往生堂狂詩曲   作:まっしゅポテト

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ズタ袋

 

「魈が言うには、璃月港を見下ろす場所に墓地があって、そこにも仙人がいるって話だよな!」

 

 ここは璃月港の郊外。中心部の喧騒とは打って変わって獣達の声も聞こえない静かな山道である。遠くに港の灯りがうっすらと見えるものの、道は暗闇に閉ざされ、足を踏み外さないよう気をつけながら蛍は歩いていた。公子に言われるままに禁忌滅却の札を持ち、仙人たちへ自身の無実と岩王帝君の死を伝え歩いていた旅人――蛍はパイモンの言葉に頷いた。

 

「公子はその仙人のことを言っていなかったけど、他の仙人に比べて地味なヤツなのかな?墓地にいる仙人って曰くすっごく怖いやつなんじゃないか?オイラは心配だぞ……」

 

 蛍の案内人であるパイモンは、腕を抱え小さな体をぶるりと震わせる。

 

「失礼なことをしたら食べられちゃうかも。気をつけてねパイモン」

「おい!オイラは食べ物じゃない!」

 

 むくれたパイモンが蛍の肩を捕まえ体重をかける。蛍はくすくす笑い、そのまま歩みを進めた。蛍は自由の国モンドで仲間たちと協力し、風魔龍を撃退した栄誉騎士である。この程度で足を止めるほどの生半可な覚悟は持ち合わせていないのだ。

 

「にしても璃月は三眼五顕仙人以外の仙人もいるんだな。仙人って珍しいと思ってたけど、意外と多いというか……」

 

 降魔大聖こと魈は岩王帝君との契約に従い璃月を守る仙人である。彼は仰々しい号とは裏腹に少年のような身なりをしており、言葉に鋭さはあるものの慈心を持ち、信頼に値すると蛍は判断した。

「郊外の墓地に丹山隠者という仙人がいる。その者にも会いにいけ」

件の仙人は魈が口にした人物。いったいどのような者なのかさっぱりだが、礼節には厳しそうだ。

 

「でも他の仙人たちも話せば分かってくれたから、きっと大丈夫だよな!」

 

 パイモンが腰に手を当て奮い立つ。蛍もパイモンに倣うように背筋を伸ばした。坂はいつの間にか終わり点々とした墓石が彼女たちを出迎えたからだ。

 

 墓地は所々に灯籠が灯され、山道とは打って変わり影が見える程度に明るかった。名の刻まれた石は風と土に晒されて無数に傷がついていたが、蔦に絡まれる事はなく人の手が入っている事がわかる。少し変わった点といえば空に鈴と護符の付けられた糸が張られている事だろうか、璃月の文化なのかもしれない。

 

 変わった様子はない。仙人の住まいとは思えないような墓地だ。

 周囲を見回して蛍は右手に小さな庵があるのを見つけた。戸口と別に窓が用意されており、『束1つ1000モラ 屑物捨て去り厳禁』と書かれた看板が置いてある。どうやら日中は人が常駐しているようである。

 

 日が落ちてから来たのは魈に言われたからだが人の気配は感じず、どうしたものかと蛍は首を傾げた。

 

「とりあえず呼んでみようぜ」

 

 場の雰囲気にのまれたか、パイモンが耳元で囁く。蛍は警戒するようにあたりを見回すと、懐から禁忌滅却の札を取り出し宙に掲げた。

 これを蛍に与えた公子曰く、禁忌滅却の札は凡人が仙人に目合うための許可証であり雲海に隠れている仙人たちも姿を現すのだとか。

 

 札に秘められた岩元素が反応し、周囲を淡く照らす。

 蛍が名乗りを上げようとしたところで、しかし光が蝋燭のように突如消えて札を手からはたき落とされた。

 

 すぐさま剣に手をかけ見回すが、光に慣れていた眼は使い物にならず、コツと蛍の背中に何かが当てられる。

 

