少女、伝説と出会う   作:彦星七

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貴方のことを教えて

「よいしょ……っと」

 

 図書館で借りてきた本を机の上にドサっと置く。

 私はポケモントレーナーとしてはまだまだ未熟。だからポケモンに関する本を色々と読んで勉強をしようと思い立った。

 

「スイちゃん、本当にこんな難しい本読むの……?」

 

 机の上に積み重ねた本の1冊をコチヨが手に取る。片手で持つには、なかなか重たい本だ。

 

「伯爵のことをもっとわかりたいからね。まずは知識をつけるところから頑張るんだ」

「でもこれ、大学の研究で読むような本じゃないかな。私も何書いてあるかわからないよ……」

 

 コチヨが本を開いて私に見せた。

 そこには小さい字で色々書いており、端の方にはよくわからない計算式が書いてある。

 確かに何が何だかよくわからない。

 

「うーん……伯爵についてもっと知りたいんだけどどうすれば良いんだろう」

 

 そう言いながら頬杖をついた時だった。

 

「あっ、それだったらポケモン研究所に行ってみようよ!」

 

 コチヨがそう提案をした。

 

 〇〇〇

 

 学校から自転車で20分くらいのところ。タマムシシティ郊外に位置する住宅街の一角にその研究所はあった。

 見た目は広い事務所ビルみたいな感じで、屋上には太陽光パネルが見える。だけどステンレスの塀に重ねるように植物が植えられており、中の詳しい様子までは見えにくくなっている。

 その建物の表札には『モッカ研究所』と書かれていた。

 

「こんなところにポケモン研究所があったんだね」

 

 生まれてずっとタマムシシティで暮らしてきた私だったけど、研究所があることは知らなかった。

 ただその建物は住宅街の中で異彩を放っているわけでもなく、意識しないと案外気が付かないのかもしれない。

 

「ここは私がポケモントレーナーとしてデビューした小学校の頃から、お世話になってるんだよ」

 

 コチヨはそう言いながら、研究所の扉を開けた。

 

「こんにちは!」

 

 エントランスにコチヨの声が響く。

 外観は事務所ビルみたいな感じだったけど、中はシックな壁紙とふわふわなカーペットが引かれており、オシャレな趣きになっていた。

 

「はぁあい……」

 

 眠そうな声が奥からした。

 そしてすぐに声の主が姿を見せる。

 その人は年齢が35歳くらいと思われる男性だった。

 白衣を纏った状態でもスラっとした体型なのがわかる。顔の方をよくみると目尻に皺があり、苦労人なのかもしれない。

 

「博士、こんにちは!」

 

 コチヨが元気よく挨拶する。

 

「あぁ、コチヨちゃん。ようこそ。

 左の子はお友達かな?」

 

 男性がそう言った。

 コチヨの左にいる子といえば、私しかいない。

 

「スイカと言います。はじめまして!」

 

 ペコリと挨拶をする。

 

「あぁ、はじめまして。

 僕はモッカ。ここでポケモンの研究をしているんだ」

 

 この人がモッカ博士だった。

 ポケモン博士と聞いていたから、有名なオーキド博士みたいに年配の方なのかと、私は勝手に思っていた。だけど意外に若くて、心の中でちょっと驚いた。

 

「スイちゃんを今日連れてきたのは、博士に見てほしいポケモンがいるからなんです」

 

 初めて会う私に代わって、コチヨが説明をしてくれた。その説明は完璧なパス回しで、私も博士に伯爵の話をしやすくなった。

 

「私がガラル地方でゲットしたポケモンなんですけど、名前すらわからないんです」

 

 そう言いながら私はモンスターボールを取り出した。

 

「出ておいで伯爵!」

 

 モンスターボールを開く。

 

「ギャーオ!」

 

 光と共に現れた伯爵は、左の翼を胸の前に当てながらぐるんと一回転をした。

 伯爵は今日も気品に満ちていた。

 

「ポケモントレーナーになったばかりで、伯爵について全然わからないんです」

 

 きっとポケモン博士なら伯爵がどんなポケモンなのかわかるだろう。希望を込めて博士に説明をする。

 だけど博士から帰ってきたのは予想外の言葉だった。

 

「いや、僕も知らないな……」

 

