魔王討伐に貢献したオークの英雄、数百年後の世界で人間の女戦士を嫁にする   作:京谷ぜんきまる

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第94話 メトーリアvsラケーシ

 

 ルサイド氏族の宮殿はかつてはオーク君主の后妃や側室が住まう後宮だった。

 そんな宮殿でも、後宮時代から戦闘訓練を行う修練場は存在していた。

 メトーリアとラケーシの決闘はそこで行われることとなった。

 

 ジオルミ結晶が炎のような輝きを土を固めた床に落としている。

 

「この修練場はオーク君主の女達の闘いの場でもあった。あたしとあんたも、バルカの妻の序列を賭けて闘うのさ」

 

 修練場の周囲には、傾斜がある階段状の観戦席もある。

 ミニサイズの闘技場といってよかった。

 観戦席にはルサイド氏族のハイオークと、昨夜の宴から残った一部のハイオークが集まっていた。

 朝まで飲み明かした者たちは酒臭く、腫れぼったい目つきをしていたが今から始まる女同士の決闘に騒然としていた。

 

 

「それにしても急な話でびっくりしたわい」 

「まあモーベイを治めるラケーシ様はバルカ様の妻になって当たり前だよなぁ」

「あの人間、強いのかな?」

「そりゃ強いだろうとも。人間のくせにバルカ様とつがっとるんだから」

「まあでも、人間の女がラケーシ様に勝てるわけない」

 

 皆、興味津々の様子だった。

 

 テッサ、ギアラバ、ゼフラらラケーシの側近が前列に立ち、静かに見守る。

 観客席の隅には、バルカとレバームスが座っていた。

 バルカの体はいまだラケーシの淫気の影響下にあった。

 肉体と霊体に及ぼすあらゆる悪影響を無効にするはずの完全耐性が機能していないのだ。

 

 バルカはラケーシとの霊体の繋がりが深く根を張っているのを感じた。

 

「バルカ……大丈夫か?」

 

 レバームスがバルカの様子を伺いながら訊く。

 バルカは歯を食いしばった。

 

「くそ……完全に油断していた。ラケーシに話しかけられ、触れられる度に……知らず知らずのうちに、霊体の結び付きを構築されていたんだ」

 

 レバームスは目を細める。平静を装っているが彼も激しく動揺していた。

 

「オークが淫気を操るようになってるとはな……お前の完全耐性は攻撃的な阻害スキルや呪詛を弾くが、ラケーシを仲間としてお前は受け入れていた……そのため、無防備になった。今は一刻も早く基本的なやり方で回復を早めるしかないぞ」

 

 バルカは頷く。

 

「おさらいだな。淫術や洗脳術などのスキルで精神干渉されると、初期段階で誘惑や魅了の状態。そこから、服従・洗脳・傀儡と状態が悪化していく。今お前は魅了状態に抗ってるところだ。まず、霊力を煉って、淫気を抑えろ。それから――」

「わかってる。最後は自分の気で淫気を中和するか、追い出すしかないが……」

 

 クロキアの霊たちが憑依しているのも、足かせになっていた。

 淫気の影響で心が乱れて、精神を集中できない。

 バルカは目を閉じ、必死に霊体から霊力を煉り出して、肉体に霊気を巡らせる。

 だが、下腹部が熱く疼き、目を開けば、視界がラケーシに引き寄せられる。

 集中できない。

 

「くっ……予想以上に、身動きが取れん……」

「メトーリアには勝てないようなら、出来るだけ時間を稼げと言っておいた。バルカ、その間に淫気を振り払え。本格的にルスト・アーツを食らったら今のお前はヤバそうだ」

「ほ、本格的?」

「そりゃお前、淫術だぞ? 触れられただけでこの状態だ。それ以上のことをされたら……」

「やめろッ、それ以上言うな」

 

 バルカは頭の中に浮かぶイメージ……ラケーシのけしからぬ姿を必死にかき消し、メトーリアの事だけを考えようとした。

 

