それ往け、戦国マックイーン   作:エビフライ定食980円

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第3話 最高傑作であることの証明

 とはいえメジロマックイーンは客人待遇で持て成されているものの、体裁的には捕虜でもある。おいそれと城外に出すことは楓林の一存では決めかねることではあった。

 

 楓林もまた時代は違えどウマ娘である。だからこそ、これまで屋敷の中にずっと閉じ籠っていた『ご令嬢』がいきなり半里を走って勝負するなどと言う大言壮語……それも欠片も負ける要素を見出していない様子は、競走精神を大いに刺激するものではあったが、さりとて挑発にも思えるその言葉に乗り、すぐさま勝負に乗れるほどの傾奇者ではなく。正式な手続きを経由してマックイーンの意志をそのまま三好家中枢に伝達するに留まった。

 

 そして、事が万が一にもマックイーンの逃亡すらもあり得ることであるからこそ容易にその許可は下りそうに無い話ではあったが、事態を急変させる出来事が起きた。

 

 三好家が四男――十河一存が病身を押して自身の居城である岸和田から、此処、飯盛山城へと別件にて出仕しており、その上でマックイーンの話を偶然耳にしたのである。

 

 まさしく鶴の一声で、楓林の予想に反して次の日には許可が出たのであった。

 

 

 

 *

 

 3000mの舞台という一点だけを切り取ればメジロマックイーンという『ステイヤー』にとって最も得意とする『戦場』である。

 が、それ以外の要素はあまりにも不利に満ちていた。

 

 まず未舗装路だということ。芝ではないが、メジロマックイーンはそのキャリアの初期には公式戦においてダートにも出走しているし、トレーニングの一環として一般公道を走ることもあった。とはいえメジロでトレーニング施設を確保しているため、公道でのトレーニング比率は他のウマ娘と比較すると群を抜いて少ないが。

 しかし、問題はそうした公道のようなアスファルトでも無ければ、ダートでもない未舗装路だということ。

 街道として整備されているとはいえ、『土』を押し固めた道というのはまずダートのような『砂』のコースとはまるで勝手が違う。そして土である以上は雨風によって浸食・風化が発生するため、かなりでこぼこしている。それこそ直近で雨が降っていないのにも関わらず水たまりが残り続けるくらいには。

 

 次にこれが靴のチェックを兼ねているということ。靴の出来栄えを二の次にするとしても、履き慣れていない靴での走行テストのための試走だからどうしてもビハインドとなる。もっとも勝負服ではロングブーツで走っている以上は、履き慣れていないこと以上のデメリットは無いかもしれない。

 

 それに合わせて蹄鉄が無いというのも懸念点になる。蹄鉄の有無で走行パフォーマンスに影響はしないというのがURAの公式見解ではあるが、とはいえメジロマックイーンは通常のトレーニングを蹄鉄有りでやっている以上は、どうしてもその若干の違和というのは生じてしまう。

 

 他にも駿大祭でのテイオーとの対決に合わせて負荷は上げていたものの、それはリハビリを兼ねたトレーニングであったことや、こちらに来てからは城の中にある寺の一室に滞留していたことで、身体が完全に鈍りつつあるというデバフも含有している。

 

 

 とはいえ、メジロマックイーンにとって久方ぶりの身体を動かす機会である。流石に高揚せざるを得なかった。

 飯盛山城を南の虎口が出でて、山を下り。途中飯盛山の支城である野崎城の脇を通りながら、野崎城下から東高野街道へと出て行った。その山道を歩く過程でメジロマックイーンは浅沓を少しでも慣らしている。

 時刻は明朝――東高野街道は名前の通り高野山へ至る道であるので昼間はそれなりに通行量が多い。幅員もレース場ほどには広くないがために、往来の邪魔にならない時間に済ませてしまおうという楓林の申し出にマックイーンも同意して日が昇るかどうかという時刻から城を後にしている。

 

 野崎城から街道に繋がる辻までたどり着く。その辻を西に少し進めば湖を往来する船の為の波止場があり、また改めて山から下りて平地から湖を見れば、その広さはかなりのものだと分かった。

 

「……ずっとお城から見ていた景色でしたけれども、やはりこの湖は大きいですわね。……あちらの離れ小島には……城、でしょうか?」

 

「ええ、マックイーンさん。あの島にある城は三箇(さんが)城と申しまして、我が三好の御一門の将によって治められております」

 

 湖の中にある島に城下町が形成されていることにメジロマックイーンは驚きを持ちつつも、それは今日の本題ではないと意識を一旦切り替える。

 そうするとマックイーンと楓林は、街道の北に身体を向ける。

 

