※このゲームのプレイヤーには人権がありません 作:墨山鉄久
至る所に立ち並ぶ廃墟と見紛う建物、あちこちで聞こえる銃声と怒号、漂うは血と硝煙の匂い。
現実の世界であればこの世の地獄の一つと形容されるであろうこの場所は、VRゲーム上に作られた港街だ。
だがただの街と侮るべからず、一部例外はいるが殆ど全てのプレイヤーがこの小さな街とその周囲に活動拠点を置いている。
これがリリースしてすぐのゲームならそれも納得できるだろうが、このゲームはついこの間一周年を迎えた。なのにいまだに多くのプレイヤーがこの街を活動拠点にしているのにはそれなりの理由があった。
「この一ヶ月でアンタ達が集めなきゃならなかった人権はたったの五人分。総勢二十三人も抱えるギルドにしては随分少ないノルマよね。それが集められてないってどう言うこと?」
人権、正式名称は戸籍。これがなければプレイヤーは人権を得ることができずこのゴミの掃き溜めみたいな街周辺でしか生活ができない。
通常、こう言ったゲームではプレイヤーは良くも悪くもNPCよりも優位な立場であることが多いけど、このゲームは違う。私達プレイヤーはNPCからは移民と呼ばれて排斥されている。
このゲームの中心となるこの国は、徹底して移民を排斥していてプレイヤーの居場所はこのゴミダメのような街周辺しかない。
仮に他の街や首都に入ろうとしても身分証がなければその場で略式死刑にされる。移民は、プレイヤーは存在自体が罪だ。
「無茶言わないくれよ。ウチらは二十三人と言っても半分は名前だけでもう長い間インすらしてないんだぞ?
残りの半分だって惰性でインしてるだけでガチになってやってるやつなんて……」
「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ!」
どすの利いた声で怒鳴ったのは隣に控えていたウチのギルド員だ。
私のギルドに所属する証であるM05迷彩を施された戦闘服を着た大柄の男で明らかに堅気じゃない顔をしている。
「ライト、そんなに大きな声出さないで。怯えてるじゃない」
ただでさえウチのギルドは強面が多くて誤解されがちなのにこんな事してたら余計悪評が広まってしまう。
「アンタの事情はともかくウチのクランに入ってるからにはある程度の仕事をこなして貰わないと困るのよね」
リリースから一年が経つけどプレイヤー全体で見ても人権を得ているのはごく一部だ。ウチのギルドメンバーは全員人権を持っているし傘下の連中にもそこそこ人権持ちはいるけど、今後の計画のためにも数は増やしたい。
「だが今の状況でそれは……」
「ならウチをやめる? 私はそれでも構わないわよ」
私の言葉に彼の顔は青褪めた。
ウチのクランに入ったからって結構好き放題やっていたみたいだし抜けたらリスキルされて引退待ったなし。ついでに人権5人分を集められなかった分の落とし前も付けないといけない。それがわかっているからコイツは必死の形相で釈明をする。
「そ、それだけは勘弁してくれ! 俺はまだこのゲームを引退したくないんだ!」
NPCの搭載するAIの性能は高くグラフィックもいい。プレイヤーに人権が無いこと以外は文句なしのこのゲームにハマる人は多い。かく言う私もその一人だしその気持ちは痛いほどわかる。
「ケジメも付けずに自分の都合押し付けるとか舐めたこと言ってんじゃねぇぞテメェ!!」
ウチの加護を得る代わりに人権を集める契約だったのに、それが履行されてないのに一方的に利益を享受されるのはねぇ。
「そういえばアンタのギルドハウス、八百屋の近くだったわよね?」
八百屋と言うのは私達と同じくらい規模の大きいクランだ。生産職中心で戦闘能力はそれほどでは無いけど、市場に流れるプレイヤーメイドの装備やアイテムの約六割を牛耳っているから敵に回すと厄介なのよね。
「それがなにか?」
「それで手打ちにしてあげるわ。よこしなさい」
「待ってくれ! ギルドはギルドハウスがなけりゃ解散になるんだぞ!」
「そんなの知ってるわよ。代わりのギルドハウスになる建物を用意するから、それとトレードしろって言ってるのよ」
ギルドは2人以上のプレイヤーとギルドハウスとなる建物、または部屋を用意することで成立する。そのいずれか一つが欠けた時点でギルドは成立しなくなり問答無用で解体される。
「そうね、確かプラスチール通りのウチ保有の建物の一室が空いていたと思うからそこと交換しなさいよ」
この街唯一の良心である私が、ギルドハウスをただ奪い取るだなんてそんな外道なことするわけないじゃ無い。
「はぁ!? プラスチール通りって言ったら海からも遠けりゃフィールドも遠い。プレイヤーキラーの溜まり場のゴミの掃き溜めじゃねえか!
