ジョジョの奇妙な冒険×推しの子   |黄金を継ぐ者《イレーデ・デ・ローロ》   作:春雨シオン

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「キリのいいところまで書く」「次回への引きも作る」両方やらなくっちゃあならないってのが、作者の辛いとこだな。(謝罪の)覚悟はいいか?俺は出来てる。


というわけで投稿遅れ+長文で失礼します。返信は出来ていませんが、毎回の感想は本当に励みになっています。この場で感謝をお伝えさせていただきました。


水淵神社 ―――その2―――

  ―――『振り返ってはいけない小道』という場所がある。知る人ぞ知る、杜王町の隠れスポットである。この話を聞いた諸君が興味本位で訪れることのないよう場所は伏すが、スマホのマップや最新版の地図にも記されていない道なので、そういった心配をする必要はないかもしれない。

 

 

 とにかく、地図に記されていない道があり、そこには一つのルールがある。それが『決して振り返ってはいけない』ということだ。

 

 

 もし振り返れば、『あの世』に連れていかれる。たとえ強大な能力を持っていようが、肉体を持たないスタンドそのものであろうが、そこに区別はない。露伴はその場所を、『あの世とこの世の境目のようなもの』と解釈し、決して近づこうとはしなかった。

 

 

 

 そこには、『杉本鈴美』という少女の『幽霊』がいた。

 

 

 

 岸辺露伴は子供の頃、彼女に命を救われたことがある。幼かった彼は自分の心を守るためか、そのことをつい最近まで忘れ、今まで生きてきた。露伴自身がその小道に迷い込み、彼女と邂逅するまでは。

 

 それから露伴は、彼女を殺した『殺人鬼』を追い始めた。そうし始めた理由は、彼にもよくわからない。自分の住む町に殺人犯が潜んでいるというのが気に入らなかったのか、それともただ単にそいつに興味が湧いたのか。ひょっとすると、彼女の仇を討とうとしたのかもしれない。

 

 

 その問いにはっきりした答えは見つからなかった。だが仲間たちと共に殺人鬼を倒し、安心しきった顔で旅立つ彼女の笑顔と言葉は、温かい『思い出』として露伴の心の隅に置いておかれていた。

 

 

 

 だからこそ、露伴は目の前の彼女が信じられなかった。もうこの世に何の未練もないはずの、家族の待つ場所へ向かったはずの彼女がここにいるのは明らかにおかしいことだからだ。

 

 

 

 

「お……お前……何故ここにいるんだッ!?」

 

 

「あら、ずいぶんな言いぐさね。さっきも言ったけど、あなたに会いに来たの。だって露伴ちゃん、あなたがここに来て、私がここに現れたってことは、あなたがあたしに会いたいって思ったってことだから。」

 

 

「……。」

 

 

 

(いや……そんなわけがないッ! そもそも奴が、本物の『杉本鈴美』かどうかもわからないんだからなッ!)

 

 

 

「それで……」

 

 

「『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』!!」

 

 

 

 露伴は初めて彼女に会った時のように、再びスタンドを打ちこみ彼女を本に変えた。例え幽霊であろうと、彼のスタンドから逃れることは出来ない。むしろ『心』『感性』といったものがあるため、動物や無機物を本に変えるよりも遥かに簡単なことだった。

 

 

 彼女がへたり込むが、幽霊であるためその体に触れることは出来ない。『本』になったところは実体化しているため、露伴はその頁をつまみ捲っていく。

 

 

 

「こいつの記憶から真実を掴めるといいが……せめて、ここにやってきた『手段』くらいははっきりさせておかないとな。おっと、だがその前に……。」

 

 

 露伴はペンを取り出し、素早く頁の空白に文章を書きこんでいく。

 

 

 

 岸辺露伴を攻撃できない

 

 

 

「……彼女が僕に対して危害を加えるとは思わないが、それでも念のための安全装置(セーフティロック)をつけさせてもらおう。さあ、それじゃあ見せてもらうとするか。」

 

 

 

 森はまだ日も高く、鳥の鳴き声もあまり聞こえない。シーズンではないから蝉の声もしない。そんな静寂の森の中、露伴の頁を捲る音だけが静かに響いていた。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ここ……ど、どこ……?」

 

 

 ルビーは不安げに周囲を見回した。さっきまでしっかりと握っていたはずの手は解かれ、兄であるアクアマリンの姿はどこにもなかった。それでも彼が言っていたことを思い出し、子供ケータイのGPSアプリを起動し、アイのスマホを探した。

 

 

 

「電波が悪いの……? お願いだから早く見つけてよ……!」

 

 

 普段なら大して気にもならない数分の時間が、今の彼女にはひどくじれったく感じられた。不可解な現象とひとりぼっちという状況が、彼女をひどく焦らせた。

 

 

 

「―――ちゃん。」

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 弾かれたように顔を上げる。彼女の小さな人間関係の輪の中で、最も大切な人の声だったからだ。聞き間違えるはずもない。この耳が覚えていなくても、その魂が覚えていた。

 

 

 

「……せん、せ?」

 

 

「さりなちゃん。よくもまあ、こんなところまで来たもんだな。」

 

 

 

 けだるげな声と、それに輪をかけてぶっきらぼうな口調。アイロンをかける暇もないほど忙しいのか、ヨレヨレの白衣。ルビーの前世である『天童寺さりな』の主治医であった、『雨宮ゴロー』が木の陰から姿を現した。