「……深野池の北端と言いますと、清滝街道との辻を終着地といたしましょうか。権現川の橋を越えて、右に曲がった先の大きな街道との辻ですので、分かりやすいかと思われます」

 

 コース形状としては橋があるところまではずっと直線で、そこから緩やかに右に曲がりつつ北東方向に進路を取った状態でゴールとなる、おおよそ3000mに届くかといったコースである。

 

「……深野池ですか、楓林さん?」

 

「ああ、この湖のことですよ。確かに池というには少し広いかもしれませんが……。

 北に流れる淀川から水が流れておりますね」

 

「『淀』ですか……そうでしたか、ここは『淀』の川下ということになるわけですね……」

 

 この段階に至ってメジロマックイーンはようやく自身の居場所についての大まかな推測を立てることとなる。『淀』……それは京都レース場の所在地。メジロマックイーンにとって最も重要なGⅠレースである『春の天皇賞』が開催される場所。第3コーナーのことを『淀の坂』というのだから、その地名は恐らく近畿地方の中で最もマックイーンが耳にする地名と言っても決して過言ではなかった。

 その川下となれば、ここは恐らく京都の外れか大阪の辺り。それが分かったところでどうこうなるという話でも無いのだが、それでもようやく自らの実体験と直接結びつく地名が出てきたことにマックイーンは確かに安堵を感じていた。

 

 そして『淀』という地名でようやく会得がいった様子のマックイーンに、楓林は『このウマ娘は京の出自なのだろうか』という考えを更に強く持つこととなる。

 

 

 そしてマックイーンは気付かぬことであったが、この楓林。異常なほどに地理の把握に長けていた。だって彼女は畿内の出身ではなく、四国の三好重臣・篠原長房に仕えるウマ娘である。だから本来、この四国から大きく外れた飯盛山城周辺の地勢に詳しいはずがない。

 けれども、彼女がこうした周辺地理状況を諳んじることが出来るのは、ひとえに彼女のような重臣一族に仕えるウマ娘の重要な任の1つに『敗戦時に確実に自国勢力圏内まで自らの主を逃がすこと』があったためである。

 だからこそ、彼女は三好領内から合戦の可能性に至りそうな近隣諸国の地勢について、時間と主君が許せば実地で脚を運び、それが無理ならば軍記物語や説話集などから著名な地名を記憶に留め、それらの知識と現実の風景を結びつけることを半ば癖のように行っていた。……全ては自身の主のために。

 

 ――ここではないどこか別の世界で、『楓林』という名の『名馬』は。

 時の帝によって名付けられ、『かかる馬こそ馬ならめ』と勅詔が出されたという逸話が残る程である。

 

 三好家は最初からウマ娘としての最大戦力を、メジロマックイーンにぶつけていた。

 

 

 ただし。

 『メジロ家の最高傑作』であるメジロマックイーンと、『三好家の最高傑作』ともいうべきウマ娘である楓林とに、もし違いがあったとするならば、それは。

 

 

 ――『競走ウマ娘』であるか否か、と言う点に集約されるであろう。

 

 

 

 *

 

 スタートの合図は湖畔から拾ってきた手頃な大きさの平石を投げて地面に落ちる瞬間とした。

 

 そしてその石を上向きに投げて地面に落ちた瞬間に、第一歩の踏み出しはメジロマックイーンの方が明らかに早かった。

 

 

 楓林は出遅れ……とまでは言えないものの、そのスタートダッシュは明確な差が生じていた。そしてメジロマックイーンは完全初見の走りを魅せる相手であるがゆえに、そして3000mの長丁場のレースであるために、その最初の楓林の動きを先行しつつも後ろにも意識を向けて目で追い続ける。

 

 楓林はメジロマックイーンから見たときに最初の動き出しで明らかに驚愕の表情を浮かべて動揺していた。

 そして、その表情を見たが故にマックイーンも僅かに疑問が生じていた。

 

 彼女の心中は、おおよそ次のような感じであろう。

 『そこで、動揺するということは自身の瞬発力に自信があったということなはず? ですが、そうなると……?』

 

 

 絶対王者のステイヤーとして君臨していたメジロマックイーンだが、彼女……というかメジロ家のウマ娘に共通した『強み』というのは競走ウマ娘としての『総合力』にある。そしてその基礎能力の安定した高さの上に、メジロマックイーンには生来の心肺機能の高さも相まって無尽蔵ともいうべきスタミナを有していた。

 ただし、総合力で完成する以上は、反面として昨今の『高速展開』に代表されるようなハイペースのレース展開や、驚異の切れ味を有する末脚などといった――瞬発力の側面は、一流の水準はあれど隔絶した領域に踏み入れているわけではない。

