魔王討伐に貢献したオークの英雄、数百年後の世界で人間の女戦士を嫁にする   作:京谷ぜんきまる

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第88話 対峙2

 ルサイド氏族長ラケーシ。

 

(似ている……ゼラ后妃(こうひ)に。)

 

 四百三十年前のオーク君主の后ゼラの面影を色濃く宿したラケーシの美貌に、バルカは思わず息を呑んだ。

 傍らでレバームスも小さく口笛を吹く。

 

 周囲のハイオークたちも、わずかにざわめいた。

 バルカはハッと気持ちを切り替え、声を張った。

 

「あんたらに伝えに来たことがある」

 

 ラケーシと彼女を呼びに行った都城管理役のネスタンや侍女団の視線がバルカに集まる。

 

「俺は呪いの湖の呪染源を破壊した。だから、地上のオークを蝕んでいた知性退化の呪いが、じきに解ける」

 

 バルカが言った直後、その場にいたハイオークはどよめいた。

 感情を欠いたように見えたギルベーダの部下たちにさえ、微かな動揺が走る。

 いつの間にかラケーシの傍らに寄り添っていたゼフラが、何事か耳打ちしているのが見えた。

 

 ギルベーダは鼻で笑った。

 

「しょーもない嘘をつくなや。信じるか、そんなもん」

 

 おもむろにバルカはラケーシたちがいる城門とは反対側へと歩き始めた。

 ギルベーダの部下達は包囲の輪から逃さないようにバルカの首元に、それぞれが手に持つ槍の穂先を突きつけるが、バルカは全く動じずに歩みを止めない。

 

「俺から離れていた方がいいぞ」

 

 そう言ってバルカは数十歩ほど歩いてから振り返った。

 そして、目を閉じた。

 

「……出てこい」

 

 静かに自分に憑依している者達を呼び起こす。

 直後、空は晴れ渡っているのに、急に薄暗くなった。

 ワニのような頭をした巨大亜人クロキア族の霊の群れが、怨霊特有の冷たい霊気を放ちながら、青白く浮かび上がった。

 バルカの後ろに佇むクロキアの霊はざっと見渡しても数百体はいた。

 どれもみな体高五、六メートルの巨体だ。

 その霊群がオーク達を見下ろし、穴の底から響いてくるような重く低い唸り声を上げた。

 

「ッ!?」

「ああ!?」

「うおぁッ!」

 

 バルカに離れず付いていたギルベーダの部下たちが仰天して、後退った。

 

    ×   ×   ×

 

 ギルベーダ目の前で繰り広げられている光景を食い入るように見つめていた。

 

「あれはまさかクロキア!? 大昔に滅んだ種族……」

「ま、まさか……」

 

 振り返ればシャーマンのギアラバ婆やウルドログの女格闘士テッサもやってきていた。

 

    ×   ×   ×

 

「戻れッ!」

 

 バルカは一通り霊を見せ終えると、再び彼らを自分の霊体に憑依させた。

 疲労の色が濃く浮かぶバルカ。その姿に全員の視線が集中していた。

 

「〈退化の秘法〉その呪いの源はクロキア族のオーク族に対する恨みだった。今ので信じてもらえたか? 呪染源は破壊し、クロキアの霊は俺に憑依させることで封じ込めた。地上への道は開かれたんだ」

 

「そなたの名前は、バルカーマナフと言うそうだね。地上の下級オークを束ねているというのは本当かい?」

 

 ラケーシがバルカに対して初めて口を開いた。

 

「そうだ。俺は今、地上のフィラルオークの長を務めている。彼らは下級オークなどではない。俺はあいつらをフィラル(野生化した)オークと呼んでいる。今は言葉が喋れないが、何人かは回復するし、次の世代はお前達と変わらない状態になる。彼等と仲良くできるなら……そして、地上の他種族に迷惑をかけないなら――」

 

 そこで言葉を切って、バルカはちらりとメトーリアを見てから続ける。

 

「例えば人間たちと敵対しないなら、俺は同胞達がかつての縄張りを取り戻すことに協力する」

 

    ×   ×   ×

 

 バルカの提案が終わると、周囲に重い沈黙が落ちた。

 

「どうなると思う? レバームス卿」

「もう“卿”付けはよしてくれお嬢ちゃん。これはオーク同士の問題だ。ま、成り行きを見守ろう」

「……そっちもいい加減“お嬢ちゃん”はやめてくれ」

 

 ハイオークたちの視線がバルカとギルベーダの間を往復しているのを見つめながらメトーリアは言った。

 

 ネスタンが低く唸り、テッサや侍女達はラケーシの顔を覗う。

 オーク兵士の一人が「人間の味方かよ……」と吐き捨てるように呟くのが聞こえた。

 

 ギルベーダが声を上げて笑った。

 

「ヒャハハハ! 協力? ヒヒ、笑わせるなや()()()()()()()。お前、地上の下級オークどもの大将やってるんやろ? それで人間どもと()()()してんのか? そんな軟弱なオークが、俺らモーベイのハイオークに指図すんなや」

 

 バルカは静かに首を振る。

 

「指図じゃない。提案だ。呪いは解けたんだ。地上の失った領土の全てが奪われてるわけじゃない。根の谷のように手つかずの土地もある。地上の人間や他の種族に迷惑をかけないと俺と約束してくれたら、俺がギルド同盟とやらとの橋渡しをする。縄張りを回復するのに協力しよう」

