それ往け、戦国マックイーン   作:エビフライ定食980円

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第10話 糸の先

 結果から言えば、十河一存に対する襲撃は失敗に終わった。

 彼に刀を抜かせ、応戦せねばならぬ事態まで招いたものの、十河一存自身は傷1つ負うことなく、有村秀の援兵が来るまでの時間を僅かな供廻りと共に耐え切った。

 

 しかし全くの犠牲者なしとは行かず、供廻りから4名の還らぬ者が出た。その中には、襲撃当日の朝にメジロマックイーンと共に食事をとったウマ娘も含まれていた。

 そして襲撃してきた敵方も5名は遺体として、その場に遺された。また『数名の刺客は、亡骸を捨て置き撤退した』という話もあったことから襲撃者はこの5名の他にも居たことは確定している。

 

 理性的に考えれば、暗殺者を仕向けた敵方の任務は失敗に終わり、首尾よく退けることが出来たことはメジロマックイーンも分かっている。

 けれど、こんなにもあっさりとヒトの命という物が失われる、この時代に動揺も少なからずあった。

 

(……流石にこうも容易く人の命が潰えてしまうと、もっと早く、首尾よく私に出来ることがあったのではないかって思ってしまいますが。……いえ、全てを犠牲無しで乗り越えるというのは、この戦乱の世ではそれこそ『非常識』ということなのでしょうね。

 ――それに、何より。今の現状を許容できなければ、それは最善を尽くした十河一存さんや楓林さんら、そして亡くなった方の冒涜になってしまいます)

 

 メジロマックイーンは胸中の想いは秘め、ただ一言楓林に対して漏らす。

 

「……ままならぬ、ものですわね」

 

「……? ええと、何のことでしょうか?」

 

「いえ……聞き流してくださいな」

 

「は、はあ……?」

 

 

 その後の顛末、というかこの有湯治がどのような行く末を辿ったかと言えば。

 まず飯盛山城に急使が派遣され、三好中枢へと第一報が送られる。それから1週間程経過してから、検分と有村秀の詰問のために松永久秀が派遣された。

 というのも、松永久秀が抜擢されたのは現状大和国――奈良を差配する人物ではあったものの、以前の本拠地は神戸三ノ宮の山麓にある摂津『滝山城』であったからだ。谷越えにはなるものの数日で、有まで繋がる山道が通るエリアということが1つ。

 もう1つ言えば、そもそもそんな松永久秀が何故現状飯盛山城に居たのかと言えば、その前の城から引越しを直近でしたばかりであって、城のお引越しに関する手続きとかで三好の本城である飯盛山の地を訪れていたためというのが大きい。現状、手が空いていて浮いていたから松永久秀が此度の仕儀の検分に抜擢されたともいえる。

 

 

 それとともに、恐らく松永久秀にとってはついでなのだろうが、医師も同行させて来ており、久秀が十河一存とともに落葉山城へと向かっている間にメジロマックイーンの脚の診察が医師らによって行われた。

 マックイーンとしては『こういうところの抜け目無さというか如才無いところが、多分あの御老体が重用される理由であるとともに、嫌われる原因なのでしょうね……』と一人でに納得していたが、

 

「……ふむ、マックイーン様。どうやら特に異常は無きようで」

 

「ありがとうございます。……お手数をおかけして申し訳ございませんわ」

 

「いえ、此度の一件の詳しきことは某は伺っておりませぬが、それでも貴殿が十河様をお救いしたと聞き及んでおります。

 この程度の仕儀、いくらでもお申し付け下さいませ」

 

 脚をあれだけ酷使したのにも関わらず、繋靱帯炎が再発する兆しすらなく、マックイーンの見立て通り異常は見られなかった。

 いい加減にそろそろ不幸中の幸い、というだけで済む範疇では無くなってきた。確かに脚の怪我は治っては居たが、再発のリスクが高いのにも関わらずここまで酷使し続けて全くの問題が顕在化しないのは、ただ豪運であるとか、この戦国の世の医療設備が未熟で見落としているだけという話ではどうやら無さそうである。