 

 つまり、メジロマックイーンにとって、自身の数少ない弱点こそが『瞬発力』である。その上で、相手が瞬発力に自信を有している状況という中で、俊敏性で競り勝つという経験はメジロマックイーンが今まで走ってきたレースの中でそれほど多くなかったのである。だからこその疑問であった。

 

 

 そのまま1ハロン、2ハロンとマックイーンが体内時計で距離を見積もりつつ走行しながら楓林の出方を窺う。彼女は数バ身後方に控えたままだった。

 

 ……この時点でメジロマックイーンは、楓林への評価を上方修正した。

 

『普通、出遅れを認識したらそれを取り戻そうとハイペースにするはず。特に併走という相手が(わたくし)以外に居ない状況なのですから、そこで掛からないということは、実力は確かでしょう――』

 

 そして相手が追走して来ない以上は、マックイーンもペースを無理には上げない。距離はともかく不利なシチュエーションが重なっていることには変わりないのだから、一息つけるところでは無茶をするつもりは毛頭なかった。

 

 また、そうした挙動を見せるマックイーンに楓林も合わせたような動きをする。400m地点では8バ身差ほどあった差がペースを落とした1000m地点では6バ身に縮み、更にスローペースを維持し続けた2000m地点に至っては2バ身以下の差まで近づいてきていた。

 

 

 その様子を見てマックイーンはこう結論づける。

『……いえ。これは私に合わせた走りではない……?

 私が落としたペースと同じ距離だけ差が縮まるということは、もしかして楓林さん、貴方はラップタイム走法を……?』

 

 楓林は先行するメジロマックイーンが居るのにも関わらず、ハロンタイムがほぼ変わらず均一に走り続けていた。それは決して早いペースでは無かった。

 しかし、メジロマックイーンにとって得体の知れない不気味さを感じさせるものであった。

 

 時刻を知らせるのが寺院の鐘の音で、正確な時計と言えば水時計や砂時計紛いものものしかないこの世界において、ストップウォッチによる計測を生涯一度も経験したことの無いウマ娘が均一なラップタイムで走ることが出来る――それは考えるまでも無く想像の埒外のことであった。

 

 メジロマックイーンというウマ娘の根幹には当然『メジロ家』という要素が大前提となる。だからこそ『走るためだけに最適化された』一流のスタッフと、器材、そしてあらゆる専門的な見識を集積させた最新の施設によって彼女の走りというものは成立している。

 それらが欠けているこの場において、メジロマックイーンの実力が発揮されないという訳ではないが。それらの諸要素を全て持たない『過去』のウマ娘が、マックイーンにとっての『現在』においても出来るウマ娘の方が少ないとされている正確無比なラップタイムを刻んで走る術を会得しているという点は、驚嘆では済まない話であった。

 

 だからこそ、メジロマックイーンは自身の知見と照らし合わせて懸念を抱く。

 ……この少女から、繰り出される末脚は一体どれほどのキレを有するのだろうか、と。

 

 

 だが、それだけではメジロマックイーンの走りが崩れることはない。

 ゴールに指定していた辻が見えてきて、目算ラスト2ハロン地点となったとき。メジロマックイーンはあたかもそこが最終直線であるかのようにスパートをかけ。

 

 

 ――そしてそのままゴール板無き、交差点を一着のまま通過していった。

 

 

 それから数秒後に、楓林がゴールする。

 

 

「――ここまで『速い』ウマ娘に出会ったのは初めてで……それに。

 こんなに『走り方』が美しいウマ娘を見たこともありません、メジロマックイーンさん」

 

「……っ? ……はぁ、はぁ……楓林、さん?

 貴方、最後まで加速しませんでしたわね、どういうことですか?」

 

 

 それは、お互いの『時代』の隔絶的なまでの違い、ないしは『走る』という行為そのものに対する姿勢の違いであった。

 まさしく『異文化』。先着したはずのマックイーンが肩で息をしている一方で、後から来た楓林がそれほど息を切らしていない、という点も含めて何もかもが対照的。

 

 

 そんな2人のウマ娘は彼女たちに近寄る気配を瞬時に察する。

 マックイーンは緊張を見せるが、楓林はその気配に気付くや否や即座に平伏していた。

 

 やがて現れたのは、小紋染の胴服を着た筋肉質な男性であった。マックイーンは『ライアンが見たら、手放しで喜びそうな筋肉ですわね……』と内心場違いなことを考えていたが、男はこう口を開く。

 

 

「メジロマックイーン殿と、そして楓林よっ! 主らの手合わせをこの十河一存はしかと目に焼き付けたぞ!」

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