 

 

 

「な、なんで……何でせんせがここにいるの!?」

 

 

「何でって……さりなちゃんが呼んだんだろ? さりなちゃんが会いたいって思ってたから、ここの神社の神様が連れてきてくれたんだ。さあ、早く行こう。あっちの方で皆待ってるぞ。」

 

 

「う……うん……! 行こう、せんせ!」

 

 

 山の中、消えた二人、ひとりぼっち。様々な要素がルビーを不安にさせ、そうして判断力を鈍らせた。疑わしい点はいくらでもある『彼』を、本物の『せんせ』だと信じ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 ―――君たちの前には、明るい道がある。光の指す方へ歩くんだ。

 

 

 

 

 

 

「―――。」

 

 

 

 はたと、足が止まった。ルビーの足元からは影がゴローの方へ伸びていき、彼の足元を覆い隠していた。

 

 

 

「さりなちゃん?」

 

 

 

 怪訝そうな表情をしたゴローをもう一度見る。眼鏡の奥の瞳は、記憶の中より黒ずんで見えた。

 

 

 

 

「……違う。違うよ、せんせ。そっちは()()()()()じゃない。」

 

 

「何言ってるんだ? 早く行かないと、アイたちに置いて行かれちまうぞ。」

 

 

 一度疑念を持ってしまうと、間欠泉から噴き出す水のように止まらなくなる。ルビーは後ずさりしながら震える人差し指をゴローに向ける。

 

 

 

「おかしい……。おかしいよ! だってせんせ、山に来るのになんでそんなカッコなの!? 白衣だし、革靴だし……靴に泥の一つもついてない!」

 

 

「……。」

 

 

「そ、それになんで、アイのところに行こうって言ってくるの!? せんせの知ってる私のママは、天童寺さりなのママで……!」

 

 

「……。」

 

 

「……そもそも私、今の私は『天童寺さりな』じゃない。私は『星野ルビー』だもん。」

 

 

 

 

 ゴローの顔から表情が失われていく。……というよりも、『生気』が失われていくかのようだ。そうして完全に表情が(ゼロ)になったかと思えば、ゴローの口角がピクリと上がる。

 

 

 

 

「かしこい、かしこい。」

 

 

「―――ヒッ。」

 

 

 

 

 ルビーの喉から小さく声が漏れる。ゴローの声が、あまりにも冷たいものだったからだ。少しの温かみもない、それでいて冷たいわけでもない。その声は完全に『無』であったし、そういう声がゴローから発されたことがショックだった。

 

 

 

 

「かしこい、かしこい。」

 

 

「こ……こないで! 近づかないで!!」

 

 

「かしこい、かしこい。」

 

 

「―――ッ。」

 

 

 

 ルビーは震える足に力を込め、逆方向に走り出した。背後から落ちた木の枝なんかを踏み砕きながら近づいてくる足音が聞こえてきて、それが彼女の恐怖を加速させる。何故追ってくるのかは見当もつかないが、それでも捕まるのは絶対にまずいと思った。

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァッ……!!」

 

 

 

 体がぼうっと熱くなり、足が自分のものじゃないみたいに重くなっていく。前世から走るということと縁がなかった。彼女の体はほとんどベッドから動かせなかったから。転生した今の体もまだ5歳に満たないくらいで、頭はともかく体がまったくついて行かない。大人の体で本気で追いかけられれば、彼女はすぐに追いつかれてしまう。

 

 

 

 だから、叫んだ。ほんのわずかな希望をこめて、太陽の光の方に向けて助けを呼んだ。

 

 

 

「助け……ゲホッ、助けてッ!! ママ、ママッ!!」

 

 

「かしこい、かしこい。」

 

 

「助けてッ!! 助けて……!! 助けて、()()()!!!」

 

 

 

 

 どこかから、確かな『心拍音』が聞こえてきた気がした。私はまったく気づかないうちに、何かから引っ張られるように茂みの中に引き摺りこまれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメだ。こいつの記憶は、以前読んだものと何も変化が見られない。何の情報も増えないな。」

 

 

「……待て、()()()()()()()? 少なくともあれから仗助たちが『重ちー』と呼んでいた少年の死を見たはずだし、他にも体験をしたはずなのにか?」

 

 

 

 違和感から何かあることを嗅ぎつけた露伴は、頁を昔へ昔へと遡っていく。たとえ生まれたばかりの赤ん坊でも、音や熱を体験したのならそれは記憶として残り記録される。露伴は以前記憶を読んだ際に、そういう場所には触れなかったはずだった。

 

 

 

「やっぱりだ……! こいつの記憶の始まりは、僕が()()()()()()()()最古の記憶だッ! あの時読まなかった記憶は、こいつの中に残されていないッ!!」

 

 

「つまりこの杉本鈴美は、()()()()()()()!! 恐らくは僕の記憶から()()()()何かだッ!」

 

 

 

 この時点で露伴はこの怪異の―――あるいはスタンドの能力をつかみつつあった。おそらくは条件を満たした人間の記憶から、最も会いたがっているであろう人間の虚像を創り出し、それと交流させるというのが、こいつの性質なのだろう。

 

 

 

「だが、それに何の意味があるって言うんだ……?」

 

 

 

