それ往け、戦国マックイーン   作:エビフライ定食980円

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第2話 二度目のメイクデビュー

 メジロマックイーンは、摂津国の岸和田城に一時滞留した後に、すぐさま三好家の行政中枢となっている河内国の飯盛山城へと移送されることとなる。

 

 その際にウマ娘としてはあるまじき輿(こし)での移動と相成ったが、これにはいくつかの事情が重なった結果であった。

 まず三好方はメジロマックイーンを貴人だと暫定的には判断したということ。

 そして、マックイーン側の理由として靴の問題が真っ先に浮上したためだ。

 

 メジロマックイーンは旧国名で呼称される地域名について聞き及びこそあるものの、それが彼女の知る都道府県とどう対応するかまでは完全に把握はしていない。

 だからこそ、摂津から河内への移動と聞いただけではその具体的な距離は分からなかった。

 

 勝負服に用いられている舟形下駄は決してヤワな作りではない。一生物の勝負服だからこそ、たとえ和装であっても最新鋭の服飾技術が駆使されている。

 とはいえ日頃の練習から常用すれば流石に壊れるが、そのタイムリミットは通常のトレーニングを積むのであっても2ヶ月は先の話。

 ……より問題なのは、蹄鉄だ。

 

 軽量化に比重を置いているアルミニウム合金製。だからこそ摩耗が激しく、常用として使ってしまえば、ものの2週間程度で使い物にならなくなってしまう。

 だからこそ自分用の蹄鉄と靴の確保の目途が立つまでは、メジロマックイーンはおいそれと歩き回る訳にはいかなかった、だからこその輿である。

 

 とはいえ。

 

「何なんですかあれ……、もう二度と乗りませんわ……。

 えげつない程酔いますわ……」

 

 メジロマックイーンが靴の確保に鋼の意志でもって心血を注ぐ契機になるくらいには、彼女の中で衝撃的な代物であったようである。

 

 

 

 *

 

 メジロマックイーンの飯盛山城での生活を追う前に、ここで一度三好家について軽く触れようと思う。

 とはいえ、しっかりと説明するならば鎌倉時代の承久の乱の折……みたいな、ところから向こう300年ほどを時系列で追わねばならないが、そこまでのことはマックイーンも知る由が無いことから、彼女が数日で知り得た情報について書き置くこととする。

 

 大事なのは5人。

 まずは当主の三好(みよし)長慶(ながよし)。この飯盛山城の主だ。

 そしてこの三好長慶には現在3人の弟が居る。

 

 となると、次に見るべきは家族構成。

 次男は、三好実休(じっきゅう)。彼は四国の阿波に地盤があるものの、その四国勢を率いて播磨や河内や京周辺などを転戦し、畿内における遊撃を度々行っていた。

 

 そして三男は、安宅(あたぎ)冬康(ふゆやす)。苗字が違うのは養子縁組で淡路在地の勢力を掌握して家督を継承しているためだ。彼は淡路の水軍衆の統括もしている。

 

 更に、僅かに名前が出てきたが四男として十河(そごう)一存(かずまさ)といった並び。彼も讃岐の国衆の家督を継承しているためにやはり苗字が異なる。彼もまた本来は次男・実休のように四国に地盤があるものの、現在は和泉国の岸和田城に詰めていた。

 

 本当は最後に五男に野口冬長という将も居たが彼は若くして既に戦死しているために、三好家の屋台骨はこの4人ということになる。

 ただ最初に5人といったのは、長男であり当主である長慶の子である、三好義興(よしおき)のことだ。三好長慶が飯盛山城に拠点を移す前の住処であった、摂津国の芥川山城を任されているこの『三好』の正統後継者足り得る人物だ。

 

 

 ……とはいえ、いきなり5人もの初見の名前を出されてそれを全部暗記しろ! では、キャラクター一覧の情報だけで自身の推しを決めるのと同等レベルの超絶技巧を要求することになってしまう。

