ジョジョの奇妙な冒険×推しの子   |黄金を継ぐ者《イレーデ・デ・ローロ》   作:春雨シオン

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遅くなりましたが、オマケの『アイにスタンドが発現していたら?』の物語です。

『スタンド』という題材を取り扱う以上、どうしても『ジョジョの奇妙な冒険』の知識がなければわかりにくいところがあるかもしれませんが、ご容赦ください。





オマケ 岸辺露伴は動かない ―――一番星の宿命―――
序章 ―――プロローグ―――


 『天文学』という学問があるのは君も知るところと思うが……その『始まり』について、君は知っているか?

 

 

 ……そうか、それなら教えてあげよう。天文学の始まりは、()()()()()()だったそうだ。人類が『農作』をするにあたって、『いつ種を蒔けばいいか』とか、『いつ収穫するか』とかを知るために、正確な季節を把握する必要があったわけだな。

 

 

 人々は『太陽』や『星』の動きを観察することで、ずれのない正確な暦を作ることに苦心していったわけだ。まさしく、『必要は発明の母』ってわけだ。

 

 

 

 ……何故こんな話を突然始めたのかって? まあ一言で言ってしまえば、最近僕がそれに遭遇したからだ。そう、『必要は発明の母』って場面にね。正直あれはかなりヤバかったが……後悔はしていない。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()』 結局人間を成長させるのは苦境ってことなのかもしれないな。本当ならこんな格好の漫画の『ネタ』を話すのは惜しいが……他ならぬ君だからな。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 暖かな春の日差しが窓から差し込み、木造の家の中を照らす。まるで小説の一場面のようなその情景の中、一人の男―――岸辺露伴が、窓際に置いてあった鉢植えの植物を見ていた。つい先日までは美しい花を咲かせていたそれは、すっかり萎れて枯れてしまっていた。

 

 露伴はその『枯れた葉』を一枚、おもむろに手にとった。花には葉を繋ぎとめておく力は既になく、プチリと音をたてることもなく千切られた。そして彼はその葉を、躊躇なく口の中に入れた。

 

 

 パリパリとした食感、口内の水分を吸い取られる不快さ、死んだ植物の苦みという味―――露伴は、枯れた植物から得られる『リアリティ』をしっかりと吸収した。それは『岸辺露伴』という人間を良く知る者なら、もはや慣れっこの『取材』だったのだが、慣れていない者からすると――――

 

 

 

「な、何してんのせんせーッ!?」

 

 

 

 ―――ただの、『奇行』であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネェ~~~……だからさあ、悪かったって言ってるじゃん。あれが露伴先生にとって、大事な『取材』だったなんて知らなかったんだって。」

 

「……別にィ? ただ何も知らない()()()が僕の仕事の邪魔をしたからって、それで大人げなくキレるとでも思ったってのかい? フン! ありえないね! なんたって僕は、君より何年も早く生まれた『大人』なんでねえ!」

 

大の大人が拗ねるとこんなにめんどくさいんだ……。

 

 

 

 事の次第はつまりこうである。露伴が枯れた草を口に運び、それを咀嚼していたのを、たまたま訪れた(当然のようにアポはとっていないが)少女―――『星野アイ』―――が目にし、いくら生活が困窮しているからってそんなものを食べてはいけないとばかりに突進し、背中を強打された露伴は枯れ葉を吐き出してしまい、結果として『取材』は台無しになったというわけだ。

 

 

 『星野アイ』は、現在人気を獲得しつつあるアイドルグループ『B小町』のセンターであり、中心人物と言ってもいい。そんな彼女はとあるインタビューから『岸辺露伴』と知り合うことになり、一方的に付き合いを継続していた。

 

 

 『漫画家』と『アイドル』。少なくとも、ロクな事にはならないのが容易に想像できる組み合わせだが―――露伴の拒絶する態度と、それを意にも介さないアイとは不思議と相性がよく、奇妙な関係は継続していた。

 

 

 だが、そのせいで取材を邪魔され機嫌がすこぶる悪い露伴は、わざとらしく『部外者』の部分を強調して言ってみせ、星野アイに失礼な態度を取り続けた。それは自分の意志を暗に伝えようとする『京しぐさ』のようでもあり―――あるいは、『拗ねた子供』のようであった。

