ジョジョの奇妙な冒険×推しの子   |黄金を継ぐ者《イレーデ・デ・ローロ》   作:春雨シオン

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 前後編の予定なので、これにて完結となります。後日おまけとして、『もしも星野アイにスタンドが発現していたら』を『岸部露伴は動かない』の世界線で書こうと考えております。もし読んでいただけるのでしたら、もうしばらくお待ちください。


 今更ですが、6部にて世界が一巡する前にプッチが敗れた世界線になっています。そのため承太郎や徐倫など生存しております。


 なお、ジョルノは2001年の時点で15歳なのでどう考えても星野アイより年上なのですが、今回は今の時点でジョルノが15歳かつディアボロを倒し組織を乗っ取って少しした辺り、という想定でお読みください。


ジョジョの奇妙な冒険×推しの子   黄金を継ぐ者(イレーデ・デ・ローロ)  後編

 

 

 

 

 ―――現代で広く普及しているのが、スマートフォンではなくボタン式の携帯電話だったならば。その親指に伝わる重みは、これの比ではなかったに違いない。星野アイはそう思いながら、慎重な指先で番号を入力していく。2回、3回とスマホの画面と広げられた紙とを視線が往復した後、発信ボタンをゆっくりと押した。

 

 

 

 

 

「―――もしもし。」

 

「あっ、あのっ! あなたが空条承太郎!? 私は星野アイで、私のところに来た金髪の人からこの番号を書いた紙をもらって、それであの人はきっと私の―――」

 

「落ち着け。君が私のところに電話をかけてきた理由は、概ね把握している。詳しい話は会ってからにしたい。場所と日時は―――」

 

 

 

 一方的に話された場所と日時を慌ててメモして、アイと承太郎との会話はあっけなく終わった。彼女が想像していたよりもずっと簡単な話だった。

 

 

「後で社長にスケジュール聞いとかないと……。」

 

 

 呟きながらふと振り向くと、ルビーとアクアマリンが興味津々と言った風に身を寄せてきていた。ほんの少しでも漏れ聞こえてこないかと必死だったのだろう。露骨に残念そうな顔をする二人を見て、アイは覚悟を決めた。この先どんな過酷な運命が待ち構えていようと、この3人で越えていくのだと。体ばかり成熟して未熟なままだった精神に、一つの『柱』が出来た瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――あなたが、空条承太郎さん?」

 

 

 指定された場所と日時に、私は1時間以上前についてしまった。いつもなら遅刻するところなのに、今日だけは遅れないって確信してた。実際、いつも起きる時間より3時間も前に目が覚めたし。

 

 指定されたのは、聞いたことのない喫茶店。これがもしホテルの一室とかだったら流石に断ったけど、ここなら他の人もいるし多分大丈夫。

 

 

 そうして声をかけたのは、明らかに他と雰囲気が違う大きな男の人。コート、ズボン、帽子……全部真っ白なファッションなのに、なぜか様になって見える。筋肉、肩幅、どれをとっても、今まで見てきた人の中で一番大きいってはっきり言える。

 

 

 

「―――ああ。君は星野アイ、だな。まさかアイドルが、子連れで来るとは思わなかったがな。」

 

 

 

 そう言われて、私の両手を握っている小さな手にちょっとだけ力が入ったのを感じる。自分たちがいることを怒られてると思っちゃったのかな?

 

 

 

「まあいい。理解できるかはわからないが、それでも聞いておくべきことだろうからな。座りな。もう少しすれば、注文したコーヒーが届くはずだ。」

 

「コーヒーなんてどうでもいいのッ!!」

 

 

 

 ―――あれ、おかしいな? こういう時って普通、お礼を言いながら座るよね? いつもの私なら絶対そうするはずなのに、何で今回に限って大声なんて出しちゃったんだろう。ひょっとしてこれって、私の本心から……?

