ある日の学校帰り。
私は1人、モッカ博士の研究所に来ていた。
博士に伯爵の様子を見せるためだ。
前回、コチヨと研究所に来た際に、博士から伯爵がガラル地方の伝説のポケモン、フリーザーだということを教えてもらった。
だけど私達がわかっているのは、あくまでそれだけだった。伯爵については、まだまだ未知のことの方が多い。
だから私も伯爵について理解を深めるために、博士の研究に協力することになった。
研究。
それだけを聞くと何か複雑で、難しいことするのかなと思ってしまう。例えば機械を使って何かを測定するような感じに。
だけどモッカ博士はそんなことはせず、ただ静かに伯爵の様子を観察しているだけだった。
「研究って、実験とかばかりじゃないんですね」
私がそう言うと、博士は穏やかな顔で答えた。
「あぁ。機械を使うのはポケモンを傷つけてしまうかもしれないから嫌いなんだ。
ポケモンを観察するだけでも気がつくことはたくさんあるからね」
博士は優しい人だった。
私も伯爵に痛いことはさせたくないから、出会えたポケモン研究者がモッカ博士で良かったと思っている。
そんな中、伯爵は研究所内の人工公園をふわふわ浮きながら、他のポケモンと穏やかな時間を過ごしていた。
ただ私は手持ち無沙汰になってしまった。
伯爵を見ただけで、どんなポケモンなのかがわかる博士とは違って、私には知識がない。
ただ立って、様子を見ているだけでは飽きるまでの時間も早かった。
「博士、私もポケモンを見てきていいですか?」
「もちろん良いよ。わからない子がいたら、僕に声をかけて」
博士から許可を貰って、私も人工公園に足を踏み入れた。
そこは予想以上に本格的な公園だった。
研究所の建物内にあるものの、足元は土や芝生で整えられている。
屋根があるから、雨風は入らない。それでも水や湿度を求めるポケモンのために、部分的にミストが噴かれていたり、池や小川の代わりとして建物内を水が流れていた。
そしてそのような環境で、ポケモン達はのびのびと暮らしていた。見たところ、小さいポケモンが多いけど、ドッシリとしたポケモンもちらほら見える。
そんなポケモン達は体の大小に関係なく、仲良く暮らしているようだった。
私はそんなポケモン達を驚かさないように、そーっと近づいた。
「へぇ。ニドラン♂って耳の筋肉がすごいんだぁ」
草の上でゴロゴロするニドラン♂をスマホで映すと、画面上にポケモンの説明文が表示される。私が知らないような詳細な情報まで網羅されていた。
博士がくれたポケモン図鑑アプリを私が楽しんでいた時だった。
チョンチョン!
後ろから右肩を叩かれた。
「はい、なんでしょ……」
「バウッ!」
私の後ろにいたのは2m以上ある大きなドラゴンだった。
「カ、カイリュー!?」
そこにいたのはドラゴンポケモン、カイリューだった。
テーマパークのマスコットキャラクターのようににこやかな感じで笑っていた。どうやら私のことを客人として迎え入れてくれるようだった。
このポケモンは研究所のポケモンの中では1番大きいポケモンだった。きっとその逞しい力で小さなポケモンを守る優しいドラゴンなのだろう。
だけど突然そんなポケモンに挨拶された私はびっくりしてしまった。
「わっ……わっ!?」
心臓がバクバクしていた。
そしてバランスを崩しかけた私は、後ろによろけた。そして私が握っていたスマホはその拍子に手放してしまい、草のクッションの上に落下した。
ただ1つだけ言えることがあるならば、カイリューは悪くない。
勝手に驚いた私が悪い。
「あはは、ごめんね。急に大きな声を出してびっくりしたよね~」
カイリューに対して左手を振りながら、しゃがんだ時だった。
「あれ……?」
落としたスマホの横に、小さなポケモンがいた。
「うずくまってる……あっ、もしかしてスマホが当たっちゃった!?」
私の手から滑り落ちたスマホが、上からこのポケモンにぶつかったのかもしれない。万が一のことを考えながら、私はそのポケモンを覗き込んだ。
「うーん、怪我はしてないようだけど……」
素人目の私でもなんとなくわかった。痛がっている素ぶりが全くない。
もちろんスマホが横に落ちただけで、当たってない可能性も普通にある。
「でもなんだか、怖がってる感じがする……」
黄色いお腹と緑色の背中のそのポケモンはどこか怯えるように丸まっていた。
「驚かせちゃったかな、ごめんね……」
私はそう言いながらそっとそのポケモンを抱き上げる。抱っこすれば少しは気分を良くしてくれるかもしれないと思ったからだ。
するとそのポケモンは私の腕の中で、甘えるようにさらに丸まった。
とはいえ、このまま抱っこしていて良いのだろうか。でもだからと言って、ここで地面に下ろすのが正解なのかも私にはわからなかった。