 それに、摂津とか河内とか和泉と言われても、馴染みの薄い人も居るかもしれない――この三好の勢力圏は、おおよそ大阪湾をぐるりと囲んだ四国と近畿の一部だと思っていただければ差し支えはないだろう。それよりはちょっと広いけど。

 

 

 そして、最初はこの三好兄弟の中でも末っ子である十河一存に焦点を当てさせていただくことをご容赦いただきたい。

 今のメジロマックイーンの身辺の世話役を整える差配を行ったのが、この十河一存であったためである。

 

 

 というところで、今のマックイーンの生活にフォーカスしていく。

 

 城、と一口に言うと。昨今の現存する天守閣のある姫路城とか名古屋城、あるいは皇居のような平地に四角い区画でどん! と置かれているイメージが強いと思う。

 ただし今のマックイーンの拠点となっている『飯盛山城』とは、名前からして『山』という文字が入っているように、山に建てられたお城である。

 だから敷地としては山の尾根に沿う形で南北に細長い。ぶっちゃけてしまえば登山コースにある展望台とかに拠点を構えているイメージが最も近いだろう。

 

 ほぼ登山道みたいなものなので、山の城という存在そのものがあんまり日々の利用には適していなかったりする。だからこそ山麓居館のように『普段から一々山頂に上って仕事するのが辛いから、麓に別邸作るか』ってことをしている城もそこそこ多い。あくまで緊急時避難先みたいな扱いの城というのも多いのだ。

 ただし三好家の飯盛山城はそうした山麓居館は存在せず、城下町すらも形成されていない。何故か。

 

 それはまずその展望台のような城内――曲輪に家臣は館を立てて住んでいたということが1つ。そして、北に行けば京があり東に行けば奈良、最寄に広がる広大な深野池という名の湖から流れ出ている川を下れば大坂に出ることも出来るという交通の要衝という立地故であった。

 語弊を承知でイメージだけで言えば、郊外の中心駅から徒歩1分の高層マンションに住んでいる感じである。

 しかも景色もかなり良くて、メインの本郭からは270度のパノラマ展望が開けているという感じで京都や大阪湾も天気が良ければ画角に収まるという場所だ。

 

 ……もっともそれだけ好立地な分、攻撃を受けやすいのと同義ではある。

 

 

 そんな飯盛山城内には、一族家臣や城主の館以外にも、文化サロンスペースや、小規模ではあるがウマ娘用の修練所なども備え付けられていた。ただし、三好家がこの飯盛山城にお引越しをしてからまだ日が浅いことから、まだ建築中や増築予定の施設というのもそれなりにある。

 マックイーンもまた、そうした貴人来賓用途の迎賓館に相当する屋敷の一室に滞在する運びとなっている。VIP待遇ではあるが、まあ詰まる所、寺のことだ。

 

「……マックイーンさん、ご在室ですか?」

 

「ええ……。楓林(おうりん)さんですね、どうぞお入りなさってください」

 

 寺と言っても質素倹約に慎ましく過ごしているのか、と問われればそういうわけではなかった。世話役を付けられていて、マックイーン自身が特に何もせずとも身辺のことは全て整うほどの至れり尽くせりであった……ある意味ではメジロ家に居た頃から殆ど生活水準は落ちていないとも言える。勝負服は防虫加工の施された桐箪笥へと保管され、メジロマックイーンの衣食住の全ては三好家によって提供なされていた。

 

 そして『楓林(おうりん)』と呼ばれた濃い栗毛の長髪の少女が、マックイーンの居室へと入る。色鮮やかな袴姿であったが、彼女はウマ娘である。

 元々は篠原長房という三好家家臣に帯同していたウマ娘であったが、その明晰さから十河一存が口添えする形で、マックイーンの世話役のため一時的に臨時アルバイトとして借り受けてきたとのことであった。

 

 十河一存曰く『側仕えに、同じウマ娘の者が1人も居なくては心細かろう』という心遣いによるものである。

 戦場では勇猛果敢な武人として知られ、その武芸にあやかろうと彼の髪型を真似るミーハー家臣が続出したという、マックイーンをして苦笑せざるを得ないような三好家身内トークも飛び出す中で、それでも家中での信頼厚い人物であることは容易に想像がついた。

