魔王討伐に貢献したオークの英雄、数百年後の世界で人間の女戦士を嫁にする   作:京谷ぜんきまる

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第83話 モンスター退治専門職のオーク戦士

 朝食後、バルカは皆にゼフラから聞いたこと……そして、頼まれたことを話した。 

 

「バサルデ城は尖った山が連なる険しい地形を利用して建てられた山城だった。密かに忍び込むにはかなり身軽な奴でないと無理だな」

 

 地底エリアを探索中にバサルデ城を見たことがあるレバームスがそう言うと、アイテムボックス持ちの補給士ハントがおずおずと挙手しながら口を開いた。

 

「あの、身軽ってどの程度の身軽さですか?」

「ん~……ほぼ垂直の崖の斜面を横に走り抜けながら、一飛びで城内に侵入できるぐらい……まあ最低限でも城壁に取り付いてスルスルッと登れるくらいの身軽さだな」

「うむぅ……儂らにちと厳しい注文ですな」

「ちょ、ちょっとどころじゃないですぅ」

 

 ウォルシュは口元をゆるく歪めながら、顎髭をさすって苦笑いを浮かべた。どこか諦めと茶目っ気が混じったその表情には、長年の経験からくる達観が滲んでいた。

 そんな老魔法士にニーナはあたふたしながら手に持った短杖(ワンド)をぎゅっと握りしめ、視線を泳がせた。

 

「バサルデ城には俺とメトーリア、レバームス、そして案内役のゼフラの四人で潜入する。他の者はレバームスの隠れ家まで戻って待機していてくれ」

 

 バルカはだしぬけに言った。

 

「もうこの旅の目的は達成した。退化の秘法の呪染源は破壊したし、ハイオークの存在も確認した……まあ、地底界に行く前に出会ったんだが。とにかく、ハイオークは人間やエルフを敵視し、地上のオーク達のことも見下している。何が起こるか分からない。俺は根の谷のオークの代表としてギルベーダに会いに行く。地上の呪いを解いたことを伝え、同胞同士で土地や食糧を奪い合う必要が無くなったことを説明し、他種族への略奪や侵略を辞めるよう伝える。それから、ルサイド氏族長のラケーシが無理矢理つがいにされているならそれを、何とかする……多分、()()()()()()()()()になる。正直、こんなことに人間のお前達を巻き込みたくないんだ」

「それでも」

 

 ウォルシュが顎髭を引っばりながら、いきなり活気づいた。

 

「それでも、メトーリア様は同行させる……と? バルカ殿、あなたの力は存じておりますが、お忘れか? メトーリア様は我々の主君にしてアクアルの――」

「アクアルの領主であり、レギウラ公王直属の戦士でもある」

 

 メトーリアがウォルシュの言葉をさえぎる。

 

「ウォルシュ、私はアルパイス様から常にバルカの側にいろと命じられている。そして――」

 

 メトーリアはニーナをちらりと見た。

 小柄な治療士の目がわずかに見開くのを見ながら、メトーリアはついにウォルシュとハントの前で話した。

 

「チャンスがあれば、バルカを殺せとも言われていた」

「オル!? エッ、? ころ、姐さんが、長バルカを……? ンン??」

「……」

 

 ネイルは自分の耳が悪くなったのかと耳をつねったり叩いたりし、ゼフラは真顔でメトーリアを見つめていた。

 “アルパイス公はバルカ殿の力を恐れているのだろう”と以前ニーナに軽口を叩いていたウォルシュは言葉を失っていた。ハントも同様の反応だ。

 

「だが、私はその命令には従うつもりはない」

 

 メトーリアはさらりと言った。前もって考えていたのだろう。

 

「我々アクアルはバルカが率いるオーク達と同盟を結ぶ。そして……レギウラから独立する」

 

 ウォルシュの顔は心臓がちぢみあがったように強張った。

 オーク達と同盟を結ぶ。これにはもうウォルシュとしては異存はなかった。

 メトーリアとバルカが婚姻を結ぶことにも、もはや賛成だった。

 しかし、レギウラからの独立はどうか?