おまけに建物同士の交換じゃなく建物と部屋の交換じゃ割に合わねぇ!
ふざけんのも大概にしろや!」
その答えに私は慈愛の聖母の如き笑顔を浮かべると彼は顔を土気色に変えて後退りした。
「今武装したウチの連中がアンタのギルドハウスに行ってるんだけどね」
「何をするつもりだ!」
「抵抗したければ抵抗してもいいわ。けどその時は私達に敵対したとみなすわよ」
私は引き出しの中から愛用している拳銃を取り出して突きつけた。隣ではライトも拳銃を抜いて構えている。
「今ここで死んで私達にリスキルされるか、ギルドハウスの交換に応じるか、それとも大人しくウチを辞めるか」
ゲームを続けたいならギルドハウスの交換。それ以外は引退待ったなし。
これで抵抗してくるようならそれはそれで面白いけど……。
「……わ、わかった。ギルドハウスの交換に応じる」
「そう、英断ね」
私はメニューを開いて親ギルドからの要請メニューでギルドハウスの交換を要求、代わりにウチのギルドが保有する建物の一室をトレードした。
トレードが終わると肩を落としてそいつは部屋から出ていった。
「向かわせた連中に建物の発破解体と事務所の建設を開始するよう指示しておいて」
「もうしています」
「上出来」
さっきのグズと違って優秀なギルドメンバーに私は笑みを浮かべた。
「上手くいきましたね」
「まさか初めからギルドハウス目当てでウチに入れたなんて思ってもいないんでしょうね。これで作戦を一つ進められるわ」
「協定のせいで遅々として作戦が進行しませんでしたからね」
「忌々しい事けど会合で決められた協定を正面切って破れるほどの力はまだ私達にないもの」
会合とは治安維持議会なんていう名称が付けられた三つの巨大クランとと五つの大組織で構成される会合のことだ。街の治安を最低限維持するために設立されたこの会合は、八つの組織に関わるルール以外にも街全体に関わるルールの制定や危険人物の処理などを独自に行っている。
「今回手に入れたこのカードを使って上手く八百屋の連中にプレッシャーをかけたいところだけど……」
ウチの武力はこの街でも一番を自負している。あのギルドハウスに兵隊を詰めて脅しをかけたいけど
「上手くいきますかね?」
「まぁ無理でしょうね。ある程度は容認されるでしょうけど最後は国士無双の連中がでしゃばってきて手打ちってところじゃないかしら」
国士無双もまた私のクランと同等の規模のクランだ。戦闘能力の低い生産職が多い八百屋と違い国士無双は武闘派揃い、戦って負けるとは思わないけど手こずる上に勝っても他所の組織に隙を見せることになる。今はまだぶつかりたくない相手だ。
「……それにしても随分とヤクザムーブが板につきましたね」
「ヤクザムーブってなによ。普通にゲームやってるだけじゃない」
「さっきのアイツ、来月はクランから追放するんですよね? 普通にゲームしてる人はそんな詐欺まがいの事しませんよ」
「あら、来月のノルマを達成できなかったらそうなるのは当たり前じゃない」
毎月人権5人分の獲得はアレがクランに加入した時に決めた取り決めだ。破る方が悪い。
「今の環境じゃウチのクラン総出でも月に十人分が限度なのにですか?」
「その条件で同意したのはアイツよ。情弱が食い物にされるのはゲームの常でしょ?」
