ある土曜日の午後。
学校帰りに私と伯爵は河川敷に来ていた。
「伯爵、今日はポケモンバトルの練習をするよ!」
横でふわふわと浮いている伯爵に声をかける。
ポケモントレーナーといえば、やっぱりバトルは欠かせない。だけど私はポケモントレーナーとしてはまだまだ未熟。だからパートナーと自主練に来たのだった。
「まずは技のイメージを正しく掴まないと……」
伯爵が使う技を私も正しく理解しないと、上手くバトルはできない。例えば、30m先の相手に「インファイト」をするのはあまりに効率が悪いということだ。
「伯爵、サイコキネシス!」
叫びながら手を突き伸ばす。
すると目の前にあった大きめの岩がボールのように、リズミカルに跳ねはじめた。
「すごい……やっぱりサイコキネシスって強い技なんだ」
流石は、ポケモントレーナーになる前の私でも知っていた技だ。きっと強くてすごい技だから有名になっているのだろう。
だけど伯爵の技はサイコキネシスだけじゃない。
「伯爵! 仮面レーザー!」
サイコキネシスで浮いている岩に向かって手を伸ばす。
仮面の下の瞳から放たれる伯爵のスーパービームは、コチヨのガーちゃんをダウンさせたほどの必殺の技だ。
こんな何ともない岩なんて簡単に砕けるはず……。
だけど、私の期待していた超ビームは発射されなかった。
「あれ……? ほら、あれだよ!
この前やった仮面レーザー!」
私はコチヨのバトルでも見せた「ぎょえぇええ!!?」と驚くポーズをする。伯爵がこの技を放ち、そして私が驚きながら避けた時の再現だ。思い入れがあるポーズのはずだった。
だけど伯爵はうんともすんとも言わなかった。
「どうして出してくれないんだろう……」
ただ伯爵が私のことを無視するかと言うと、そういうわけでもなかった。その証拠にサイコキネシスの指示は素直に従ってくれている。
「やっぱり仮面レーザーじゃだめなのかな……」
どうしようもなく頭を捻った。
「仮面レーザー」は多分正しい技名ではない。仮面から発射されている様子から私が勝手に名付けたものだ。
ちなみにこの技を伯爵以外のポケモンが使っているのを見たことがない。恐らくはガラル地方のフリーザー専用の技なのかもしれない。
当然ながら、私はその技の正しい名前なんて知るわけがなかった。
「正しい技名で指示をしろ」
そう言わんばかりに、ツンとした感じで伯爵は私を見下ろしていた。
〇〇〇
その後も結局、伯爵が仮面レーザーを撃ってくれることはなかった。
私は諦めて、伯爵と一緒に帰路についていた。
「仮面レーザー……技の本当の名前は何なんだろう」
呟きながら、住宅街を歩いていた時だった。
突然私の前に黒い服の人が立ちはだかった。上も下も、さらには帽子まで真っ黒な服装だったが、胸のあたりは赤く「R」とデザインされている。
「えっ……? えっ……」
突然のことで何が何だかわからない。
だけどそんな私を無視するように、曲がり角から次々と黒服の人達が現れ、私と伯爵を取り囲んでいく。伯爵も警戒するように周りを睨みつけていた。
「何……、誰……?!」
偶然ではない。明らかに私達を狙っているように見える。
私が不安を覚えた時だった。
「「誰……?!」と聞かれたら、答えてあげるが我が美学!」
高らかな声が響いた。
「我らは偉大なロケット団!」
すると黒服達がスッと左右に割れる。
そうしてできた黒服の道を、1人の男が歩いてきた。
「そして私は麗しい幹部、ユーズ。お初にお目にかかる」
男はそう言うと私の前で深くお辞儀をした。
男……ユーズも黒い服を着ているものの、襟元は黄色くデザインされており、胸元の「R」にも光沢が見えた。周りの下っ端の服装と比べても、洗練されたデザインなのがわかる。
本人の言うとおり、幹部であることは間違いないのだろう。
「な……何ですか?」
後退りしながら私は訊ねる。
少なくとも私はロケット団なんて知らなかったし、誰1人として会ったことはない。
ただ怪しい人達でしかなかった。
「失礼、私は用があってここに来た。
正確にいえば貴女ではなく、その横のポケモンですが!」
ユーズはそう言いながら、伯爵を指さす。
「貴女の連れているそのポケモン。私は麗しいそのポケモンの価値がわからないわけではない」
伯爵について語っているようだけど、私には何を言いたいのかわからない。
だけどユーズは、私のことなんてお構いなしとばかりにモンスターボールを握りしめていた。
「そのポケモンは麗しい私に、ロケット団にこそ相応しい! だから頂戴する!」
そう叫ぶとユーズはボールを投げた。
「ゲンガー! スモッグ!」
空中で開いたボールから、ゲンガーが飛び出してくる。
「ゲンゲロゲ〜!」
ゲンガーは大きく息を吸い込むと、黒色のガスを放った。
「きゃっ、何これ……コホッ」
私と伯爵はガスに包まれた。
突然のことで、不意を突かれた私は、腕で口と鼻を覆うことしかできない。
「やれ!」
ユーズの叫び声がすると、すぐに「バシュッ!」と機械の音がした。
数秒後にガスが消えると、私は何が起こったのかを理解した。
「あっ……!」
目に飛び込んできたのは、網に包まれていた伯爵の姿だった。
「ギャ……ォ」
網の端をロケット団の下っ端に握られていて、伯爵は体の自由を失っていた。身動きを取ろうともがけば、もがくほどに体勢を崩していく。
「では、これでこのポケモンは頂戴した!
