダは地底界のハイオーク達を全て従えると、モーベイと行き来できるワールドノードがあるバサルデ城を占領して、何度もモーベイに行っています……“貧しく、寒い土地に閉じ込められた地上の同胞を救いに来た”とか言って……でも、本当の目的は何百年も前の最後の君主エルグのつがいだったゼラの血を引くラケーシ様を自分のつがいにすることなんです」

「じゃあラケーシはもうギルベーダの嫁になっているのか?」

「いいえ。私がザズの部隊に連れられてバサルデ城を出た時にはまだ何とか求婚をはぐらかし続けていました。ラケーシ様はルサイド・オークだけじゃない、モーベイにいる全てのハイオーク達にとって大切なお方。優しくて、賢くて……私にとっては姉のような方なんです。それなのにギルベーダは、何人ものオークや他種族の女を囲っているのに、“ラケーシは自分の未来の嫁だ”と勝手に言い始めて、やりたい放題! 他のルサイドの女達も私のようにどんどんあいつの手下と強引に婚約やつがいの契りを結ばされて……だからっ」

 

 ゼフラは悲愴な表情でバルカを真っ直ぐ見つめた。

 

「ギルベーダを打ち倒し、ラケーシ様や他のオーク達を解放して欲しいのです! そのためにもまずはバサルデ城のワールドノードでモーベイへと転移し、ラケーシ様に会って欲しいんです」

「今のモーベイがどうなっているのか正直気になるが、まずはバサルデ城を破って、ギルベーダと直接話をつけた方が手っ取り早くないか?」

「え、でも、それは」

 

 物事をできるだけ単純化したいバルカは、そう言ってはみたものの戸惑うゼフラに対してすぐに発言を撤回する。

 

「まあ、さすがにそれはダメか」

「フィラルオークの群れを従えた時のようにはいかないのか?」

「ネイルやルドンと決闘したときの群れはせいぜい数十人ぐらいだった。だが、地底界のハイオーク全てを率いているような規模じゃ、決闘を申し込んでも受けるかどうかはわからん。決闘が成立しなければ最悪の場合は戦になる」

「このエリアを探索中、山岳地帯でハイオーク達の町を見たことがある。高台に城があったがあれがバサルデ城か。城も町もかなりの規模だったな」

 

 メトーリアの疑問にバルカとレバームスが答え、それに同調してゼフラが頷く。

 

「バサルデ城とその城下町には、何万人ものハイオークがいます。ギルベーダに忠誠を誓う兵は封鎖されているワールドノードの監視で分散していますが、それでも二千はいます。さらにギルベーダが号令すれば他の氏族の兵が動員されます」

「無理矢理従わされている同族との戦闘はしたくないな……」

 

 バルカの呟きを聞いて、ゼフラの頬が紅潮し、涙を浮かべていた目がきらりと光った。

 

「だからこそ、モーベイのラケーシ様に会って欲しいんです! ギルベーダは力で皆を従わせているだけ。だから弱みは見せられません。特にラケーシ様には! ラケーシ様がバルカ様の力をお知りになれば、きっと決闘の立会人になってくれます。そうすれば、ギルベーダだけを打ち倒すことができると思うんですッ」

 

(そんな簡単にいくとは思えないが……)

 

 そう考えるメトーリアだが、レバームスの考えは少し違うようだった。

 

「話を聞くに、オークの英雄『バルカーマナフ』はルサイド・オークにとってかなり神格化された存在みたいだな。やってみる価値はあるかもしれないぞ」

 

 そう言って、ちろりとゼフラを見るレバームス。

 ゼフラはなぜか、わずかに向けられた視線が気まずかったのか恥ずかしかったのか、目を伏せた。

 

「城に忍び込むとか向いてないし、好かんのだが……」

 

 バルカは口半開きにして、上顎の牙を指でさすりながらしばらくの間、沈思した。

 

「……行ってみるかモーベイに。パーティを潜入組と待機組に分ける必要があるな」

 

 かくして、バルカはバサルデ城への潜入、バサルデにあるというオークの都モーベイ行きのワールドノードで転移して、ルサイド氏族長ラケーシに会うことを決心したのだった。

 




今更ですが、この世界のオーク族のイメージはリネージュ2ってゲームにかなり影響受けてます。
あとAOW4とか……。
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