それ往け、戦国マックイーン   作:エビフライ定食980円

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第7話 湯の山街道

「はっはっはっ! 久秀がそのようなことを申されていたか! あやつは我が三好に無くてはならぬ男であるのに、その自覚が薄いのか敢えて余人から嫌われるような言動を取ることが多いのよ」

 

「は、はあ……。一存様から見たときの松永様の印象とはそのようなものでしたのね……」

 

「……? なんじゃ、マックイーン殿よ。

 もしや、俺に聞く前に、他の者からも久秀の評判でも聞いたか? あやつは毀誉褒貶が激しい故、世評など全く当てにもならぬ男よ」

 

 

 メジロマックイーンは、有へと向かう道中にて、早々と松永久秀から忠言を受けたことを十河一存に明かす。十河一存の周囲に侍る者には楓林のようなウマ娘の側仕えも多い。だからこそ、彼とメジロマックイーンの会話に聞き耳を立てているのも、耳がピンと立って2人の方に向いているのですぐに分かる。

 更に『松永久秀』という名をマックイーンが出した瞬間に、そうした盗み聞きをしているウマ娘達の中には尻尾がピンと逆立つ者も居て、あまり松永久秀のことを好意的に見ていない子らも多いことがありありと分かる様子であった。

 

「……一存様は、松永様についてどうお考えで?」

 

 マックイーンは、十河一存の発言とその主の態度と臣下の様子の乖離を見て、一歩踏み込んだ質問を敢えて重ねる。先に一存は松永久秀のことを『三好に無くてはならぬ男』と評しているのにも関わらず、改めて聞いたのはマックイーン自身が十河一存の考えを聞きたいということもあるが、少なくとも彼の考えを今の同行しているメンバーにある程度周知しておく必要性を感じたからだ。

 折角、松永久秀から忠言があったのに、それを信ずるかどうかが各人によって割れているという意思決定の齟齬を、マックイーンは彼等に認識させるための意図を含んでいた。

 

「それは先に述べた通りだが……って、そうか。

 マックイーン殿は我が寄騎たる守興殿に保護されてから日が浅かったのだったな。それに、久秀のことも三好家のことも詳しく知らないだろう?」

 

「……確かに、そうですわね」

 

「ならば、道中の退屈紛れにでも聞いてくれ。

 久秀は、我らが三好当主である長慶兄上が祐筆(ゆうひつ)に抜擢した新参の将であり、三好家の畿内への伸張と並行して拡充した外様からの登用よ――」

 

 

 そうして有温泉までの道中にて、十河一存より語られた内容をメジロマックイーンは相槌を打ちながら聞き、三好家中の者はそれまでの足跡(そくせき)に思いを馳せることとなる。

 

 

 

 *

 

「……マックイーン殿のメジロ家がどうかは俺には分からんが、三好という家は。世辞でも由緒がある家ではない」

 

 武家というものを、無理を承知でトレセン学園で喩えるならば。競走ウマ娘が武士であり、それらを束ねる『武家の棟梁』である『征夷大将軍』とは、即ち生徒会長であると無理やりに規定する。

 

 そうしたときに、エアグルーヴやナリタブライアンのような副会長として補佐するポジションの役職に『管領』というものがあって。三好家とは、その管領に任ぜられるだけの家格を有した武家の一家臣にしか本来過ぎない。

 

 それにも関わらず、今の三好家は本拠たる四国の一部と畿内を掌握しており、幕府を実務の面で動かしている『狭い意味での』天下人であり、戦国乱世の世において隆盛と栄華を極めている。

 

 その所業はこれまた極端な喩えを用いれば。高々エアグルーヴのクラスメイトでしかないようなウマ娘が、エアグルーヴを意のままに操った上で、しかもシンボリルドルフすらも動かして生徒会の権限を一介のウマ娘が全て握っているような状態である。

 二重傀儡構造。それをやろうとして出来るだけでも割ととんでもないことではあるが、しかし当然『エアグルーヴのクラスメイトでしかないやつが、出しゃばっているのはおかしいでしょ』という意見が出るように、この三好家の『天下』を快く思わない武家は多い。

 

 特に、先ほど『本拠』といった四国が顕著である。元々精々同格の管領家臣でしかなかった三好の者らが急に『主』として振る舞っているのだから。先祖代々、家ぐるみで付き合いがあった近しい者であればある程に『急に主君ぶりやがって』という妬みを受けることとなる。

 逆に関係が希薄な畿内の者――既に日ノ本の中枢である京に近い場所で領主をやっていた者からすれば『四国からのお上りさんで歴史的裏付けに乏しい成り上がり者』という感覚になる。

 

 そんな三好の主である三好長慶の幕府内での役職は『相伴衆(しょうばんしゅう)』という、征夷大将軍が宴をしたり他家に訪問する際に随伴する職である。……もっとも、この時点で幕府が出来てから200年ほどは経っているので、本来の職務範囲の仕事をすることの少ない『名誉職』の類ではある。将軍の付き人のような同職も、歴代有力な武家に限定された家職であったことから、段々と運用が有力大名向けの格式だけの職になりつつあったわけだが、そんな『相伴衆』だって、本来の三好家からすれば十二分に『抜擢』と言えるような怨嗟渦巻く中での就任であったのだ。

