慎重術師 作:コケ
空は一点の雲もない。そんな青空のもと、二人の男女。その対面には二人の女。その四人は何やら話あっていた。
「本当に今日はありがとうございました」
一人の女が男にお礼を言う。
「いえいえ、困った時はお互い様です。またいつでも頼ってください」
「ほら、言ったでしょ津美紀。仏様のようなお人だって」
お礼を言った女は横にいるもう一人の女であり、娘の津美紀に同調を求める。
「う、うん・・・・・・」
しかし、頬が引き攣っており、何とか苦笑いで肯定している様子で、どうやらあまり納得がいってないようだ。
二人の女が帰っていき、残った二人の男女が話し始める。
「仏様ね・・・ 師匠を見たらそんな言葉は浮かんでこないだろうね。師匠は神をも超える存在なんだから」
この男の名は夏油傑。約10年前、世の中の非術師を全員慎重にするという野望を叶えるために慎重教という宗教団体を創設した男。周りの術師にはそんなの上手くいかない、と言われていたが、着々と信者を獲得していっている。
「それにしても夏油様、良かったんですか? 『防犯ブザー5個、スタンガン2個常備をしましょう』『肝試しなんて物騒なこと絶対にしてはいけません。私はそういった類のものが見えるので分かります。絶対にやめましょう』なんて当たり前なことだけで」
夏油様と呼んだ女ーー菅田真奈美はずっと引っかかっていた疑問を口にする。
「二人の反応を見てれば分かったハズだよ。親御さんは上手くいったけれど、娘さんの方は反応がイマイチだった。無理に慎重を押し付けてしまうと返って逆効果になる時もある。だから、慎重に見極め、的確なアドバイスを送る必要がある」
「流石です夏油様」
「まだまだだよ。今回は失敗してしまったしね。私の慎重レーダーはまだ精度は低いようだね」
自嘲気味に笑いながら手にシュッシュッ、と除菌スプレーをかける。それを見て菅田もポケットから自前の除菌スプレーを取り出し同じように手にかける。1ミリでも外に出たなら必ず行うようにしている。
「夏油様、幹部がそろそろ揃います。
「嬉しいなァ。いつぶりかな全員集合は。
そうだ、久しぶりに皆で写真を撮ろう。一眼って確か・・・・・・」
「金庫の中に厳重に保管しています」
2人は
「あ! 夏油様!!」
「夏油様・・・」
「や、2人とも。これから
「はい!」
「はい」
双子が加わり、4人で向かう。目的の部屋に着き、ドアを開けようとすると、中からワォ! という叫び声が聞こえた。すぐに夏油は扉を開く。そして、4人が見た光景、それは・・・・・・
・・・・・・ミゲルが膝を床に着け、俯いている姿だった。
「はぁ!? ミゲル!? アンタどうしたの!?」
奈々子がミゲルを見て咄嗟に声をかける。
「見テ分カレ!」
今のミゲルは心に余裕がなく、声を荒げる。
4人はミゲルをよく観察する。すると、ミゲルの手には真っ二つになったボイスレコーダーがあった。
(モウ、5個シカ、残ッテナイ!!)
「コレ買ウノニ、俺ノ給料、何十年分カカルト思ッテル!!」
「知らないわよ」
「確かそれって旧モデルだよな? 俺はその最新モデルだ」
バンダナをつけ、髪を逆立てている男ーー祢木利久がポケットからボイスレコーダーを3個取り出し、ミゲルに見せつける。
(コレガ夏油ノ言ッテイタ、最新モデル。自動デ最適ナレベルデ録音スル ボイスチェイサー機能ト耳ガ疲レナイ音程デ再生デキル ボイスチェンジャー機能ヲ搭載シタ、録音シヤスイ上位機種。ソレヲ可能ニスル技術!! 俺ハ感動デ涙ガ止マラナイ!!)
