この教室にはサイコキラーがいます。   作:イナバ

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主人公

名前:蓮見聖夜
年齢:28歳
性格:共感能力皆無
   目的のために手段を選ばない


以上説明終わりっ!
名前と年齢が違うだけで、あとは蓮実聖司と同じです。


第一話

 

「新学期早々にして、Dクラスの授業態度は目に余りますね」

 

 二限目の授業を終えて職員室に戻った蓮見は、既に作業を切り上げて伸びをしていた、同僚の茶柱佐枝教諭に声を掛けた。茶柱は淡白な性格で、生徒はおろか他教諭に対しても一線を引いた態度を固持している。一見不愛想なものだが、今年赴任したばかりの蓮見にとっては、一人でいる相手は話しかけやすい。

 

 基本的に放任主義的な学校とはいえ、やはり自分の担当するクラスの評判は気になるものなのだろう。茶柱は不愛想な態度をそのままに、重たい溜息をついた。

 

「蓮見先生もそう思われますか……まあ、所詮はDクラスということです」

 

 本校──高度育成高等学校では、入学時に生徒の能力値によってクラス分けが成される。Dクラスはその分類における最低の枠組みである。自然と、質の悪い生徒が集中するというもの。

 

「数人はまともに話を聞いている生徒もいるようですが、何度注意しても私語や居眠りが減らない。授業の妨害をしないだけ、まだマシというものですが……」

「やる気のない者は放置していればいいのです。実害が出るようなら相応の対処もします」

 

 確かに、実害という程の実害もない。

 ただ、生徒の成績を憂うなら、歓迎できない状況でもあった。

 茶柱は半分崩壊しかけている自クラスの実情を、ほとんど諦観しているらしい。

 

「教育熱心なのは結構ですが、蓮見先生は他のクラスを構うのがお好きなようで」

「いえ、好きで気にしていると言いますか、仕事ですから」

 

 高校教諭には、生徒の学習指導の他に、校務分掌と言って学校運営のために役割が与えられる。蓮見聖夜は一学年の英語授業及び、生徒の生活指導を兼任していた。

 新人教諭ということを盾に面倒な仕事を押し付けられた、とも思うが、生徒の情報が集まってきやすいため、一概に無意義とも言えないものだ。

 

「ご自身のクラスの状況も、もう少しお考えになられてがどうです? 授業のたびに、青痣を増やす生徒が散見されますよ」

 

 痛いところを突かれた。

 

「ただの非行はともかく、暴力行為は担任の責任問題にまで発展しかねません」

「ええ、重々承知していますよ。ただ、監視カメラの映像も一部提供してもらって、状況を探っているんですが、視る限りでは喧嘩などの行為が発見できず……」

「全くの無問題、と?」

「いいえ、ずる賢い輩がいるということです」

 

 得心が言ったように茶柱も頷く。

 最近の子供は巧妙に自分たちの悪事を隠すものだ。喧嘩や虐めの実態は、思っている以上に発見し辛い。Cクラスはそれが特に顕著で、ちょっとした口論以上の出来事は全く見られなかった。

 

 つまり──カメラと教師の目を搔い潜り、クラスメイトに厳格な口止めを実施し、陰ながら暴力行為を行っている生徒がいる。

 

 危険な存在だ。過激な若者は珍しくもないが、自分の行いを隠すには高度な人心掌握術と行動力が要される。倫理観も欠如していると考えておいた方が良いだろう。そういった人間の危険性を蓮見は痛感していた。出来れば、生徒たちの間に“毒”が撒かれないよう、早々に排除したいものだが……。

 

「陰湿な話ですね。大変でしょう」

 

 厭味ったらしく茶柱教諭は言った。

 

「……何となく、犯人は分かっているので、心配はご無用です」

「ほう? 何となく、ですか」

「日に日に教室内で発言力を高めている男子生徒がいるんですよ。龍園と言うんですが、毎日のように、取り巻きも増えていて」

 

 一人一人、下僕でも増やすかのように龍園翔が立場を高めていく様は、見ていて不気味とすら覚える。スクールカーストだなんて可視化されない暗号だとは思っていたが、彼の場合は分かりやすい。入学当初は影の薄い生徒かと思っていたが、今では一昔前のクラス番長のような風采すら帯びてきている。

 

「でしたらまずは、自分のクラスの問題を清算することですね」

 

 茶柱の苦言は正論だ。生活指導にクラスは関係ないが、暴力行為は優先的に対処する必要がある。生活指導部としても、担任としても、目下の最大の問題はCクラスを荒している元凶を排除することだ。

