魔王討伐に貢献したオークの英雄、数百年後の世界で人間の女戦士を嫁にする   作:京谷ぜんきまる

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第90話 バルカーマナフVSギルベーダ

 翌朝。

 

 昨日の晴天から曇天に変わった冬空の下、朝霧に包まれたオークの都モーベイで、ギルベーダとバルカーマナフと名乗る男が決闘をするという話は一気に広まった。

 

 決闘は、都の中心にあるドレーキ・コロッセオで行われることになった。

 

 円形の巨大な石造りのこの闘技場は……。

 オーク族の力と栄光の象徴であり、

 氏族間の争いの決着を付ける場であり、

 古くは君主を決める決闘も行われた。

 まさに聖域だった。

 

 昼近くになると、ドレーキ・コロッセオの観客席は満員になった。

 コロッセオは戦士の養成も兼ねており、近くに兵舎もあるので、武装した戦士や兵士が数多くいた。

 武装した兵士が通路を固め、槍や斧を携えた戦士職の者たちがざわめきながら席に着いている。

 空気に薪が燃えるときの煙のようなオークの体臭が混じり、期待と緊張が渦巻いていた。

 

「ギルベーダ様が勝てば、地上への道が開ける……」

 

 と、グラント氏族の観客達は囁く。

 

「いや、バルカーマナフって魔王を討伐した英雄の名前だ。いつか帰ってくるって伝説が……」

「そんなのおとぎ話じゃろ」

「いや、わからんぞ……」

 

 観客たちの囁きが、闘技場全体に響く。

 ギルベーダはすでに闘技場の中央……粘土質の土で固められたアリーナに立っていた。

 昨夜、チェンバー・アーツで女達の添い寝から取り込んだ精気が体に満ち、肌は艶めき、筋肉の輪郭がより昨日よりくっきりと浮かび上がっている。

 両の手を開いたり握ったりしながら、口元に薄い笑みを浮かべていた。

 

 傍らに立つテッサは、今は鎖のついた首輪を付けられたまま、無言で俯いている。

 彼女の瞳には昨夜の屈辱と、これから行われるルサイドオークの運命を決める決闘への複雑な感情が混じっていた。

 

(今日でキメるで。伝説の名を持つオークを皆の前で倒す。君主の座、モーベイ、そしてラケーシッ。ぜーんぶ儂のもんじゃ)

 

 ギルベーダの胸中で、野心が熱く燃えていた。

 

 やがて、バルカが姿を現した。

 背後にメトーリアとレバームスを従え、ゆっくりと中央へ歩み寄る。

 ……バルカの目は少し血走っていた。

 

「どうした? 妙に目が赤いが。まさか昨日寝れなかったのか?」

「大丈夫ッ。オレ、必ず勝つ!」

 

 レバームスが冗談めかした問いに、バルカは前を見つめたまま、なぜかたどたどしく、唸るように答えた。

 

「……何かあったの?」

 

 と、レバームスはメトーリアに聞く。

 

「……」

 

 だが彼女は何も言わずにバルカの背中をじっと見つめたままだ。

 

 ラケーシはフェイスベールで顔の下半分を隠し、アリーナの端に立っていた。

 彼女の視線は、バルカとギルベーダの両方を捉えている。

 

「遅かったな、バルカーマナフ」

 

 ギルベーダが低く笑う。

 

「昨夜はよく眠れたか? 儂ゃ、実に良い夜だったぜ」

 

 バルカは無言で拳を握り、ゆっくりと構えを取った。

 言葉は必要ない。

 全ては拳で決する。

 ギルベーダがテッサの鎖から手を離す。

 メトーリア達もバルカから離れアリーナ中央にはバルカとギルベーダのふたりだけとなった。

 

 ラケーシが静かに手を挙げると、アリーナの正面中央にあった銅鑼を、テッサに劣らぬ筋骨隆々としたオークの女が(ばち)で打ち鳴らした。

 

「始め!」

 

 決闘が開始されると、ギルベーダは老獪な戦法に徹した。

 素手での勝負を望んだはずなのに、指先の尖ったガントレットを装着し、バルカの霊力をジリジリと削るように間合いを詰めてくる。

 バルカは構わず受け止め、拳を交わし続ける。

 

「どりゃ!!!!」

 

 ギルベーダの闘気が込められた鋭い一撃がバルカの頬をかすめた。

 赤い血が一筋、滴り落ちる。

 ギルベーダはほくそ笑み、舌なめずりをするように唇を歪めた。

 

    ×   ×   ×

 

「――ッ」

 

 観客席からどよめきが上がる中、メトーリアは息を吞んだ。

 バルカが血を流す姿を、これまで一度も見たことがなかったからだ。

 

    ×   ×   ×

 

「ふ~~~~~っ」

 

 バルカは呼吸を整え、全身防御スキルを発動した。

 灰緑色の肌が黒曜石のような漆黒に染まり、赤いマグマのような紋様が脈動するように明滅する。

 

「ほ~う?」

 

 同時にギルベーダも全身防御スキルを発動。

 濃い緑色の肌を黒く染めて、間合いを詰めた。

 

 拳打の応酬が始まった。

 お互いの腕が相手の拳打を弾き、いなす。

 

「破ッ!」

 

 バルカの一撃がギルベーダの胸板に命中するが傷一つ付かない。

 

「ヒャハハハハ! んなもん痛くも痒くもないわ!」

 

 反対にギルベーダの連打がバルカの胸にまるでオークの都モーベイを取り囲むクレーターのような、いくつもの衝撃痕を穿った。

 

「終わりじゃな♪」

 