「橋渡し? 人間に頭下げてか? お前が、モノホンの四百三十年前の魔王討伐の英雄様じゃとしよう。それが何で人間の女を連れて、尻尾振って友好結ぶんや。ふざけんな。〈退化の秘法〉を仕組んだのはヒトカスやエルカスの仕業に違いないんや。オークは奴らに復讐せなあかん。儂らは奴らに狭い土地に押し込められ、少ない食いもんやら資源を奪い合って同族同士で何百年も殺し、奪い合うことを強いられてきたんじゃ! この恨みは、血でしか洗えん!」

 

 周囲のハイオークたちがどよめく。

 

「そうだ!」

「人間なんぞ信用できん!」

「復讐だ!」

 

 バルカは声を低く抑えつつ、毅然と返す。

 

「恨みは俺にだってある。ギルベーダ、俺は南から来たと言ったよな。おれも奴らに騙されて地下のダンジョン跡地に封印されてたんだ。だが、それをやったのは四百三十年前の連中だ。いずれ今のギルド同盟を仕切っている連中にけじめは取らせるつもりだが――」

 

 ギルベーダが再び哄笑する。

 

「ヒャッハッハ!! 甘いのう! バルカーマナフ! これが伝説の英雄かいなッ。人間に媚び売ってるの見りゃ、俺らは吐き気がするわ。それからフィラルオークぅ? あんなんを同格に扱う気なんぞ儂にはないッ。儂はラケーシとともにオークの長として、オークの誇りを守る!」

 

「さすがにすぐに話がまとまるわけないか……」

 

 嘆息するメトーリアにレバームスが耳打ちする。

 

「しかし、クロキアの霊を見せたのはひとまず効果覿面だったようだ。あんなことが出来る奴は世界にそうはいないからな。ギルベーダは威勢のいいこと言ってるが、内心動揺してるはずだ。その証拠に、さっきまで頑なに認めなかったのに今はバルカーマナフと呼んじまってる」

 

 その時、ラケーシが静かに手を挙げ、場を制した。

 その声は穏やかだが、威厳があった。

「ギルベ、バルカーマナフ殿の言葉にも、一理あるかもしれないよ。呪いが解けた今、オーク族の未来は一つではない。攻勢をかけるか、共存を探るか……どちらも試す価値はあるのでは?」

 

 ギルベーダがラケーシを睨んだ。

 

「ラケーシ、お前までそんな甘っちょろいこと言うんか? お前はルサイドの血を引く女やろ。強いオークの雄に番うのがルサイドの掟じゃろうが。それなのに人間の女を連れとるこいつを認めるんか?」

「……」

 

 ラケーシは無言で微笑む。

 それを見てギルベーダは咳払いして剃り上げた頭を撫でた。

 

「あたしはオーク族の繁栄を第一に考えるだけだよ。バルカーマナフ殿は湖の亡霊クロキアを背負い、ここまで来た。さっきの霊の数を見ただろ? 誰でもできることじゃない。あんただって無理だったんだ。そうだろ?」

「む……」

「呪いの湖には四百年以上、誰も、近づくことさえできなかったんだ。少なくともバルカーマナフ殿の『力』は嘘じゃない。ならば、力で決着をつけるのがオークの(おとこ)ってもんだろ?」

 

 バルカが太い眉を寄せて眉間に皺を作る。

 

「力で……?」

 

 ラケーシが続ける。

 

「バルカーマナフ殿の提案か、ギルベーダ殿の考えか……()()()()()()()決闘で決めるってのはどうだい? 望むのなら、あたしが立ち合い役を務めるよ。」

 

 ギルベーダはラケーシを見つめたまま、しばらくの間、身動き一つしなかった。

 その間に、高速で思考し、計算をしているのがメトーリアには分かった。

 

 ギルベーダの口元が歪む。喜びの笑みだ。

 

「ヒヒヒ、ええやんけラケーシ。それなら話は早い。バルカ、受けるか? やるなら早いほうがええ。明日、決闘や。そうじゃのう、英雄様なら都城とその敷地内で武器を使った決闘が禁じられとるのは知っとるよな? 獲物無しの素手での決闘。負けた方は、勝った方の言うことを聞く。それでどうじゃ?」

 

 バルカが、ちらりとこちらを見たのでメトーリアは、

 

“大丈夫か?”

 

 という視線を返した。念話で尋ねる必要も無いことだった。

 バルカはゆっくり頷いた。

 

「……わかった、やろう」

「ようしッ」

 

 ギルベーダが満足げに肩をそびやかし、城門へと踵を返した。

 

「おいテッサ、ついて来いや。お前は俺の物になったんじゃからのう――じゃあの。明日を楽しみにしとるで」

 

 ドスが利いた声でそう言い、ギルベーダはテッサと呼んだ筋肉質なオークの女の腕を掴み、嫌悪感をあらわにして歯噛みする彼女を連れて、部下たちと共にその場を去っていく。

 

 残ったのは都城の警備兵達とラケーシの一団だ。

 ラケーシは悠然とバルカに歩み寄り、彼の手を取って、紅い瞳を潤ませながら目を細めた。

 

「ゼフラから話は聞いたよ。皆の者、こちらは正真正銘伝説の英雄バルカーマナフの生まれ変わりだ」

 

 ラケーシの発言に、明らかに顔を輝かせる侍女や警備兵達がいた。

 ギルベーダがいなくなってから、その場にいる者達の緊張が一気に和らいでいた。

 

「バルカと呼んでも?」

「ああ、皆そう呼んでる」

 

 ラケーシは溌剌とした笑みを浮かべた。

 

「まだまだ話すべき事はある。しかし、明日は決闘……バルカ殿も、お仲間も長旅で皆疲れているようだ。あたしの館に案内しよう」

 

 

 そう言って、バルカの手を引いて城門の方へと導いた。

 

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