 

 

 

「……ごめん、なさい。ちょっと取り乱しちゃった。」

 

「……座りな。お前には、ある程度のことを知っておく権利があるからな。」

 

 

 

 心なしか態度が軽くなった承太郎さんに勧められるまま、椅子に座った。いつのまにかルビーとアクア用の背の高い椅子も用意されてたから、二人をそれに座らせた。すぐに運ばれてきたコーヒーをひと啜りした後、承太郎さんは口を開いた。

 

 

 

「……まずは、お前が最も気になっているであろうことから話そう。あの日、お前たちのところを訪れた男―――ジョルノ・ジョバァーナについてだ。」

 

「―――!」

 

 

 

 あの首筋にあった、星型の痣。私とお父さんを繋ぐ証。ルビーとアクアにそっくりな、金色の髪。あれはきっと―――

 

 

 

「結論から言えば、彼はお前の父親ではない。彼は―――お前の『弟』だ。」

 

「え―――。」

 

 

 弟? なんで、だって、お母さんとあの家にいたのはずっと、私一人のはずで……。

 

 

「彼とお前の父親の名はディオ・ブランドー。 ……そしてそいつは、私が殺した。」

 

 

 

 

 

 息が出来なくなる。まるで世界の時間が止まったみたいに、私たちのテーブルは静まり返った。目の前の人のせいで私は、お母さんは―――

 

 

 

 

 

「少なくとも私は殴られる覚悟でここに来た。お前の半生を考えれば、お前には間違いなくその権利があるからな。だが―――」

 

「……うん。()()()()。この子たちの前で、そんなことするわけないじゃん。」

 

 

 

 アイドルだから、『視線』には敏感なんだよね。アクアとルビーの視線が、私の方に向けられてるのはずっと感じてた。だから私は、この子たちの前で暴力は振るわない。本当は今すぐ無駄にキレイな顔をひっぱたきたいけど、この子たちの前では嘘でもいいお母さんでありたいから。

 

 何故か、気まずい沈黙が流れる。悪いのは向こうのはずなのに、承太郎さんが悪い人だとは思えなかった。よくわかんないけど、『気高さ』みたいなものを感じた気がした。ゲームの魔王を勇者が殺したとして、勇者は悪者にはならない感じ。

 

 

「……人は『嘘』をつきながら生きているといっていい生き物だ。その中でお前の『嘘』はこの世のどんなことよりも()()()()。」

 

「……おかしいな。最近私、嘘つくの下手になっちゃったかな? 『本物』を知っちゃったからかもね。」

 

 

 

 慰められた。なんか、変な感じだ。

 

 

 

「……でも、さ。正直もう、わからないんだよね。私はお父さんが殺されたって聞いて、それをどう思ってるんだろうね?」

 

「……。」

 

「怒るのが多分、普通なんだよね。でも私、もうわかんなくなっちゃった。だってさ、怒ってみたところで―――」

 

()()()()()……か?」

 

「……。」

 

 

 先に言われちゃった。でも何だろう、この人の目。なんだか見つめられてると、全部バレてそうって思っちゃう。よく見るとこの人もなんだか、彫りが深いような気がする。ハーフとかなんだろうか。

 

 

 

「奴も同じことを言っていた……。ジョルノ・ジョバァーナもな。」

 

「っ、本当に?」

 

「これは奴から話してもいいと許可を得ているから話すことだが―――奴もまた、虐待を受けていた子供だった。」

 

「……。」

 

 

 

 

 その後、承太郎さんが話してくれたのはこんな内容だった。

 

 

 

 私を助けてくれたあの人―――ジョルノ・ジョバァーナというらしい―――も、私と同じように親から愛されない子だった。母親は小さい子供を一人家に残して外で夜遊びを繰り返していたし、その母親が後に結婚したイタリア人の養父はジョルノを殴った。

 

 そのせいで、ジョルノは他人の顔色ばかり窺う子供になった。他の人を信用することはなく、常に疑うような探るような目をしていた。そんな風だから友達が出来るわけもなく、街の子供たちからいじめられた。

 

 

 

 

 

 でもある日、そんなジョルノに敬意をもって接してくれる人が現れた。その人はジョルノに助けてもらったらしくて、ジョルノを一人の人間として扱ってくれた。その人が助けてくれたおかげで、お父さんから殴られなくなって、他の子からいじめられることもなくなった。

 

 

 ジョルノの心はまっすぐになって、一つの夢が出来た。『あんな風な人になりたい』っていう、黄金のような夢が―――。

 

 

 

 

 

 

 

「奴はすぐに我々にコンタクトを取ってきた。奴もまた、監視の対象であることに違いはなかったからな、筋を通したということなのだろう。」

 

 

 そうだ、まだ大事なことが残ってた。ジョルノが私のところを訪ねてきた理由。それがまだわかってない。

 

 

「……。」

 

 

 今までまったく感情を見せなかった承太郎さんの瞳に、ほんの少しだけ漏れ出してきた色を私は見逃さなかった。あの瞳は、『迷い』―――。話してもいいのかどうか、多分迷っているんだと思う。だから次に口を開くまで、私は緊張しながらその目をじっと見ていた。

 

 

 

「これで確信した。どうやらお前には、()()()()()()()()()()ようだな。」

 

「……え、何私今バカにされてる?」

 

 

 

 何言ってんだこの人。迷ってるところから何を言うのかと思ったら、才能がない? 何の?