 たしかにウォルシュとしてもレギウラに隷属しているアクアルの現状を諦念しているわけではない。

 ウォルシュは幼少のメトーリアの面倒を見てきた老臣だ。

 そんな彼にとって『奴隷領主』などと揶揄されるほどに、メトーリアが様々な過酷な任務に酷使されていることなどは、あまりにも辛く、どうすることもできない現実だった。

 ウォルシュとて可能ならレギウラのくびきから脱したいとは思っているのだ。

 メトーリアの唯一の肉親であるアゼルや家臣団の一部とその家族がレギウラ王都内で人質状態であることなどを鑑みれば尚更だ。

 だがそれは……。

 当然ながらギルド同盟の意向に叛くことになる。

 大陸の三分の一以上を掌握する大勢力と敵対することになるのだ。

 通常なら家臣として諌めなければいけない。

 アクアルのような小国はより大きな勢力に従わなければ存続できないのだ。

 軽挙妄動だと戒めなければいけないところではある。

 しかし……もし、それ以上の()()()()との協力関係を結べればどうか?

 ウォルシュはハントとニーナを見た。

 ふたりに怯えや不安は見られない。

 バルカの存在だ。

 彼の闘神のような戦いぶり、軍の指揮は彼らの常識を根本から破壊するものだった。

 バルカとレバームスはウォルシュ達の知らない世界を知っていた。

 特に魔法の幻像でしか見ていないが、あの巨大なベヒーモス・クロキアを葬るバルカの姿を思い出すと、年甲斐もなく興奮で今でも胸が震える。

 

「既にシェイファー館のアゼル達を密かに根の谷へ連れ出す計画も立てている。だがその前に、地底界のハイオーク長ギルベーダや地上界のオークの都モーベイを治めているというルサイド氏族長ラケーシとバルカが会うのを私は見届けなければならない。わかるな? 爺や」

 

 メトーリアの声が段々と実の祖父に話しかけているような情のこもったものになっていき、ウォルシュは目を伏せて頭を下げた。 

 

「爺さん、これを」

 

 おもむろにレバームスがベルトに装着していたメダル——長距離念話通信用のギデオンの分霊体——をウォルシュに手渡す。

 ウォルシュはギデオンの横顔が刻まれたメダルをしげしげと見つめた。

 すると、その横顔がふいに動いて、片目をつむってウィンクしてきたのでウォルシュは目を丸くして驚いた。

 

「連絡用だ。あんたが持っていてくれ」

 

(そろそろ、ワールドノードを利用したシェイファー館の人質救出計画も進めておかないとな)

 

 そんなことを思いながら、先程のメトーリアの「バルカを殺せと言われていた」発言に泡を食っていたネイルに向き合った。

 

「ネイル。ウォルシュ達を頼むぞ。できるだけ早く隠れ家に皆を連れて行け。近辺にはお前の手に負えないようなモンスターはいないらしいが、夜は慎重に行動しろよ」

「わかった……でも、バルカ、その」

 

 いいかけてネイルは口ごもる。

 

「どうした?」

「バルカ、一人だと〈ザルグ〉に見られる。それじゃ、舐められるッ」

 

 ネイルの“ザルグ”という言葉に、それまで黙っていたナキムとビオンが顔を見合わせた。

 

「ザルグ、バルカッ? ロ・ネイル! ナク――」

「あ~、待て待て! ネス、ネス! ナキム落ち着け。ネイル、オークの言葉を混ぜるのやめてくれ。ナキムとビオンは共通語……難しい言葉がわかんねえんだから」

 

 ナキムが珍しくネイルに険しい表情で何か言おうとするのをバルカが止める。

 

「わ、わかった」

 

 と、ネイルはまだ少し戸惑ったまま頷いた。

 メトーリアは“ザルグ”という言葉を聞いた時、バルカが一瞬顔色を変えたのに気づいた。

 ザルグとはなんだろうか?

 バルカのことをもっと知りたいと思うようになっているメトーリアは気になるのだった。

 

    ×   ×   ×

 

 先頭にゼフラ。その少し後方にレバームス。そしてバルカとメトーリア。

 この疾風の如く山道を駆ける四名の中で、レバームスの顔に疲労がにじんでいた。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 と、ゼフラが自分の斜め後ろを走るレバームスに気をつかう。

 

「正直しんどいね。俺は長距離走には向いてないもんで」

 

 自らの霊体に傷を負って、霊力切れを起こしやすい体質のことは話さず、レバームスがはぐらかすように言った。

 

 密林を進んでいくと、草木が生い茂っていた風景と地形が少しずつ変化していく。

 急激に巨大シダや巨木がなりをひそめ、針葉樹が目立ち始めた丘陵帯を進むうちに、やがて険しい山並みが見えてきた。

 巨木に生えていた大ぶりなジオルミ結晶などが少なくなったため、光と影が複雑に入り交じっていた密林とは違って、少し周囲が薄暗い。

 

