それ往け、戦国マックイーン   作:エビフライ定食980円

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第8話 因果

 落葉山城を領有する周辺領主の有村秀へのお目通りは、特に何の問題も無く恙なく進行した。

 

 その中で、有村秀が十河一存に対して。

 

「……して、十河様。三好の一門衆であらせられる貴方様がこうして我が領内にご足労頂いた折角の機会で御座りまする。我等、有一党総出で、ささやかではありますが是非とも歓待したいと考えておるのですが、ご都合はよろしいですかな?」

 

「――ふむ。折角、有殿らが用意してくれたのであればこの一存、居ても立っても居られぬ……が。

 済まぬが、今日のところはまだ供廻りが集まりきっておらぬ。落伍した者など捨て置くべきかもしれんが、それでも俺の臣下であることには変わりないからな。

 せめて奴らが集まるまでは待って頂けると助かる。……此方の都合で振り回してしまい忝い」

 

「いえ、いえ! ご家臣想いなその心情、某もお察し致しまする。では、宴の日取りは改めて使者を交わってということで……」

 

 そこで一旦会話が途切れた後に、十河一存が口を開く。

 

「承った、有殿。では俺やそこのマックイーン殿は、明日にでも物見遊山がてら出歩くとするが、貴殿はこの有の地にて風光明媚なる場所を知らぬか?

 俺は、兄上らと違い武辺だけで生きてきた故、そうした雅なものにはとんと疎いのよ」

 

「武辺一筋で生きることこそ男子の本懐であるからこそ、羨ましい限りです。

 ……であれば、この地には2つの滝がありますれば、それを見られるのがよろしいかと。

 『太鼓滝』と『鼓ヶ滝』と言いますが、いずれもその水が落ちし音色が、まるで(つつみ)の音のように聞こえますぞ。2つの音色の違いを是非とも堪能していただきたく。鼓ヶ滝はちょっと山に入ったところにありますが、太鼓滝はこの温泉郷の東の端からならばすぐの処ですな」

 

 そのような話で花が咲くも、メジロマックイーンはその場においては時折両名から話を振られる以外は、自ら出しゃばる真似はしなかった。2回の登山でメンタル的にやられていたということもあるが、2人の将の遣り取りに水を差すつもりも無かったためである。

 

 

 特に何事も無く、半刻程の時間を落葉山城で過ごした後に、宿である善福寺へと帰投する。

 宿まで戻ると、もう間もなく日も暮れるといった時間だったので、夕餉を取りつつ、未だ合流出来ていない落伍した数名の供廻りを待つが、1人2人は息を上げながらやってきたものの、全員はどうにも今日中には現れそうになかった。

 

「……まあ、もう今日は来んだろう。このような宵闇の中で歩みを進めるくらいなら、明日の日の出を待った方が余程安全よ。俺の配下ならば、そのような判断をすると思うから、俺はもう寝る。皆も、早う寝い」

 

 その十河一存の言葉を皮切りに今日はもうお開きという雰囲気になったところで、楓林が口を挟む。

 

「では十河様。明日、日が昇ったらまだ来ぬ者を探しに行きますか?」

 

「……ふむ。そこまでせんで良いだろう。最後に此処へ辿り着いた者らも、ただ休み休み来ていたためで足止めを喰らった訳ではないと言っておった。

 ああ、ならば楓林。お主が明日はこの善福寺に留まり落伍者を数えよ」

 

「はっ! ――では十河様は明日はどうなさるお積りで?」

 

「有殿から面白き話も聞けた故、気晴らしに物見遊山にでも行っておるわ。遅れて到着した時に上役の俺が居たら戻って来づらいだろう? 俺が遊び呆けていた方が遅参した者らの罪悪の念も多少は薄まるというもの。

 ……それに、わざわざここまで着いてきてくれたマックイーン殿を寺の部屋に閉塞というのはどうにも忍びないしな」

 

「……ご気遣いお痛み入りますわ、一存様」

 

 メジロマックイーンは自分のことだけであれば、気を遣わないで大丈夫といった旨の言葉を伝えただろうが、それが十河一存自身の臣下を慮っての行動であったために、彼の言葉に乗ることにしたのであった。

 

 

 

 *

 