 

 

 

「大体ねえ、君一応アイドルなんだろう? どうしてわざわざ一人で僕の家を訪れる必要があるんだッ! アイドルが漫画家の家にやってくるなんて、『スキャンダル』を疑われたらどうするッ!!」

 

 

「……心配してくれてるの?」

 

 

「馬鹿をいうんじゃあないッ! ただ僕が疑われるのを気にしているんだ! もしこれをどこぞの安い『週刊誌』の記者なんかが嗅ぎつけてみろッ、僕の家に大勢の記者が張り込んで、仕事どころじゃなくなるのが目に見えているだろうがッ!!」

 

 

「ごめんってば~~~。それに今日の私は、()()……というか、()()があって来たんだから。 ……その、『漫画のネタ』にもなると思うし。」

 

 

 

(―――なんだ? いきなり雰囲気が変わった……。)

 

 

 

 露伴の頭から怒りの感情が抜けていき、『好奇心』で満たされていく。冷静になって、彼女の話に耳を傾ける気になってきた。

 

 

 

「……わかった。ならその『依頼』ってのを聞いてやる。僕に一体何をさせようっていうんだ?」

 

 

 パアッという効果音が付きそうなくらい、アイの表情が明るくなる。その表情に露伴は、顔にはださなかったものの驚いた。

 

 

(表情から()()()()が消えた……? 何かきっかけがあったのか? ……クソッ、どんどん知りたくなってきたじゃあないかッ!)

 

 

 こうして露伴がひそかに『好奇心』をたぎらせているのも知らず、アイは話を始めた。

 

 

 

「私ね、最近『変なもの』がぼんやりと見えるようになってきたんだ。視界の隅とかに、『ピンク色の何か』がぼんやり見えるの。」

 

 

「……オイオイオイオイオイオイ! ちょっと待て、それじゃあまるで―――!」

 

 

『スタンド』……っていう奴なんでしょ? 話は全部、『承太郎さん』から聞いてるから。」

 

 

「なっ……!!」

 

 

 

 彼女の口から飛び出した名は、露伴にとっても印象深いものだった。露伴のように、『スタンド』という特異な才能を持つ者たちにとって、『空条承太郎』という男は、絶対に敵対してはいけない最強のスタンド使いだからだ。

 

 

 露伴は『とある一件』から彼とは親交があるし、彼がスタンドを使って戦ったシーンにも遭遇したことがある。その時に見た『スタンド』の大理石を思わせる筋肉美と、それが躍動し光のような速度で拳を繰り出す光景は、彼の創作観をほとんど一変させたと言っていい。承太郎自身も様々な『奇妙な体験』や豊富な『戦闘経験』を窺わせるため、露伴は一度でいいから『取材』を敢行したいとかねてより思っていた。

 

 

 

 

「何故君がその名前を知っているっていうんだッ!?」

 

 

「……? なんか、承太郎さんはそのあたりも露伴先生なら説明しなくてもわかるって言ってたよ? 詳しい事は教えてもらえなかったけど。」

 

 

「う……。」

 

 

(今のコイツから、『嘘臭さ』は感じられない。おそらく今言った事は全て『真実』だと考えていいだろう。)

 

 

 『スタンド』『精神の発露』であると言われる。つまり、スタンド使い本体ですら知り得ない、自分の内面であるというわけだ。だからこそ、スタンド使いたちは他者に自信のスタンドが持つ能力を知られることを極端に嫌う。それは交戦になった際に不利になるというだけでなく、自分の全てをさらけ出すことと同義だからだ。

 

 

 

 

「だからさ、お願い。説明するのは難しいけど、私にスタンドは()()()()んだ。むしろ、それがあるせいで変なことに巻き込まれる方が嫌なの。だから―――!」

 

 

()()()()。いいよ。」

 

 

「っ、露伴先生!」

 

 

 

 いかにも感動したような『素振り』で、露伴を見つめるアイ。その嘘くさい視線を手を振って追い払うようにしながら、露伴はアイに指示を出した。

 

