メジロマックイーンは駆ける。
それは初めての経験であった。
スタート時、彼女の脚元は『川の中』。派手に水しぶきを上げながら、浅い川底の砂利を踏みしめながら全速力で加速する経験などメジロマックイーンには無かった。
そうした未曾有の悪路を抜けた先の山道。
そこは行きの段階で、ぬかるみがあり滑りやすい土壌であることが分かっていた道。ダートのような砂ではなく、土……ともすれば泥と言っても差し支えない道のりの中、それでもマックイーンは一切の躊躇をせずに速度を落とさない。
かつてのメジロマックイーンの有馬記念における2500mの走破タイムは2分30秒8である。
ただし、それは『走るために最適化された』レース場での、しかも良バ場でのタイムである。だからこそ、川に山道に、土の街道に、そして登山のようなアップダウンすら激しいこの中山ではない有馬の舞台においては、同等レベルのタイムが出ることは決して無い。それに今のメジロマックイーンにはその有馬記念にて序盤から中盤にかけてレースメイクをした大逃げウマ娘――ツインターボの存在も無い。
単走でメジロマックイーンは走り抜けねばならない……けれど。
メジロマックイーンは、まさしくメジロ家を体現する――総合力のウマ娘であった。
『競走ウマ娘』にとって考えられない走路環境。これをメジロマックイーンは
繋靱帯炎の再発はおろか、全速力で走って転倒すればただでは済まない道のり。これをまるで
あるいはその心の強さは、メジロドーベルらしく。パワーを駆使した踏み込みはメジロライアンの趣きを感じさせ、足りないピースを根性で埋める様はメジロパーマーを思い出させるものであった。
そして、それらの走りが何とか破綻を免れていたのは、ここまで歩んできた道をメジロブライトのように『よく見てきた』からこそ。
この場において、メジロマックイーンは……いや、正確に言えばメジロマックイーンの走法は彼女がレースで培ってきたものではない――1人の力による走りでは無かった。
だからこそ……今のメジロマックイーンの『レース外』の走法には、この時代で知り合った楓林の『走り方』の息吹すらも感じられるものであった。
「……今の
その後に、有馬村秀さんに援軍を求める交渉が待っているのだから――」
競走ウマ娘としての緻密なスタミナ管理が逆に仇となる。だからこそ今のメジロマックイーンは、この走路環境において出せるトップスピードを維持しつつも、ラストスパートというものについて考慮の外に置いた。
それはさながらハイペースの逃げのような走りであるが、これはまさしくこの世界にて『楓林』が魅せた均質なペース管理と同一のものである。
森を抜け、温泉街の街道へと出る。
それは、さながら初めて楓林と共に走った東高野街道のように未舗装の土の路――いや、あそこは仮にも『畿内の覇者』たる天下人の本城の目の前だ。メジロマックイーンからすれば風化の目立つデコボコの悪路ではあったけれど、それでもこの時代の道としては屈指の整備された道であった。
有馬の道は当代としては決して悪い水準には無い……それどころか全国有数のレベルでそこは『綺麗な道』だ。何せ京の貴人ですらも湯治に使う道なのだから。
だが、それが『現代の競走ウマ娘にとって走りやすい』かという尺度で見れば話は全く変わる。
メジロマックイーンはトライアスロンのごときトレーニングもしたことがあったし、峠越えのような形での長距離トレーニングもやっていたものの、このような危険な道での疾走は、やはりこの時代ならではのことであった。
*
メジロマックイーンは街道を走る。まばらに町人らの通行もあったが、それをあっさりと抜き去りながら。
今、彼女の両脚には自身の選手生命だけではなく、十河一存と並びに物見遊山に同行した僅かな供廻りの字義通りの『生命』が上乗せされていた。
メジロマックイーンが『走る』という行為に、乗せてきた想いは多岐に渡るけれども、それでも本当に『命を背負って走る』というのは初めての経験であった。
メジロマックイーンは走る。砂埃を巻き上げながら。
砂埃が舞うということは、地面が乾燥しているということ。それはここ数日の有馬がしばらく晴れていて、ぬかるんでいないことの証左であったが、走り出した頃には川の中であったメジロマックイーンにとってあまりにも走路条件が変わる……ということだけに留まらず。砂埃が舞う分だけエネルギーの損失が発生していて、それはマックイーンのパワーを使わせ、スタミナの浪費に直結する要素である。
やがて、1つの辻に出でる。そこは街道のすぐそばを流れていた有馬川と他の支流との合流点の近くであり、同時に昨日宿泊した善福寺のすぐ傍である。
今、この寺には楓林を含めた他の十河一存の側仕えの者が、落伍した者を待っていることをメジロマックイーンは忘れていなかった。