 翌日。

 メジロマックイーンは、楓林らウマ娘の供廻りとともに食事をとる。一応客人ポジションなので別室で1人で食事をとることが普通ではあるのだが、マックイーンは自身の食事が多少なりとも『特別』メニューになっていることを飯盛山城での生活を踏まえてある程度察しがついていたため、一緒に食べることで他のウマ娘の食事水準を自分のところまで引き上げることを狙っていた。

 

 とはいえ、マックイーン向けの客人待遇として三好家が提供していたのは、毎度の食事ごとで米を炊くことくらいである。三好家は一般的な武家平均でもかなり上澄みのレベルで裕福であるので、食事も1汁1菜から、日によっては1汁2菜の日もあるくらいだし、海上交易路に接続している上、飯盛山城の目の前にあった深野池という湖は大阪湾と接続しているがために、毎日様々な食材に手を伸ばせる環境ではある。目と鼻の先に市場とかスーパーがあるようなもので、やっぱり飯盛山城は生活の便で見ても神立地である。……まあ、近場で様々な食材が手に入ることと、実際に食事に出るかはまた別次元の話だが。

 

 またマックイーンが常に炊き立て……とまでは言わないが、ほんのり温かいくらいの冷や飯ではないご飯が供されていた最大の理由は、一度彼女が水で医者を呼ぶ騒ぎになっていたところが非常に大きい。

 だからこそメジロマックイーンの城でもメニューは湯漬けだったり姫飯(ひめいい)――釜で炊いたご飯――であっても、極力冷えたものを出さないようにしていた。マックイーン視点では煮沸消毒の為に白湯で水分補給を行っていたが、この戦国の人々視点では、どうにも『冷たいものが駄目』といった具合に考えたようである。

 

 で、メジロマックイーンには絶対に口には出さないが食事に対する不満点がいくつかあった。

 まず、おかずが絶対的に少ないということ。とはいえ、これは正直トレセン学園においてもウマ娘サイズの大盛りメニューだと明らかにご飯とおかずの比率がおかしいものもいくつか散見されることから、スポーツ栄養学の観点からの不安はあれど、それ自体は絶望的な話ではない。

 

 では何が切実な問題かと言えば、その食事の大部分を占める米、これが粘り気が乏しい上に味が感じられず美味しくない。

 その理由は多岐に渡り、メジロマックイーンにはどれが主要因か同定することができない。現代との品種の違いか、炊き方や火加減、ないしは水の問題か、完全な白米に精米されている訳ではなく5分づき程度の状態で麦を混ぜて食しているからか、あるいはこの時代は新米よりも古米の方が『高値』で取引されており、より高級である(・・・・・)古米が供されている為か――ともかく、1つの理由では済まない問題がそこには内包されていたのである。

 

 どこか別の世界線では『パクパクですわ!』という謎の食いしん坊キャラにされていることもあるけれど、基本的にメジロマックイーンというウマ娘が時折食事に異様な執着を見せる場面がある理由は、体質的に体型が変化しやすいことから自主的に食事制限を課していてその反動によるところが大きい。

 

 だからこそ、更に第三の問題として浮上する、この時代では原則『1日朝夕2食』という食生活も踏まえた上で、内心ではそこそこ危機感を感じていた。……そのマックイーンの感じる不安とは『美味しい食事』を欲してという食い意地の側面よりかは、純粋に『この食事メニューでステイヤーとしての自らを維持出来るか』という点に集約されている。

 が、『走術指南役』という立場を得たとはいえ、衣食住の全てを提供されている身にて、その『施し』ともいえる行為の中身に不平を出す、というのはメジロマックイーンには出来なかった。

 

 だからこそメジロマックイーンは食事を楓林らと共にする。何故かと言えばその得た立場である『走術指南役』に起因する。現段階においてはマックイーンの指南は楓林にのみ限定されているが、それが将来的に『別のウマ娘にも』となる可能性は考慮していた。

 としたときに。何だかんだでマックイーンの生活の面倒の大部分は、十河一存の差配によるものである以上、十河一存の側に仕えるウマ娘――即ち、今同行しているメンバーから抽出される可能性が高く、この有の湯治への同行には少なからず『顔合わせ』の意図もあるのではないか、とマックイーンは推測したからである。

 