 偽物の杉本鈴美と交流したことで、露伴が何か影響を受けたところはない。『攻撃できない』という命令も書き込んでいるため、少なくとも危害を加えられることはないはずだ。

 

 

 

「……ひとまず、こいつから得られる情報はこれ以上ないな。能力を解除して……そうだな、やはり神社に戻って鳥居なんかを調べてみるとしよう。」

 

 

 

 能力を解除され、目覚めつつある杉本鈴美に背を向けて露伴は歩き出した。小さなうめき声と、誰かが立ち上がる音は気のせいだと思いこむようにした。

 

 

 

「露伴ちゃん。ねえ、どこに行こうとしてるの?」

 

 

「……。」

 

 

「あっあー♪ わかっちゃったー! 露伴ちゃん、照れてるんでしょ? 昔はもっと素直でカワイイ子だったのに、大人になったらすっかりひねくれちゃって。まあでも、優しいところは昔からずっと変わらないけどね。」

 

 

「……!」

 

 

「……ねぇ、どうして返事してくれないの?」

 

 

「ッ、ヘブンズ・ドアーッ!!」

 

 

 

 振り向きざまに能力を使い、露伴は杉本鈴美を再び本にした。スタンドの指先は彼女の空白に新たな命令を書き込んでいく。この上なく寂しそうな声を漏らしていた鈴美も、すぐに言葉を発さなくなる。

 

 

 

 明日の明け方まで目覚めなくなる

 

 

 

 頁がゆっくりと閉じ、命令が実行される。杉本鈴美は木に寄りかかるような態勢で、瞳を閉じて眠りについた。露伴は今度こそ振り向くことなく、歩みを進めた。

 

 

 

「この『敵』……何のつもりかは知らないが、必ず『再起不能』にしてやるからな。人のプライベートをズカズカと覗き込みやがった報いを受けさせてやる。」

 

 

 

 スマホのマップを開いてみると、現在地点は神社からそう離れてはいない。舗装されていない山道であることを考慮しても、10分もあれば到着できるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 私の頭の中はもう、トムとジェリーが追いかけっこした後の部屋みたいになっていた。いきなり目の前にゴローせんせが現れたと思ったら、そのせんせが偽物で、その偽物に追いかけられたと思ったら、茂みに引きずり込まれた。とにかくパニックになって、手足を振り回して抵抗する。

 

 

 

「離して、離してよ!!」

 

 

 

「落ち着け、ルビー! 俺だ、()()()だ!」

 

 

「大丈夫ルビー!? どこも怪我してない!?」

 

 

「え……?」

 

 

 

 無我夢中で暴れてた体が、その声を聞いた瞬間ピタリと止まった。瞼を上げれば、アクアとママが私の顔を心配そうにのぞき込んでいた。

 

 

 

「マ……!」

 

 

 ママ、と叫んで抱き着きたい気持ちをギリギリで我慢して、二人のことを頭のてっぺんからつま先までしっかり観察する。今日ここまで着てきた服装、靴にはちゃんと泥がついているし、よく見るとアクアもママも息を切らしてる。

 

 

 

「……B小町のデビュー曲を収録したスタジオの名前は?」

 

 

「Moonbow music!」

 

 

「星野アクアマリンが最後におねしょをした日は?」

 

 

「おい。」

 

「……? 一回もおねしょなんてしたことないでしょ? ルビーもしたことない。」

 

 

 

 本物だ! こんなプライベートなこと知ってるのは、本物の二人しかありえない!

 

 

 

「ママ! よかった、こわか、こわかった!!」

 

 

「うん……! うん! よく頑張ったねルビー!」

 

 

 

 胸の中に飛び込んで暖かさに包まれると、もうこらえきれなくなって次から次に涙が流れだしてくる。ママもしっかり抱きしめ返してくれて、それがどうしようもないくらい嬉しくて声を上げて泣いた。そうやっていると、やっと心が落ち着いてくる。

 

 

 

「……もう大丈夫? 本当ならもう少しこうしててあげたいけど、多分ここはすごく危ない……! 早く露伴先生と合流して逃げないと……。」

 

 

「ッ、そうだ! あいつ、私のせいであいつに見つかるかもしれない!!」

 

 

「お前の言ってるのは多分、『偽物』のことだろうが、今のところ大丈夫だ。アイの『能力』のおかげでな。」

 

 

 

 ママは頷いて、私たち二人の頭を撫でてくれた。

 

 

 

「露伴先生から聞いたんだけどね、私の能力は『自分を誰にも感じさせなくすること』。アクアとルビーは私の一部みたいなものだと思ってるから、きっと二人も『隠せてる』はずだと思う……。それが本当に出来てるかどうかはわからないけど、私はそういう『確信』がある。」

 

 

「俺も偽物に追われてる時、アイにこうやって助けられた。親だからなのか、血統からなのか―――とにかくアイには俺たちの位置がなんとなく感じられてたみたいだ。それで俺を見つけて、『能力』で逃がしてくれた。多分アイと一緒にいる限り、あいつらに気づかれることはないはずだ。」

 

 

 

 私はジョルノが能力を使うところを見てるから、その説明はあっさりと飲み込めた。それがママの能力だっていうのならなおさらだ。ママは両手で私たちの手をそれぞれ繋ぎながら、迷いのない足取りでずんずん歩いて行く。

 

 

 

「この山を下りるなら、露伴先生も一緒じゃないときっと駄目な気がする……! あの人をここに連れてきたのは私なわけだし、危険な目にあってるなら助けなきゃだし……!」

 