 

 

 

「いや、そういう意図があったわけではない。だからそっちの、女の子の方を落ち着かせな。やたら興奮してるんでな。」

 

「え? あ、ルビー大丈夫だよ~。ママは気にしてないからね。」

 

「ママが気にしなくても、私は許せないの! ママは最強で完璧のアイドルなんだから!!」

 

「おいルビー……。大事な話なんだから、黙って聞いておけ。」

 

「何それお兄ちゃんは悔しくないの!? ママが才能ないって言われたんだよ!?」

 

「……やれやれだぜ。」

 

 

 

 アクアと協力して、何とかルビーを落ち着かせる。そういうところもきゃわだけど、今はちょっとだけ静かにしててね。

 

 

 

 

「……。」

 

「よし、オッケー! それじゃ話してよ、ジョルノが私たちのところに来てくれた理由!」

 

「今の今まで、俺はお前に真実を教えるべきかどうか迷っていた。 ―――だが、もう迷いはない。」

 

「それって、どういう……」

 

 

 

「星野アイ。―――お前は、()()()()()。」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

『ディオの息子たち』……。僕の血を分けた兄弟たち、か。そのスタンド能力は、良くも悪くも世界を大きく動かすものだったようだな。」

 

 

 

 ジョルノはイタリアへと戻るプライベートジェットの中で、SPW財団から受け取った資料をタブレット端末で見ていた。その画面に映るのは、3人の男の顔写真。顔は全く似ておらず、彼らが兄弟だと言われて信じる者はそう多くはないだろう。

 

 

 だが一点だけ、共通する点があった。皆一様に、人生に絶望した眼をしているのだ。

 

 

『ドナテロ・ヴェルサス』『アンダーワールド』……。過去の出来事を地面の記憶として掘り起こすことで、現実に再現することが出来る……。もし彼が考古学者にでもなったのなら、どんな大発見をしたのだろうか? いや、絶望した彼なら、『ポンペイの大噴火』を再現するくらいのことはやりかねないな。」

 

 

 

『リキエル』『スカイ・ハイ』。未確認生物・ロッズを操ることで人間の部位から体温を奪い、瞬間的に病気を発症させられる……。彼がもしその気になれば、疫病をばら撒きながら街を渡り歩くペイルライダーのような所業が可能だっただろう。あのゲス野郎のようになる前に、始末されたことを喜ぶべきだな。」

 

 

 

「そして『ウンガロ』自由人の狂騒曲(ボヘミアン・ラプソディー)。ありとあらゆる『物語』を現実に再現し、そのキャラクターが殺された場合、世界からそのキャラクターの存在が全て消える……。アナスィ氏が『ピノキオ』を殺害したため、世界中の絵本や小説、童謡からピノキオが消滅したことを確認、か。結局奴の望みだった、『世界をめちゃくちゃにする』は、かなりスケールを小さくしながらも実現してしまったわけだ。」

 

 

 

 

 一通りの資料に目を通したジョルノはタブレットの電源を切った。そのタイミングを見計らっていたかのように、向かいの男が声をかけてきた。

 

 

「成程……。だからこそ、財団は彼女に接触を図ったのですね?」

 

「そういうことだ、ジャンルッカ。ディオの娘という特殊な出生もそうだが、彼女にスタンド能力が発現していた場合、それは()()()()()()()()()()。彼女は虐待を受けて育っている。今はドームでライブがやれるほどの人気アイドルとはいえ、愛されずに育った彼女が不足や欠落を抱えたままでいることは、周囲からの聞き込みやインタビュー等で明らかだそうだからな。」

 

「SPW財団の研究者たちの間では、『ディオの子供には世界を変える力がある』なんて与太話も生まれるほど、僕らは警戒の対象らしい。今のところ確認できた上で生存しているのは、僕とアイの二人だけだそうだけどね。」