 十河一存のことを細やかに策を弄する人物だとはメジロマックイーンも考えていないが、さりとて彼がトウカイテイオーのような『感覚派の天才』という可能性には至っているために、そうした感性や直感で十河一存が動いているかもしれないと彼女なりに思ったのである。

 

 で、あれば。ある程度、彼女たちがどういう食事をとっているのか可視化するに越したことはない。もっとも、それが取り越し苦労であったとて、別に他の者を交えて食事をすることが悪いことに繋がるともメジロマックイーンは考えていなかったためだ。

 

 

 食事後に楓林に別れを告げ、早々と数名の供廻りらと十河一存とともに出立することとなる。

 

「それで一存様。確か有村秀さんの言葉では2つの滝があると言っておられましたが……」

 

「うむ、まあまずは近い方で良かろうマックイーン殿」

 

「そうですわね」

 

 そう言葉を交えて、一行は有温泉郷の東端にあたる『太鼓滝』へと赴くこととなる。

 とはいえ、温泉郷の中心に流れている有川を上流に向かって上っていくだけだ。1km程度は街並みの中を歩き続け、そこから更に滝があるところまでは森へと分け入って川を目印に進んでいく。

 メジロマックイーンの耳には森に入るや否や滝の音が耳に届いていたが、彼女は十河一存の楽しみを奪うことも無い、と思い至りそれを特に言及することは無かった。

 

 

 その数百メートル程度の山道を行く最中、十河一存は不意にメジロマックイーンに話しかける。

 

「……幼き童の頃合いの昔語りにはなるが。実は俺は『ウマ娘』にかつて憧れていたこともあった」

 

 川沿いの土が踏み固められて出来た山道は、水辺が近いこともあってところどころぬかるんでいる箇所がある。けれども、メジロマックイーンはそれをバ場状態を確認しながら走るように、的確に押し固められた滑らない土壌の部分を選びながら――けれども傍目から見れば、普通に歩いているかのように見える洗練されたフォームのまま危ない場所は避けて歩く。

 そんなメジロマックイーンの細やかなステップを尻目に見ながら十河一存は先のように語った。

 

「そのお話は、初めてお伺いいたしますわね。(わたくし)達『ウマ娘』に……憧れ、ですか……。

 それはどのようなご心境なのでしょう?」

 

「――人の将よりも、強く、より速い。

 耕作をさすればあらゆる民草よりも、誰よりも多くの土地を墾くに能う。

 力比べや脚の速さでは、我等武士といえども、ウマ娘には天と地がひっくり返ろうとも勝てるはずがないからこそ――その強さに憧れ。

 ……何より、ウマ娘であった方が兄上らの力になれると思ったからな」

 

「……家族想い、なのですわね」

 

 

 ウマ娘と人の身体能力は比べるまでも無く隔絶している。メジロマックイーンのトレーナーのようにウマ娘に足蹴にされても、プロレス技をかけられてもノーダメージだったりする脅威の頑丈さを持つ人間は時折居るが、真っ向勝負で人間が勝てる道理はない。

 

 

 マックイーンと十河一存、そして数名の護衛を含めた一行は、やがて開けた場所に出る。滝つぼ……という程には水深が深くない川幅のやや広い区域があった。その水辺に(くつ)を濡らすように踏み入れると、岩肌の一角がまるで掘削されたかのように侵食された場所があり、その奥には確かに正真正銘の滝つぼがあり、そこに水が流れ落ちていた。

 

 その侵食によって出来た滝つぼは少々小ぶりではあるものの、綺麗な丸い形をしており、その滝の水が流れ落ちる音は、さながら規則的に太鼓をたたく音のように聴こえるものとなっていた。メジロマックイーンはその音を遠くから認識はしていたが、近くに寄れば一層のこと実感することが出来た。

 

「――本当に、太鼓の音のように聴こえるのですね。正直、半信半疑でしたわ」

 

「……こういう場に居合わせて、何も言葉に出来ない辺り口惜しいばかりよ。俺ではなく兄上たちであれば、きっと素晴らしい感想を歌にでもして詠みあげていただろうが――」

 

「あら? 滝の音を聴いて自らの家族に想いを馳せる時点で、私には一存様も十二分な素養があるように思えますわよ?」

 

 