 

 ……だからこそ、メジロマックイーンはそんな十河一存にお礼の1つでも言いたかったところだが、それに対しては楓林から、

 

「十河様は岸和田城主でありかつ、現在病に伏せているために面会は難しいかと思われます。

 近習に言伝をお頼みすることならば出来ましょうが……」

 

 という返答を既に頂いていた後であった。まだ飯盛山城に到着してから十日かそこらという時間しか経っていなかったが、それでもこれだけの待遇を整えてくれたことに多大な感謝と同時にささやかな疑問もあっただけに、その楓林の答えはマックイーンにとって満足のいくものではなかったが、病気であるならば無理をさせるのも良くないということで粛々と受け入れていた。

 

 

 そのような数日前の遣り取りに思いを馳せていたマックイーンの元に、楓林が入室してくる。

 

「マックイーンさん。ご所望であった……えっと、ていてつ? でしたっけ? 鉄の装飾具についてなのですが、やはりこの辺りに住む鍛冶の者らはそのような装具について全く知らぬご様子でした」

 

「そうですか……」

 

 なお初面会時には楓林はマックイーンのことを『様』付けで呼んでいたが、それがこちらでの作法と分かっていてもむず痒く、すぐに『さん』呼びにするように命じている。

 またメジロマックイーンの予想に反して、この楓林が『メジロ家』について探りを入れた質問を交わすことは一切無かった。三好家中の彼等にとって得体のしれないウマ娘であるマックイーンをどうしてここまで庇護するのか、それはマックイーンの聡明なる頭脳をもってしても皆目見当がつかないことであった。

 

 

 ともかく蹄鉄がどうにも存在しそうにない。それはマックイーンを落胆させるに足る結論ではあったものの『近代スポーツ』としてのレースが西洋から流入してきたのだから、そのレースに関連する『蹄鉄』もまた西洋由来のものであることは薄々メジロマックイーンも察していた。

 

「ですが、マックイーンさんがずっとご所望していた浅沓(あさぐつ)は懇意にしている寺社衆の沓師の方が見本を製作してくれました。

 調整の為に一度お履きになられて欲しいということで、此方まで持って来ておりますが、どうして二足も用意されているのでしょうか……」

 

「何を言っておりますの、楓林さん。一足は貴方の分でしてよ?」

 

 浅沓とは公家や神官などが履く履物の一種であり、履き心地のイメージはスリッパに近い代物である。

 本来は木靴であり桐から製作されるものが主流であるものの、それに対して武官用の礼服に用いられる『深沓』というショートブーツに近いものがあり、こちらは革製の漆塗りで製作されていた。

 

 メジロマックイーンは両者の特性を鑑みて、深沓用の素材で浅沓を作りつつ、脚にフィットする代物――トレーニング用シューズを作るようにお願いしていた。

 流石に草鞋や下駄などでトレーニングをするのは難しいし、頼みの綱である勝負服はおいそれと使うには忍びなく、でもだからといって『たかが世界が変わったくらい』でトレーニングを疎かにするつもりも無かったということだ。

 

 厚意に乗っかる形になることは申し訳ないとは思いつつも、だからこそ自分の分のみならず楓林という三好重臣に仕えるウマ娘の分を用意したとも言える。ただメジロマックイーンの気質として、そういう打算抜きでも、世話した相手に対してならば同様のことはするだろう。

 

 

「あの……いえ。ですがマックイーンさん。私の職務上、足袋を脱ぎ脚を着飾ることに現を抜かす訳にはいきませぬので……」

 

 この楓林の言葉はマックイーンの気持ちを無下にするというものではなく純然たる真実であった。

 武家に仕える側近ウマ娘の有事の際の仕事は、斥候と重要な情報の伝令役が主となる。あるいは敗戦時などに確実に仕える将を自国勢力圏まで送り届けることも含まれるだろう。

 

 ただ、脚力ばかりに意識が向きがちではあるものの、基本的には一般的な成人男性よりもウマ娘の方が腕力もあれば聴力も優れている。だから運動能力だけで考えた場合、武士よりも『武人』として優れているのは明らかにウマ娘の方だ。