そしてマックイーンはその辻に楓林の姿を見つける――道と道が交わる交差地点にて楓林がマックイーンを待ち構えているのは、飯盛山城下での一件の逆構図。
……そして、楓林もまたメジロマックイーンの姿を視認して即座に表情が強張った。何故か。
楓林は、武将の側近ウマ娘として非常に優秀な水準にある。だからこそ、今この瞬間にメジロマックイーンが、十河一存はおろか他の供廻りすら連れずに、1人で全力疾走して善福寺を目指しているかのような進路を取っていることの意味を即座に理解する。
楓林はただ一言、彼女の視線の奥にて走っているマックイーンに届くように問いかける。
「――マックイーンさんっ! どちらの滝ですか!?」
楓林にとって行動に移すための最後のキーピースは目的地、マックイーンの出発地点の情報である。だからこそ、他の状況報告は捨て置き、それだけを聞くことを選んだ。
そして突然、楓林が大声を出したことに周囲の十河一存家臣らも反応をして、楓林の様子からそれが只事ではないことを理解する。
その1秒に満たない交錯の中で、メジロマックイーンは走る脚を緩めずに声を張る。
「――太鼓滝っ、ですわ!!」
その声は、確かに楓林へと繋がった。
そして楓林は、地勢の把握に長けたウマ娘で、この有馬の地は三好方の土地である。だからこそ、滝の名1つで彼女はもう迷うことなく、十河一存の下へ馳せ参じることが出来る。
だからこそ、楓林とその場に居た数名のウマ娘はメジロマックイーンが走ってきた方へと駆け出した。
――それは同時に。メジロマックイーンが彼女たちの生命をも、新たに背負うことを意味していた。
「マックイーンさんは、そのまま落葉山城までお願いいたしますっ!」
「言われずとも分かっておりますわっ、楓林さん!」
……まだ、走行距離は1kmと幾許かである。
メジロマックイーンの2度目の有馬は折り返し地点なのだ。
*
辻を越えた先からは、徐々に坂路へと変わる。
楓林らが間に合ったとして、高々数人。敵の伏兵がどれ程いたかまでマックイーンは把握しきれていなかったが、味方側が劣勢を覆す程では無いだろうと思う。だからこそ、楓林らの僅かな援兵では時間稼ぎの捨て石にしかならない可能性が高い。
やはり、メジロマックイーンが十河一存や楓林らを救うためには、何としてでもこの『落葉山』の主である有馬村秀から軍勢を派遣してもらうしかない。
山道を疾走するのだから否応なしにスタミナを消費する。それはメジロマックイーンの無尽蔵と言える驚異的な心肺機能を持ってしても、呼吸が乱れる程の――いや、それだけではない。
今、彼女の両脚に懸かっている幾人もの『命』という、ターフの上では一度も経験したことの無い重責が確実にメジロマックイーンのスタミナを蝕んでいた。
……それは、この世界のウマ娘が『伝令兵』として走るときに背負う代物。
そして、この世界のウマ娘は、それだけの重責を背負って尚、平常通りに走ることが求められる。
大勢の『想い』を背負って走ることにおいては、あらゆる競走ウマ娘の中でも随一と言って差し支えの無いメジロマックイーンであったが、
しかし、彼女にとっては同じこともあった。
「――私はっ……はぁっ、メジロマックイーン……ですわよっ!」
メジロマックイーン。
それは、メジロの名を冠するウマ娘の1人――家を背負って走るという一点においては、今この瞬間に十河一存の救援に向かうため死地へと脚を動かす『三好家』のウマ娘・楓林と変わらない。
マックイーンは三好家の為に走るのではない。
ただ、メジロ家のウマ娘として。
メジロの名を自らのせいで軽んじる者が出ないようにする為に――走るのである。
いつしか、山道から石段の階段へと変わっていた。ゴールは近い。
道よりも階段の方が走りにくく、スピードは出ない……が。けれども、メジロマックイーンにとって、川辺で、土を固めた街道で、山道で走ることよりも、むしろこの石段こそ慣れ親しんだものであった。
トレーナーや、チームのメンバーと共に神社の石段を使ってトレーニングを行うことは幾度もあった。
ここに来てようやく現代でのトレーニングメニューが、そっくりそのままメジロマックイーンの走りに活きることとなる。
ラストスパートも最終直線も無い、2500mの最終局面。
一定ペースのまま、ただ単調に、そして確実に、階段を踏みしめながら淡々と登り――。
そして。
「……そこなるウマ娘よ! ここが如何なる場所としっての狼藉か!?
直ちに、止まり名を名乗られよっ!」
――落葉山城大手門前。
2500mの終着点に遂にメジロマックイーンは辿り着いたのであった。
息を整えることもせず、門を守る一般兵へと告げる。
「……つい昨日、この城を訪ねた者の顔をお忘れですか?
