慎重術師 作:コケ
七海はある違和感を抱いていた。それは数週間前からだ。徐々に自分の周りが変化しているような気がした。不思議な感覚、何かがおかしい。変わったことなら1つ思い当たることが七海にはあった。
それは灰原が以前よりも授業や自主練習に熱心になっていること。しかし、それとは違う。確かに灰原は熱心に取り組むようになった。でも、それに関しては別におかしいことでもない。元々、灰原は頑張って強くなろうとしていた。それが加速しただけのこと。では何が違うのか、七海はずっと考えていた。
そして今日、その違和感の正体が明らかになる。
雲ひとつない青空の下、七海と灰原は授業のため高専のグラウンドで汗水流して体を動かしていた。
太陽が2人の体を照らす。七海は喉が渇き、水筒を取りに行く。
自分の水筒の横にはパンパンに膨らんだ白い大きなバッグが置いてあり、なんとそのバッグにはでかでかと『灰原雄』と刻んであった。それもペンで書いたものではなく、文字通り刻まれていた。
「何ですか、コレは」
七海は思わずそう口に出す。分からなかった。何故、ただの授業にこんなに大きい荷物を持ってくるのか。邪魔でしかないではないか。
七海は何が入っているのか気になり、覗こうとしてやめた。いくら親しい仲でも人のバッグを無断で覗くのはプライバシーの侵害である。親しき仲にも礼儀あり。七海は呪術師の中で数少ない常識人。そこでちゃんと許可を取ることにした。
「灰原、何ですかこのバッグは」
七海は灰原を呼んでこのバッグの詳細を聞こうとする。
「そのバッグ? んー? まあ、七海なら教えてもいいかな。絶対に他の人には言わないでよ。情報漏洩には気をつけないといけないから」
「はい。言いません」
「今の言葉、録音したからね!」
七海はそれを聞いて眉を顰めた。
灰原は自分の名前が大きく刻まれているダサいバッグのチャックを開ける。
そして、その中にはありとあらゆる物が入っていた。
「コ、コレは・・・・・・」
七海は軽く引いてしまう。見た目からたくさんの物が詰め込まれていると分かっていたが、何故こんな物が入っているのか、分からない物までが入っていたからだ。
中には黒いお面のような物が入っており、七海はそれを手に取る。
「コレはガスマスク・・・?」
「そうだよ!! 急に毒ガス撒き散らしてくる人がいるかもしれないからね」
そして、他には2リットルの水が入ったペットボトル3本、携帯型酸素吸入器、ハザードマップ、折りたたみ傘2本、救急箱、上下の着替え5着、小型のボイスレコーダー5個などの本当にありとあらゆる物がこのダサいバッグに詰められていた。
「な、何故こんな・・・」
「何が起こるか分からないからね!」
「しかし、こんなにたくさん詰めてたら重くなるでしょう」
「これも修行の一環だよ!」
「そうか・・・」
七海は違和感の正体が分かった。灰原にどこか夏油の面影を感じていたんだと。学ランにはたくさんのポケットがついていたり、外にいる時はずっと辺りを警戒していた。それに任務の前日に任務先のルートを何度も念入りに確認を行っていた。
「ん?どうしたの七海」
「いや、なんでもないです。もういい時間なので切り上げましょう。先生に伝えてきます」
七海は今の灰原を相手にしたくなかった。もし夏油の影響を受けているなら、絶対に面倒臭いことになるのが目に見えて分かっていた。なにせ、夏油がそうであったから。時々、理解不能な行動を取る夏油に七海は質問をした。そうすると、色々なことを早口で説明していてとても疲れた。1を聞いて100返ってくる状態。だから、今の灰原に質問すると同じようなことが起こると思い、逃げることにした。
「分かった! でも、心配だから僕も一緒に行くよ。伝え忘れるかもしれないからね!」
「・・・どうぞ」
どうやら逃してくれないようだ。
▽▽▽▽▽
悟は反転術式を習得し、より術式の幅を広げた。正確には分からないが、恐らく単純な実力だったら悟に軍配があがるかもしれない。
悟は最強にーー
私は慎重にーー
祓う 取り込む その繰り返し
祓う 取り込む
皆は知らない 呪霊の味
吐瀉物を処理した 雑巾を丸飲みしている様な
強くなるためならと喜んでたくさん口にしてきた味
なぜ?
不味い
これから何年も口にするのか?
祓う
取り込む
誰のために?
自分のため 家族のため
それは良い それで守れるなら喜んで食べる
しかし、なぜこんなことをしなければならないのか
原因は?
呪霊だ
呪霊はなぜ生まれる?
誰のせいで?
