魔王討伐に貢献したオークの英雄、数百年後の世界で人間の女戦士を嫁にする   作:京谷ぜんきまる

93 / 98
第93話 英雄の拒絶

 翌朝、モーベイの街は一夜にして様変わりしていた。

 ギルベーダの死が、まるで風のように石造りの街路を駆け巡っていた。

「ギルベーダが……死んだ?」

 バルカはルサイド宮殿の広間で、夕べの宴の名残を見つめながら呟いた。

 彼が急死するのはバルカにとってあまりにも予想外だった。

 

(あの巨体、あの闘気。あの程度の傷で死ぬような男ではないはずだが……)

 

 

 しかも、グラント氏族の居館に残っていたギルベーダの取り巻きたちも、全員が死体で発見されたという。

 胸を貫かれた者、干からびたように萎んだ者……。

 死因はまちまちだが、共通するのは「一夜にして息絶えていた」ことだった。

 

「乱心したギルベーダが、部下を皆殺しにした後に自害したんだろう」

「いや、奴隷達はボロボロだけどみんな生きてるらしいぞ。恨みを買っていた誰かが、負傷した隙を狙って夜襲をかけたに違いない」

「そういやウルドログのテッサを無理矢理連れ回していたけど、もしかしてあの女が……」

「うーん、テッサも女奴隷同様、傷だらけのところを保護されたってよ。奴隷と一緒にルサイド宮殿に担ぎ込まれたらしい」

 様々な噂が、飛び交っていた。

 教えてくれたのは、レバームスと“いい仲”になった例の宮女だ。

 彼女は少し頰を赤らめながら、声を潜めて続けた。

「グラント氏族の者たちが、昨夜遅くに叫び声を上げたそうです。でも、朝になると静かになって……扉を開けたら、もう全員……」

 メトーリアは眉を寄せ、バルカの横顔を窺う。

 バルカは無言で拳を握りしめていた。

 

 

(ギルベーダは確かに強敵だった。だが、俺は“倒した”だけだ。殺したわけじゃない……。なのに、なぜ?)

 

 レバームスが席に戻ってきて、宮女の肩に軽く手を置いた。

 

「ありがとう。よく教えてくれたな」

 

 宮女は顔を赤らめながら頷き、そそくさと下がっていった。

 バルカはレバームスに視線を移す。

 

「どう思う?」

「不自然だ。お前の拳は確かに奴の胸を割ったが、致命傷にはならなかったはずだ。それに、取り巻きまで全員……これは誰かが手を回したとしか思えん」

 

 メトーリアが静かに口を開く。

 

「ラケーシ……?」

 

 バルカは一瞬、息を飲んだ。

 昨夜、ラケーシがギルベーダの存在を完全に無視してバサルデ城の城主になって欲しいと言ってきたのを思い出す。

 あの時の彼女の瞳は、勝利の喜び以上に、何か熱い野心を宿していた。

 

「……確かめに行くべきだな。ラケーシに」

 

 バルカは立ち上がった。

 メトーリアもすぐに立ち上がり、佩いている剣の位置を確かめるように柄へ手を添えた。

 

「私も行く」

 

 レバームスがため息をつきながら立ち上がる。

 

「俺もだ。ギルベーダの変死で街がざわついている今、ネイルたちを呼びに行くのは取りやめだな。フィラルオークをこんなきな臭い状況に巻き込むわけにはいかん」

 

 バルカは頷いた。

 

「……ああ。なら、三人で」

 

 三人は宮殿の奥へと歩き出した。

 レバームスはバルカの背中に軽く声を掛ける。

 

「もしラケーシが裏で糸を引いているなら……俺の目は誤魔化せないはずだ」

 

    ×   ×   ×

 

 ラケーシの私室は、ジオルミ結晶の赤い光に照らされ、甘い香りが濃く漂っていた。

 香炉の煙がゆらゆらと立ち上り、部屋全体を妖しい熱気で満たしている。

 ラケーシは窓辺に立ち、外の街を見下ろしていた。

 バルカ、メトーリア、レバームスが入室すると、ゆっくりと振り返る。

 その笑みは優しく、しかしどこか冷たく、獲物を前にした獣のようだった。

 

「バルカ……メトーリアに、レバームス。来たね」

 