「回復が無理なら、一旦ラケーシから逃げるしかないぞ」

「メトーリアを置いていけるか!」

「おいッ、声がでかい」

 

 バルカの瞳が、修練場に立ったメトーリアに向けられた。

 

    ×   ×   ×

 

 修練場の中央から数メートルを隔てて、ラケーシとメトーリアは向かい合った。

 ラケーシは平均的なオークの女よりも背が高く、オークらしいたくましいも美しい筋肉美を誇っていて、百八十センチと人間女性としては高身長のメト―リアが小さく見えるほどだった。

 ラケーシは赤いドレスを纏ったまま、武器は持っていない。

 ゆっくりと唇を舐め、観客席に向かって手をあげた。

 

「皆、見ていてくれ。バルカーマナフの本妻に相応しいのは誰かを、今日ここで決める!」

 

 どよめきが広がる中、ラケーシは優雅にドレスの裾を翻した。

 その瞬間――彼女から、赤紫色の濃密な淫気が発せられ、渦を巻き始めた。

 

 メトーリアは剣を抜いた。 

 

 これに応じるようにラケーシは、虚空を掴むように右手の指をひくかせた。

 するとラケーシの右手周辺の空間に歪みが生じた。

 歪みの中から、金属製の短槍斧(ショートハルバード)が現れて、彼女の手に握られる。

 短槍斧の刃の部分には魔法士用の杖に嵌め込まれるような宝玉が付いていた。

 

「空間操作か」

「こいつは魔槍斧。魔法士の杖と戦士の武器のいいとこ取りみたいな獲物さ。あたしらオークは魔法の使い手も接近戦ができるよう鍛えてんだよ」 

 

 そういってラケーシは微笑んだ。

 

「――それでは、はじめ!」

 

 ルサイドオークの老女ギアラバの、決闘開始の合図で決闘が始まった。

 

 その直後、笑みを絶やさずに佇んでいたラケーシがいきなり不意打ちに出た。

 魔槍斧の穂先がメトーリアのこめかみ目がけてうなるが、メトーリアは剣の刃の根元(リカッソ)で払い、後ろに飛び退った。

 

 魔槍斧の宝玉が緑に輝き、槍先から赤紫色のオーラが漏れている。

 ラケーシは戦闘中にもかかわらず、淫気を開放していた。

 

 闘気と淫気が入り交じった禍々しく淫靡な空気は観客たちにまで及び、異様な興奮を掻き立てる。

 オーク達が息を飲みながら戦闘を凝視するなか、メトーリアは自分の体温が上昇しているのを感じていた。

 

「フフ、あたしの淫気は女にだって効くのさ。でも、あんたは対処法を良く心得ているようだ」

 

 ラケーシは本気だった。メトーリアが死んでも構わないという攻撃を繰り出していた。

 対してメトーリアはラケーシを殺すわけにはいかない。

 そんなことをすれば、周囲のハイオーク達が荒れ狂う暴徒と化してしまう。

 なんとかして、バルカの回復まで時間を稼ぐか、ラケーシを降参させるしかない。

 

(だが、私が本妻の座を勝ち取ったとして、ラケーシが完全に自分の考えを引き下げるとは思えないが――。)

 

 それは後で考えればいいことだ――と、メトーリアは目の前の闘いに集中した。

 ラケーシは魔槍斧を両手持ちと片手持ちを切り替えながら、穂先で突き、刃で払い、柄の反対側の石突での攻撃も繰り出してきた。

 

 メトーリアは受けにまわり、ラケーシが片手持ちになる瞬間を狙った。

 剣の切っ先でラケーシの手元に迫ると、ラケーシは右手にあった魔槍斧を瞬時にして消し、左手に再出現させて受けとめた。

 

 手にしていた武器を空間収納し、即座に反対の手に出現させる――!