 

「だから、今から二人を安全なところまで連れて行く。麓までは流石に降りられないけど、途中にあった山小屋まで。あそこに入ったら、絶対に出ちゃダメだからね。」

 

 

「……うん!」

 

 

 

 力強く頷いたけど、本当はすごく怖い。ママと離れ離れになるっていうのも怖いし、ママがもう一回山の中に入るっていうのも怖い。でも何故か、それを止めようって気にはまったくならなかった。というより、なれなかった。

 

 

 ママの口ぶりには何というか、『説得力』があった。この人の言う事がきっと正しいんだっていう気分に不思議となった。後から知ったことだけど、これは『カリスマ』っていう人を惹きつけ、自然に従いたくなるようにさせる素養らしい。

 

 

 アクアはどう思ってるんだろうと思って顔を見たら、すごく不安そうだ。だけどなんだか、それだけじゃない気がする。私が声をかける前に、口を開いてアクアは言った。

 

 

「……俺も、本当なら行ってほしくはない。でもアイの助けになりたいって鳥居をくぐったのにこのザマだ。助けるどころか助けられた。 ……だから、今度は邪魔だけはしないように大人しくしてるさ。」

 

 

 ……聞かなきゃよかった。全くの役立たずだったのは私も同じだ。何ならここに来たのだって間違いだったような気さえしてくる。

 

 

「……うぅん、そんなことない。そんなことないんだよ、二人とも。」

 

 

「あ……。」

 

 

 また、抱き締められた。少し横に視線を向ければ、アクアも同じようにされているのが見えた。

 

 

「ホントはね、私ももう一回山に入るっていうのは、足が震えるほど怖いんだ。でもここで逃げるのは、絶対に違うって思う。特に二人の前でそういう『間違ったことをする』のは絶対にダメだって思えるし、そういうことを思えるようになった()()()()()()んだ。」

 

 

「笑っちゃうよね、周りの人の顔も覚えられなかった子供みたいな私がさ、今はこんな―――誰かのために動けるんだ。二人が生まれてきてくれたから、私はきっと成長できたんだと思う。」

 

 

「だから、『自分たちがいらない』なんて悲しいこと、思わないで。私はきっと、上手くやれるから。二人のおかげで大きくなった私はきっと、誰にも負けないから。」

 

 

 

 何の根拠もないその言葉が、私にはどうしようもないくらい頼もしく思えた。この感覚、あの日に似てるんだ。ジョルノと話した、あの夕暮れの日に――――。

 

 

 

 

「だから、信じて待っててね。大丈夫、露伴先生を抱えてでも連れてきちゃうから!」

 

 

 

 アイは心の中で、そいつの名を唱えた。つい最近名付けられたばかりの、『スタンド』の名前を。

 

 

 

(―――『LOVEマシーン』。)

 

 

 

 

 アイの背後に現れたそいつは脈動を始め、アイの姿を周囲から隠した。だがそれ故に、アイ自身気づけなかった。彼女のスタンドの『機械の部分』に、小さく()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 露伴は、再び水渕神社に戻ってきていた。注意深く、鳥居には近づかないように回り込みながら、小さな本殿に近づき、その扉を開けた。

 

 

「チッ、鬱陶しい蜘蛛の巣だな……。誰も手入れをしてないのか?」

 

 

 

 参拝している時は気づかなかったが、こうして近づいてみるとかなり蜘蛛の巣が張っている。誰にも手入れをされていないということなのだろう。

 

 

「―――確か、通常通りの参拝の手順をこなしてから、最後に道の真ん中を通って鳥居をくぐるんだったな。」

 

 

「つまり最後の最後で、『禁忌』を犯すことによって特異現象が起こったわけだ。ならば―――」

 

 

 露伴は独り言を中断し、お堂の扉に手をかける。

 

 

「この本殿の中にある『神殿』―――ここに『ご神体』が納められているはずだが、これを開けるとどうなる?」

 

 

 露伴は念のため、『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』を出した状態にしながら神殿の扉に手をかけた。もしも中から何かが飛び出してきても、すぐさまスタンドの攻撃が可能なようにだ。

 

 

 そして、神殿の扉がゆっくりと開かれた。だが次の瞬間、露伴は思わず飛び退いた。

 

 

 

「うっ、うおおおおおおおッ!? こ、これはッ! この()()()()はッ!!」

 

 

 

 神殿の扉を開いた瞬間、大量の蜘蛛が露伴に向かって飛び掛かった。露伴はスタンドを出していたことも忘れ、必死にそれを手で払う。

 

 

 

(な……なんだッ!? こいつら、はたき落としてもはたき落としても、次から次に飛び掛かってくるッ!)

 

 

 いつの間にか露伴の体に糸をくっつけていたのか、まるで空を飛んでいるかのように動き回りながらまとわりついてくる。それらが何か攻撃をしてくるわけではないが、それでも不快なことに変わりはない。

 

 

 

(クソッ……!! とにかくここの本殿から出るのが先か……!!)