「ど、どうしたのよミゲルちゃん」
突如、涙を流すミゲルに優しく声をかけ、背を摩るラルゥ。声をかけられたミゲルは自身の鍛えられた逞しい腕で豪快に涙を拭う。飛び散った涙は綺麗に宙を舞い、床に着地する。この一連の流れはとても神秘的であり、文句の言いようがない芸術点100点満点だった。
「イヤ、問題ナイ。ソレヨリ、夏油。話トイウノハ、何ダ?」
「そうだね、私が皆を集めた理由を話そう。
ここにいる私達全員で今から高専へ行く」
「傑ちゃん、高専行って何するの? 今日って確か・・・・・・」
「その件に関しては十分間に合うから大丈夫。
それでね、目的は高専に転校してきた乙骨憂太、その背後にいる特級過呪怨霊祈本里香。その2人をコチラ側に引き込む。私の慎重レーダーが正しければこの2人はかなりの潜在能力を秘めている」
夏油は何もない空間に手をかざす。すると、黒く歪み、そこから大きなペリカン呪霊が出現する。
「この呪霊に乗って高専へ行く。あぁ、心配しなくても大丈夫。私の呪霊全て漏れなく高専に申告してある。だからこの呪霊も申告してあるからアラートは鳴らないよ」
夏油はニッコリと笑い、クチバシの中へ入るように皆を誘導する。
「さあ、新時代の幕開けだ」
ペリカンが慎重ファミリーの夢と希望を背負って飛び立つ。
「なんか、奇妙な気配が・・・・・・」
乙骨は空を見上げながら呟く。
「気のせいだ」
「気のせいだな」
「・・・たらこ?」
しかし、真希、パンダの2名は即座に否定。狗巻は少し考える素振りをする。
真希とパンダは乙骨と狗巻を置いていき、先に進む。
「えぇ、ちょっと皆ぁ・・・」
「おかか!」
乙骨は先に行った2名を追いかけ、狗巻は行くな、とでも言うように叫ぶ。
「だって憂太の呪力感知ザルじゃん」
パンダは乙骨を背にヒラヒラと手を振りながら言う。
「まあ、里香みたいのが常に横にいりゃ、鈍くもなるわな」
真希はパンダの意見に同意する。
「憂太は分かるがなんで棘も?」
「ツナマヨ!」
「どうせ聖哉に憧れて慎重になってるだけだろ」
パンダと真希が話を進めていると、バサッ、バサッと大きな音がこの場にいる4名の耳に入る。
「珍しいな。憂太の勘が当たった」
空を飛んできた大きなペリカン呪霊が大きな羽をヒラヒラと落としながらやってきて、その背に乗っていた袈裟を纏った前髪が特徴的な男ーー夏油と共に着地する。
「関係者・・・じゃねぇよな」
「見ない呪いだな」
真希とパンダは呪具を構え、夏油を警戒する。
「すじこ?」
対する狗巻は夏油に何か自分に通づるものがあると感じ、目を細めて観察する。
「わー、でっかい鳥」
乙骨はボケーっとしながら侵入者が乗ってきたペリカン呪霊を呑気に眺める。
「久しぶりだね、
夏油はそんなことを呟きながら辺りを見渡す。
そして、夏油が乗ってきたペリカン呪霊はクチバシを大きく開けると中から髪の色が明るい女が出てきた。
「わぁ〜、ここ来るの5、6年振りくらい?」
「そうだね、奈々子」
「んもう!! さっさと降りなさい!!」
「アンタ寒くないの?」
奈々子と呼ばれた女に続いてクチバシから人が次々と降りてくる。
「アイツら・・・何・・・?」
セーラー服を着た黒髪の女ーー美々子が乙骨、真希、狗巻、パンダを見て呟く。
「えっ!? パンダ? 美々子、どうする?」
「吊るす? 奈々子」
「奈々子、美々子。彼は夜蛾学長が作った呪骸だから大丈夫だよ。・・・・・・とはならないね。確かめる必要がある」
物騒な会話をしている2人に夏油が混ざる。
「オマエらこそ何者だ。侵入者は憂太さんが許さんぞ」
パンダを向かいにいる侵入者に対し、しっしっ、と手を払う。
「・・・」
狗巻は未だジッと夏油を観察している。
「えっ!!?」
パンダの発言に乙骨は困惑の声を漏らす。
「憂太さんに殴られる前にさっさと帰んな!!」
パンダに続いて真希は呪具を担ぎながら、怒鳴る。
「えっ!!?」
逃げ場がなくなった乙骨が再び困惑の声を漏らす。
しかし、そんなやり取りをしている間に夏油は一瞬にして乙骨の目の前に現れ、手を握る。
「はじめまして乙骨君。私は夏油傑」
「えっ、あっ、はじめまして」
(((速い!!!)))