 バルカが一歩前に出る。

 

「ギルベーダの死について、聞きたいことがある」

 

 ラケーシはくすりと笑い、三人に近づいた。

 指先がバルカの肩に触れようとする。

 

「触らないで」

 

 メトーリアが素早くバルカの前に立ち、剣の柄に手を置いた。

 レバームスが静かに言う。

 

「ラケーシ……ギルベーダはお前が手を下したのか?」

 

 ラケーシは手を止め、妖艶に微笑む。

 

「怖いね、メトーリア殿。そしてレバームス……鋭いね……そうだよ。ギルベーダは、あたしが殺した」

 

 バルカの瞳が鋭く光る。

 

「なぜだ」

「なぜって……あんたのためだよ」

 

 ラケーシの声は甘く、耳元で溶けるように響く。

 

「あいつは自分を倒したあんたを、絶対許さないだろうからね。復讐を企てて、あんたの命を狙うかもしれない……モーベイを治める者として、そんな男を野放しにしておくわけにはいかないだろう?」

 

 バルカは拳を握りしめる。声が低く震えた。

 

「それは俺が決めることだ。俺が決闘で倒した男だ。俺が責任を取る」

 

 ラケーシはくすりと笑う。

 

「責任? ふふ……可愛いね、バルカ。でも、もう遅いよ。あいつは死んだ。そして、これで地底界のオークの縄張りは完全にあんたのものになる」

 

 彼女の視線がメトーリアとレバームスに移る。

 

「グラント氏族は崩壊した。他の氏族は、今はあんたを英雄として崇めている。わかるだろ? あんたが君主になってオーク族を統一できるんだよ」

 

「それはお前の目的だろう」

 

 メトーリアの指摘に、ラケーシの目が細まる。

 紅い瞳の輝きが、野心に変わる。

 

「そうさ。北の大地に追いやられ、敵性種族に貶められた私たちオークの……復讐の時が来たのさ。バルカ、あんたが君主になって、全ての氏族が一つにまとまれば、オーク族は他の追放種族とも連合できる。北大陸の殆どをオークの国にするのも夢じゃない」

「話が違う! 俺がギルベーダに勝ったら人間達とは敵対しないと――ラケーシ、お前だって共存を探るとか試す価値はあるとか言ってたじゃないか!?」

「たしかに言ったよ? だから、一晩じっくり考えてみたさ。それで、思ったんだ。大陸に仕掛けられた呪染源を越えて、あたし達ハイオークが南下したら、ギルド同盟のやつらは黙っていないだろ? その時はどうするんだい?」

「だからそれは俺が何とかすると――」

「どうやって? 利害が衝突すれば、必ず争いが生まれる。オークならその時、力でお互いの関係をハッキリさせる。それしかないだろう?」

 

 レバームスが静かに言う。

 

「最後のオーク君主の后妃ゼラ・ルサイド直系の子孫だけのことはあるな。力がある男に寄り添いながら、実際の(まつりごと)は女達が仕切る……昔からそうだったもんな。さしずめギルベーダは泳がせてたんだろ? もっといい雄が見つかるまでお前はギリギリまで待ってたんだ」

 

 ラケーシは口角をつりあげた。

 笑ってはいるがその笑みには怒気が滲んでいた。

 

「……で? それでどうするんだい? バルカが私を受け入れてくれれば、すべてが丸く収まるんだけどね」

 

 彼女の体から、赤紫色の気が一気に溢れ出した。

 レバームスが目を瞠った。

 

「これは……闘気ではないッ。淫の気か!」

 

    ×   ×   ×

 

(なんだこれは!?)