 

 

 

 そう思いながら、露伴は本殿から飛び出した。ただ単に、大量の蜘蛛が鬱陶しかっただけではない。まるで何かに指示されているかのように自分に向かってくるそれに、例えようのない不気味さを覚えたからだ。

 

 

 だが、その焦りが致命的だった。

 

 

 

「うぐえっ!? な、なんだ……!? う、()()()()ッ!?」

 

 

 

 露伴の体は何かに拘束されたように、一歩も動けなくなる。それどころか勝手に腕が動き、ちょうどミイラのように両腕を体の前で組まされる。

 

 

 

「これは……ッ!? い、『糸』かッ!?」

 

 

 目を凝らしてみると、露伴の手の甲から細いキラキラした糸が見える。これを何か強い力で引っ張られたため、露伴の体は強制的に動かされたということなのだろう。混乱しているうちにグルグルと糸が巻き付けられ、露伴の体をより強固に拘束する。

 

 

(出口に……! 糸の罠を仕掛けられていたッ!! 神殿から飛び出してきた蜘蛛どもに気を取られて気が付かなかったッ!!)

 

 

 

「い……いや……というよりも……ッ!」

 

 

 

 露伴を縛る糸に、ほんのわずかにだが振動が伝わってくる。その振動は一つの答えを露伴にもたらした。この糸を伝って、何かが近づいてくるということをだ。

 

 

 

「なん……だって……ッ!? こ、この蜘蛛どもの親玉っていうのか? こんなッ! こんな()()()()()()ッ!! この世界に存在するっていうのか!」

 

 

 

 それは、一目見ただけで露伴の全身を総毛立たせた。ぎょろぎょろと動く巨大な8つの瞳に、生物というよりも緻密に計算されたロボットのような足の動き。そして腹部にびっしりと生えた剛毛は刈り揃えられていない夏の庭のようで、いちいち不快感を増幅させる。

 

 

 だが露伴は、ただ単に恐怖を感じただけではない。杜王町での一連の事件や、プライベートの奇妙な体験は露伴を漫画家としても、スタンド使いとしても成長させた。

 

 

 

(体は動かせないが、スタンドはまだどうにか動けるッ! 射程距離に入った瞬間、即! 『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』を叩き込んでやる……!)

 

 

 

 露伴の能力は一対一のよーいドンで戦うのならば、近距離パワータイプにも引けを取らないものだと自負している。近距離パワータイプのスタンドは人間を遥かに超越したパワーやスピードを持つものの、引き換えに本体から離れて動ける射程距離が短いという欠点がある。ほとんどは1~2メートル、動けても5メートルがせいぜいだ。

 

 対して露伴の『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』は『相手を本に変える』という決まれば一発で勝負が決まる強力な能力を持ちながら、射程距離はおよそ15メートルほどもある。その代わりスタンド自体に破壊力はほとんどないため、人間相手に特化した能力と言えた。

 

 

 

(だがッ! 今の僕は『無機物』すら本に変えられる……! 例えバカみたいなサイズだろうと、蜘蛛相手に能力を使うのは造作もないことだッ!)

 

 

 

 露伴はそう思いながら、ゆっくりと探るように近づいてくる大蜘蛛をにらみつける。ゆっくりとだが確実に近づいてくるそいつは、ほどなくして露伴の射程距離に入った。

 

 

 

 

「ヘブンズ・ドアァァーーーッ!! そいつを本に変えろォォーーーッッ!!」

 

 

 

 虚空から突然飛び出したスタンドが、その指先で蜘蛛の体に触れた瞬間、体に切れ込みが入ったかと思うと、紙状になった中身が転げ落ちてくる。

 

 

 

(な、何だこの形状は……!? 『巻物』ッ!? こんなのは初めて見る!)

 

 

 

 動揺しつつも、素早く『岸辺露伴に攻撃できない』と命令を書き込み、露伴はスタンドに巻物を取らせ、眼前まで持ってこさせた。体が拘束されていることよりも、彼は好奇心を優先したわけだ。

 

 

 

「こいつの正体は、この神社に祀られていた『神』そのもの……ッ! だが何の要因か、『賢淵』という妖怪と同一視されるようになり変質……オイオイオイオイ、どういうシステムなんだッそれはッ!!」

 

 

「こいつに対する興味がッ! 湧き水みたいにこんこんと湧いてきたぞ……ッ! だが神というのがなァ~~~ッ!! つい最近『神』のせいでエライ目にあったわけだし……。」

 

 

 

 あの日のことが自然と思い起こされ、露伴はつい身震いをした。この神は例の『筋肉の神』のようなビッグネームではないだろうが、それでも面倒なことになりそうな予感だけはプンプンする。

 

 

 そしてその、好奇心と警戒心との間での葛藤が命とりだった。露伴は拘束された時点で、何が何でもそこから脱出するべきだったし、まして()()()使()()()()()()()()()()』。

 

 

 

 

「―――――かしこい、かしこい。」

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

(何だ? 何が今、しゃべったんだ?)