 

 先の喩えを使うならば『エアグルーヴのクラスメイト』というだけで、重賞勝利が無いまま生徒会入りするような感じである。

 

 そして、そんな立場であるがゆえに三好家には味方や身内というものが領国の広さや権勢に比して不足している。要は今の勢いに便乗して取り敢えず味方面だけしておく面従腹背の在地領主があまりにも多く、三好家が窮地に陥ればすぐさま掌を翻すような者ばかりで溢れていた。とはいえそうした者の視点で見れば、ぽっと出の三好家と一緒に自分の家が滅ぶ訳にもいかないので当然と言えば当然な話ではある。

 

 無論、宝くじで高額当選をしたり、あるいはここではないどこかの世界のSNSにて万馬券が当たったツイートをした人間の周囲に、初対面の親戚や、初めて会った旧来の親友を名乗る謎の存在が跋扈するように、三好家にも目先の勢いに群がる利益目当ての者もまた多数居るのも事実。

 

 

 そうした最中で登用された人物の1人こそ、松永久秀なのである。

 ……だからこそ。『三好こそが主家』という想いで四国からこの十河一存共々遥々畿内まで渡ってきた者からすれば、松永久秀……というか畿内の将全般が信用に欠けるという想いを抱くのは道理であり。

 同時に裏を返せば、そうした苦境の中でも『祐筆(ゆうひつ)』――平たく言えば公文書や書状を発布・管理する書記官や秘書相当の役職に任じられるまで信任を得てい三好家中で台頭している男まで、無暗やたらに怪しむというのは当事者同士の関係性の問題だけに留まらず、周囲の新参者からすれば『あれだけ高官となった者でも所詮は余所者扱いか』という忠誠心を低下を招きかねない。

 

 

 そうした一連の話を十河一存から聞いたメジロマックイーンは、次のように答えた。

 

「……なるほど、そういう事情がおありでしたのね……。寡聞のまま、一存様と信を置く家臣の皆様を試すようなことを申し上げた不遜を謝罪いたしますわ」

 

 歩みを止め、十河一存に向き直り洗練された所作で頭を下げるメジロマックイーン。それはこの時代に作法とは差異があるものであったが、それでも尚。その誠意と研ぎ澄まされた一瞬の動作に内包される夥しい程の格式は周囲に侍る将兵・ウマ娘らをともすれば威圧しかねない程の『圧倒』があった。

 

「――俺は全く気にしておらん! というか、そもそもマックイーン殿のことを不快にすら思っておらんからなっ! 皆の衆もそうであろう!?」

 

 

 そして。その雰囲気を即座に一蹴した十河一存も流石に歴史に名を刻むだけの資格足り得る将器であった。

 メジロマックイーンは、これまでの十河一存の振る舞いから彼のことを脳筋……とまでは言わないが、勇将や猛将の類であることは薄々と察していた。他ならぬ筋肉という存在証明もその判断を助長していたが。

 

 けれど、同時にただ筋力だけで解決するような御仁という訳でも無い。言うなれば、それはメジロマックイーンからすると『感覚派の天才』と会話しているイメージに近かった。

 

 

 ――そして。メジロマックイーンは『感覚派の天才(トウカイテイオー)』というものをこれ以上なく知っていたのである。

 

 

「……であるならば。私も一存様と同じように、松永様のことを信じようと思います」

 

「久秀には誠、勿体なき言葉よ! ……それはメジロという貴殿の家にも、同じような立場の者が居るということであろうか?」

 

「ええ……まあ、ご推察の通りですわ。

 ……私に従事する医療スタッフ、そうですわね、侍医とでも言えば伝わるでしょうか? 彼等、知の巨人たちはメジロの家として集められた者になりますが……口で伝えても分かりにくいですわよね……」

 

 

 『主治医』に代表されるようなメジロ家の医療スタッフチームは、スポーツドクターやチームドクター、かかりつけ医に訪問医療、あるいは産業医などの様々な制度を複合的に組み合わせて、医療行政を潜り抜ける形で集められた精鋭の一流スタッフである。

 

 軽微なものやリハビリであればメジロ家の療養施設で、大きな病気が疑われる場合でも『オープンシステム』――病院に属する医師でなくても登録されている医師であれば、他のクリニック・診療所医師であっても当該の病院設備と医師らと連携して治療に当たれる制度――が採用された大病院を利用する形で、メジロ家としては医療体制を整えている。

 そうした全面的なバックアップ体制を構築するのにメジロ家は資金を惜しまない。だからこそ、高額報酬でやってくる一流スタッフとは、家と家の付き合いで生まれた相手だけではなく、各分野で十二分に名声を挙げている外部の人間を招くこともしばしば多い。

 

 それは臣下として見るのであれば三好家にとっての松永久秀のようであり。あるいは『走術指南役』を務めるメジロマックイーン自身も似たような立ち位置ではあった。

 

 

 

 *

 