 

 バルカは体が熱くなるのを感じた。

 あらゆる呪いや阻害(デバフ)スキルを無効にする完全耐性の固有能力(アビリティ)を手に入れてからは久しく感じなかった肉体と霊体の異常を感じる。

 ――下腹部に、抑えきれない欲望が湧き上がる。

 

()()()()()()()()()()

「う……」

 

 バルカは息を喘がせながら数歩、ラケーシに歩み寄った。

 メトーリアがその腕を掴もうとするがすり抜けてしまう。

 

「バルカ!?」

 

 音もなく接近したラケーシはバルカに密着し、首筋に唇を寄せ、囁く。

 

「私の淫気は同族には特効……特に男にはね。代々ルサイドオークはこの術……ルスト・アーツに、磨きをかけて男達を御してきたんだよ」

 

「な……バルカの完全耐性を貫通してるのか!?」

 

 驚愕するレバームスにラケーシは硬直したバルカの頭を撫でてみせる。

 

「だってこれ、害のある攻撃的なスキルとして反応できないだろう? あたしはバルカに敵意を持ってるわけじゃない。強制もしてない。誘ってるだけ。バルカの本能がそれに応じてるのさ。あんたの体が私の『牝』を感じているんだよ」

 

 ラケーシの言葉と、ある事実に気づいたメトーリアは愕然とした。

 バルカとラケーシの間に霊体の結びつきが生じているのだ。

 

(まさか……会ってたった三日間で!?)

 

 メトーリアの脳裏に、アルパイスの声が響く。

 

『メトーリア。バルカとの霊体の繋がりを強めろ。

 奴の霊体に深く入り込み、隙を見せたら……殺せ。

 繋がりが強ければ強いほど、相手は無防備になる。

 ()を逆手に取って、暗殺を実行しろ』

 

(こういうことだったのか!)

 

「嬉しいよバルカ。私が女の味を教えてあげる……私に抱かれて、力を得て……君主になって」

 

 紫電を帯びたラケーシの淫気(ルストオーラ)がバルカのこめかみから頭部の内部へと浸透していく。

 バルカは歯を食いしばる。

 ラケーシの赤いドレスを引き裂いて、押し倒したい衝動に駆られる。

 いや、いっそのこと立ったままこの女の腰を抱えて――。

 

「バルカ!」

 

 メトーリアに腕を掴まれて、その手の温もりで、バルカはハッとした。

 一昨日の夜が一気によみがえる。

 メトーリアの吐息。汗ばんだ肌から発する体香。

 柔らかい肌の感触。

 バルカの体から陽光のような霊気のオーラが、メトーリアからは青白い流麗なオーラが立ちのぼり、結びついていく。

 

「俺は君主にはならない!」

 

 やっとの思いでそれだけ言って、バルカはその場でがっくりと膝をついた。

 

 ――地上に、根の谷に帰らせてもらう!

 ――メトーリアと一緒に!

 

 心の中でそう叫んだが、なぜか口に出しては言えない。

 

 ラケーシは信じられないという風に首を振った。

 自分のルスト・アーツによる、誘惑・魅了状態にバルカが抵抗しているのだ。

 原因はバルカとメトーリアの霊体同士の繋がりだ。

 

「まさか、人間風情がオークの男と、これほどの霊体の結び付き(リレーション)を――メトーリアッ、あんたまさか使えるのかい? チェンバー・アーツを」

 

 バルカを守るようにメトーリアは前に出た。

 

「ラケーシ……やめろ。バルカを苦しめないで」

 

 ラケーシはゆっくりとバルカから離れ、三人を見る。

 

「あたしはバルカを諦める気はない。でもメトーリア、あんたが邪魔する限り、バルカはあたしに振り向いてくれない。だったら、あたしとあんたで決着をつけるしかないわよね?」

 

 ラケーシはメトーリアに向き直って言い放った。

 

「決闘よ。この宮殿内の者達みんなを立会人とする。勝った方が、バルカの本妻になる。負けた方は、側妻(そばめ)。本妻の言うことには絶対服従する……これでどうだい?」

「……追放とかでなくていいのか?」

「あたしはお前のことを結構気に入ってるんだよメトーリア。一緒にバルカに可愛がってもらおうよ♪ もちろん、もしあんたが勝って本妻になれば、あんたに従うよ?」

「……いいだろう。受けて立つ」

「待て! 俺の気持ちはどうなるんだ!?」

 

 バルカのかすれた声を聞いてラケーシは、静かに言う。

 

「決着がつくまで、待ちなさい。英雄よ」

 

 レバームスがバルカの肩を掴む。

 

「バルカ……落ち着け。ラケーシの淫気を振り払えそうか」

「わからん。こんな技は初めて受けた……ッ」

 

 部屋に、張り詰めた空気が満ちた。

 香炉の煙が、ゆっくりと四人の間を漂っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。