 

 

 

 反射的に顔を上げた露伴の目に映ったのは、本にされているはずの大蜘蛛の口元がゆっくりと動いたところだ。蜘蛛に発声器官などあるはずもないのに、声はその蜘蛛が発したものだと確信させるスゴ味があった。

 

 

 

「うわごと……の、ようなものか? とにかくコイツから情報を得なくては……。」

 

 

 

 心の中に気味悪さを抱えながらだが、露伴は巻物に目を通していく。紙面の上を滑るその視線が、ある記述のところで止まった。

 

 

 

 

 

 

        神には、供物が必要だ

 

 

 

 

 

                         供物は特別であればあるほどよい

 

 

 

 

 

 

 

  特別な才能を持った人間は、我が供物にふさわしいだろう

 

 

 

 

 

 

 

          それが若く、美しい娘であるならばなおのことよい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く……供物、だと? こいつ、僕のことを供え物扱いしてるってのか?」

 

 

 

 いくら『安全装置』がかかっていると言っても、流石に動揺を隠せなかった。ごくりと音をたてて生唾を呑み込み、『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』は巻物を取り落とした。

 

 

 

「ひとまず、この拘束から抜け出すとするか。『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』!」

 

 

 

 スタンドの指先が露伴を拘束する糸の束に触れ、バラバラと紙状にしていく。蜘蛛の糸は髪の毛一本ほどの太さがあれば人間をも支えられる強度があるというが、能力によって紙にされた今ならその限りではない。鬱陶しそうにビリビリと引きちぎり、露伴は自由になった体をあれこれ動かしてみた。

 

 

 

「ふう……ちょいとばかしビビったが、この露伴の敵じゃあないな。所詮蜘蛛如きが僕に勝とうだなんて、100年は早いと思うねッ!」

 

 

「―――()()()()()()()()?」

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 自分の背後で聞こえてきた声に対し、露伴は考えるよりも先に体を動かしていた。振り向きざまにスタンドを叩き込むつもりだった。

 

 

 

 

「フン……二度ハナイッ!!」

 

 

 

 あっという間に露伴の腕は糸に巻き取られ、ギプスのように固定される。それどころか、体も一瞬で簀巻きにされ、動けなくなった露伴は地面に転がされ無様なうめき声をあげてしまう。

 

 

 

「うげえっ! こ……こいつッ! この蜘蛛はッ! 僕に何の攻撃も出来ないはずなのにッ!!」

 

 

 

 露伴は自分を見下ろす8つの目を凝視するが、そこから何の表情も感情も読み取ることが出来ない。人間相手ならこうはいかなかっただろうが、蜘蛛相手にその人物眼は役に立たなかった。

 

 

 

「アア……コノ『命令』ノコトカ?」

 

 

 

 大蜘蛛が余裕綽々といった態度で自らの体から伸びる紙を一つの足で掲げて露伴に見せつける。『岸辺露伴に攻撃できない』という命令文が記された部分だ。

 

 

 

「なん……だって……ッ!?」

 

 

 

 だが、その文字は水にでも浸かったかのように浮かび上がり、そして溶けるように消えた。命令文が消えた以上、それが作用するはずもない。

 

 

 

「……ッ!」

 

 

「私ト貴様ノ能力ハヨク似テイルト思ワナイカ? ドチラモ『記憶』ガ鍵ニナッテイル……。モットモ、私ハタダ人間ノ記憶ヲ元ニ恩人ヲ再現スルダケダッタガナ……。」

 

 

 

 『記憶』が鍵……。同じタイプの能力……。

 

 

 

「ま、まさか……貴様ッ!! 僕の『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』の能力にッ! ()()してきたっていうのかッ!?」

 

 

「オ、おお……。いいぞ、露伴ッ! お前が私の能力を看破したことでッ! 『ストーリー』は更に先に進んだッ!! おかげで私もまた一つ、『成長』することが出来たッ!! もう流暢にお前たちの言葉を喋れるぞッ!!」

 

 

「なにィィィィーーーーーッ!?」

 

 

 

(こ、こいつッ!! 言葉通り、成長しているッ!! 何が要因かは知らないが、明らかに何かが変わったッ! それどころか、一回り大きくなったようにさえ見えるッ!!)

 

 

 

 露伴は相変わらず大蜘蛛の眼球に見据えられていたためか、その瞳からわずかばかりの感情を読み取れた。それは、『喜色』。ベストタイムを更新したランナーのように、大蜘蛛は自分の成長を喜んでいた。

 

 

 

「やはり人間はいい……! 『無から有を生み出す』という、人間のみに与えられた能力ッ! 『神』には決して真似できない才能ッ!! 私を高みへと引き上げてくれるッ!!」

 

 

「その中でもお前は最上だ、岸辺露伴ッ!! お前は私にとって、最上の供え物だったなッ!!」

 

 

 

 高笑いを上げるかのような興奮を見せていた大蜘蛛は、しかし突然静かになった。そのあまりのテンションの乱高下に、露伴は怖気を感じずにはいられなかった。

 

 

 

「蜘蛛たちから報告が来た―――。なあ露伴、お前から見てこの展開はどう思う? お前のような、優れた『創作者』から見てな……。」

 

 

「……まさか。まさかそんなッ!」

 

 

 

 露伴の目には、何一つとして妙なものは映らなかった。ただ単に、『心臓の鼓動音』が聞こえるだけだ。だがそれが逆に、露伴の焦りを加速させる。

 

 

 

「お前の記憶通りだな?露伴―――。確かにあの小娘の『能力』―――自分の存在を全く感知させない能力。大したものだ、確かに何一つとして感じなかった。だがッ! ()()()()()()()()()()()()! 特に我々にはな……。」

 

 

「馬鹿なッ!! あいつ、ここまで来ているっていうのか!? ()()()()ッ!!」

 

 

(それにこいつ、星野アイを感知する方法があると言っていたッ! 一体どうやって!? それに僕を拘束した目的もわからない今、奴まで捕まるのはまずいッ!!)