 

 

「そうと決まれば、さっさと始めよう。とりあえず適当な椅子に腰かけてくれ――――ああこら、窓の近くによるんじゃあない。そこの椅子に座れ……今カーテンを閉めるからな。」

 

 

 

 露伴の指示に従い、いそいそと立ち上がったアイを尻目に、露伴は心の中で自分の『スタンド』の名を呼んだ。

 

 

 

『―――天国への扉(ヘブンズ・ドアー)

 

 

 

「露伴先生、これでいい―――って、うわっ! そ、その先生の『隣にいる』のって……!」

 

 

「驚いたな……。こりゃどうやら『マジ』らしい。『スタンドが見えるのは、スタンド使いだけ―――』確かに君には、スタンドが発現しているらしいな。」

 

 

「……やっぱりこの、『視える』っていうのが証拠なんだ。それじゃ、やっちゃって先生! 先生のスタンド、使うんでしょ?」

 

 

「よし……なら目を閉じていろ。別に閉じなくってもいいが、歯医者で自分の口に入れられるドリルを見たがる奴はいないからな。」

 

 

 

 アイがゆっくりと目を閉じたのを確認し、露伴は『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』を発動する。スタンドのビジョンがアイの頬に指で触れた。

 

 

 次の瞬間、皮膚がパラパラとめくりあがり、アイの顔はまるで『本』のようになった。頁には、様々な文章がまるで『雑誌』のように掲載されている。

 

 

 これが岸辺露伴のスタンド、『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』の能力。人間や物体を『本』にして、その『記憶』を読むことが出来る。また本に『書き込む』ことによって、人間や物に『命令をする』ことが出来た。例えば、『岸辺露伴に攻撃できない』や『何も見えなくなって後ろに吹っ飛ぶ』のようにだ。

 

 

 つまり、承太郎がアイを露伴のところによこしたのも、それが目的なのだろう。アイに『自分はスタンドの事を忘れ、使えなくなる』とでも書き込めばいい。

 

 

 

「だがそれだけで終わるはずがない。この岸辺露伴が、こんなにも『最高のネタ』を逃すわけがないからな!」

 

 

 

 おそらくある程度は承太郎も覚悟の上だろう。もしくは、露伴の良心に期待しているのかもしれない。

 

 

 

「まずは―――そう、()()()()()()()()()()()()()を教えてもらうとするかな。『弓と矢』によるものか、それとも別の手段か……。」

 

 

 

 

 呟きながらペラペラと頁をめくる露伴の指が、あるところで止まった。

 

 

 

 

 

 なにか、赤い物がチラチラ見えるようになった。あの人に助けられてからだ。お腹の傷はあの人が傷跡も残さずに治してくれたけど、一応病院に行った方がいいのかな?

 

 

 

 

 

「あの人に、助けられた……? それにお腹の傷だと? オイオイオイオイ、何が起きたのか気になるじゃあないかッ!」

 

 

 好奇心の迸るままに、露伴は頁をめくっていく。アイがストーカーによって刺された事件と、それを助けたヒーローのような男。それから承太郎さんと出会い、全ての真相を知ったこと。

 

 

 

 

「なんてことだ……! 最高だッ!! 面白いッ!! 僕は最高のネタを掴んだぞッ!!」

 

 

 

 僕につきまとう顔のいいだけのうるさい女だと思っていたが、こいつは()()()()()()だったッ!! 「ストーカーの殺傷事件」「ジョースター家」「謎のスタンド使い」「ディオ・ブランドー」「吸血鬼の血筋」「スタンドの発現」「黄金の精神」…………!!

 

 

 

「特にこいつだッ!! この、『金色の髪をした少年』!! 傷を修復したらしいが、どんな能力なんだッ!? 何故アイのもとを訪れたんだッ!? もし襲撃されることを知っていたのなら、それはどうやって知ったんだ!? もしただの偶然だとすれば、どんな『奇妙な運命』なんだッ!?」

 

 

 

 知りたいッ!! どうしても知りたいッ!! こいつの事を、きっとアイは知っているはずだッ!!!