 博士は目を見開きながら、伯爵に顔を近づけている。

 

「えっ……? 博士でもわからないんですか!?」

 

 コチヨが驚いたように言う。

 私も心の中でがっくりとした。頼みのポケモン博士でもわからないくらいに、伯爵は不思議なポケモンなのだろうか。

 

 もう諦めるしかない……

 

「いや、確証がないだけだ。

 大体の検討はついてるよ」

 

 博士の言葉に私は顔をあげた。ひょっとしたら「えっ……!?」と声が漏れていたかもしれない。

 

「スイカちゃん。このポケモン、ガラル地方で出会ったと言ったね?」

 

 博士が私に訊ねてくる。

 その目は奥底で力強く光っていた。

 

「はい、ガラル地方のカンムリ雪原という場所で……」

 

 私がそこまで言うと、博士は奥の部屋へ走っていった。そして1分とたたないうちにタブレットを片手に帰ってきた。

 

「あぁ。結論から言うと、このポケモンを君達が知らなくて不思議じゃない」

 

 話しながら博士はタブレットを巧みに操作していく。

 そして1匹のポケモンの姿が映された。

 

「恐らくだがこのポケモンは……伝説のポケモン、フリーザーだ」

 

 博士は力強くそう言った。

 

「で、伝説のポケモン……」

 

 私は言葉を失った。

 だけどわからない話でもない。

 最初に出会った時からの伯爵の行動・佇まい。ポケモンバトルに精通しているコチヨが、伯爵についてはまったく知らなかったこと。そして博士が伯爵を見てすぐに何のポケモンか特定できなかったこと。

 伯爵が個体数が少ない伝説のポケモンだと考えると、全てに納得がいく。

 

「でも博士、タブレットの画像とスイちゃんの伯爵さんは見た目が違いますよ?」

 

 コチヨが博士に質問をする。

 確かに言われてみたら、博士のタブレットに映されたフリーザーは体の色が透き通るような水色だった。そして何より伯爵みたいな仮面がついていない。

 

「あぁ、良い質問だね。それはこっちで説明しよう」

 

 博士はそう言うと私達を横の部屋へ案内した。

 そこは温室のような部屋であり、草木が植えられており、人工池も整備されていた。そしてポケモン研究所のイメージ通りに、色んなポケモン達が自由気ままに暮らしている。

 博士はそのうちの1匹のポケモンに近づくと、両手で抱き上げた。

 

「このポケモンはジグザグマ。見たことはあるかな」

 

 博士の腕にいるポケモンは、白と黒のツンツンした毛が特徴のポケモンだった。目の周りには黒い星模様がある。

 舌を出しながら「はぁはぁ」言ってる様子は、ヤンチャな子のようで可愛らしい。

 

「あれ? ジグザグマってもっと茶色っぽい体毛じゃなかったでしょうか」

 

 コチヨが首を捻る。私はよくわからないけど、コチヨの記憶の中の「ジグザグマ」と博士の腕の中のジグザグマは色が違うらしい。

 でも確かに、こんな白と黒のパンチがある色のポケモンを連れている人なんて私も見たことがなかった。

 

「あぁ、その通り。

 ホウエン地方を中心に数多くいるジグザグマは基本的に茶色と白色だ。でも間違いなくこの子もジグザグマなんだ」

 

 博士はジグザグマの顎を撫でながら説明をする。そのジグザグマは博士の腕の中で、嬉しそうにモゴモゴしていた。

 

「じゃあこのジグザグマは何か……この子はガラル地方のジグザグマなんだ」

「ガラル地方のジグザグマ……?」

 

 驚きが隠せなかった。

 博士が言うには、地方によって姿が違うポケモンがいるとのことだった。そしてガラル地方はそういうポケモンが少なくないらしい。

 

 そこまで聞いて、私は気がついた。

 

「ということは、伯爵はガラル地方のフリーザーってことですか……?」

 

 普通のポケモンに地方別の姿があるのなら、伝説のポケモンにもその姿があっても不思議ではない。

 私の質問に博士は頷いた。

 

「そういうことだね。

 でも僕も確証はない。話で聞いただけだし、目撃情報もほとんどないからね」

 