 

 

 

「―――そう急くな。ここからが面白いんじゃあないか。」

 

 

 

 一瞬意識を扉の外に気を取られた隙に、音も無く露伴の背後に回り込んでいた大蜘蛛は彼の耳元で囁いた。驚いた露伴が振り向くが、そこには既に誰もいない。

 

 

 

「うおおッ!?」

 

 

 

 それどころか、いきなり外に引きずり出される。足で踏ん張ることも出来ないまま、露伴は境内で最も目立つ大樹の前まで引きずられた。

 

 

 

「露伴……。お前には何が何だかわからないだろうが、それでいい。お前は素晴らしい『物語』を創り出せる『価値のある人間』だ。少なくとも殺しはしない。人間は『無知』であるのがいい。ただ私たちに『利用』されるだけでいい―――。」

 

 

「……ッ!」

 

 

 

 大蜘蛛はほんの一瞬のうちに、大樹に登り茂る木の葉の中に隠れ潜んでいた。そうして露伴だけに聞こえるほどの小さな声で囁きかけてくる。

 

 

 

「あの娘―――『星野アイ』はどこかの誰かに連絡をしていた。名前を聞く限り、『承太郎』と言っていたかな。」

 

 

「……!」

 

 

「それは非常に面倒だ……。人間が作る『物語』が持つ、莫大なエネルギーは私の欲するところではあるが……お前たちのような『抗う人間』が増えるのは面倒だ。」

 

 

「故に―――これは提案だ。露伴、()()()()()。」

 

 

「な……に……?」

 

 

 

 露伴は震える声で言った。それだけの声を絞り出すのが精一杯だった。

 

 

 

「約束しよう……。お前が何もしないのなら、無事に帰してやる。私は何もしないと誓う。あの娘もな……。ただ何事もなかったように山を下り、平穏を享受するがいい。」

 

 

「お前の作る『物語』が重要なんだ……。それを作るために人は命をかけ、時に()()()()()()()()()()。そこには人の『生命力』にも匹敵するエネルギーがあり……私はそれが欲しい。」

 

 

「故に、お前は殺さない。今まで通り、漫画を描き続ければいい。いいや、それどころか『恩恵』をやろうじゃあないか……。お前たち風に言うのなら、『ご利益』という奴だ。金でも、名声でも、好きなものを望むがいい。お前は漫画を描いて報酬を得、それが私のためになる……どうだ? お前たちの言葉を借りるなら、WinWinだと思わないか?」

 

 

「そら……例の小娘が近づいてきたぞ? あと3メートルといったところか……。何もするなよ、露伴……?」

 

 

「ほ……本当に……。」

 

 

「ん?」

 

 

 

 大蜘蛛が木の下に視線を向ければ、ガタガタ震える露伴が言葉を紡いでいるのが見えた。

 

 

 

「本当に……何もしなければ、助けてくれるのか?」

 

 

「……! ああ、助けてやるともさ……。」

 

 

「また日常に戻って……漫画を描いていてもいいのか?」

 

 

「それが『最善』だ……! 露伴、お前はやはり賢い人間だな。」

 

 

「さあ、近づいてきたぞ……? もうすぐそこにいる。そのままだぞ、あと少しだけそのまま……。」

 

 

 

「だが断る」

 

 

 

 大蜘蛛が驚愕の声を上げる前に、露伴が声を張り上げた。

 

 

「星野アイッ!! いいか、この木の上に敵がいるッ!! 敵の能力は二つッ! 僕の『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』の能力と、蜘蛛を通しての監視だッ!!」

 

 

「き……貴様ァ~~~~ッ!!」

 

 

「この岸辺露伴の最も好きなことの一つは、自分が強いと思ってる奴にはっきりNOと言ってやることだ……!」

 

 

「それに、お前のために漫画を描けだと? ご利益をやるから漫画を描けだとォ~~? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!! 僕は読んでもらうために漫画を描いているッ!! 断じて貴様のためなんかじゃあないッ!!」

 

 

「いいかアイッ!! すぐにここを離れて、承太郎さんに助けを求めるんだッ!! 君が僕を助けたいと思うのなら、それしか方法はないッ!!」

 

 

「チッ……! 奴が離れていく! おい、娘!!」

 

 

 

 大蜘蛛は露伴の首に糸をかけ、脚の先で引っ張る。露伴はつい、ぐえっと鶏が絞められた時のような声を漏らしてしまう。

 

 

 

「この境内から、逃げることは許さないッ!! 言っておくが、お前がいくら能力で姿を隠そうとも、私はお前を探知できるッ!! お前がここから逃げた瞬間、私はこいつの首をへし折るッ!!」

 

 

「……それは、やめて。」

 

 

 

 瞬きをするほどの一瞬にして、星野アイが姿を現した。隣には微かに鼓動を続ける『LOVEマシーン』が浮かんでいる。

 

 

 

「現れたな……。」

 

 

 

 大蜘蛛は探るように木の上からゆっくりと降下し、アイから決して視線を外そうとしない。アイはその視線を受けて身じろぎしたが、それでも震える膝でしっかりと立っていた。

 

 

 

「……ごめん、露伴先生。その、ホントに助けたいと思ってたんだけど、私馬鹿だから、人質にとられたあとどうするかって、全然思い浮かばなくて……。」

 

 

「……最初っから期待していないさ。君に頭脳労働が出来るなんて思っちゃあいない。だからこそ、()()()()()()()()()()。」

 

