魔王討伐に貢献したオークの英雄、数百年後の世界で人間の女戦士を嫁にする 作:京谷ぜんきまる
警備兵が首を入れるための桶を取りに行っている間、すでにバルカはザズたちの首を柱から降ろす作業に入っていた。
ゼフラがその作業を手伝い始めた。
メトーリアは、少し迷ったあと自分も協力しようとした。
それを見てバルカは手に持った一つの首をそっと地面に置いてメトーリアを見た。
「なんだ? 人間の私は手を貸さないほうがいいか?」
「いや、そんなことはないが……いいのか?」
「私だって遺体を処――弔ったことはある」
「じゃあ、頼む」
レバームスは肩をすくめた。
「なんだよ。俺だけボーッと突っ立ってるのはバツが悪くなるじゃないか」
そう言って、レバームスもメトーリアの後に続く
警備兵が、桶を持って戻ってきた。
バルカ達は手慣れた手つきで、頭髪を手ぐしで整え、目が開いている者のまぶたを閉じさせたあと、首を一つ一つ塩が入った桶の中に入れていく。
その時、城門から一際巨大なオークの男が部下を引き連れて中庭にやってきた。
「ギルベーダ様っ」
「やべえ……」
警備兵たちがあわあわと怖じけた声を漏らす。
「バルカ様、あの体の大きな白髪頭の男が、ギルベーダです」
ゼフラがバルカにそっと耳打ちした。
× × ×
「おどれら、何を勝手に首を片付けとるんや」
肩をいからせてバルカに詰問すると同時に、ギルベーダは部下の兵士達に向かって無言で顎をしゃくって合図する。
部下達は左右に分かれバルカ達を取り囲んだ。
都城の警備兵達はどうしようか一瞬だけ迷ったが、ギルベーダとその部下達が怖くてたまらないらしく、巻き込まれないように慌ててバルカ達から離れた。
メトーリアは作業の手を止めて剣の柄に手をかけた。
レバームスも袖口に伸縮自在のダガー〈フラジリス〉を仕込んでいる右手をしならせる。
ゼフラもバルカの傍らで油断無く身構えている。
前後左右、あらゆる方向から肌が粟立つような殺気を向けられ、自然とレバームスはバルカと背中合わせ、メトーリアはゼフラのいる反対側のバルカの横を固めた。
ギルベーダの部下は、都城の警備兵とは全く異なる雰囲気を纏っていた。
一瞬オークとは違う種族なのかと思うほど目つきが違う。
爬虫類のような無情の眼をしていた。
殺しにも慣れている。どんな命令でもこなせる者に共通する、感情の欠落した眼だった。
(
メトーリアはギルベーダを改めて見た。
バルカを超える体格のオークを、メトーリアは初めて見た。
身長二メートルを超えるバルカよりも背丈はわずかに高いぐらいか。
しかし、筋肉量がバルカのそれを凌駕していた。
剛毛を生やした肩や胸の筋肉は、皮膚が張り裂けんばかりに盛り上がっている。
袖無しの革服を着ているのは肉の圧倒的な厚みを誇示するためだろう。
寒空の下、ギルベーダの肉体からは湯気が立ち上っていた。
怪物じみた威圧感である。
『はえ~、ギルベーダとかいうオーク、とんでもない筋肉してマスネ~。でもちょっとキモイっていうかぁ、やっぱバルカの逞しくもバランスのいいカラダの方がイイヨネ~』
(…………)
唐突に、姿を隠しているギデオンが念話で話しかけてきた。
あまりにも空気の読めない発言に、聞こえなかったものとして、メトーリアは無視した。
圧倒的な存在感を放つギルベーダは、その顔もまた異様だった。
身体は厳つくて若々しいエネルギーに満ちているのに、顔は年老いているのだ。
髪型も特徴的だった。
髪と髭を長く伸ばしているが、額から頭頂部にかけては剃り上げている。
瞳は濁った灰色。顎は大型の猿のように大きく張り出ていて、上顎の犬歯が牙となって発達しているバルカと違って、下顎の牙が大きく突き出ている。