 

 

 ジャンルッカと呼ばれた男は深く頷いた。彼はジョルノに最も早く忠誠を誓った部下の一人であり、また有能な男でもあった。その能力と忠義を買われ、こうして親衛隊のトップを任されている。その生真面目な瞳を見つめ返したジョルノは、真剣な顔のまま口を開いた。

 

 

 

「……なあジャンルッカ。一つ賭けでもしないか? 内容は……そうだな、『ジョータローさんが、星野アイに真実を話すかどうか』なんてのは?」

 

 

「お言葉ですが、ボス。その内容では賭けは成立しないと思われます。二人とも、おそらく考えは同じかと。」

 

 

「……そう、だな。おそらくジョータローさんは、()()()()()だろう。彼女からスタンドは感じられなかったからな。」

 

「だが同時にこうも思う。彼女もジョースターの人間である以上、奇妙な運命からは逃れられないのかもしれないと―――。」

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「ここまでって……。な、何でそんなこと言うの!? だって、だってあの人が来てくれた理由がまだ―――」

 

「ただ単に、肉親がいたことがわかって会いに来た。そしたらたまたまアイが刺されたところに出くわし、治療した。そういうことでいいだろう。」

 

「そんなの納得できるわけない!! ちゃんと話してよ!!」

 

「おい、ルビー。」

 

「お兄ちゃんだって同じでしょ!? それにそんなの、ママがかわいそうじゃん!」

 

 

 ルビーが騒いで、アクアマリンがそれをなだめる。私はそれをなんだか、他人事のように見つめていた。とても暖かくて、とても尊くて、とても綺麗で……。

 

 

 何故か私はそれから目を離して、承太郎さんの方を見た。何でそうしたのかはわからないけど、そうするべきだと思ったから。承太郎さんは何も言ってはくれなかったけど、それでも微かに笑ってた。

 

 

 

 

 ―――ああ、いいんだ。私、ここにいていいんだ。

 

 

 

 

「アクア。ルビー。」

 

 

「ママ……? わっ!」

「ちょっ、アイ、人前だぞ!」

 

 

 両方の腕に力を込めて、二人を思いっきり抱き締めた。二人分の体温はすっごくあったかくて、自然と涙がこぼれそうになった。

 

 

 

「承太郎さん。私、騙されちゃうよ? 多分私のお父さんとか、ジョルノがあの日見せてくれた『能力』とか、この星型の痣とか……。いろいろあるんだと思うけど、そういうの全部、忘れちゃうよ?」

 

「ああ。お前は俺たちの『宿命』なんて知る必要はないし―――それに巻き込まれる必要もない。家族と一緒に平穏に暮らせばいい。お前たちのことは、俺たちが必ず守る。」

 

 

 

 

 力強い瞳と、思いやりの籠った声。この世のあらゆる残酷さから、自分たちを守ってくれそうな優しさ。私がどれだけ焦がれても、手に入れることは出来なかった、『父親』がそこにはいた。

 

 ついこの子たちの父親の顔が頭に浮かぶけど、すぐに霧みたいに消えていった。あの人が親に―――まして『父親』になれるとは思えなかったから。

 

 

 

「……やっぱり、『嘘』はとびっきりの『愛』なんだね。」

 

 

 

 ジョルノも、承太郎さんも、私に詳しいことは教えてくれなかった。今でもわからないことは沢山ある。でもそれはきっと、『現在』を手放してまで知るべきものじゃない。今の私はもう、ひとりぼっちじゃないから。

 

 

 

「お前はもう、ひとりぼっちの夜に怯える必要はない。お前には既に『家族』がいるからだ。家族を守るために『運命』から逃げることを、俺は臆病者とは思わない。」

 

「それはお前にとっての『黄金の精神』だからだ。俺たちがかつて見た―――そしてジョルノの中にも、同じものを感じた正義の中の光だからだ。」

 

 

 

「……。」

 

 

 

 いつの間にか「私」から「俺」になってるよって茶化しそうになったけど、寸前で口が止まった。この人に認めてもらったことが、すごく嬉しかったから。

 

 