 そもそも、超常現象に巻き込まれてこの世界に落とされたのだから、彼女自身の脚にも超常的な力が介在していてもおかしくなかった。走行に関するパフォーマンスは平常通りではあるものの、根本的に彼女の現在の脚が競走ウマ娘としての『平常』通りの性能を発揮すること自体が既に『異常』と言うべきなのだから。

 

 とはいえ、そうした超常現象について正直に目の前の医師に相談することはメジロマックイーンはしなかった。これは、そのような荒唐無稽な話をとても信じる者が居ない……というよりも、神仏の加護がそれなりに信じられている世界だからこそ、あっさりと彼女の身に起きた現象を信じた上で、何らかの形で利用されるということを危惧したためである。

 彼女が利用されるのが嫌、と考えているわけではなく。それらの超常現象の発生トリガーが未知であり、そういう力を頼られたとしても何も出来ないというところの方向性によるものが大きい。

 

 

 その後の予定は、結局一周回ってこの有の地でもマックイーンの側仕えに収まった楓林から伝えられる。それによれば、ひとまずは有村秀に対しての、事情聴取兼監督責任を問う詰問のごとき対面が終わるまではどうにもならないようだが、恐らくは松永久秀とともに飯盛山城へと帰投する流れになるだろうと彼女は明かした。

 

 

 

 *

 

 夜になり、月明かりに照らされた善福寺の中庭を懐刀こそ差しているものの、寝間着と言って差し支えない程に軽装で眺めながら盃を傾けている十河一存の姿があった。

 

「……(わたくし)が申し上げるのも差し出がましいかもしれませんが、あのようなことがあった後ですのに、随分と軽装ですわね。……一献、お入れいたしましょうか?」

 

 メジロマックイーンは、十河一存に声をかけながら彼に近付き、無造作に置かれていた酒を入れる瓶子(へいし)を手に取りながら聞く。

 

「おお、マックイーン殿。これはかたじけない。

 ……久秀が此方に来たからな。あやつが俺の周りを固めるというのならば間違いはあるまいて」

 

「信頼、しているのですね」

 

「あやつが俺のことをどう思っているかは知らんが、少なくとも長慶兄上には忠実だ。

 もし俺が久秀に斬られるなどということがあるなら、それは俺が兄上達にとってお荷物になったときくらいだろう。兄上達の負担になってものうのうと生き延びるくらいならば、そちらの方が本望よ」

 

 メジロマックイーンはこの十河一存の言葉を咀嚼して考える。

 三好という家の一族として、他の兄弟の負荷になるくらいなら死した方がマシというのは、メジロという家の一族として一定度合いの理解と納得のいく話ではあった。

 

 けれど。

 

「……気持ちは分からないわけでは無いですが、素直に頷ける話でもありませんわね。

 逆に一存様は、ご兄弟が自身の負担になっている――それくらいのことでお見捨てになるのですか?」

 

「――断じて否、だが……いや、成程そういうことか。

 兄上らの誰かがもし、同じように悩み死を選ぶことを受け入れ難いならば、俺のことも兄上らは同じように考えているやもしれぬ……」

 

 メジロマックイーンは十河一存の考えを持つのが自分……ではなく、他のメジロのウマ娘であったらという仮定を置いたとき、彼のように『家』にとって荷物になるくらいなら死を選ぶという考え方をして欲しくないし、そこまで思いつめる前に一言相談くらいはして欲しいと思う。

 だって『家族(・・)』なのだから。お互いにとって得か損かという利害関係で繋がるだけの関係ではない。

 

 

 そして、2人は一旦そこで押し黙り、夜風が木の葉を揺らす音だけが、この場の音を形作る。

 その『風の音』に注視したタイミングで、ふと十河一存は思い出す。

 

 

「……そう言えば、マックイーン殿は太鼓滝でなにを言いかけたんだ?」

 

「はい? ……ああ、『無粋な客人』が紛れていたことに気付く前の話でしたか。

 いえ、あの時……一存様が幼少期にウマ娘に憧れていた話をしていたでしょう?」

 

