それ往け、戦国マックイーン   作:エビフライ定食980円

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第4話 鬼十河

 十河(そごう)一存(かずまさ)

 それは今のマックイーンにとって、飯盛山城での生活環境を整えてくれて、世話役として楓林を付けてくれた者の名。

 

 一度自ら彼の元に赴いて感謝の言葉の1つでも告げねばならないと考えていた相手であり、隣に居た楓林が地面に額を擦り付けるように平伏している様から、マックイーン自身も同じ所作をせねばならないと地面に膝を付けようとしたところで、その動きは十河一存の鶴の一声によって止められる。

 

「……良い。そして楓林よ、お主も顔を上げよ。此処は三好の本領であれど常在戦場であると心得よ。敬を示すことは大事ではあるが、そのように地に伏していては、今まさに俺に刺客が送り込まれたら、お主は対応できんではないか、かっはっはっ!」

 

 十河一存は快活に笑いながら、往来では邪魔になるからと手近な寺へと移動することを伝える。既に朝日は天高く昇り切っていた。明朝に城から出立したとはいえ、スタート地点である野崎城下まで出るところまでは山道であったためである。ウォーミングアップとしては最適ではあったが、街道同士の結節点である辻のど真ん中で突っ立っていて良い面子では間違いなくなかった。

 

 だからこそマックイーンも楓林もすぐに察して十河一存に連れられて近くの寺の敷地へと入る。そこには既に護衛の兵士が数名滞留していた。

 

 

「取り敢えずまずは、何より水を飲め。走った後はまずは水よ。

 楓林は寺の者に案内させるから、そこで冷えた井戸の水を貰え。ここの井戸水は格別よ!

 ……そしてマックイーン殿には白湯を用意しておる」

 

「痛み入ります、十河様」

「ご配慮くださりありがとうございますわ」

 

 海外遠征、あるいは地方遠征であったとしても、飲み慣れない水というのは時にアスリートにとって大きな痛手となる。海外どころか過去世界であるこの世界の水が、メジロマックイーンの身体に合うわけもなく。

 彼女は、飯盛山城に来て早々に医師と祈祷師を呼ぶ騒ぎになっていた。それから白湯をマックイーン自身が所望して、一度煮沸されたそれであれば体調を崩すことが無かったために以後のマックイーンの水分補給は白湯を介して行われていた。

 

 ……そういう側面もまた、楓林がマックイーンを『お貴族様』であると見做していた一因であったりする。

 

 そして、十河一存は、彼女らが水分補給をしている間は、庭園を眺められる濡れ縁に無造作に腰掛ける。

 先ほど『常在戦場』と口にしていた根っからの武人である彼が、有事の際に即座に刀が抜けない座る姿勢を取ったことに目敏く気付いたメジロマックイーンは、渡された白湯を飲みながらも一声掛ける。

 

「あの……。部外者である(わたくし)がとやかく言う話ではないとは思いますけれど……その。

 ご病気の加減はいかがでしょうか?」

 

「あー……気を遣わせてしまったならすまぬ。薬師や医師に世話になっているが、どうにも本調子ではないわい。

 とはいえ、長らく体調を崩したり、かと思えば今日この頃のよう身体が重いくらいで済む、というのを何度もぶり返しておる」

 

「慢性的な体調不良ということですか……」

 

 話しているうちに、裏手へ回って井戸を使っていた楓林が戻ってくる。そして庭の土に片膝をつこうとした楓林を再び制して十河一存は語る。

 

「……待て、待て。今、床几を用意させておる。お主もマックイーン殿もそちらに座れ」

 

「はっ……よろしいので?」

 

 床几というのは野戦における陣内で使う折り畳み式の椅子である。二脚あるということは、最初から彼女たちを座らせるつもりだったのだろうか、あるいは寺の備品か何かだろうか、それは分からないが間もなく小姓が寺の奥から持ってくる。

 

「かっかっかっ、そうせねばマックイーン殿が床几に座りにくいではないかっ!」

 

「そうですわね、楓林さんが地に侍っていては私もやり辛いですわ」

 

 

 ……ここまではメジロマックイーンに余裕があった。しかし、その仮面は次の一言で即座に崩される。

 

「――それに、マックイーン殿はどうにも左脚を庇う癖があるようだからな。大事を取った方が良いに越したことは無い」

 

 会って間もない人物に看破され絶句しているメジロマックイーンを尻目に、同様に十河一存の発言に衝撃を受けている楓林は反論を述べる。

 