 勝利を確信したギルベーダが下顎の牙を剥きだして笑った。

 だが――。

 

「むん!」

 

 バルカが左右の腰だめに拳を構え、胸をはると、ボコ!ボコ! っと音を立てながら衝撃痕は元に戻る。

 

「――――は? んなアホな!」

 

 ギルベーダは驚きに目を剥いた。

 その場にいる全員が、赤い闘気が流体となって絶えず漆黒の体表を流れているバルカの身体に釘付けになる。

 

(まさか…………テッサが儂の実力を見誤ったように、儂が、目の前にいるこの男の力を見誤ったっちゅうんかッ)

 

「うご!?」

 

 逆にバルカの拳打が当たったギルベーダの胸肌に、金属に亀裂がはしったような裂傷が発生し、みるみる広がっていく。

 

「ば、馬鹿なぁッ!?」

 

 ギルベーダは目をぎょろつかせて、傷口を手で押さえた。

 ありったけの力を込めて胸部の筋肉を収縮しようとしても、亀裂のような裂傷から血潮が止めどなく噴き出すのを止められはしなかった。

 

 アリーナの端にいたレバームスが、

 

「あーあ」

 

 と、ため息交じりの声を漏らしながら解説をはじめた。

 

「全身防御スキルは奥が深い。ただ硬く、弾力があればいいってもんじゃねーんだよな……一言に『防御力』といってもそこには様々な要素がある。鋼鉄を超える靭性は、激しい衝撃も受け止め、破壊されることなくエネルギーを分散させるし、強い延性や強度は、千切れず、あらゆる方向からの力――引張、圧縮、曲げ――に耐えることができる。さしずめギルベーダの全身防御は一定以上の力が加わると、一気に粉々になる宝石みたいに、靱性と弾性限界が低かったってとこか……まあ、バルカに比べて、だが」

 

    ×   ×   ×

 

 ギルベーダは圧倒的な力の差を思い知り、顔を歪ませた。

 

「く、くそったれがぁぁぁ」

 

 君主の座があと少しで手に入るというところで、なぜこのような男が……敗北は全てを失うことを意味する。

 だが、今は耐えるべきだ。ここは負けを認めて、再起を図るべき……。

 ギルベーダが膝を屈しようとしたその時、ラケーシが声をあげた。

 

「ギルベ、ここで終わりかい? 諦めるのかい?」

 

 その声はギルベーダの心をくすぐった。

 直前まで降伏しようとしていたのに、気がつくと立ち上がっていた。

 

「ぬああああああああああ~!!」

 

 獣のような咆哮を上げ、バルカに躍りかかった。

 バルカの顔に、憐れむような表情が一瞬浮かぶのが見えた。

 だが、次の瞬間には――。

 

「おおお!」

 

 裂帛の気合いの声と共にバルカの両腕が動いた。

 

    ×   ×   ×

 

 メトーリアにもレバームスにも、その動きを正確に捉えることはできなかった。

 ギルベーダの顔に、肩に、胸に、見えない拳打の雨が降った。

 数多の衝撃痕が穿たれ、その巨体がフワリと浮き上がったかと思うと、弧を描いて背中から地面に沈んだ。

 

 バルカはジッとギルベーダを見下ろした。

 ギルベーダは白目を剥いたまま血泡を口から吹きこぼしていた。

 全身防御スキルを解いて、バルカは背を向けた。

 

    ×   ×   ×

 

 観戦していたテッサは戦慄した。

 

「あっ、アアッ……」

 

 なんともいえぬ声を漏らしながら、テッサは汗に濡れたバルカの背中を見つめた。

 

 テッサはウルドログだ。モンスター退治を生業とする戦士である。

 同族からの依頼をこなしながら大陸の北や東に広がるオークの支配域を旅して回る生き方をしてきた今日まで、彼女は自分が一番強いオーク戦士だと思っていた。

 実際今日まで自分より強いオークに出会ったことが無かったからだ。

 

 そんな自分が手も足も出なかったギルベーダを、こうも簡単に倒してしまうとは……。

 テッサは両手を胸の前で交差させ、我が身をかき抱きながら身震いした。

 

 観客席もどよめいていた。

 無敵と思われたギルベーダに圧勝したバルカに畏怖さえ覚えているようだった。

 

    ×   ×   ×

 

「――勝負ありッ!」

 

 ピクリとも動かないギルベーダを見て、立ち合い役のラケーシは決着を宣告した。

 その声が呼び水となり、観客達は次第に湧きあがり始め、大きな歓声に変わっていく。

 

「……まさか、そんな……」

「うおおおおおおお!」

「やりやがった!!」

「ギルベーダが負けたぁぁぁぁぁ!!!」

「バルカーマナフ! バルカーマナフ!! バルカーマナフ!!!」

 

 怒濤のような歓声を浴びながら、アリーナから去るバルカにレバームスが駆け寄った。

 

「思った以上に早い決着だったな。クロキア達の霊を憑依させている分、もっと時間かかるかと思ったんだがな」

 

 バルカは血走った目を擦った。

 

「実は、昨夜……いや、なんでもない」

「? なんだよ、気になるじゃないか」

「……」

 

 バルカはメトーリアをちらりと見た。メトーリアは顔を赤らめ、目を逸らす。

 

「……へぇ」

 

 その様子を見たレバームスがニヤリと笑うのに気づかない振りをしながら、バルカは昨日の夜を思い出していた。

 

(メトーリアのおかげだ。き、昨日の()()がなければ、少しは苦戦したかもな)

 

 ……実は昨晩、ラケーシが去った後で、バルカにとって一生忘れることがない出来事が起こっていたのだ。

 

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