 

 

 

 

 

 ―――だが、そこで露伴の頁をめくる手が止まった。

 

 

 

 

「……何だ? ()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 

 

 

 露伴は、強烈な『既視感』を覚えた。確かに露伴の指は頁をめくったはずだが、その次に載っていたのは全く同じ内容だったからだ。そんなこともあるのかと思いなおし、再び頁をめくる。

 

 

 

 

「……おかしい。つ、次の頁は……ッ!!」

 

 

 

 

 何枚頁を捲っても、一向に次の頁にたどり着かない。いつの間にか頁は左側にうず高くつもり上がり、読んでいない頁の厚みを読んだ頁が上回った。その全てが、全く同じ内容の頁になっている。

 

 

 

(こ……これは()()()()()!! 何かはわからないが、これ以上踏みこむのは不味いッ!!)

 

 

 

 数多くの経験をした露伴の、『生存本能』とでも言うべきものが全力で危険信号を鳴らしていた。露伴の『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』をくらった人間は皆気を失うため、基本的には安全に記憶を読むことが出来る。だが稀に、『本』にされた後でも露伴に危害を加えられるものが存在する。そういった経験から、露伴は『引き際』というものを強く意識するようになった。

 

 

 

「何が起こっているのかはわからない……。だがこの『現象』は、例の『金色の髪の少年』に関わる情報に対して起こっているようだ。」

 

 

 

 わずかに逡巡した露伴だったが、判断は早かった。

 

 

 

「これ以上深入りするのはやめておいた方がいい……。こいつの事は後回しだな。」

 

 

 

 少年に言及されている頁を避け、露伴は再び記憶を読むのに没頭した。探しているのは『スタンドに関する情報』だ。

 

 

 

「愛を知らない上に、双子を産んだ子持ちのアイドル……読者に人気が出るかどうかはともかく、強烈な『個性』であることには違いないからな。こういう奴に、どんなスタンドが発現するのかすごく気になるッ!」

 

 

 

 露伴はスタンドがアイに発現したあたりを集中的に探し始めた。本人にスタンドの認識がなくとも、その能力は既に『魂』が知っている。それがまだ脳に届いていないから、本人が気づいていないだけだ。

 

 

 

 

「こいつは『弓と矢』ではなく、血筋によるスタンド使いだ……。それなら、子供のころからスタンドの影響がある可能性はある。」

 

 

 

 

  

 今日はお母さんに頭を叩かれた。

 

 

 

 

                    今日のご飯は普通だった。 

 

 

 

 

 

今日のご飯は中にガラスのかけらが入ってた。じゃりっとした。

 

 

 

 

 

 

「……『虐待』を受けた奴の記憶を読んだのは初めてじゃあないが、あまり気分のいいものじゃないな。まあ、漫画の資料のために『死亡事故』の死体の写真を初めて見た時ほどじゃあないがね。」

 

 

 

 ぶつぶつと呟きながら、露伴は頁をめくる。何枚か過ぎ去った後、露伴の指がはたと止まる。

 

 

 

 

 

今日は学校で男子に水をかけられた。

 

 

 

         お母さんに叩かれる夢を見た。

 

 

                  テレビを見て、皆が笑ってた。

 

 

    今日は上手く話せた。

 

 

先生に歌を褒められた。

 

 

                    夜中に目が覚めたら、枕元に大きな蜘蛛がいた。

 

 

 

 

 

「……何だ? こいつの記憶、()()()()()()()()()()()……。まるで新聞でも読んでるみたいだ。」

 

 

 

 被虐待児が、『感情表現』をあまりしない人間になるというのはよくある話だ。だがそれは、感情表現をすることで()()()()()()()()()()()()()()()()()、というのが定説らしい。決して何も感じないわけではなく、彼らが感じたことは天国への扉(ヘブンズ・ドアー)によって全て暴かれるはずなのだ。

 

 

 

 だがアイにはそれがない。これはつまり、()()()()()()()()()()()()()()という事になる。

 

 

 

 

「……違和感はあるが、ひとまず仕事を済ませることにするか。」

 

 

 

 