 きっとこの人は、すっごく大きなものを背負ってるんだ。私にはそれを一緒に背負う『覚悟』はない。承太郎さんだけじゃなくて、きっとジョルノもそうなんだと思う。この人の言う『宿命』のことを私は全く知らなくて、でもそれでいいんだ。

 

 

 

 

 ちっとも()()じゃなくたって、ほんの少しの()()もなくたって構わない。

 

 

 

 

 『冒険』に出るのは、何か見つけたいものがあるからだから。私に必要だったのは『繋がり』であって、それはもう沢山見つけたから。

 

 

 

「ママ……?」

 

 

 

 心配そうな顔で見つめるルビーとアクアに、100%本心からの笑顔を見せて。私はもう一度、二人を思いっきり抱きしめる。苦しそうにしながらも、二人は抱きしめ返してくれた。

 

 

 

「どうやら、もう質問は必要ないようだな。」

 

 

「うん! あ、でもそうだ、一つだけ教えて!」

 

 

 

 椅子から立ち上がり、背中を向けかけた承太郎さんに声をかけた。承太郎さんの背中―――ちらりと見えた首筋にも、星型の痣があった。でもそれは、あるべきものがあるべき場所にあるだけ。ほんの少しも奇妙じゃない。

 

 

 

「私たちの、一族の名前? 苗字って言うのかな? それだけ教えてくれない?」

 

「……。」

 

「お願い! それが聞けたら、『勇気』が出てくる気がするからさ!」

 

「……やれやれだぜ。」

 

 

 

 ため息をつきながら、教えてくれた名前。その名前を胸の中に大事に大事にしまい込んで、私たちはお別れした。『今まで見えなかったものが急に見えるようになったら、また連絡しろ』って意味深な言葉を残して。でもきっと、いつかまた会える気がするんだ。

 

 

 

 だから私は、サヨナラの代わりに別の言葉を投げかける。あの人が最後にくれた言葉で、柄にもなく必死で辞書を引いた言葉。再会を誓う、素敵な別れの御挨拶。

 

 

 

 

アリーヴェ・デルチ(また会おう)! 承太郎さん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――たった今、承太郎氏とのコンタクトが終わったそうです。やはり『アイ・ホシノ』は、今まで通りの生活を続けるとのことです。」

 

 

 ジャンルッカは、詩集を開いたままの自らのボスに簡潔な報告をした。彼は本を閉じ、ひとつ大きな伸びをすると、やわらかなシートに座りなおした。

 

 

「……そうか。まあ、予想通りだな。」

 

 

 ごく平然とした様子でつぶやいた彼を見て、ジャンルッカは少しだけ躊躇した。彼の気分に水を差すのは本意ではなかった。

 

 

「ジャンルッカ。聞きたいことがあるのなら、言ってみるといい。」

 

「……! いえ、大したことではないのですが……。」

 

 

 構わない、というように人指し指を振るジョルノの様子を見て、ジャンルッカは疑問をぶつけた。

 

 

「ジョルノ様は―――どうして、彼女をそのように気にかけるのですか? いえ、いくらでもそれらしき理由はこじつけられるのですが……そうやって自分を『納得』させることは出来るのですが……。」

 

 

 

 

 ふむ、とジョルノが呟いたきり、そこには静寂が流れた。安定した飛行を続けるジェットの中では、エンジンの音も風を切る音も聞こえない。ただ穏やかな静寂があった。

 

 

 

「―――このジョルノ・ジョバァーナには、正しいと信じる『夢』がある。」

 

 

 やがてゆっくりと口を開いた時、そこには神聖さがあった。ジャンルッカは敬虔なる信徒が神の言葉を聞くように、一言も聞き漏らすまいと耳をそばだてた。

 

 

 

「だが時折、迷う時がある。僕が信じるこの『夢』は、本当に正しいものなのだろうかと。僕が正しいと信じて歩んだ道は、いつの間にか傲慢な(ディオ)の道になっているのではないかと。」

 

「……。」

 

「……意外だったかな? だがこれは、君くらいにしか話せない弱音だからな。」

 

「いえ……。ですがこうして話していただいたこと、光栄です。」

 

 

 その言葉に嘘はなかった。だがジョルノ様には、常に『正義』があるのだと思っていたことは否めない。

 

 

 

 

 

「―――だがそういう時、人は『星』を見るものだ。羊飼いも、船乗りも、今を生きる人々も……。道に迷ったなら、星を見て行先を決めるものだ。」

 