しっかりと警戒していなかった真希、パンダ。そして、常に夏油を観察していた狗巻までもがあまりの速さに驚く。
夏油は乙骨に挨拶した後、横にいる3名に顔を向ける。
「君達、しっかりと警戒しないとダメじゃないか。
でも、そこの君。確か、狗巻家の人間だったかな。僅かではあるが、目で追えていたね。私のレーダーが正しければ君も・・・」
まあ、今はそれよりも大事なことがある、と言って乙骨に視線を戻す。
「君は素晴らしい力を持っているね。私はね、大いなる力は大いなる目的のために使うべきだと考える。
今の世界に疑問はないかい? 一般社会の秩序を守るために呪術師が暗躍する世界さ」
「?」
乙骨は目の前の名も知らない男が急に語り出し、困惑が止まらない。
「つまりね、慎重者が非慎重者に後ろ指を指されるという大変許し難い世界が出来上がってしまってるんだ」
「え?」
先程までは頑張れば辛うじて理解できる内容であったが、何故か慎重者、非慎重者という聞き慣れない単語に思わず困惑の声が漏れる乙骨。しかし、この男のセリフを聞いた真希、狗巻、パンダは・・・
(((コイツ、夏油傑だ!)))
高専へ入学して間もない頃に担任の五条に教えてもらった『親友の傑が慎重教を創設したんだよ〜』という情報、そして特級術師として申し分ない目にも追えない素早さ、この二つの情報によってコイツが夏油傑だと特定できた。
「なんって嘆かわしい!!」
「はぁ・・・」
乙骨の肩に腕を回し、声を大にして言う見知らぬ男。乙骨はどうすれば良いか分からない。
「慎重になればあらゆる事象に対処できるというのに、それを嘲笑って慎重にならない者達がいるのさ」
ナンセンス!! と言い放つ。
「そろそろ人類も生存戦略を見直すべきだよ。君はどうして呪霊が生まれるか知っているかい? 呪霊は術師からは生まれない、非術師から生まれるんだ。では、どうするべきか。それは慎重になれば解決する。だからね、君にも手伝ってほしいわけ」
「? 何をですか?」
目を見て言う見知らぬ男に乙骨はキチンと返す。
「非術師を慎重にして、呪霊の少ない世界を作るんだ」
((何・・・ 言ってんだ?))
それを聞いた真希とパンダは思わず呆れてしまう。
しかし、狗巻は目を輝かせ熱心に聞き入る。
「まさか、そんなことを言いに
夏油に声をかけたのはこの場にいる4名の担任である五条だった。
「悟ー!!」
その声に夏油はニッコリとして名前を呼ぶ。
「お、ちゃんと集めてくれたんだね」
夏油は五条の後ろにいる多くの術師を見て満足気に頷く。この日のためになるべく多くの術師を高専に呼ぶように五条に何度もお願いしていた。
「それで今日は何しに来たの? もしかして前に僕が言ったやつ?」
「うーん、そんなところかな」
夏油は息を大きく吸い、口を開く。
「お集まりの皆々様!! メモ、録音の用意をしてよーく聞いて頂こう!!!」
夏油の声が高専の敷地内に響き渡る。
用意できたかな? と言って辺りを確認する。
「来たる12月24日!! 日没と同時に我々は呪術師限定の慎重祭事を行う!!!
場所は私の3つ目の拠点地!!
詳細は後日、メール、手紙、ビデオの3つで送らせて貰う!!
是非ともお友達の呪術師を誘って来るがいい。自由参加だ」
夏油は一拍置き、
「思う存分、楽しもうじゃないか」
満面の笑みで楽しそうに言う。何と言ったって、夏油はその日を非常に楽しみにしているのだから。
「あー! 夏油様、早く並ばないと!」
奈々子が急に大声を出し、夏油に知らせる。
「そうだね、もう並ばないといけない時間だね。すまないね悟」
もう既に奈々子を始めとした慎重ファミリーはペリカン呪霊のクチバシの中へ入って、はやくー、と夏油を呼んでいる。
「今日は最新パソコンの発売まであと2週間なんだ。だからこれからお店の外で並ぶ予定なんだ。では、また今度」
ペリカン呪霊は慎重ファミリーを乗せ、大きく羽ばたいた。
「五条先生、あの人って・・・・・・」
「僕の親友だよ、たった1人のね」
「あー、素敵な親友さんですね」
乙骨は不恰好な笑みを浮かべ、そう言った。
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