 露伴はペンを手に取り、『命令』を書きこむ。内容は、()()()()()()()()()()()()()()()()。』というものだ。正確には『忘れる』というよりも、『思い出せなくなる』といったほうが正しい。『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』で記憶を無くすように書き込んでも、本にされた人の『記述』は消えないからだ。

 

 

 

 

「これで良し……。さて、それじゃあ『取材』の続きを……なッ!?」

 

 

 

 

 

 

■■■■■に水をかけられた。

 

 

 

         お母■■■■■■を見た。

 

 

 

                  テレビ■■■■■■■■

 

 

 

   今■■■■■■■

 

 

先■■■■■■■

 

 

 

                    ■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ……何だッ!? この『伏字』は―――!」

 

 

 

 

 露伴がついさっきまで見ていた頁の記述が、()()()()()()()()()()()()まるで露伴に、その下に隠されたものを決して見せまいとするように。

 

 

 

「ど……どういうことだ? 『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』は心の扉を開く……。決して隠し事なんて出来ないはずだッ! もし可能性があるというのなら……。」

 

 

 

 ()()()()()()()()()。それしかありえない。

 

 

 

「クソッ……! ()()()()()()()()()()()()()()()! こいつは今気を失っているからな……。」

 

 

 

 ということは、この場に()()()()()()()()使()()()()()ということになる。それも、()()()()()()()()()()()使()()がだ。

 

 

 露伴はアイの近くから飛び退き、急いで辺りを見渡す。カーテンは閉め切ってあるため、外から中の様子をうかがうのは不可能なはずだ。それに、スタンドのビジョンも発見できない。

 

 

 

「クッ……何にせよ、ここにいるのは不味いッ!! どういう能力なのかは知らないが、僕らがここにいること自体を知られることが不味いッ!!」

 

 

 

 とにかく今は、アイをどこか見えない位置に隠すべきだ。そう思い、露伴は振り向いた。

 

 

 

 

「『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』!! 星野アイへの能力を――――ッ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――()()()。今まで椅子に座っていたはずの星野アイの姿が、()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

「なっ……何ィーーーーーッ!?」

 

 

 

 露伴が目を離していたのは、ほんの一呼吸くらいの間だったはずだった。その間に誰かが星野アイに近づくのは不可能だったはず。だというのに、彼女は姿を消している。

 

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ―――!!」

 

 

 

 極度の緊張からか、息が荒くなる。心臓が高鳴り、鼓動の音が五月蠅い。いつもの心拍よりもずっと早いペースのそれが、彼が恐れを抱いていることを突き付けてくる。

 

 

 

 ドッドッドッドッドッドッドッドッ

 

 

 

(まさか―――僕も、そうなのか? 僕も襲われて、アイのように消えるのか?)

 

 

 

 

 ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ

 

 

 

 

(敵は―――どこなんだ? どうやって襲ってきたんだ? どんな能力なんだ?)

 

 

 

 

 ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ

 

 

 

 

(ああクソッ!! さっきからうるさいんだよッ!! ()()()なら、少しは僕に黙って考えさせ―――)

 

 

 

「ハッ!」

 

 

 

 待てよ? 僕の体? 本当にそうなのか? いくら意味不明の状況に興奮状態にあるとはいえ、こんなにも『鼓動』は早く、大きくなるのか?

 

 

 

 

 

「まさかッ!! 『これ』 なのかッ!? 『能力のきっかけ』!! 『スタンドのトリガー』!!」

 

 

 

 

 

 

ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ

 

 

 

 

 

 

 

「試してみる価値は()()ッ!! ヘブンズ・ドアァーーーーーーッ!!

 

 

 

 露伴の背後の虚空から、スタンドのビジョンが飛び出す。それは腕を伸ばし、『露伴自身』に触れた。

 

 

 

「『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』で自分の記憶を読み取ることは出来ない……。()()ッ!!」

 

 

 

 露伴の前腕部がパラパラとめくりあがり、空白の頁が現れた。

 

 

 

『書き込み』をすることは可能だッ!!」

 

 

 

 

 

 自分は何も聞こえなくなる!!

