魔王討伐に貢献したオークの英雄、数百年後の世界で人間の女戦士を嫁にする   作:京谷ぜんきまる

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第97話 バルカ&メトーリア2

 冬を迎えていたオークの都モーベイの身を切るような寒さとは違い、地底界のバサルデ圏域(レルム)は暖かい。

 周囲を山に囲まれたバサルデ城から山道を下る最中はわずかに肌寒さを感じたが、山岳地を通り過ぎると蒸し暑さを感じるようになった。

 ウォルシュ達アクアル隊を連れていた場合はレバームスの隠れ家から退化の秘法の呪染源の湖までも三日の行程だったが、レバームスだけならば早ければ明日の夜――地底界の空の光とジオルミ結晶の光が弱まる星輝没の時間帯――にはウォルシュ達と合流していることだろう。

 

 バルカとメトーリアはできるだけゆっくりと歩いた。

 それでも常人離れした移動力で夜中の内に山岳地帯を脱した。

 バサルデ城から十分に離れた針葉樹の林の中で、メトーリアはアルパイスに連絡を入れることにした。

 

    ×   ×   ×

 

 メトーリアが通信用の魔法の水晶を取り出し、水晶が光を発し始めてからアルパイスが応答するまで、しばらく時間がかかった。

 水晶から、冷ややかで支配的な声が響いた。

 

『メトーリア、今どこにいる?』

「地底界です。モーベイから戻ってきました」

『はやいな……何があった』

 

 メトーリアは簡潔に報告した。

 オークの国の現状。ギルベーダとバルカの決闘。オークの都モーベイを統治するルサイド氏族長ラケーシの存在。そして――。

 

「ラケーシ・ルサイドはルスト(閨淫)アーツ(武技)の使い手でした。バルカを傀儡にすべく邪魔な私を排除しようと決闘を申し込まれましたが……私が、勝利しました」

『……面白いことになったものだな。オークにもルスト・アーツの使い手がいたとは。ではバルカは今もお前のそばにいるのだな?」

 

 メトーリアは視界の隅に映っているバルカを意識した。

 バルカは黙ってメトーリアを見つめていた。メトーリアは、眉一つ動かさずに答えた。

 

「はい。バルカは最終的にはラケーシの淫術から脱し、彼女の誘いをはっきり拒否し、オーク族の有力者達がいる前で私と共に地上へ帰ると宣言しました。彼らとは距離を置き、フィラルオークの里の再建に力を注ぐつもりです。オークの君主になる話も、すべて断りました。ハイオークとフィラルオークがどうなるのかは、これからの状況次第かと」

『……ふむ。バルカはもう、完全にお前の()()()にあるということか?』

 

 その言葉に、メトーリアの胸の奥がわずかに熱くなった。

 

(……完全に、か)

 

 彼女は静かに息を吐き、声のトーンを一切変えずに答えた。

 

「彼は私のつがいとして、行動しています。それ以上でも、それ以下でもありません」

 

 アルパイスは短く笑った。

 

『いいだろう。引き続き、バルカに付き従え。だが……ラケーシとやらの淫の気に一時的にとはいえ当てられるとは、バルカも無敵ではないということだな」

「はい……」

 

 わずかな沈黙がはさまった。

 みなまで言わないが“隙があったらバルカを暗殺しろ”という命令をアルパイスが撤回していない以上、メトーリアはそれを意識して否定的な見解を示した。

 

「ですが、まだバルカを仕留められるか。私には確信が持てません」

『ふむ……バルカのリーダーシップで地上のオーク達がまとまれば、それだけでもギルド同盟にとっては脅威だ。地底界やラケーシが治めるオーク国も勢力を伸ばしていくだろう。これらの動向を常に監視することがお前の役目と思え』

 

 今のアルパイスの目的はバルカ暗殺よりも、バルカを利用することにシフトしたようだ。

 

「はい」

 

 アルパイスの声が、低くなった。

 

「だから……メトーリアよ、バルカの寝首をかくことは、しばらく考えなくてよい」 

「はい」

 

 ちなみに、メトーリアはチェンバー・アーツの件やバルカとの霊体の繋がりが強固になったことなどは報告していない。

 