 ……滝とは水の流れであり。その流れは長い年月をかけて硬き岩盤をも貫く。それは即ち浸食作用と言い、緩やかであっても自然というのは確実に変化して移ろうもの。

 だからこそ、戦国の世において聞いたこの滝の音は、メジロマックイーンが現代に戻り『有の太鼓滝』を訪れたとしても、今この瞬間と全く同じ音色に再会することは不可能である。

 まさしく一期一会。ましてや人の耳よりも優れた感覚器である『ウマ娘の聴力』……これだけでは『良く聞ける』だけでしかないが。

 

 そこにメジロ家令嬢としての『教養』が折り重なる。音というものを聞き分ける(・・・・・)という行為には賛美眼ならぬ賛美耳(・・・)が必要不可欠であり、メジロマックイーンにはそうした『音の鑑定力』のような力もまた備わっているのだ。

 一見それは『競走ウマ娘』としては不必要な能力かのように思えるかもしれないが。しかし、ウマ娘のレースには『ウイニングライブ』があり、舞台・観劇などの隣接分野(・・・・)に関する知見を疎かにする理由は無いためである。

 

 

 メジロマックイーンは、眼下に広がる光景を眺めつつ話す。

 

「でも、それでしたら何故――」

 

 

 森の中に心地よい風が吹く。その風は、マックイーンの言葉を遮るような暴風では無かったものの、さりとてメジロマックイーンは紡ぐ言葉を一時中断した。

 

「……一存様」

 

「――成程な」

 

 

 両名ともに瞬時に真剣な面持ちへと変化する。

 先に述べた通りメジロマックイーンの聴力は、『聞き分ける』力に長けている。

 

 そして十河一存は、勇将として戦場に身を置き続けたことで、現代を生きる者からすれば第六感としか思えないような知覚能力を有している。景色を眺めてそれの『ブレ』であったりとか、風の流れの違和……そうしたものを集積して、彼自身は言語化こそ出来ないような感覚を研ぎ澄ますかのような技術が存在した。

 

 ……本来存在し得ないはずの、葉と衣が擦れるような音。

 あるいは漫然と見ればただの景色でしかないが、風の流れに不自然に逆らうような一角。

 それとも、植物や獣、自分自身たちではない仄かな『異質の匂い』だったかもしれない。

 

 

 ――それらが結びついたとき。

 今、この場に『自分たちでない何者かが居る』という決定的な情報に至る。

 

「――往け! マックイーン殿っ!

 貴殿の脚ならば、囲いを抜けられよう、加勢を呼ばれいっ!」

 

 その言葉を皮切りに、十河一存と護衛の兵は抜刀する。

 まだ姿を現さぬ『何者』かだが、しかして彼等が出す音は最早隠し立てのしようの無いものに変質していた。

 

「ですが……いえ、そうですわね。

 此処に居ても私は足手まといになるわけでしょう――」

 

 

 そして葦毛のウマ娘は、光の子となり。

 まるで天まで駆けていくように、その脚を動かした。

 

 

 

 *

 

 メジロマックイーンは考える。

 彼女自身を追う者の気配は無かった。狙いは間違いなく十河一存。

 

「――っ……ふざけないでくださいまし!」

 

 マックイーンは悔しかった。

 十河一存はああ言ったが、彼女自身のことを逃がすための発言でもあることは分かっていたこと。

 そして……敵に、自らが脅威ではないと見做されたこと。

 

 

 楓林らの居る宿――善福寺に駆け込むのは確定。

 だが、それくらい敵も織り込み済みであろうと彼女は思案する。更に一手打たねば……十河一存は死ぬ。

 

 

 ――その時、メジロマックイーンに天啓を得る。

 

 そして同時にその考えに至った瞬間、彼女は再び悪態をつく。

 

「……本当に、ふざけておりますわね! どのような因果ですか!?

 私と、有はそこまでっ――」

 

 

 昨日、十河一存とともに尋ねた落葉山城。

 そこに詰める臨時の城主の名は――有村秀で。

 

 この『太鼓滝』から『落葉山城』までの山道を含んだ道のりは、彼女の目分量ではおよそ――2500m。

 

 

 

 有・2500mの舞台に、メジロマックイーンは再び立つ。

 

 

 そして。

 ――2度目の『有』の舞台では、『伏兵』に敗北は許されない。

 

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