「十河様、マックイーンさんのことを医師に診せてはおりますが『目立った外傷は無い』と――」

 

「楓林よ、矢傷が無いことと怪我をしていないことは同じではあるまいて。それに普段の身体のこなしは病身の者のそれだが、走っている最中にはそう感じられなかった。

 治ってはいるが負傷しているときに染み付いた身体の所作が取れていないだけであろう、のうマックイーン殿?」

 

 ……一応、メジロマックイーンの繋靱帯炎は寛解していた。ただし完治ではない。再発の危険性が高いものの、症状だけは出にくくなった状態である。この状態でメジロマックイーンはリスクを承知でリハビリを再開していた。

 そして、そのリハビリですらまだ初めてそこまで大きな期間は経っていない。だからこそ、身体には1年もの間負傷していたときの癖が残っている。

 

 見る人が見れば、確かに分かる違和感だとはマックイーンも思う。しかし、その専門家とは『スポーツ医学』の知見を有する者でないと分からないくらいの微々たる差。目の前の一介の武士でしかない十河一存がそれを一瞬で見抜いたことは彼女の理解を超えたものであった。

 

「……よく、お分かりになられましたわね……」

 

「――医者ではないから細かいことは俺にも分からん! だが、いくさ場に身を置き続けた故に何となくは分かるのよ。

 特に、何かを庇っているような動きというのは格好の手柄首よ。俺の目には、どうにもそういうものが見えやすいらしい」

 

 レースとは異なり戦場とはお互いが傷付け殺し合う場だ。実際に刃を交わす時間よりも待ちの時間のが遥かに長いとはいえ、満足に本調子で戦える機会の方が少ないのは自明の理である。

 十河一存という武士は槍働きをさせても一廉の武将であることには違いない。恐らく『本調子』の敵にあたったとて、それを軽くいなせるだけの武勇は兼ね備えていた。しかし、彼の目には敵将の『不調』を見抜く術があった。

 それは、自らが病身となり『不調』になったことで、むしろ更に磨きがかかっているのである。

 

 だからこそ十河一存は一瞥しただけでメジロマックイーンの『過去の不調』と『現在の状態』を即座に見抜いた。

 ――それは勇将であるが故の鍛えられた慧眼であった。

 

 そして、それは見抜けなかった楓林が未熟であるというわけでは勿論無い。或いは医学の専門家であるこの世界の三好家預かりの医師らがメジロマックイーンに対しての診察を違えたわけではない。彼等は正しく『外傷は無い』と言っているのだから。

 その言い回しには、マックイーンの身のこなしに不調が見られている言外のニュアンスがあったことに、遅まきながら楓林は気が付いた。

 

 

 楓林に至らぬ点があるとするならば、それは与えられた情報から、隠された別の思惑を読み取る洞察力であった。ただ、それはウマ娘・人間に関わらず『我流によって全てを台無しにする』性質と表裏一体の能力であるため、与えられたものを自己流で解釈しない彼女の強み故の欠陥点である。

 ただ軍記物語の地名と現実の地勢を照合させられる彼女は、類推能力が欠如しているわけではない。だからこそ善き指導者、良き主にさえ恵まれれば楓林の才覚は天翔けるウマ娘のように飛翔するであろうことは明らかであった。

 

 そしてこの『三好家』というのは、外部のウマ娘であるメジロマックイーンをして、その『良き主』に溢れる『家』なのだろうということが容易に察せられた。

 

「楓林よ。今日のことで思うことは大いにあるだろう。

 マックイーン殿を見て参考にすべきだと思ったことがあれば、どんどんと我が血肉にすると良い。しかし、彼女の『模倣』だけは決してするな」

 

「はっ。……浅学で申し訳ありませぬが『模倣』とおっしゃいますと、どういうことでしょうか」

 

 そして分からぬことを聞く謙虚さも彼女は持ち合わせている。

 

「……ふむ。ではお主はマックイーン殿の『走る所作』を見て何を感じた。率直に言うてみい」

 

「――美しい、と。私はそう思いました」

 

 メジロマックイーンにとってその言葉は楓林からの二度目の称賛であったことと、話の骨を折らないために軽く一礼をしてその言葉に感謝の意を示す。

 

「それよ。マックイーン殿の『走り』は完成されきっている。ウマ娘とはかくあるべし、あのように走れば良いという姿をまるで体現しているかのようにまさに洗練とした誠に天晴れなものよ。

 ――だがな。それをそのまま模倣したら、楓林――お主は三好にとって無用の長物となるであろうよ。

 お主が感じた『美しさ』とは、喩えるならば『人を斬ることを忘れた剣術』に通じる美しさと同義だ」

 