 

 

 

 その日のうちに、蓮見は行動に移すことにした。

 授業の合間時間に、廊下で龍園を捕まえ、昼休みが始まってすぐに生活指導室に来るように伝えた。該当の時間になり、蓮見は弁当を持参して指導室で待っていたが、いつまでも龍園は顔を出さない。

 諦めて一人で弁当を食べる。蓮見は、龍園に指導室で昼をご馳走することで、彼の口を軽くさせようと考えていたが、その目論見は失敗に終わったようだ。

 

 三十分ほどが経ち、やっと龍園が現れる。

 仄かにハンバーグの残り香が漂ってきた。どうやら食堂で昼食を済ませてきたようだ。呼び出しよりも食事を優先する、ふてぶてしい態度は腹正しいが、ここで叱ってもラチが空かない。

 

「やっと来たか」 

「何だよ。俺は何かしちまったか?」

「焦るな。まあ座れ」

 

 昼休み終了まであとニ十分ほど。時間に余裕はある。

 

「なあ龍園、最近、誰かに暴力を振るったりしなかったか?」

「質問の意味が分からねぇな」

「では分かるように言おう。一部の生徒から、お前に襲われたと苦情があったんだ」

 

 実際には嘘だったが、龍園は心当たりがあったのか、忌々しげに舌打ちした。蓮見のカマかけを肯定するかのような態度だ。

 

「チクったのは誰だ?」

「情報源は言えないな。プライバシーだ」

「クク、まあいい、どうせすぐ分かる。で、お優しい担任様は、俺を懲らしめようって訳か?」

「そんなんじゃないよ。ただ、見過ごせなくてね。原因を知りたいんだ」

 

 子供は打たれ弱い。悪さを指摘した上で、叱るより寄り添う方が本音には近づきやすいものだ。もっとも、この龍園も本当に打たれ弱いかどうかは疑問だったが。

 

「何か、学校生活に不満があるのか?」

「別に」

 

 素っ気ない答え。蓮見も、だろうな、くらいにしか感じなかった。

 学校運営という権力に対して不満がある場合、その矛先は教師に向かいやすいものだ。生徒同士の不和の理由にはならない。

 

「俺は俺に歯向かうヤツを潰してるだけだ」

「歯向かう……と言うと、具体的には何をされたんだ?」

「俺の命令に従えない、とかだな」

 

 自分本位過ぎる考え方に、蓮見は唖然とした。

 

「Cクラスは全員俺が屈服させる。つーか、もうほとんど終わってるけどな。反抗的な奴を一人一人、呼び出して、叩きのめして、俺が上だと認めさせる。ちなみに、くれぐれも勘違いしないで欲しいんだが、誰かをイジメたりはしてないぜ」

「ああ、分かるよ。喧嘩とイジメは違うからな」

 

 実に子供じみた動機ではあるが、言っていることが本当だとしたら──恐らくクラスの状況から本当なのだろうが──突出した行動力と、野心めいた向上心の持ち主だ。群れて誰かを袋叩きにするのではなく、単身でクラスメイト全員に喧嘩を売る様な言動には、感心すら覚えてしまう。

 

「お前はある意味、正々堂々としているんだな」

「あ~? そう感じたか?」

「今の話を聞く限りはな。……先生も学生の頃は、けっこう荒れてたっけなぁ」

 

 蓮見は龍園の背後に立つと、彼の艶やかな黒い長髪をわしゃわしゃと撫でた。龍園は両鼻に皺を寄せて蓮見の腕を振り払う。スキンシップは嫌いなようだ。

 

「正直、お前みたいな奴は叱るに叱りきれないよ」

「……お前、何か勘違いしてねぇか? 俺はCクラスの全員を屈服させるって言ったんだぜ?」

「ん?」

「──まさか、教師が例外だとは、思ってねぇよな」

 

 コキリ。龍園が腕を鳴らす。

 

「やめとけ。先生に手を出したら、停学じゃ済まないぞ」

「そっちも生徒に手を出したら。懲戒免職じゃ済まねぇけどな」

「なら仕掛ける理由も、反撃する理由も、俺たちにはないって訳だ」

 

 龍園の両肩に手を置き、軽く体重を掛けた。

 これだけで相手は簡単に立ち上がれなくなる。だが、龍園はその行動の意図を気にする様子もなく、不敵に腕を組んだ。

 