 

 

 

 

()()()ぞッ……! そして現れたなッ! お前が()()()()()()()ッ!!」

 

 

 

 『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』が書き込みを完了した瞬間、露伴の耳はあらゆる音を拾わなくなった。あれほどうるさかった心拍も、鳥や蝉の鳴き声も全てが聞こえなくなり、『静寂』がその場を支配した。

 

 

 それと同時に、『()()()()()』が姿を現した。一つは、消えていたかに見えた『星野アイ』。彼女は何も変わらず、本にされたまま眠っていた。

 

 

 そしてもう一つは―――それを形容するのなら、『ハート』というのが最も近いだろう。だがよく見ると、そのハートが()()()()()()ことがわかる。『心拍』はここからきているのだろう。

 

 ハートは半分ずつに分かたれているようで、左半分は何かの『メーター』や『チューブ』など、機械を思わせるデザインになっている。右半分はピンク色の『宝石』のようになっている。『ルビー』というか、『ピンクダイヤモンド』のようだ。

 

 

 そして一際目を惹くのが、ハートの中心部に描かれた『下手くそな笑顔』だ。例えるなら、子供が太いクレヨンで描いたような笑顔のように見える。満面の笑みを描いているはずなのに、そこには不気味さを感じずにはいられない。

 

 

 デザインから本体の内面を考察することも出来るが、今はそれどころではない。じっくりと観察したい気持ちをこらえ、露伴は攻撃を続行する。

 

 

 

「お前の『本体』が何者なのかッ! それはお前自身に聞くとしようッ! 『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』!!」

 

 

 

 『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』が『ハートのスタンド』に触れた瞬間、スタンドは『本』になって自らの情報を露伴の前にさらけ出した。

 

 

 

「本体は……『星野アイ』だと!? こいつ、自分の本体を攻撃したっていうのかッ!?」

 

 

 露伴はさらに頁をめくり、スタンドの情報を蒐集する。こいつが『敵』なのかの判断をするためだ。

 

 

「スタンド名は『空白』になっている……。まだ発現したばかりのスタンドだからか? そして能力は……『心拍の音を聞かせている間、本体である星野アイの一切の情報を『隠す』』か。これが『トリック』だな。星野アイから得られる視覚的な情報を隠すことで、僕から彼女を視認できなくしたということか。だがまあ、これなら少なくとも、危害を加えられることはないだろう。能力のトリガーである『心拍』も、感知することは簡単だからな……。」

 

 

 だが未だに、わからないことがある。星野アイは『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』の能力で、気を失っているはずなのだ。だというのに、スタンドは能力を起動させた。一体何が起きたのか。

 

 

 

 その答えはすぐに見つかった。『アイのスタンド』そのものが教えてくれたからだ。

 

 

 

「どうやらこいつは、まだ完全にアイが『制御』しきれていないスタンドのようだな。スタンド使いが自分のスタンドを自覚していないとき、『ひとり歩き』することがあるとは聞いていたが……こういうことだったのかッ!」

 

「さらにこいつ、『遠隔自働操縦型のスタンド』だッ! 条件は『星野アイに何らかの危機が迫った時』……。いいッ! その点に関しては実に気に入ったよ! まるで『騎士(ナイト)』ってわけだ! だがこういうタイプは主人公にしにくいんだよなァ~~~。 自分で何かをすることを避けているわけだからな。まっ! スタンドを忘れさせてほしいなんて『逃げ』の姿勢のこいつにはピッタリかもだがね……。」

 

 

 

 初めて見るタイプのスタンド使いに興奮が隠し切れない露伴だったが、重要なことに思い当たる。アイから、このスタンドを消失させる方法がない。

 

 

「待てよ……。こいつは思ったよりも面倒だぞ。こいつから『スタンドの記憶』を消し去ってそれで終わりだと思っていたが、それじゃあこいつのスタンドが勝手に発動するのが止められないじゃあないかッ!」

 

 

 何かこのスタンドを制御するために、使えそうな『情報』はないか。そう思いながら、露伴はさらに頁をめくる。

 

 

「これは―――。」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「……ん、んん……あっ! ろ、露伴先生!」

 

 

 あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか? 『本』にされていたアイは元に戻り目を覚ました。すぐに椅子から立ち上がり、露伴の姿を探す。