「実はな。ギルド同盟からアクアルのダンジョンを調査せよとの指令がきた」

「それは……」

「オークの知性を退化させる呪染源の破壊……どうやらギルド同盟の上層部は察知したようだ。ギルド長老衆(エルダーズ)にはダンジョン調査に向かったメトーリア・シェイファー・アクアルと調査団が行方知れずになった――とでも言っておこうか」

「は……」

「地底界とモーベイのハイオーク……ラケーシという女についても、もっと知りたいところではあるな……機会があれば、こちらからも手を打つかもしれない』

「了解しました」

 

 通信が切れた瞬間、メトーリアは小さく息を吐いた。

 アルパイスと言葉を交わすときに感じていた緊張や恐怖を、メトーリアは感じなくなっていた。

 メトーリアはゆっくりと顔を上げ、バルカの目を見つめた。

 

    ×   ×   ×

 

 どことも知れぬ、地底界の別のレルム(圏域)にて。

 

「ミリア、メトーリアをどうみる?」

 

 ワールドノードの光の渦の前に立って、メトーリアとの通信を終えたアルパイスは、魔法水晶を懐に納めながら、側に控えていた側近のミリアに問いかけた。

 

「クリスタルに映る彼女の顔も、声音も、落ち着いているように見えましたが……」

「……暗殺の件はしばらくは考えなくていいと命じたときも、顔色はみじんも揺るがなかったな。すこしは安堵するかと思ったが」

「よいことでは?」

「……どうかな」

 

    ×   ×   ×

 

「バルカ、あとどれくらいで朝になると思う?」

「地上の昼夜とちょうど逆転してる感じだからそろそろ明るくなりそうだが――あ」

 

 言い終わらないうちに、空の星々と樹林に生えているジオルミ結晶の光が強くなり、周囲が明るくなっていく。

 

「私の感覚だと昼過ぎか夕方ぐらいだ」

「俺もだ……ちと眩しいくらいに明るいが、軽く食事をしてから……ここで野営してひと眠りするか。疲れてるだろ」

「……うん」

「じゃあ、ここで野営だな。果物やキノコをいくらか採ってくるから。お前はここで待っていてくれ」

 

 そう言ってバルカは長剣の形状のままの武器をメトーリアの側に置いた。

 メトーリアは今まで気に留めてなかったが、バルカの武器は留め具やベルトで吊ったり固定しているわけではない。

 道中、長剣は抜き身のままで、何らかの力でバルカの背中につかず離れずにくっついていた。

 

「その剣、元の斧の形に戻さないのか?」

 

 バルカにメトーリアは聞いた。

 

「え、ああ……このままにしておく。お前の剣が壊れただろ。替えの武器を用意できるまで、お前が使っていいよ。何かあったときゃ俺は素手で戦うから」

「それ、元の私の剣と刀身も柄も殆ど同じ大きさで、すごく扱いやすかった……よくそこまで、形状を変化させられるな」

「あれは俺がやったんじゃない」

「え?」

 

 バルカは長剣の黒い刀身を眺めながら説明する。

 

「こいつはそもそも俺専用の武器だ。本来俺以外の者が持ってもなじまない。めちゃくちゃ重いはずだしな。でも、俺とクロキアの霊群がいるところにお前がこいつを持ってきた時、随分軽々と扱っていただろ。あれで分かった。なんていうか、その……俺とお前の間に霊体の結びつきができた事で、()()()はお前のことも所有者として認めたんだ。剣になれと念じはしたけど、このサイズと形になったのはこいつの意思だ」

「意思……」

「前に言ったろ。高位の武器は霊体を備えるって」

「とんでもない代物だな……あのラケーシの武器も相当な業物だったはずだが、一撃で破壊したし」

「こいつの力だけじゃなくって、お前の強さあってこそだ……じゃあ、ちょっとその辺を回ってくる。すぐ戻る」

 

 メトーリアは離れていくバルカの背中を見送った後、彼が置いていった剣を手に取る。

 

「……」

 

 腰だめの剣帯に吊してある空になった鞘に剣先をあてがう。

 

 ――キィン。

 

 涼やかな音を立てて剣は鞘に完璧に収まった。

 メトーリアは深い吐息と共に、剣帯を外した。 

 