 山間には縫うように細い道が走っていた。

 ハイウォークが行き来する道なのだろうか。踏み固められた土の道をバルカ達は進んだ。

 その移動速度は尋常ではない。

 ウォルシュやハントといった魔法職や非戦闘職がいなくなったためだ。

 ハイオークの本拠地に近づいているせいか、ハイオークの集団に遭遇しそうになることもあった。

 

 そういう時は斥候役のプローブ・アイからの連絡を受けてギデオンがメトーリアの肩口に姿を現して教えてくれた。

 

 メトーリアは驚異的な速度で疾駆しているため、ギデオンは姿を現した直後に置き去りにされそうになって必死にメトーリアの髪を掴んだ。

 普段は実体のない幻影だがこういうときは都合良く実体化できるらしい。

 

「アバババババ……ぜぜ前方にぃ――ハイオークアラートおおおお――」

 

 風に煽られて変顔になりながらハイオークの接近を告げるギデオンの胴体をしかめっ面でメトーリアは掴んだ。

 

「ギデオン! 毎回髪を掴むのはやめてくれ!」

「アンタが前傾姿勢になってるから肩を掴みづらいんデスヨ!」

「私の胸元や腹とかの前に出てくることはできないのか?」

「ア、ソーカ」

 

 ……とにかく回避は余裕だった。

 ハイオークたちと遭遇しそうになるときは、道から外れて山を駆け登り、木々に飛び移りながら移動を停止せずにやりすごした。

 バルカのすぐ横を駆けながら、メトーリアはふとさっき気になったことを、バルカに尋ねていた。

 

「バルカ、さっきネイルが言っていた()()()とはなんだ?」

「え、ああ……ザルグは『はぐれ者』とか『のけ者』という意味で使われる言葉なんだ。元々はオークの古い言葉で『戦士』を意味する言葉だったんだけどな」

「つまり、群れという概念が重要なオークにとって一人で行動する戦士は好ましくないと?」

「いや、なんていうか、その、ある仕事に就く戦士を蔑む言葉として使われていたんだ……あ~、ゼフラッ」

 

 少し前を走るゼフラが首を傾けてちらりとバルカを見た後、すぐに前に向き直ってから返事をした。

 

「はい、バルカ様っ」

 

「ハイオークは今でもモンスター退治を生業にする戦士はいるのか?」とバルカは問うた。

ウルドログ(怪物殺し)のことですか? はい、少数ですがいます」

 

 バルカはメトーリアにすこし戸惑った表情で説明を続けた。

 

「オーク族が他種族と長らく敵対関係にあった時代、凶暴なモンスターなどの脅威に直面したときはオークだけでなんとかするしかなかった。冒険者ギルドなどを利用することはできないからな。当然、各種族や色んな職業の特性を活かしたパーティーなども編成できない。だから俺たちは人間やエルフとは違うやり方をしてたんだ」

 

 バルカは説明を続けた。説明をしながら、バルカ自身思いをめぐらせた。

 モンスター退治専門のオーク戦士のことを。

 

    ×   ×   ×

 

 いつのころからかはバルカも知らない。

 ……オーク族の各氏族から有望だが群れに馴染めない事情がある者(耳が遠い。言葉が喋れない。気性難など)をあつめて特殊な戦士集団が作られた。

 その戦士がウルドログだ。

 ウルドログは氏族の分け隔てなく、全てのオークの依頼に応えてモンスターを殺し、報酬を得ることを生業とする。

 信心深いオークはあまりいないが、寒冷地にルーツを持つオークは、古くから世界に四柱しかいないドラゴンのうち火の竜を信奉していた。

 ウルドログは火竜信仰によって結束を強め、独自の掟を作った。

 

    ×   ×   ×

 

「人間達は火竜のことを何と呼んでいたんだっけ。火竜ベルク……ええっと」

「火竜ベルクロプスだ」

「ああ、そうだったな。俺たちオークはベルクドレーキと呼ぶ。で、ウルドログたちは自らをベルクドレーキ・ザルグ……火竜の戦士とも名乗った。もともと何かと問題のあったオークを寄せ集めて出来上がった戦士衆だ。しかもモンスター退治の時は一人か二人で戦うことが多かった。それで普通に村や町で群れや家族を作って暮らしているオーク達は自分たちが退治できないモノを殺すはぐれ者のウルドログに恐れと蔑みの意味を込めてザルグと呼ぶようになった……ってことさ」

「それで、ナキムはバルカのことをザルグと呼んだことに過剰に反応したのか……」

「ナキム達はわずかな言葉しか理解できないから、ああゆう時には誤解を生みやすいな」

 

 聞き入っている様子のメトーリアをちらりと見てから、バルカはなにかを迷っているような表情をみせたが、結局話を続けた。

 

「俺の両親はどっちもウルドログだったんだ。親父は氏族最強だったからオリジニー氏族の長であり、オーク軍の戦士長だったけど、生まれつき耳が悪くて部下に指示を与えたり兵を指揮する能力が無かった。それで、実質的な氏族の統治や兵の指揮は親父の弟……叔父が仕切っていた。親父はウルドログの仕事にのめり込んで、母と出会い、俺が生まれたってわけだ」

 

「お前に斧や槍の使い方を教えたのは叔父だといっていたが……」

 

 両親はどうしてたんだ? もしかして亡くなったのか?