 

 

 

「君にしちゃあいいタイミングだったな。ちょうど漫画が完成したところだ。」

 

「コーヒーとかいいから! そんなことより、私の『スタンド』はッ!?」

 

 

 

 当然のように自分の分だけ用意したコーヒーを啜る露伴を見つけたアイは、切羽詰まった様子で掴みかかるように話す。露伴はそんな彼女の眼前に、つい先ほど完成した『スケッチ』を突き付けた。

 

 

 ―――()()()()()()()()()()()()()()、『()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「――――ッ。」

 

 

「……出したな。振り返ってみるといい。そいつが君の『スタンド』だ。」

 

 

 

 言われるがままに振り返ったアイは、ひゅっと小さく息を漏らす。今まではぼんやりとしか見えなかった『それ』が、今ははっきりとした形を伴って目の前に現れたからだ。

 

 

 

「……なんで?」

 

 

「オイオイ、わかりきったことを聞くんじゃあない。僕ほどの漫画家が描いたスケッチならば、『像』を脳内で描かせることなんて朝飯前だ。スケッチを見た瞬間、君の脳がその『(ビジョン)』を強く意識したことではっきり見えるようになったんだろうさ。」

 

 

「そういうことじゃなくて!! なんで、なんでこれは消えてないのッ!? それどころか前より、ずっとずっとはっきり見える!!」

 

 

 

 

 半狂乱になるアイの激情を反映したのか、アイの背後のスタンドが再びドクンドクンと脈動を始める。しかしそれにまったくひるむことなく、露伴は口を開いた。

 

 

 

 

「僕がそいつを消さなかった理由は『()()』ある。一つはそいつが、『自動的に発動する』スタンドだからだ。」

 

「スタンドってのは脳の記憶じゃあなく、『魂』に刻み込まれたものだ。『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』でスタンドを使えないようにすることは出来るが、自動で発動するスタンドに対しては手が出せない。仮に『能動的に発動させる必要がある』なら、スタンドに関する記憶を全て失わせるとか、やりようはあったがね……。」

 

 

 

「……。」

 

 

 

「だが重要なのは『もう一つ』の理由の方だ。僕はそれを見た時……ありきたりな表現だがグッと来たッ!そしてそいつに『敬意』を抱いたッ! だからこれを見せるんだ。そこの君のスタンドに免じて、漫画として公開される前にね……。」

 

 

 

 露伴が差し出したのは、『写真の束』だった。アイはそれをほとんど無意識的に受け取ると、両手に持って中身を見る。

 

 

 

 それは『本にされたアイの頁の写真』だった。アイは知らないことだが、『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』によって本にされた人間の頁は破りとって紙として扱うことが出来る。それによって相手は身体的なダメージは負わないが、『異常なほど体重が減少する』うえ、『その頁に書かれた記憶を失う』というデメリットがあった。無駄にアイに負担を負わせると後で承太郎に睨まれる可能性があるため、露伴はわざわざこんな面倒な方法をとったのである。

 

 

 

 だが、これは驚異的なことでもあった。露伴が単純に、『他者のためだけに行動した』のだ。

 

 

 

「読んでみろ。それが君の傍に立つ者(スタンド)だ。」 

 

 

 

 言われるがまま、アイは写真の中の文章に目を落とした。自分でもわからなかった、『本当の自分』がそこにあった。

 

 

 

『痛い』『苦しい』『怖い』……。な、なにこれ。なんで、こんな……。」

 

 

「―――そう、そのスタンドが抱えている『記憶』は負の感情ばかりだ。なにせそいつ自身には、『能力』が効かないんでな。」

 

 

「え―――?」

 

 

「それが君の、()()()()()()本心だ。そばでずっと見ていた、お前のスタンドによって隠された本心だ。 ……もっとも、スタンドが完全に覚醒していたわけではなかったから、負の感情以外のものも隠されてしまったみたいだがね。」

 

 

「そいつは今までずっと、君の傍で君の感情を隠し続けてきた。大きすぎるダメージを負って、心が壊れないように。」

 

 

「……。」

 

 

 