    ×   ×   ×

 

 地底界バサルデ・レルムは自然が豊かだ。

 バルカは木の梢から青くて丸い柑橘をもぎ取った。

 

「……くそ」

 

 手頃なキノコもすぐ見つかった。

 

「あー、もうッ」

 

 苛立った声を上げながらキノコを採取し食材を抱えながら立ち尽くした。

 チェンバー・アーツを行ったあの夜。

 バルカは「決闘が終わった後でお前に言いたいことがある」とメトーリアに言った。

 まだ、それが言えていない。

 

 なまじ、ラケーシやハイオーク達がいる前で「俺はこの女の方がいい」と勢いにまかせて言った後だからか、どういうタイミングで、どういう風に、改めて自分の気持ちを告白すればいいのか、バルカには全く分からないのだ。

 否。分からないというより、迷っているといっていい。

 メトーリアとラケーシの決闘。

 あの激戦後の戦陣の雰囲気の中では、わけもなく言えたことだ。

 今この時、二人っきりのゆったりとした雰囲気の中で、もう一度正式に告白するだけのことではないか。

 なぜそれを躊躇っているのか。

 

 “ここで決めろ。メトーリアと()()

 

 塗り薬を手渡されながらレバームスにそう言われたバルカだったが……。

 ここまでの道中、結局なにも行動しなかった。

 殆ど会話もなかった。

 傷の具合などを何度か聞いたぐらいである。

 

 二人きりになったときから、メトーリアから漂っていた甘くて酸い体香がより一層濃くなった。

 その香りがどういうものなのか。何を意味するのか、匂いで感情や状態を察知することができるオーク族のバルカにはハッキリと分かっていた。

 それなのに、この期に及んでラケーシの淫気で今のメトーリアは平常とは違うのだ――とか、いちいち言い訳を見いだして、まごまごとしているのである。

 

(ああ、くそ! 俺という奴は、なんて意気地の無い――)

 

 自らの戦闘や、兵を率いる事などは稲妻のごとき素早さで号令し、行動できるのに……。

 

 そもそも、世のあらゆる種族の男はどうやって女を口説いたり、女に告白したりしているのだろうか。

 わからない。考えれば考えるほど訳がわからなくなってくる。

 

 己への歯がゆさと情けなさに、バルカは身もだえする気持ちに苛まされるのだった。

 

    ×   ×   ×

 

 「メトーリア?」

 

 元いた場所に戻ると、メトーリアは武装を解いていた。

 鎧だけでなくベルトや剣帯も外し、体にぴったりと密着した隠密服のみの姿になっている。

 目を閉じ、木の幹に背を預けて身を横たえていた。

 

(寝たのか?)

 

 それならそれでいい。

 傷の具合も平気だと本人は言っているが、ラケーシとの戦いの後だ。

 疲れていないはずがないのだから。

 

 いや、しかし……妙だ。

 旅の最中も、アーガ砦にいたときもメトーリアと共寝しているバルカは彼女の熟睡している様子をよく知っている。

 その姿と比べると……。

 寝顔はリラックスしたあどけない表情をしているが、それ以外の全身の筋肉は弛緩しているどころか、むしろ張りつめて、緊張している。 

 そもそも、レベルの高い戦士であり霊体の結び付きでお互いの気配を強く感じあうことが出来るメトーリアが自分の呼びかけに目を覚まさないというのもおかしい。

 

(まさか、どこか具合が悪いのかっ?)

 

 バルカは両手に抱えていた食物を取り落としながら、メトーリアに近寄った。

 

「メトーリア」

 

 と、もう一度呼びかけた直後にメトーリアの両眼がパッと開き、バルカを見つめた。

 

「その、食べ物を採ってきたが……」

 

 メトーリアは応えない。

 木の根にある大ぶりの天然ジオルミ結晶の白色光を受けて、青い瞳が燃えるように煌めいている。

 バルカとメトーリアの視線が重なり、メトーリアがわずかに身を起こすと同時に、バルカは彼女の眼前へ近寄った。

 メトーリアはバルカへ双腕を差し伸べた。

 バルカは、さっきまでの意気地のなさが嘘のように、自然に彼女を抱きしめた。

 

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