 

「え……?」

 

 

「こ……これはッ!? 貴様ッ!!」

 

 

 

 いつの間にかアイの頬の部分がめくれ上がり、本の頁のようになっている。その頁にはアイの記憶に混じり、一つの『命令』が書き込まれていた。

 

 

 

 この場を離れ、身を隠す

 

 

 

「え、ちょ、ちょっと、ダメだよッ!! ろ、露伴先生ェーーーーーッ!!」

 

 

「迷うなッ!! さっさと行けェーーーーーッ!!!!」

 

 

 

 

 

 露伴の叫び声を背に受けながら、星野アイは境内を飛び出し、森の中に突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の意志とは関係なしに、私の足や体が動く。森の中は大きな石や木の根っこなんかがあって走りにくいけど、そういうのを勝手によけて走りながら、私は後ろを振り向いた。何かが追ってくる音とか気配とかはまったくしない。

 

 

 

「来ない……? あの、嘘みたいにでっかい蜘蛛……。人の言葉、普通に喋ってたけど……でもあれ、露伴先生の首をへし折るって、ど、どうしよう、どうしよう、ころされちゃう。先生がころされちゃう、私のせいでころされちゃう。」

 

 

 

 助けにいったのに。私ならきっと出来るって思って、露伴先生を助けに行ったのに、いつの間にか私の方が助けられてた。あんなに大きな蜘蛛がいて、それで人の言葉喋ってて、私のスタンドも全然効かなくて―――。

 

 

 

 自分が情けなくて、でも助かったのにほっとしてて、承太郎さんが早く来ないかって不安で、あいつが追いかけてこないか怖い。頭の中がぐちゃぐちゃになって、沢山の感情であふれ出す。

 

 

 ―――でも、でも。

 

 

 

 

「ソウ――――貴女ハ決シテ、涙ヲ流スコトハアリマセン。泣イテモ、喚イテモ、誰モ助ケテハクレナイコトヲ―――『無駄ダ』トイウ事を理解シテイルカラデス。『無駄』ナ事ガ嫌イダカラデス。無駄無駄。」

 

 

 

「な、何!? あ、あなた、誰ッ!? いつからそこにいたのッ!?」

 

 

 

 突然声が聞こえて振り返ったら、木の陰に今までいなかった『人形』がいた。見た目は一言で言ってしまえば、『白いマネキン』って感じ。それも多分女の人のタイプ。胸とかお尻とか、ふくらみと曲線があるから。手足もすらっと長くて、肌に傷一つついてない。着てる服は私のドームライブの時の衣装にそっくり。ただところどころに星があしらわれてて、ベースカラーの黒によく映えていた。

 

 

 特徴的なのは、頭のてっぺんについてる兎みたいな耳。ピンク色と水色のトキシックな色使いに、ところどころ星の意匠が象られている。そしてもう一つ、胸のど真ん中にある大きなハート。心臓というよりは、完全に飾りみたいに見える。

 

 

 

「ズットズット前カラ……貴女ガ小サナ子供ダッタ頃カラ、私ハ側デ見守ッテイマシタ。貴女ノ血族―――『ジョースター家』トノ出会イガ貴女ヲ強クシ、ソシテ私ガ目覚メタノデス。」

 

 

「貴女ノ意思ハモウ固マッテイルッ! 自分ガ露伴ヲ助ケナクテハト思ッテイルッ! ダカラ、私ニ命令ヲシテクダサイ、アイ。」

 

 

 

 その人形が固めた拳からは、なんていうか強い『決意』を感じた。どんな障害を前にしても、必ずやり遂げるっていう覚悟が見えた。

 

 

 私は多分、この子の事を知ってたんだと思う。それでも目の前のそれがどうしても信じられなくて、つい尋ねてしまう。そうであってほしいっていう願望半分、そんなはずないっていう疑惑半分。

 

 

 

「あ……あなた、名前は? 名前は何て言うの?」

 

 

 

 振り向いたその人形はごく自然に微笑んだ。すごく自信に満ちた笑顔で、私は何故か安心してしまった。

 

 

 

(―――ああ、そんな風に笑えるんだ。そんな風に、()()()()()()()()()()()()で。)

 

 

 

「私ノ名前ハ『LOVEマシーン』!! タダシ、アノ頃トハモウ次元(ステージ)ガ違イマス。ダカラ、私ノコトハコウ呼ンデクダサイ。」

 

 

 

 言いながらその子は、モデルのようにポーズを決めた。

 

 

 

「『LOVEマシーン Stage(ステージ)2』!!」

 






―――『水淵様』


神社に祀られていた正真正銘の神が、何らかの要因により妖怪の『賢淵』と同一視されるようになり、長い時間をかけて巨大な蜘蛛の姿へと変容したもの。

能力はあくまで『記憶』に関するもののみであり、禁忌を犯した際の『神隠し』に関しては『水淵神社』という土地そのものの特異性である。


人間の『物語』に固執しているのは、それが本来作り上げられるはずのない『奇跡の産物』であるため。通常、無から有は生まれず、それを為すことが出来るのは『神々』という超常の存在のみである。しかし、『人間』だけは何もないところから材料をくみ上げ、『物語』という芸術を作り上げる。


その『奇蹟』は多大なる『聖なるエネルギー』を有しており、それを求めているようだ。
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