一度見たら忘れられぬ容貌をしていた。
バルカと共通しているのは淡い灰色の髪の色くらいだ。
少しの間、無言でギルベーダをジッと見つめた後、バルカが口を開いた。
「あんたが地底界のハイオークのリーダー、ギルベーダか」
「ほうよ。もうすぐ地上のオークの長にもなる。それより質問に答えろや。なんで首を――」
「すまんが、もうちょっと待っててくれ」
「ぬな!?」
地底界のハイオークの支配者である自分のことなど気にも留めてない風情で、首を桶の中に入れていく作業を再開したバルカに業を煮やし、ギルベーダはすうっと息を吸い込み口を大きく開けて――。
「手ぇ止めて質問に答えろや! このクソガキガァァ!」
凄まじい大音声をバルカに浴びせた。
それは、アクアルの城砦に侵入した時にバルカが使用したのと同じ、聞く者を金縛りにする咆哮魔法だった。
魔力が込められた音の圧がバルカに放射される。
それは周囲にも発散した。
近くにいた警備兵の中には腰を抜かして へたり込むものもいたが、メトーリアは肌がピリピリとひりつく感覚を覚えるくらいですんだ。
当のバルカは……微風のようにこともなく受け流しているようだった。
それを見たギルベーダはすうっと濁った灰色の目を細めた。
「聞いとるんじゃぞ。何の権限があって首を片付け――」
「掟によれば」
バルカは最後の首を塩桶の塩の中に丁寧に埋めながら、鋭く口をはさんだ。
「一つ、モーベイの都城内での流血沙汰は禁じられている。決闘もだ」
バルカは立ち上がり、ギルベーダに向かって歩き出した。
「二つ、罪を犯した者の首を晒す場所は城の中庭じゃなくて町の広場だ。そして――」
「三つッ」
今度はギルベーダが割り込んだ。
「そういった法や掟はゴミ屑になってもう何百年も経っちょる。四つ、なぜならこの四百年の間、オークの君主はず~~~っとおらんからじゃ」
吐き捨てるようにそう言い、ギルベーダは発散していた殺気を静めた。
いや違う――と、メトーリアは気づいた。
(絞り込んで身の内に溜め込んだんだ)
隙あらばバルカを攻撃しようとしているギルベーダの意思をメトーリアは感じた。
バルカは歩みを止め、ギルベーダと一定の距離を取った。
× × ×
ギルベーダは肩すかしを食らった気分になった。
自分の間合いに入る寸前でバルカが止まったからだ。
「そのことはゼフラから聞いた。エルグ・アモルシンが最後のオーク君主だと」
「おうよ。今モーベイを治めとるんはルサイド氏族の長ラケーシじゃ。さらし首はラケーシも納得の上じゃ。どこぞのモンともしれんお前が口出しすることじゃないわい……ところで、おどれはバルカーマナフと名乗っ取るらしいのう?」
「ああ」
「フン! おどれの親はようそんな恐れ多い名前をつけたもんや。ザズには地上の根の谷の群れの長と言ったらしいが、本当はどこから来たんや?」
「根の谷の群れの長をやってるのは本当だ。それ以前は……南東にいた。アクアルという土地だ」
「……」
ふとギルベーダはバルカと一緒にいる青い肌の男に視線をやった。
(青い肌の、エルフか? そして――)
食い入るように人間の女を見つめる。
地上の水脈に仕込まれた呪いで大陸の南や西には行けぬが、地底界のハイオークは人間を知らないわけではない。特に、大陸東方や別の大陸を旅したこともあるギルベーダにとって人間はそれほど珍しくはないものだった。
だが――。
(ほぉ~~♪ とんでもねえ上玉だな)
おもわず、今の状況を忘れて、涎を垂らしそうな心持ちになる。
切れ長の眼の瞳は青。肌の白さを際立たせる艶やかな黒髪。紺色の装束の上に、胸当てや篭手など軽装アーマーを装備しているが、ボディラインがはっきりと分かる出で立ちだ。