さらば!」
ユーズはそう言いながら、踵を返した。
そして下っ端達も網を握りながら、回れ右をする。恐らくはこのまま立ち去るつもりなのだろう。
だけど私は黙っていられなかった。
「それは! 私の伯爵!」
体が勝手に動いていた。
ただ真っ直ぐに伯爵が捕まっている網に向かって走っていった。
そしてユーズと下っ端達が驚いて振り返る中、私は網にしがみついた。
「伯爵、今助けてあげるからね……!」
私は網を力の限り引っ張った。
網の先端を下っ端に握られているから、このままでは伯爵を解放できない。網そのものを奪うべく、私は全身全霊の力を込めて引っ張った。
「やめろ、離せ!」
周りの下っ端達が駆け寄ってくる。そして網から引き剥がそうと私を引っ張り始めた。
私の体は大人2人で引っ張られていた。ものすごい力が腰のあたりにかかっている。
普通に考えて、私が力で勝てるわけがない。
だけど今、この手を離してはいけないことだけは理解していた。
「伯爵、助けてあげるから!」
叫びながらも、手に網が食い込んで痛みを感じる。そして力の限り握っていることで、手汗が出始めていた。
グッと顔を上げ、伯爵を見つめる。
伯爵と目が合った。
私があまりにも必死の形相をしていたのか、伯爵は驚いたような顔をしていた。仮面があるから目はわからないけど、確かに伯爵は驚いた顔をしていた。
その瞬間だった。
「あっ……」
体がものすごい力で引っ張られ、私の手は汗で滑ってしまった。
溢れ落ちた網を、再度掴もうとする。
だけど一度手から離してしまったものは、みるみると遠くなっていった。
そして私は下っ端によって、その勢いのまま地面に叩きつけ……られなかった。
私の体はわずかに浮いていた。
少し首を横に捻ると、アスファルトがすぐそばに見える。
「伯爵……!」
網の中の伯爵を見る。
伯爵はもがきながらも、仮面を光らせていた。サイコキネシスで私を助けてくれたのだ。
気がつけば、私を引っ張っていた下っ端達はどこか遠くへ弾き飛ばされていた。
私はゆっくりと地面に落ちた。そしてすぐに立ち上がる。
私は助かったけど、伯爵はまだ網の中だ。
サイコキネシスは物を飛ばしたり、支えたりすることはできても、網を解くことはできない。つまり網を切るしか方法はなかった。
私は伯爵の技の中で、網を切られるような技は一つしか知らない。
「伯爵! 網を切って、仮面レーザー!」
私は叫んだ。
正しい技名はわからない。「仮面レーザー」は今日も伯爵に無視された呼び方だ。
だけど今、私と伯爵で通じ合う可能性が最もある名前でもあった。
祈るように私は伯爵を見つめる。
すると紫色のビームが2回ほど発射された。
ビームは何かに当たることはなかったけど、途中の網を千切ることはできた。
ふわっと浮かび上がる伯爵。
そして力強く羽ばたくと、私の横へと帰ってきた。
「伯爵!」
抱きつきたい気持ちだった。
伯爵はロケット団ではなく、私を選んでくれたのだ。
だけど抱きつこうものなら、伯爵は嫌がるに違いない。だから私はグッと堪えて、伯爵の体についていた網の切れっ端を払っただけにした。
今、私と伯爵は通じ合えていた。
「いくよ、伯爵! 仮面レーザー!」
叫ぶ。
するとすぐに、横から紫色のスーパービームが発射された。
そのビームは、ロケット団の下っ端やユーズの足元に命中して、アスファルトを少し削った。
形勢逆転だ。
私と伯爵は力強く、ロケット団を睨みつける。
「くっ……上手くいかなかったか。
だが私は諦めない、さらばだ!」
そう言いながら、ユーズとゲンガーは走り去っていった。そして下っ端達もそれを追いかけるように一斉に逃げていく。
残されたのは、私と伯爵だけだった。
「はぁ……災難だったね」
伯爵に声をかける。緊張が一気に解けたのか、私はドッと疲れを感じた。
流石の伯爵も今回は危険に思ったのか、いつものように華麗にスルーすることはなく、何も言わずに私を見つめていた。
今回の一件は、私達とロケット団の因縁の始まりに過ぎなかった。
だけど同時に伯爵との距離がまた1つ近くなった気がしたのだった。
ここまでの冒険をレポートに記録しますか?
→はい
『第4話 遭遇、ロケット団
スイカ
手持ち:フリーザー(ガラルのすがた)
ユーズ(ロケット団)
手持ち:ゲンガー』
スイカはレポートにしっかり書き残した!