 

 メジロマックイーン……というか、全ての競走ウマ娘に共通するフォームの前提条件として『レースの為の走り』だということ。日常生活に応用が出来ないわけではないものの、最適化はまず間違いなくレース条件に合わせられている。

 レース条件とは何か? この答えには様々なパターンがあるだろうが、ここでは次のように規定する。

 

 それは『あらかじめ定められた距離』を『あらかじめ定められた場所』にて『あらかじめ決められた服装』で『何も持たず』走ること。

 

 

 例えば戦場を縦横無尽に往復する伝令に『あらかじめ定められた』距離も場所も存在しない。その時々の場面で拝領した命に応じて、どれだけの距離を駆けることになるかが決まる。

 

 あるいは戦場において決められた服装で居続けられる保障は無い。片方だけ靴を失ったりして重心や平衡バランスが崩れた状態だからと言って走ることを辞めることなど出来ない。

 

 そして何も持たずに走るということも中々起こり得ない。荷を背負っていることは前提として、主君が負傷すれば抱きかかえて逃げることも想定しなければいけないし、あるいは抱えるものが敵の大将首ということもあり得る。

 

 

 ……最悪の場合、自分の主君の亡骸を敵に奪われぬように抱えるなんて絶望的状況すらあり得るわけで。そうした精神的に最悪の状況であったとしても彼女たちは走らなければいけない。

 

 そう。この時代のウマ娘は『理想』のフォームで走れる環境がまるで無いのだ。

 

 

 だからこそ『競走ウマ娘』として完成されたメジロマックイーンの走行フォームを模倣してはいけない。

 『走ること以外を全て忘却の彼方に置いてきたような、純粋な走り』という存在そのものが今の三好家……ひいては天下に求められていないのである。

 

 

 そこまで楓林に伝えると、十河一存はメジロマックイーンに向き直る。

 

 

「正直に申し上げると、貴殿の走りを拝見するまで侮っていたやもしれん。いや、正確に言うのであれば考慮すらしておらんかった。

 マックイーン殿の誇る『メジロ』の家というものが、今の俺には心底恐ろしくて敵わん。

 

 このような乱世に必要とされない走りを、口さがないものからすれば『不要』と断ぜられるかのような『ただひたすらに走ることだけを希求した代物』を、此れほどまでの純度で完成の域に高められるということが信じられんのよ」

 

 

 武威を全く感じさせないどころか、他の何にも役立つように思えないただひたすらに走ることだけを追求した走法。

 その存在そのものが、武士である彼の肝を冷やさせるという一見矛盾しているかのような物言い。

 

 それは太平の世で確立された『メジロ家』の――あるいは『競走ウマ娘』に対しての最大級の賛辞でもあった。

 だからこそ、メジロマックイーンは与えられた言葉に対して然りと返す。

 

「……今はただ、こうして名伯楽に出会えたことに感謝を。私も『武士』と言うものについて未だ掴み切れておりませんが、十河様の卓越した見識と経験――『貴顕』には驚かさせるばかりですわ」

 

「おっと、マックイーン殿? 俺は家名ではなく貴殿の名で呼んでいるのに、それは無いんじゃないかい。

 『三好』と『メジロ』にどれだけの違いがあるかは分からんが、少なくとも貴殿は我が三好の臣では無かろうて」

 

「……ええ、では一存様とお呼びすればよろしいでしょうか?」

 

 

 ――時代が異なっても重なる関係というのは確かに存在する。

 

 

 だからこそ、一通り談笑した後に十河一存から出てきた言葉もまた同様のものだったのかもしれない。

 

「……ああ、そうだ。

 マックイーン殿。実は俺が飯盛山に登城しに来たのは、兄上たちから『湯治』を薦められていたからで……近頃は体調が良いから『遠出も出来るだろ』と矢のような催促が来ていたからなんだが……」

 

「あら、随分と仲が良いご兄弟なのですね」

 

「まあ、三好家の強さは兄上たちにあるからなっ!

 ……それで、なのだが。これだけ『走れる』ウマ娘がずっと城に閉塞では実に詰まらぬだろう。それに俺はもっとマックイーン殿と語らいたいことが出来た。

 気分転換がてら一緒に付いてきてくれると、俺も助かる――場所は『有』なのだが……」

 

 

 時代が異なっていても。

 ――やはり『ウマ娘』にとって『有』という関係は重なるのは必然か――あるいは運命か。

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