「……食えねぇおっさんだな」

「おっさんだって? この高齢化社会では、28歳の俺なんて、まだまだお兄さんじゃないか」

「言ってろ。つーか、あんま余分な心配をすることはねぇよ。俺がシメるのは精々あと数人だ」

「その数名を守るのが俺の役割だ」

 

 この後に及んで、犯行予告をするとは。龍園はとことん大人を舐めているらしい。即座に手段としての暴力を浮かぶことや、教師が様々な社会的制約を抱えていることを指摘する当たり、やはり放置は危険だ。

 すぐに排除は出来ない。さてどうしたものか……。

 蓮見が頭を悩ませていると、龍園の方から提案があった。

 

「聞きたいことがある。あんたがそれに答えてくれたら、俺は暴力は封じてもいい」

「何だ? そんな取引なんかなくたって、何でも答えてやるぞ?」

「来月、俺たちには何ポイント支給される?」

「…………」

 

 鋭い質問に面を喰らってしまう。

 入学時、一年生たちには一律10万ポイントが支給された。来月以降の支給額についての説明は行われていない。それをどう解釈するか、生徒に委ねるためだ。

 このようにして、この学校は生徒の判断能力などを測り、鍛えていく。

 答えられない質問だったため、わざとらしい無言の時間が流れた。

 

「今月は、10万ポイントが支払われたはずだ。それだけあれば、来月の心配なんていらないんじゃないか?」

「クク、質問の答えになってないぜ」

「……先生たちの間では、生徒に教えてはいけないことがある。こっちの事情も察してくれ」

「別にいいさ。その代わり、何も教える気がねぇんなら、俺もアンタの指図なんて受けねぇけどな」

「何も教えないとは言っていないだろ」

「……へぇ?」

 

 まさか本当に答えがくるとは思っていなかったのだろう。

 寸分も期待などしていなかった龍園の声音が、僅かに弾む。 

 確かに、禁止されている。この学校は特殊な教育を行っているため、その“特殊”な部分の情報について、教諭から生徒に伝えることはおろか、ヒントすら与えてはならないことになっている。

 全ては、生徒を自主的に成長させることが狙いだ。

 

 だが、他の生徒が危険にさらされる可能性があるとなれば、口を滑らせるには十分な理由だ。

 少し、入れ知恵をする程度で、咎められはしないだろう。

 

「お前の先程の質問に関して、一つだけ教えてあげてもいい。ただし約束してくれ。もう誰も傷付けないって」

「ハッ、約束なんていくらでもしてやるよ」

 

 所詮は口約束。簡単に敗れると思っているのだろう。

 実際、その通りだ。現状、龍園の暴力を拘束する手段はない。だが、暴力を行わないことで利益を得られる状態を一度味合わせるだけで、彼の今後の身の振り方は大きく違ってくる。

 加えて、約束を理由に、蓮見から龍園に話しかける機会も増えるだろう。親睦を深めていくきっかけ作りくらいにはなるはずだ。

 

「『先生の言う事に従っておけば、必ず得をする』」

「は?」

「静かに授業を聞きなさい、必ず課題を出しなさい、真面目に掃除をしなさい。……先生は無理なことを言ったりしない。それに従えば、お前たちは来月必ず得をする」

「……当たり前のことを、意味深に言っているようにしか聞こえねぇけどな」

「だが俺に言えるのはここまでだ。これ以上は、逆立ちしたって出てこない」

 

 龍園は食い下がってきたが、蓮見の態度は一貫して、これ以上口を割ることはなかった。

 昼休み終了五分前になって、龍園も無駄だと判断したのか、指導室を立ち去ろうとする。

 

「お前、結構面白いな──蓮見聖夜。思ったより話ごたえがあったぜ」

「約束は守るんだぞ」

「分かってるっつーの。あばよ」

「……全く、どこまで本気なんだか」

 

 確か、Cクラスの次の授業は国語だ。龍園はまっすぐ教室に帰ったらしい。

 一人の生徒とここまで長話を要したのは、この学校に来て初めてのことだったが、龍園は想像以上に切れ物なのかもしれない。

 普通でない思想めいた価値観も持っているようだし、単純に知恵のある不良程度に考えるのは軽率だろう。

 蓮見は今後の生活を思慮し、即座にとある決断を下そうとするが……いや、それはまだ早計かもしれない。前の学校では、焦りすぎた。そのせいで四人も排除するハメになった。

 

 適切な距離感を保てば、いくらでもやりようはある。

 

 じっくり、ゆっくり、やっていけばいい。

 

 

 今度こそ、この学校に『理想の王国』を作るために。

 

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