私も自分が善人とは欠片も思っちゃいないけど、プレイヤーに人権のないこのゲームでは皆考え方は似たようなもの。私だけが極端に悪人というわけでもない。
「嵌められる奴が悪い。プレイヤーが冷遇されるこのゲームじゃ常識でしょ?」
このゲームはプレイヤーに割かれるているリソースは少ないと言われる。
人権システムなどその最たる例でこれを持たないプレイヤーは仮にNPCに危害を加えようものなら警察組織が飛んできて撃ち殺される。街だってこの街以外は立ち入ることが難しいからゲーム攻略は遅々として進まない。
「流石悪人のトップ、言葉に含蓄がありますね」
「なんかバカにしてない?」
「まさか、敬愛する大佐殿をバカにするなんてそんな事できるわけがないじゃ無いですか」
その大佐殿ってのが既に馬鹿にしてるのよね。
「その呼び方嫌いだって知ってるわよね」
「ウチのクランでも直属のギルドメンバー以外は皆大佐と呼びますし対外的にも大佐で通していますから今更ではないですか?」
ロールプレイの一環で対外的にはそうしてるけど正直ちょっと恥ずかしい。
「なら私もアンタを大尉って呼ぶけどそれでもいいの?」
「構いませんよ。普段からギルドメンバー全員階級をつけて呼び合ってますからライト大尉でお願いします」
「え、何それ。私知らないんだけど」
最近あまりギルドメンバーに会えてないけど私の知らないところでそんなものがはやっていたなんて。
「ユーリ軍曹がいつもの如く流行らせました」
「またアイツか……」
「元々外では軍隊式の呼び名でしたし周りからも軍隊呼ばわりされていましたし気にする事ないんじゃないですか?」
「その軍隊呼ばわりされるようになった原因もユーリが作った制服が発端じゃない」
ユーリはウチのギルドの創設メンバー、と言うかギルドの立ち上げ自体彼女の提案が元だった。今は主に服飾を担当していてライトが着ているウチのギルドの制服もユーリが作った。
私は彼女の感性と合わないから別のを作ってもらったけどそれでも軍服と言う括りからは逃れられず胸元に無駄にジャラジャラした勲章もどきのついた軍服と膝丈のコートなんていう指揮官っぽい服装に落ち着いた。ウチのギルドに彼女以上の服飾師はいないしこれ以外は作らないって言われたらもうどうしようもない。なんだかんだ装備の性能はいいしね。
「それを許している以上同罪では?」
「私に拒否権があると思う?」
ギルドを作ろうと言い出したのは彼女だし、ギルド内の力関係で言えば彼女の方が強い。私に断れるはずがない。
「ないですね」
「はぁ、いっそアイツにギルドマスターを譲ろうかしら」
私がギルドマスターをしているのもユーリに押し付けられたからだし。
「それをするとメンバーの半分は辞めますよ」
「大袈裟ねえ」
「大佐がトップだからこのギルドに所属してら奴が大半です。ユーリ軍曹なんかがトップに立ったらそりゃそうなりますよ」
「アイツ人望あるのに」
人望があるからこそギルドマスターの私よりも意見が優先されるわけで
「ギルドマスターになって欲しいかどうかは別問題ですよ」
「そうなの?」
「そうです」
よくわからない。人望があればギルドマスターに相応しいと言う事じゃないのかしら。
「人には向き不向きがあります。少なくともユーリ軍曹はギルドマスター向きではないですよ」
気が向けば連載します。