 自らも幼いときに両親と死別しているせいか、メトーリアはふとそう思った。

 

「子供の頃から俺は、ある意味ザルグだった。定住せず、どこの群れにも属さず、親と一緒に旅をしていたからな……そんな生活が嫌になったんだよ。怪物を殺しながら色んなオーク氏族の縄張りを旅して回る親と一緒にいる生活が。名ばかりの氏族長である親父みたいになりたくなかった。だから叔父の元に行ったんだ。そして、叔父の元で訓練を受けたあと、試練の旅に出た」

「試練の旅……シェイファー館の宴の席で言っていた奴か」

「そう、オークの国の外に出て、次の君主になるための修行の旅……親父は旅に賛成してくれたけど、母さんは最後まで反対していたな……」

「そうなのか?」

「うるさい人だったよ。ウルドログの規範に厳しくてな。ゴブリンはたとえ依頼が無くても殺す。増えると厄介だから。木の精は殺さない。木の精がオークを殺す場合、たいていの場合オークの方に非があって、木の精を殺すと災いを招くから。猪は食わない。ダイノボアの親戚みたいなもので、ごく稀に幻獣化すると良き友となるから。他にも色々あったな」

「ダイノボア?」

「ええっと、ダイノボアはオークが騎乗できるデカい猪みたいな生き物だ。あとは……そうだな。オークを食ったことがないクロキアは殺さない……とかな」

「……」

 

 メトーリアは不意にベヒーモス・クロキアにトドメを刺す直前、哀れみの視線を向けていたバルカを思い出していた。続いて、クロキアの霊と向き合った時の事も脳裏をよぎる。

 

「規範に厳しすぎて長い間仕事にありつけない時もあった。そんな時は親父とよく言い争っていたよ……でも魔王討伐戦を戦っていくうちに分かったんだ。母さんは当時のオークとしてはとても洗練された考えを持っていて、言ってることは大体正しかったんだって」

 

 そこまで言ってバルカは、まじまじとメトーリアを見た。

 

「なあ、この話……聞いてて、面白いか?」

「え?」

「すまん。話し始めたら止まらなくなってしまって。どうせなら魔王討伐パーティのリーダーのベルフェンドラのことや、当時どんな強力な魔物を倒したのかとかの話の方が、聞きたいんじゃないのか?」

「そんなことはないっ。私は知りたいぞ。オークのこと。お前の家族のこと……こ、これからオークの都に向かうんだからな」

「そうか。じゃあ、言うけど……俺の母が、ルサイド氏族出身なんだ」

「!」

「だからルサイドのオーク達が困っているんなら、助けたい。モーベイが今どうなっているのかも知りたいしな」

 

 ……ルサイドがバルカの母方の氏族。

 メトーリアはなぜか胸が締め付けられたような気分になった。

 

 もし、ギルベーダの代わりにハイオークのリーダーになってくれと言われたら、どうするんだろうか?

 私とつがいだという関係がバルカにとって色々と足かせになるのでは?

 そんな考えが、次々と浮かんでくる。それを振り切るように、メトーリアはつとめて明るい声を出した。

 

「それに魔王討伐戦の話なら、戦仙女シェンリーの話が聞きたい。お前の師匠だというしな」

「え、そ、そうか……」

 

 馬よりも速い速度で走りながら、息一つ乱さずに長話をしているバルカとメトーリアをゼフラは振り返った。

 ゼフラにはバルカとメトーリアほどの余裕は無い。かろうじて呼吸は乱れていないが高速移動中のゼフラの顔面に浮かんだ汗が横に流れ空に散っていく。

 

「バルカ様だけでなく、メトーリア様も物凄いですね」

「そりゃ、バルカが、見込んだ女だからな」

 

 しんどそうな声で返事をするレバームス。

 

 やがて、細い道を塞ぐようにして、そびえ立つ城門が見えてきた。

 この地底エリア唯一にして、地底界のハイオークを牛耳るギルベーダの支配するバサルデ城の城門だ。

 

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