 

「僕にとって、彼女は(スター)になったんだ。僕が子供のころ、見られなかったもの―――『子供を守る母親』という、『絶対的な正義』を見たからだ。」

 

 

「……。」

 

 

『正義』も、『悪』も、たやすく反転する世界だ。そんな世界の中でも、()()()()()()()『正義』があった。」

 

 

「僕は『星』を見つけることが出来たッ! 暗闇の荒野の中、沈むことのない正義の星をッ!」

 

 

「―――だから僕は、もう迷わないという確信が出来る。迷いそうになれば、星を見ればいいからだ。 ……これで、君の納得いく説明になっただろうか?」

 

 

 

 ジャンルッカはほんの少しの迷いもなく、深く深く頷いた。『男には地図が必要だ 荒野を渡りきるための、心の中の「地図」が』……。 こんな台詞を残したのは、どこかの処刑人だったと聞く。ジョルノ様にとって、その地図とは『彼女』であり、自分にとっては『ジョルノ様』であるということが、心の底から理解できた。

 

 

 

 

 

 

「……なあ、ジャンルッカ。君は『引力』を信じるか?」

 

 

 

 

 

 

 再び口を開いたジョルノは、頬杖をついて窓の外を見やりながら、そんなことを訪ねてきた。ジャンルッカは少し考え、彼自身の考えを述べた。

 

 

 

 

 

「……私は子供のころ、『万有引力』というものがひどく寂しく思えました。お互いに引っ張り合って、近づけようとしているのに、互いに引っ張るせいでちっとも近づけないのだと。」

 

 

「そのせいで『星々』は、広大で真っ暗な宇宙を、ひとりぼっちで浮かぶ羽目になったのだと。」

 

 

「……。」

 

 

「だからこそ父は、私に『引っ張られることを覚えろ』と教えてくれました。自分より力の大きなものには、引っ張られることで孤独ではなくなるのだと。」

 

 

「ですが今は、こうも思うのです。『星が自分に近づいてこないということは、その星も自分を引っ張っているということなのだ』と。」

 

 

「そう考えると、私の世界は広くなりました。この世に、ひとりぼっちの星など一つもないのだと気づいたからです。 ……子供のころ、病で死ぬはずだった私を組織に救ってもらった時、私の体が病院の固いベッドを離れた時―――私はようやく、自分を引っ張っていた大きな『星』を見つけたと思いました。自分をあの世に連れて行かないよう、現世に留め続けたのはこの『引力』なのだと。」

 

 

 

「ですから―――私は、『引力』を信じます。」

 

 

 

 ジャンルッカは、未だイタリアの空に向けられたままのジョルノの表情を伺った。少し愁いを帯びたその表情はぞっとするほど美しく、それでいて近寄りがたかった。

 

 

 

「―――引っ張り合って、『均衡』か。」

 

 

 

 小さな声で呟くと、ジョルノは顔を上げた。その顔に愁いはなく、ただ優しさだけがあった。

 

 

 

「なら、彼女は心配いらないな。『運命』が彼女を引っ張るよりも、ずっとずっと強い力で―――『星々』が彼女を引っ張ってくれるだろう。特に、あのふたご座(ジェミニ)なんかがな―――。」

 

 

 

 ジャンルッカは再び、しっかりと頷いた。ジョルノは再び窓に目をやり、どこまでも青く透き通る空を眺めた。この空は間違いなく、日本の上にまでつながっている。このさらに上にある星々は、彼らをずっと見守っている。

 

 

 

 ジョルノは小さく、唇だけを動かして呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリーヴェ・デルチ(さようなら)姉さん(ソレッラ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 その微かな声と微笑みを感じ、そして覚えているのは、吹いていた黄金の風のみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






「承太郎だ。どうした星野。まさか、『スタンド』が―――」


「あっ、よかったつながった! 承太郎さん、うちの子今度小学校に上がるんだよね! それでさ、こういう時って大抵おじいちゃんとかおばあちゃんが『ランドセル』買ってくれるものなんでしょ? 私お金はあるけどおじいちゃんもおばあちゃんもいないからさ、よかったら何かいいの選んでくれない? それで、『プレゼント』ってことで二人に渡してあげてよ!」


「……。」



「あれ、どうしたの~? ノックしてもしもお~~~~し?」



「……やれやれだぜ。」


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