腰マントに帯剣している姿は凜々しくも艶めかしい。
人間の女にしてはかなりの長身なのも気に入った。
見てくれだけではない。相当にレベルの高い戦士であるということも分かる。
強くて美しい女はギルベーダの大好物だった。
――唐突に人間の女が見えなくなった。
かわりに軽装鎧を着込んだ分厚い胸が眼に入った。
ギルベーダの向ける視線が気にくわなかったのか、バルカーマナフを名乗る男が、女の姿を隠すように移動したのだった。
「……」
「……」
閉口したギルベーダとバルカの視線が、互いを正面から捉えた。
ギルベーダはバルカーマナフと名乗る正体不明の男を即座に殺してしまおうと考えていたが、実際に会って、自分の咆哮魔法をそよ風のように受け流したのを見て、考えを改めた。
まずは、バルカを油断無く観察する。
肌の色素はやや薄い。灰緑色といったところか。
太い首の上にルサイド氏族の男のような彫りの深い貌がある。
(マジでルサイドの血を引いとるんか? しかし――)
ルサイドオークの雄にありがちな華奢な感じは全くない。
猛獣のような金色の瞳をした精悍な顔立ちだ。
はっきりいって、男前である。美形とか、イケメンではない。オトコマエなのだ。
ギルベーダの嫌いな顔だった。
(気にくわん!)
自分ほどに筋肉が隆々と盛り上がっているわけではないが、バランスの取れた強靱な肉体であるのが分かる。
こちらを見つめる表情はムカつくくらいに落ち着いている。
さらにバルカの背負う戦斧や軽装鎧にも注目していた。
(こいつの斧……ばりヤバい霊気を放っとる。鎧も相当な代物じゃ。マジでどこから来たんやこいつ……)
ギルベーダはバルカの傍らにいるゼフラに目を止め、皺深い顔に好々爺のような笑みを浮かべた。
「とりあえずゼフラ、こっちに来ぃや」
ゼフラは首を振った。
「私はバルカーマナフ様の群れに入ったので、いけません」
笑みを浮かべたままのギルベーダの頬がピクリと痙攣した。
「モーベイにはラケーシ様に会いに来たんですっ」
「ほーう? ラケーシに会ってどうするんや?」
「そ、それは」
ゼフラは言葉を濁した。
× × ×
メトーリアは成り行きを見守りつつもこれからのことを考えていた。
ゼフラが、バルカとラケーシを引き合わせようとしているのは、バルカにギルベーダとの決闘を行わせるためだ。そのために、ラケーシに立ち合い役を担って欲しかったから――というのが理由である。
(まさかそれを、そのままギルベーダに話すわけにはいかないだろうし……。)
と、メトーリアが考えていた矢先――。
「ふぅむ。このよそ者とラケーシを引き合わせるつもりか?」
ギルベーダが剃り上げた頭頂部を撫で上げながら、したり顔で笑みを浮かべた。
ゼフラがキッとした表情でギルベーダを睨む。
「これで何度目かのう。お前らルサイドの連中が腕に覚えのある者をけしかけて、儂と決闘させるのは」
「い、言いがかりです」
ゼフラはそう言って否定するが、ギルベーダはうんうんと頷きながら、
「手間を省いたるわ。この若造、今ここでぶち殺してやるわい」
ギルベーダは吐き捨てるように言い、取り囲んでいる部下達に攻撃の号令を掛けようと右手を挙げた。
バルカはギルベーダの殺気に反応し、背負った戦斧の柄に手を掛けた。
乱戦の気配に、緊張が張りつめる。
その時――。
「待ちなよギルベ。城中で戦うのだけはやめておくれ」
それを聞いたギルベーダは、残念そうに右手を下げながら、城門の方に顔を向けた。
「来たんかい……」
制止の声をかけたのは、侍女団とモーベイ都城管理役のネスタンを引き連れたルサイド氏族長ラケーシ・ルサイドだった。