 『風の音』を音として、あるいは第六感で識別し、刺客の存在を感知した2人は、再びの『風の音』で、その刺客に襲われる以前の会話を踏襲する。

 

「ああ……そう言えば、そんな話をしていたな」

 

 そしてメジロマックイーンはあの時続けられなかった言葉を改めて紡ぐ。

 

「私が思うに、ご兄弟の仲がそこまで良好なのであれば、きっと。もし一存様がウマ娘として生を受けたら随分と可愛がられたことでしょうね。

 ……そして恐らく。そうなった暁には今のように武人として大成することも無かったでしょうね、戦に出すことをお許しになりませんもの」

 

 メジロマックイーンはくすくすと笑いながらそう告げる。

 今の十河一存には3人の兄がいて、既に亡くなってしまっているものの1人の弟が居たが、その他に3人の姉妹が更に居る。

 その三姉妹が既に全員が嫁いでいて。

 四国の中央に鎮座し四か国に阿波西部・讃岐南部・伊予東部・土佐北部で四ヶ国にまたがる所領を有した大西家。

 鎌倉期にまで遡れば阿波の守護に類する系譜であり、その時代に守護が拠点としていた城を治める阿波小笠原家。

 元々、四国時代からの譜代であったにも関わらず三好長慶の畿内進出に随行した譜代の家臣である塩田家。

 

 無論、戦国の世であるが故に政略結婚ではある。けれども、もし女性であったとしても人の身ではなく『ウマ娘』として生を受けたのであれば、果たしてそうした姉妹と同じように政略結婚の場に出されたのだろうか。

 でも。いずれにしても十河一存がかつて憧れた理由である『人の将よりも、強く、より速い』――という側面でもって武将として今のように大成したかと言えば、メジロマックイーンはそうは考えられなかった。

 

 だからこそ、メジロマックイーンはこう続けた。

 

「――私はウマ娘として生を受けたことを感謝しております。ですがそれは単に力が強いとか脚が速いからという訳ではありませんのよ? ……尤も、多少は影響しているかもしれませんが。

 ただ、メジロという『家』が悲願としている事柄について、それを成し遂げるためにはウマ娘という立場が必須だったからに過ぎません」

 

 メジロ家の悲願とは天皇賞の勝利。

 今更当たり前な話だけれども、天皇賞……というかレースには、ウマ娘でなければ出走することは叶わない。

 

 勿論、もし人間として生を受けたとしても恐らく、メジロマックイーンは他のメジロのウマ娘に天皇賞を獲らせるためのバックアップに回るなどして何らかの形で間接的にその悲願の成就に寄与することは彼女自身も思ってはいることであったが。

 けれども、人の身では、『天皇賞制覇』という役割を直接担うことは絶対に不可能であった。だからこそ『ウマ娘として生を受けたことに感謝』しているのである。

 

 だからこそ。彼女は十河一存が『武将』としての役割を十二分にこなして、三好という家に貢献できたのは『人間として生を受けた』からこそ――だと暗に告げていた。

 ……それは、逆にウマ娘では絶対に成し遂げられなかったことである、と。

 

 

 人間とウマ娘を比較したときに。

 力が強いのはウマ娘。

 脚が速いのも、勿論ウマ娘。

 であれば、必然武芸を秀でているのは……ウマ娘。

 

 しかし。

 『武家』として。当時の社会通念で、武芸者として必要とされ、家を背負う屋台骨としての『家長』という責任を背負ったのは――人間だった。

 

 

 何故か。

 ときに数奇で、ときに輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで走る――それが、彼女たちの運命。

 

 ということは。

 その『別世界の名前』と『魂』の形質には、『人間であった武士の名と魂』を有する者は誰一人として……居ないから。

 

 そんなことは当然メジロマックイーンも知らない。

 けれど――。

 

 

「――然らば、俺が人の身で生まれ、兄上達を補佐出来たのは、天の差配とでも言うべき奇跡だったのだろうか」

 

「そうですわね。きっとそれこそが一存様にとって、『運命的な何か』だったのでしょうね――」

 

 

 

 第一部『十河一存』 完

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