 だが、多くのウマ娘は自ら武家を立てることはしない。何故か。

 

 1つは、ウマ娘は走・攻においては申し分のない破格の能力を有する一方で、『守』については人間と大差無いということ。飛び道具にて集中的に狙われれば、あっさりと命は奪われてしまう。

 武士にとって自らよりも遥かに強い存在でありながら、自らと同じくらいには儚い存在――それがウマ娘であった。だからこそ、ウマ娘を戦場に立たせいたずらに損耗させるくらいならば、庇護するべき存在とした。

 端的に言えば力強さと儚さとの間にギャップ萌えを感じた――というのが表向きの理由である。

 

 では裏の理由が何かと言えば、ウマ娘を鍛錬させた方が一廉の武将として大成するのは明らかであるということ。つまり武家は組織防衛の観点から、ウマ娘を庇護する存在と位置付けたということである。

 武士とは華々しい戦場で命のやり取りをするイメージが強いものの、それは言い方を変えれば彼らの『業務』である。武士から見てウマ娘とは潜在的な競合他社であった。だからこそ、彼等を『守るべき』存在に位置付けることによって、自らの職務領域を犯されないようにした……その武士の雇用枠確保の側面も確実にあった。

 

 加えて言えばウマ娘は耳と尻尾さえ隠せば、人間に偽装が可能であることから戦場にて女子供と偽って敵将を討ち取ることも出来る。しかし、そんなことが戦場に溢れれば自らの妻子が敵方に捕らえられる以前にウマ娘を疑われて殺されてしまうことにもなりかねない。

 時には敵に降り、仇に媚びを売ってでも家名を存続させる必要がある武家として、ウマ娘を戦場の花形に据えるのは不都合なことが多かった。

 

 そしてその機動力は、直接敵を討ち取らずとも、味方の将同士の連携であったり、陣や拠点間のやり取りに使うことも出来た。小回りの利く諜報ユニットとして運用した方が、自らの職務範囲にも抵触しないうえで便利となれば、武家とウマ娘家臣の分業化はある種の必然が齎すものであっただろう。

 

 そういう訳で、メジロマックイーンの世話役を特例的に任じられている楓林もまた、本来はそうした仕事に就くべき側近ウマ娘の1人であり、だからこそ改造された浅沓などという『ファッション』に現を抜かすことが出来ないのである。

 

 メジロマックイーンも彼女の言葉が内包する理屈は分かった。だがそれは仕方の無いことではあったが、どうしようもなく『競走ウマ娘』という存在を軽視した発言で、この世界にそういったウマ娘が存在しない以上は止むを得ないことではあったが、確実に『侮られている』と受け取ったのである。

 

「楓林さん。(わたくし)は貴方に感謝することは多いですけれど……。同じウマ娘であることをお忘れでは無くて?」

 

「……それは、このお城の鍛錬所をお借りして私と手合わせをする……ということでしょうか?」

 

「――いえ。ウマ娘足る者、あのような猫の額ほどの土地では全く不足ではありませんこと?」

 

 どこかずれた会話をする2人であったが、メジロマックイーンは外へと繋がる襖を大きく開いた。

 そこには飯森山の眼下に広がる雄大な眺めが広がっている。

 

「……この、すぐ近くにある湖の端から端までってどのくらいの長さがありますか、楓林さん?」

 

「……確か、二里ほどはあったかと思いますが」

 

「二里と言いますと……大体8000mくらいですわね。良いでしょう。城を降りたところから、北の端まで私と貴方のどちらが速いのか――勝負いたしましょう」

 

 

 飯盛山城の主郭は南北方向だけで見たときに、眼下に広がる深野池の中央からやや北に位置する。だからこそ、その北端までの距離は概算ではあるけれども――おおよそ3000mといったところであろうか。

 

 

 東高野街道沿い、土の未舗装路3000m、2人立て。

 これがメジロマックイーンにとって、この世界初めての『レース』となる。

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