三好家走術指南役――メジロマックイーンと申します。城主であらせられる有馬村秀様に火急の報がありますわ……通ってもよろしくて?」
「は、ははっ! 申し訳ございません!」
兵は飛び退くように引き下がりメジロマックイーンへ道を譲る。
それは口上に用いた三好の名もさることながら、通さざるを得ない気迫がそこに籠っていた。
*
メジロマックイーンの尋常ではない様子はすぐに伝達されたようで、それは有馬村秀との面会の場にも如実に反映された。
昨日、十河一存とともにこの城に来た際には、大広間のような場所で対面したが、本丸館の外の庭……屋外で、しかも有馬村秀は、正装ではなく略式の平服であった。
しかしこの期に及んで城主の着替えなどで待たされたりしたら、きっとマックイーンは周囲の静止を振り切り城内へと強行突破したであろうから、今の状況に即してはいた。
「……して、メジロマックイーン殿……で、あったかの? 祝宴の日取り決めにおいでになった様子ではなさそうであるが――」
「――三好家一門、十河一存様が太鼓滝にて、刺客に襲われました。
有馬村秀様、すぐにこの城の者らとともに救援をお願いしたく」
「……なっ!? それは誠か!?」
「……私は、その太鼓滝から走ってここまで参ったのですから、これは嘘や偽りなどでは断じてありません」
メジロマックイーンの見たところ、有馬村秀の動揺は尋常では無かった。
(……ひとまず、この方が犯人という最悪のケースでは無いようね。そうしたら私も詰みでしたわ)
しかし、有馬村秀の反応は芳しくない。
……無理も無かった。今日、その太鼓滝へ行くことを知っていた者は限られている。しかも、その滝を薦めた御仁はこの男である。
メジロマックイーンの見立てでは、刺客を送った候補から既に外れてはいるものの、それを有馬村秀は知る由もない上に、犯人が誰かを判断するのはマックイーンではなく三好家上層部だ。
確かに有馬家は三好方である。それは間違いない。
が、同時に譜代の家臣ではなく、三好の勢力伸長により臣従した国人衆に過ぎない。
複数の領国を有する大大名家の三好家と比すれば、吹けば飛んでしまうような勢力であり。此度の十河一存襲撃の責などという身に覚えのない罪で裁かれてしまってはたまったものではない上に、スケープゴートにするには彼の立場はあまりにも適任であることに気付いていた。
「……こ、此度の一件は、某だけでは決められぬ故、一族の者とも相談して決めようと思いまする。
メジロマックイーン殿につきましては、別室を用意いたしますのでそちらでごゆるりと――」
マックイーンもここまで言われれば、彼が何を考えているかは概ね察することが出来た。
犯人ではないが、三好から処罰を受けるくらいならいっそ襲撃に便乗して反三好へと寝返ってしまうことを考慮している。状況が動くことを待っているのか、それとも重大な決断を1人でしたくないのかまでは不明だが、とにかく窮地であり正念場であることは明らかであった。
しかし、この時。
メジロマックイーンの胸中の想いは、彼をどのようにして説得するかではなく。
怒りの感情が支配していた。
そして、その怒りとは、十河一存や楓林らを救わぬことではなく。
自分自身の命を救わぬことでもなく。
彼の姓――『家』に原因があった。
「三好も、反三好であろうと関係ありません。ただ――。
有馬の名を穢すことだけは、私は絶対に赦しませんわよ」
有馬記念。
その『有馬』とは旧久留米藩主・有馬家15代当主で、第2代目のURA理事長の有馬頼寧の名から取られたものであり。
その江戸時代に久留米藩主となった有馬家とは、今目の前に居る有馬村秀の従兄弟の子から連なる系譜だ。
そこまでのことはメジロマックイーンも知らない。出てきた彼女の物言いは、ほぼ恫喝紛いの言葉であった。
が、そこに内包されていたのは、当事者すらも遥かに凌駕する有馬という家名に重きを置いた『想い』。
今、この場はおろか――この日ノ本の天下をあまねく見渡したとしても『有馬』に対して、メジロマックイーン以上に『この家名』を重要視している者は恐らく居ないだろうと確信できるほどの強い意志が、そこには内包されていた。
そして。
――そうした『家名』に対する覚悟は、この時代の武家にとっても無条件で好印象に繋がるものであったということ。
そのメジロマックイーンの『家名』に対する無条件の称賛を垣間見た有馬村秀は、彼女の想いに半ば流される形で救援の兵を送ることを決定していた。
「……すぐに太鼓滝へ兵を向かわせよ!
――否っ! 某もすぐに出立する故、すぐに出られる者から先行せい!」