 それでも博士は根拠になるようなヒントを教えてくれた。

 

 まずは姿。

 体色や仮面、佇まいといった異なる部分もあるけど、翼を開いた全体像はオリジナルのフリーザーとほぼ合致している。

 そして鳴き声。

 博士のタブレットにフリーザーの鳴き声データが入っていたから聴かせてもらったところ、伯爵から録音したんじゃないかというくらいそっくりだった。

 

「でも博士、伯爵はこおりタイプじゃなくてエスパータイプっぽいんです。

 サイコキネシスが使えるみたいで……」

 

 コチヨが訊ねる。

 確かにこの前のバトルでも、コチヨは伯爵のタイプを見抜いていた。

 一方のタブレットのフリーザーはこおり・ひこうタイプになっている。ひこうタイプは良いにせよ、こおりタイプの要素は、伯爵と雪原で出会ったことくらいしかなかった。

 

「いや、タイプはそこまで重要なファクターじゃないんだ」

 

 博士が言うには、地方で姿が変わる際にタイプも変わることがあるという。

 実際に先ほどのジグザグマはガラル地方の場合、ホウエン地方のジグザグマにはないあくタイプが追加されるらしい。

 

「ただ、僕も細かいところまではわからない。伝説のポケモン自体珍しいし、ましてやその地方別の姿なんて、実際今見るまでは噂話程度だったからね」

 

 博士も伯爵に見惚れているようだ。信じられないという気持ちと現実が激しくぶつかり合っているようだった。

 

「スイカちゃん。

 僕も研究者だから、君の伯爵についてもっと詳しく知りたい。だからたまにで良いから、ここに来てもらえないかな」

 

 博士はそう言うと私に手を差し出してきた。

 私としては断る理由はなかった。博士のおかげで、伯爵がどんなポケモンなのか具体的に知ることができた。

 それに私もまだまだ伯爵のことを知りたい。図書館でぶっとい本をよくわからないままに借りてきた私だけだと、きっと限界があるだろう。

 

「はい! 私でお役に立てるならよろしくお願いします」

 

 私は博士の手を握り返した。どうでもいいけど、意外にゴツゴツした手だった。

 

「よし、じゃあ早速始めよう。

 スマホを見せてくれるかな」

 

 私は博士に言われるがままにスマートフォンを渡す。

 博士は自分のタブレットを操作すると、何やらピコン! と音がした。

 

「はい、今スマートフォンにポケモン図鑑のアプリを送っておいたよ。野生のポケモンにカメラで映すと、何のポケモンか教えてくれるんだ」

 

 博士から返されたスマホにはモンスターボール形のアプリが入っていた。それを押すと、自動的にカメラが連動されて検索できるようになっている。

 

「すごい……これがポケモン図鑑!」

 

 私は夢中で近くにいるポケモンを映した。

 するとスマホの画面には「マダツボミ」と表示された。

 

「スイちゃん、これでまたポケモントレーナーとして1つレベルアップだよ!」

 

 横でコチヨが楽しそうに言った。

 思い返せばこれまで、コチヨがポケモンにスマホを向けているのを見かけたことがある。今ならわかるけど、それはきっとポケモン図鑑だったのだろう。

 私は嬉しくなって、伯爵にスマホを向けた。

 だけど出たのは「エラー」の文字だった。

 

「ごめんね、僕も知らないポケモンは登録されてないんだ。

 君の伯爵君はまたアップゲートしておくよ」

 

 博士が私の後ろから声をかけた。

 言われてみると、確かに初めて見るポケモンが記録されていたら、それはそれで怖い話だ。

 

 私はスマホを下ろして、伯爵を見る。

 

「伯爵、伝説のポケモンだったんだね」

 

 私を見下ろしている伯爵の、その溢れ出る気品や佇まいも伝説のポケモンだからと言われると納得できる。

 モッカ博士の研究所に来なかったら、わからなかったことだ。

 

「また1つ伯爵について詳しくなれたよ」

 

 伯爵は相変わらず見下ろしている形だけど、私の方は伯爵にまた1つ近づくことができたのだった。




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『第3話 貴方のことを教えて
 スイカ
 手持ち:フリーザー(ガラルのすがた)』

 スイカはレポートにしっかり書き残した!
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