最近自分に言い聞かせている
私が見たものは何も珍しくない
周知の醜悪
自分達の都合で少女を暗殺しようとする大人
その少女の死を喜ぶ大人
少女の死は偽装したもの
だが、あいつらは本当に死んだと思って喜んでいた
本当に死んでいたら、私はどうなっていたか分からない
権力という名の暴力で呪術師に圧力を加える上層部
知った上で術師になると選択をしてきたはずだ
ブレるな
強者としての責任を果たせ
非術師を守るのはついでだ
そう、ついでだ
いや、本当に守る必要があるのか?
術師の中には命をかけてまでも非術師を守る者もいる。
非術師は呪霊という存在を知らずのうのうと生きている
なぜそんな奴らを守らないといけない?
ダメだ 慎重になれ
こんな考えはダメだ
ブレるな
非術師のクセに・・・
「◾️◾️◾️◾️め・・・」
特級術師の九十九さんが言っていた。術師からは呪霊が生まれないと。全人類が術師になれば呪いは生まれないと。
冗談で非術師を皆殺しにすればいいじゃないかと問えば、ドヤ顔で『アリだ』と予想外の返事だった。
私はあの時・・・・・・
七海と灰原が任務から帰ってきた。
2級呪霊討伐任務のハズだったのが1級案件だった。七海、灰原は強くなるために頑張っていた。しかし、実力的には1級呪霊にはまだ及ばない。だから灰原はすぐに見切りをつけ、離脱して悟に助けを求めた。だから、助かった。
もし、灰原が逃げるという選択を取らなかったら?
恐らく七海か灰原のどちらか、最悪の場合にはどちらも死ぬことになっていたかもしれない。
七海は悟が自分達が勝てないだろう格上の呪霊を圧倒していたのを見て悟がいれば十分ではないか、と言っていた。
術師というマラソンゲーム
その果てにあるのが仲間の屍だとしたら?
2007年 9月 ◾️◾️県◾️◾️市(旧◾️◾️村)
任務概要
村落内での神隠し、変死。
その原因と思われる呪霊の祓除。
呪術師をしていればよくある任務。何ともない呪霊討伐任務。
そう、何ともない任務ーーのハズだった。
原因である呪霊を祓ったが、村の人間にまだ終わってないと言われて案内された場所には全身傷だらけの女の子2人が檻に閉じ込められていた。
「これはなんですか?」
ここへ案内した2人に聞く。
女の子2人は恐怖からか抱き合うように身を寄せている。
「◾️◾️・・・?◾️◾️◾️◾️!?」
「違います」
「◾️◾️◾️◾️!!」
「事件の原因は私が取り除きました」
ダメだ、こいつらが何を言っているかよく分からない。
「◾️◾️◾️!!」
「それはあっちがーー」
「◾️◾️◾️!!◾️◾️!!◾️◾️◾️!!」
私はうるさい奴らを無視してここにいる人、全員に見えるように手持ちの呪霊を出す。
女の子2人はその呪霊に反応するが、後ろでごちゃごちゃ言っている奴らの反応はない。
恐らく、呪霊が見えているせいで迫害されたハズだ。そしてこいつらは呪霊が見えない。呪霊が見えなければ今後術師になる可能性は極めて低い。つまり、非術師。
私はこいつらが憎くてしょうがない。師匠に言われて自分を見つめ直した。私は非術師を守るためじゃない。家族のため。小さい頃から呪霊が見えていたが家族は見えていなかった。私は挙動不審だったと思う。でも、家族はそんな私に愛情を持って接してくれた。村にいるこいつらと違って。だから、家族を守りたいと思った。
家族を守るために苦しい思いをする。別にそれはいい。呪術師になったことで同級生、後輩、先生に恵まれ、師匠には生きていく上で大切なことを色々教えてもらった。家族だけじゃない、この大切な人達が傷つくこともある。師匠や悟は私よりも強い。でも、全く傷つかないということはない。そんな皆を守りたい。皆に助けてもらってるから恩返しがしたい。そして、その傷つける原因となるものは何なのか。それは呪霊だ。
なぜ、呪霊は生まれるのか。
術師は呪霊を生まない。
じゃあ、非術師は?
傷つけるのは何も呪霊だけじゃない。
非術師を皆殺しにすれば呪霊は生まれない・・・・・・
あぁ、そうか。私がやるべきことが何か分かった。
「皆さん、一旦外に出ましょうか」
私は身から溢れる憎悪を隠し、できるだけ顔に笑みを浮かべて抵抗されないようにする。側から見れば私は仏様の様な笑みを浮かべているように見えるだろう。だが、今の本当の私は・・・・・・
私はもう止まらない。もう誰にも止められない。
夏油