 メトーリアが初めて見る戦法だったが、彼女はその危険性を瞬時に理解した。

 完璧に使いこなされると、防御においては死角を塞ぎ、攻めにおいてはより多彩で、思わぬ方向からの攻撃が可能になる。近接戦闘において絶大な効果をもたらすはずだ。

 

 ラケーシはメトーリアの渾身の一撃を容易く防御し、逆に突起のある斧刃で絡め、そのまま魔槍斧を引いてメトーリアを引き寄せた。

 

「ッ!」

 

 アクアルのダンジョンでバルカにもやられたことだ。

 思わずメトーリアは息をのんだ。 

 ラケーシは余裕を持って近づき、指先でメトーリアの頰を撫でる。

 淫気が、微かにメトーリアの体と霊体に流れ込む。

 

「熱いね、メトーリア。あんたの体も、私を求めている?」

 

 メトーリアは歯を食いしばった。

 掌でラケーシの手を押し退けながら剣をひねり、後退する。

 

「私は……お前のような淫らな女じゃない!」

 

 ラケーシの目から笑みが消えた。

 距離を取ってメトーリアを見据える。

 

「そうかい……その様子だと、あんた、まだ処女か」

「――ッ」

「で、だとしたらバルカも……正直信じられないんだけど、まだ童貞だよねぇ」

 

 ラケーシの声に怒りが宿っていた。

 

「そんな奴らがなんでチェンバー・アーツとかやってんだよ。どういうつがいだよッ……そういうのは、ヤッてからしな。バルカとまぐわいながら、あたしがあんたに教え込んでやろうか? どうしたら雄が喜ぶかってことをね!」

 

    ×   ×   ×

 

 羨ましい。

 

 ――ラケーシはそう思ってしまった。

 その瞬間、胸の奥で何かがきしむように歪み、怒りともやるせなさともつかない熱が、じわりとルサイドオークの長の内側を満たしていった。

 

 物心ついた頃から、ルサイドの娘たちはルスト・アーツを叩き込まれる。

 血が滲むような痛みで技を磨き上げ、好きでもない男の体に淫気を流し込む屈辱の日々。

 この技を誇りに思いながら、同時に嫌悪していた。

 それでも、それがオークの安寧のためだと信じて、耐えてきた。

 体を差し出し、心を絡め取り、男を御すことでしか、氏族を、モーベイを守れなかった。

 

 ……ギルベーダの執拗な求婚。

 拒否すればゼフラのように氏族の女が地底界に連れ去られ、犠牲になる恐怖。

 だがギルベーダ・グラントには圧倒的な強さがあった。

 毎夜、吐き気を堪えて色目を使い、思わせぶりな仕草で気を引きながら、彼を誘惑し、魅了し、その思考を誘導した。

 

 心底、虫酸が走った。

 そんな日々が続いた先で、

 もう観念してギルベーダと番うしかないと思ったその時に――バルカが現れた。

 あの瞬間、胸の奥が熱く疼いた。

 

 謙虚で、優しく、強いオークの男。

 

 彼がギルベーダを倒した瞬間、初めて、心が震えた。

 

 ――この雄なら、違うかもしれない。

 あたしは幸せになれるかもしれない。

 だから、急いだ。

 こんな純粋な人間の女に、奪われる前に。

 バルカを、あたしのものにしなければ。

 

    ×   ×   ×

 

 ラケーシはメトーリアを睨んだ。

 瞳に、紅い炎が宿ったかのようだった。

 

「――あんたみたいな女が、バルカを独り占めするなんて……許さない!」

 

 魔槍斧が唸りを上げ、緑の宝玉が激しく輝いた。

 

肉体欲動(カーラニスト)……精神毒浸(ヴェネヌム)……ッ!!」

 

 ラケーシが詠じるように低く呟くと、魔槍斧を軸に回転する赤紫の淫気の渦が、メトーリアを飲み込もうとする。

 渦の中心から、無数の細い触手のような気が伸び、四肢を絡め取ろうとする。

 メトーリアは剣を盾のように構えた。

 バルカと霊体が結びついてから高まっていた霊気が、可視化できる青白い闘気となって剣を包む。

 

「――ハァッ!」

 

 剣閃が渦を切り裂き、一瞬だけ淫気の流れを乱す。

 だが、次の瞬間、ラケーシの魔槍斧が横薙ぎに払われ、メトーリアの左腕を掠めた。

 薄く血が滲む。

 傷口から、熱い疼きが広がる。

 

(淫気が……直接!)