 一行はまず神崎川の河口にあたる古くは奈良時代の行基によって打ち立てられた摂播五泊(せっぱんごはく)の1つである河尻泊がある神崎を目指しそこで宿泊し、南北朝の戦乱にて破壊された神崎橋に思いを馳せながら渡し船で対岸まで渡って、『園田』の村を経由しつつ、三好方の有力国人の1人である伊丹親興が城主を務める伊丹城にてもう一泊。

 

 そして翌日は、伊丹から更に街道を進み、『宝塚』小浜を通過しつつ生瀬近辺にある浄橋寺でストップ。

 地方レース場のある『園田』や、阪神レース場のある『宝塚』といったレースに身を置く者ならば見聞きする地名の数々に、メジロマックイーンは前に聞いた『淀』――京都レース場の所在地――とともに、確かにこの時代と自身が生きた時代が断絶しておらず繋がっていることを認識する。

 

 まだ日が高く進もうと思えば問題ない時間ではあったものの、ここから先は明確な山道の切通のような道であったために大事を取って更に一泊挟んだうえで、有街道の最大の難所でもある蓬莱峡越えを敢行することとなる。

 

 こうした道のりの険しさこそ、十河一存の湯治という病気治癒を願ったものにも関わらず彼の体調の良いときを見計らって計画なされた最大の理由であった。

 軍勢ではここまでのスピード移動は難しいが、マックイーン・十河一存一行は側仕えの者らを供として、しかもその護衛にはウマ娘も紛れていた。加えて行き先は明白であったために多少落伍したとしても、途中の宿で後から合流が容易であったことからも、付いてこれない者は『後から追い付け』というスタンスでもって、これだけの快速性を誇った。もっとも、それは強行軍でも何でもなくこの時代の一般的な供廻りを伴った移動としては並以下のペースではある。

 

 メジロマックイーンは内心『これだけ歩けるのに病人なのですわね……』と、この時代の脅威の健脚ぶりに称賛と呆れ半々といった面持ちで評していた。

 道中の長距離移動はメジロマックイーンからすれば特段厳しいものでもなく、何より歩きのペースなのでマックイーンの無尽蔵とも言えるスタミナが尽きることなど全く無かったが、とはいえ最終日の蓬莱峡越えは、流石のメジロマックイーンでも堪えたようである。

 

「完全に、山登りじゃありませんの……これ……」

 

 メジロマックイーン視点では、どう好意的に解釈しても『登山道』でしかないそれは、この時代における『有街道』あるいは『湯の山街道』と呼ばれる一般的な通行路であった。

 難所でこそあれ、このルートを使って天皇や公家も湯治に赴いた記録が残るくらいには、メジャーでポピュラーな『一般道』なのだ。当然、地理把握能力に長けた楓林の脳内地図にもこの道は『主要街道』としてインプットされている。

 

 まあ、詰まるところ。戦国乱世において、登山家スキルは人権ということである。

 

 

 

 *

 

 六甲の山々に囲まれた渓谷である紅葉谷の麓、川沿いの緩やかな盆地地帯、そここそが有温泉である。

 到着した十河一存一行は、事前に使者を送っていた善福寺を常宿として、この地で湯治に専念することとなる。善福寺には鎌倉時代の末期よりこの地に建立している由緒ある寺院であり、有一帯の僧侶の中でも地位は抜きんでた存在とのこと。

 

 そこに荷を置き、部屋を検めて、メジロマックイーンはようやく登山の一息が付けると思った最中で、十河一存より呼び出しを喰らう。

 

「俺とマックイーン殿が此処へ来ていることは周辺の領主にも既に触れ回っておる。であるから、日頃は別の城に居る三好方の国人がわざわざ警護の為に、この有近くの城に詰めておるのよ」

 

「は、はあ……? それで、その御方は、今どちらにいらっしゃるのでしょうか?」

 

「……ほれ、其処よ」

 

 

 十河一存は、善福寺のちょうど南西を指差す。しかし指を指した方角はやや斜め上に向かってであった。

 

「……えっと、そちらには山しかありませんが……?」

 

「左様よ。……落葉()城と言うらしいが。

 その城に今、我等を護る国人――『有村秀』殿が詰めておる……して、触れは既に出しておるから往くぞ、マックイーン殿」

 

「……へっ!? えっ、今からですのっ!?」

 

 

 ……落葉山の山頂まで昇る訳ではないが一応参考までに落葉山の標高は619mあって、現在地・善福寺の標高はおおよそ400mに届かない程度である。

 道のりで言えば大体1kmと少しであろうか。決して長い距離ではないものの、それでも登山が終わったという気持ちで居たら、また山に登ると言われたメジロマックイーンはどう思うであろうか。

 

 いや、彼女は当然、自らの護衛の為にわざわざやってきてくれた存在なのだから挨拶せねばならないことくらいは分かっている。……その社交的な側面での必要性は理解しているものの、やっぱり気持ちの面、内心というのは表にこそ出さないが変わってしまうのは致し方の無いことであろう。

 

 

 だからこそ、誰が悪い訳ではないけれど。

 

 ――これだから、私と『有』というのは相性が悪いですわ!

 

 ……と、そんな風に思っていたかそうでないかは、メジロマックイーンのみぞ知ることである。

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