結局、私はこの状態のまま博士のところに戻った。
博士はぷかぷか浮く伯爵の翼のあたりをじーっと見ていた。
「博士、この子なんですけど」
私がそう言いながら、博士に腕の中のポケモンを見せた時だった。
「あぁ。ヒノアラシか」
博士はすぐに反応した。
その特別驚くわけでもない反応から、この子が何かを抱えているのだろうということは私も感じ取った。
「実はその子は、前のトレーナーに酷く捨てられたポケモンなんだ……」
博士は淡々と説明をしてくれた。
私の腕の中にいるポケモン、ヒノアラシは元々初心者用のポケモンとして、デビューしたトレーナーに渡されたポケモンだった。
だけどなんらかの理由で、ヒノアラシを見限ったトレーナーは、雨の公園にヒノアラシを置き去りにしたという。
その後、偶然公園を通りかかった博士が保護した。
だけどほのおタイプのヒノアラシは、冷たい雨の中に置き去りにされたことで心を塞いでしまったらしい。少なくとも人間には不信感を持っているようだ。
安全で温かい研究所の中でも、ヒノアラシは多くの時間を草むらの陰で蹲りながら過ごしているのだという。
「本来はヒノアラシの背中の斑点から炎を噴き出すことができる。
でも少なくとも僕が見た限り、その子は炎を出したことはないんだ」
確かに腕の中のヒノアラシにも、背中に四つの斑点がある。でもそこから炎が出る様子はまるでない。指で触れても、温度が高ぶる感じでもなかった。
博士の言う通り、心が塞ぎ込んでしまっているのかもしれない。
「だからヒノアラシがスイカちゃんの腕で甘えた様子を見せているのには、正直僕も驚いたよ」
博士にそう言われて、私は腕の中を見た。
確かに私の顔はまだ見てくれていないけど、ヒノアラシは安らかな息を立てていた。もしかしたら博士の言う通り、私のことは怖がっていないのかもしれない。
腕の中のヒノアラシを見ていると、私の心の奥底から何かが込み上げてきた。
「博士。この子のボールはありますか?
私、この子のトレーナーになりたいです」
力強く顔を上げて、私はそう言った。
私はまだ未熟なトレーナー。私のパートナーの伯爵は、伝説のポケモン。それにこのヒノアラシは本質的に人間を嫌っている。この子を幸せにしてあげられるのか。
そんな後先のことは、考えられなかった。
正直、勢いだったかもしれない。
私の言葉に、博士は最初驚いた表情を見せた。
「確かにスイカちゃんならこの子を大切にしてあげられるかもしれないね」
だけどすぐに微笑んでくれた。
「わかった。ヒノアラシを頼んだよ」
これで私は正式にヒノアラシのトレーナーとなった。
だけど確認するべき相手はもう1人……というより、もう1匹いた。
「伯爵。私、この子のトレーナーになってあげても良いかな……?」
私は伯爵にそう言った。
伯爵は私のパートナーのポケモンだ。
もしかしたら伯爵は、「俺のことも碌に相手できないのに、何を言うか」とか思っているかもしれない。だからその伯爵がNOといえば、それまでだった。
「ギャァオ」
伯爵はヒノアラシのことをじっと見ていた。
私も最近は伯爵の意思表示について、ある程度わかってきた。伯爵がダメだと言う時は呆れたり、嘴で突いてきたりして明確に意思表示をする。
だけど今はそれがなかった。「トレーナーはお前だから好きにしろ」と言っているようだった。
「ありがとう伯爵」
私は優しく伯爵の羽に触れた。
そして腕の中のヒノアラシを見る。
「これから私がトレーナーだよ。よろしくね、ヒノアラシ」
そっと声をかけた。
ヒノアラシから返事はなかったけど、その可愛らしい頭を私の腕にすり寄せてきた。
「あとは君のお名前だね。
う~んと……」
ヒノアラシにも伯爵と同じように、ニックネームをつけることにした。
伯爵の時はその佇まいから命名した。
だけどヒノアラシの最初のイメージは怯えているような感じだった。それをそのまま名前にするのは、流石に可哀想だと思う。
少しの間「うーん」と頭を捻る。
「あっ!」
1つの名前を思いついた。
「決めた、あなたのお名前は『花火』!」
今は炎は出せていないけど、いつか綺麗な「花火」のような炎を出してくれることを願ってつけたニックネームだ。
私がそう言うと、ヒノアラシは静かに顔を上げた。
「ヒノッ……!」
どうやら理解してくれたようだ。
「よろしくね花火!」
こうして私は新しい仲間、花火と出会った。
今はまだ小さな子だけど、いつかきっと私を信頼してくれて、そして綺麗な花火を見せてくれることを願いながら。
ここまでの冒険をレポートに記録しますか?
→はい
『第6話 小さな花火
スイカ
手持ち:フリーザー(ガラルのすがた)、ヒノアラシ』
スイカはレポートにしっかり書き残した!