 

 メトーリアの視界が揺らぐ。

 体が熱い。

 いつもは苦にしない胸の膨らみが重い。

 体の芯に()()が、みっちりと張りつめたような感覚に惑乱し、息が乱れる。

 

 その隙を、ラケーシは逃さない。

 魔槍斧の刃に再び剣を絡める。そのまま片手持ちで、メトーリアの剣を抑えながら、もう片方の淫気を帯びた手でさらなる接触を狙う。

 メトーリアは自らも剣を片手持ちに切り替えて、その手を払った。

 

 メトーリアの闘気とラケーシの淫気がバリバリと衝撃音をたててぶつかり、打ち消しあう。

 

 剣を捻りながら、メトーリアは後退する。

 ラケーシは追撃しようとしたが、予想以上に手にしびれを感じたのか、顔をしかめる。

 手指をせわしなく動かしながら腕を振って、言葉を吐き捨てた。

 

「あんな男の側にずっといながら、まだ抱かれていないなんて……勿体ない! 降参しなよメトーリア、そしたら、この後すぐにでも……あんたの前で、バルカを抱いてみせたげるよ!」

 その言葉は、メトーリアの胸を抉った。

 たしかにバルカと、まだ一度も体を重ねていない。

 “偽りのつがい”という関係から始まっただけに、バルカと話し合って、事を急がなかっただけだ。

 

 「勿体ない」――そんな言葉で、バルカとの時間を汚された気がした。

 メトーリアの瞳が、青く燃える。

 

「……もう黙れ、ラケーシ」

 

 青白い闘気をまとったメトーリアの、身体操作を加速させた攻撃がラケーシの守りを崩す。

 剣がラケーシの腕を掠め、血が飛び散った。

「くっ……!」

 

    ×   ×   ×

 

 もういい。

 

 ラケーシは思った。

 メトーリアを殺せば、当然バルカは激昂する。

 ルスト・アーツを駆使しても籠絡するのにかかる時間が長くなるだろう。

 そのために、彼女も自分の淫気で堕としてしまおうとラケーシは考えていた。

 だが、メトーリアは予想以上に手強い。

 

 なので方針を変えることにした。

 

 心が折れ、降参する様子もないし――、

 

 殺してしまおう。

 

 そう決めたラケーシは唇を歪め、魔槍斧を再び振りかざし、攻撃しながら赤紫の淫気をメトーリアの全身に浴びせる。

 赤紫のオーラがメトーリアを包み、動きをさらに鈍らせる。

 

「くっ……」

 

 足取りが重くなったメトーリアを見てラケーシは笑い、魔槍斧を振り下ろす。

 

「これで……終わりだよ、メトーリア!」

 

 斬撃が振り下ろされ、メトーリアの首を狙う。

 動きが鈍り、回避できないメトーリアは剣で防御の姿勢を取る。

 

(いいさ、受けなよッ。)

 

 ラケーシの脳裏で、未来が一瞬で完成した。

 

 ――メトーリアの剣が魔槍斧を受け止めた瞬間、空間収納で魔槍斧を消す。

 体を半回転させてメトーリアに間合いに踏み込み、掌に魔槍斧を再現出させ、逆手で刺突。

 穂先が、メトーリアの闘気を突き破って、体を正確に貫く。

 

(これで、終わりさ!)

 

 ラケーシの唇が、勝ち誇った弧を描く。

 魔槍斧が、メトーリアの胸に迫る――。

 ラケーシは勝利を確信した。

 

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