 アイは自分のスタンドの顔を見つめ返した。歪な笑顔と瞳からは、何の感情も読み取れなかった。だがそれでも、これはずっと自分を守ってきたのだ。

 

 

 

(―――私、こんな顔してたんだ。こんなに下手くそで、壊れそうな笑顔―――。)

 

 

 

 

「……僕ならば『スタンドがボロボロになって二度と使えなくなる』とでも書き込むことは出来る。だがそれだと精神が壊れて『廃人』になりかねないからな。」

 

 

「それに君ィ、忘れたわけじゃあないだろうな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことを。」

 

 

 露伴はアイの背後に浮かぶ、『アイのスタンド』を指さした。

 

 

「それが今、()()()()()()()()()()()ってやつじゃないのか?」

 

 

 

 ()()()()()()()()というのは、いつなのだろうか。身長が伸びること、人格が成熟することなどは『成長』と呼べるだろうが、それらには共通する『タイミング』がある。

 

 

 それは、()()()()()()()()()()である。アイ自身にその自覚があったのかどうかは定かではないが、その点では彼女は間違いなく成長した。

 

 

 

「―――『名前』。」

 

 

「何?」

 

 

「この―――スタンドの名前。何て言うの?」

 

 

 

 振り返って露伴を見るアイ。その瞳に、露伴は一種の『覚悟』を見たと思った。暗闇の荒野に、自らが進むべき道を切り開いていく『開拓者』の目をしていた。

 

 

 

「今のところ、そいつにはっきりした名前はない。まあ君が名付けていないんだから当然だがね。 ……これはほんの雑学だが、スタンドの名前ってのは洋楽からとったりすることが多いそうだ。」

 

 

「……そっか。」

 

 

「なら、決めた! この子の名前は、『LOVEマシーン』!! なんか機械っぽいし、なんかハートだし!」

 

 

 

 アイはここに来てから初めて、屈託のない笑みを浮かべた。どこも欠けているところのない、満月のように輝く笑顔だった。

 

 

 

(―――こいつのこんな風な笑顔を見たのは、これで()()()か。)

 

 

 

 やっぱり、なかなかいい表情をするじゃあないか。そう思いながら露伴は、すっかり冷めてしまった珈琲を一息に飲み干し、キッチンへ歩いて行く。サイフォンを手に取る前に、棚から()()()()()()()()を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「これで終わりなのか、だって? そんなわけがないだろう。なにせ彼女は、あの『星の一族』の血を引いてるんだぜ? むしろここまでは『プロローグ』で、ここからが『始まり』なんだ。」

 

 

「その証拠に、まだ『北風』は微塵も登場していないしな。彼女がこれからどんな『運命』に遭遇し、それを乗り越えていくのか……。それはまだ知りようのないことだが、少なくとも一つ、()()()()()()()()()()()がある。ここからはそれを聞いてもらおうじゃないか。」

 

 

「君にも珈琲を入れてあげよう。なに、君と僕の仲だし……君は客だからな。」

 

 

「アイに()()()()()()()()()()()? ハッ、そんなもの……珈琲一杯であんなに『恰好のネタ』の機嫌をとれるなら、安いものだからねェ。」

 

 

 

 機嫌よくサイフォンを傾ける露伴の背中を見ながら、あなたは思う。露伴は自分勝手な人間で、天邪鬼なひねくれ屋でもある。だが同時に、彼は一種の『誠実さ』も持ち合わせている。露伴が感動するような何かを提供してくれた人間には、必ず恩を返して報いる。

 

 

 

 

 会ったことはないが―――彼女は、そう、()()()()()()()なんだろう。顔だけはよく知る彼女に思いを馳せながら、あなたは漂ってくる珈琲の香りを楽しんだ。

 

 

 

 

 








 アイのスタンド名はYOASOBIの『アイドル』と最後まで悩みましたが、彼女が『本物の愛』を求めていることと、アイドルグループの始祖とも言える『モーニング娘。』の楽曲ということで、『Loveマシーン』とさせていただきました。

 歌詞は使ってないのでJASRACに引っかかるかどうか謎ですが、お目こぼしください。
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