「肝試しなら他を当たれ、盗人なら千岩軍に引き渡す。何しに来た?」

 

 若い男の声が響く。声も出せずに怯えるパイモンに対し蛍は警戒を強めるが、背中を取られている以上何もする事ができない。

 緊張の汗が頬を伝って滑り落ちる。蛍はなるべく冷静さを装って答えた。

 

「……私は蛍、旅人。降魔大聖の勧めにより、この地に住む『丹山隠者』を探しに来た」

「降魔大聖の名前は?」

「魈」

 

 少しして男は唸ると「分かった」とひと言置き、蛍から離れた。

 

「振り向いていいぞ」

「あなたが丹山隠者?」

 

 蛍は目を丸くする。

 

 男は黒を基調とした生地に朱の刺繍を施した璃月伝統衣装を身につけている。腰に小さな香炉を下げ、手に持っていたのは武器ではなく木を集めて作ったような粗末な箒だった。

 しかし驚くべき点は彼の装いではなく、目元に穴を開けたズタ袋を被っている点であろう。

 

「俺が丹山隠者だ」

「ほんとうに?」

 

 蛍は不審に感じて距離を取る。むしろこの格好は仙人というより……、

 

「変質者……?」

「違うわ」

「こんなとこで何してるんだ!むしろお前が怪しいぞ!」

 

 パイモンもいつの間にかふんぞり返って怒っている。

 男は「仙人だし。ここで掃除してただけだし」と弁明しているが言い訳にしか聞こえない。

 

「旅人、こいつ絶対盗人だ!千岩軍に後で通報した方がいいぞ!」

 

 パイモンは騒いでいるが蛍達は今千岩軍に追われている身である。そんな事をしたら自首することになる。

 当の男は「誰もいない夜中に掃除するのが墓守の流儀というか、おもてなしで」などと仕事へのこだわりを語り始めている。どうやら蛍達がお尋ね者であることは知らないようだ。事を荒立てない方がいいと判断してパイモンの口を塞ぐ。

 

「あなたは丹山隠者がどこにいるか知ってる?」

「だから俺だって」

「もし会えるのであれば伝えて欲しい事がある」

 

 わーわー喚く男を無視して蛍は要件を伝えた。

 

 岩王帝君が崩御したこと。

 その場に居合わせた自分達が犯人として追われていること。

 璃月七星の動きが怪しく、それらを三眼五顕仙人に伝え歩いたこと。

 

 そして、璃月七星から助けてほしいこと。

 

 男は初めはぐちぐち言っていたものの、黙って途中から静かに蛍の言葉を聞き最後に頭を抱えていた。

 

「とりあえずお前たちが犯人じゃないことは分かったし、冤罪で追われて大変なことも理解した」

「これを丹山隠者に伝えて欲しい」

「丹山隠者ならお前たちが犯人ではないことをご理解され、冤罪をかけられていることに同情されるだろう」

 

 男は地面に投げ捨てられた禁忌滅却の札を拾い上げると少し手で転がしてから、蛍の手に持たせる。

 

「ちゃんと伝えておくからもう帰れ。妖気が集まりやすいここで野宿は危険だから、せめて山は下るように」

「ありがとう。行こう、パイモン」

 

 他人の魂が眠る場所に長居するのは良くない。蛍はパイモンを連れて山道を引き返すべく踵を返した。

 

 

 

 

 少女達の足音も聞こえなくなり、ズタ袋を脱いでため息を吐く。

 いつもの場所に置いてあった墓守用の面が無くなっていたのである。燐がいない間代わりの店番をしていた申鶴が持って返ってしまったのだろう。持ち帰った先で留雲が改造してないと良いが。

 

 風が吹き、他人の姿が現れても驚く事なく塀に腰を掛けた。

 

「どうだった?」

「少なくとも彼女達は嘘をついていないし、全て真実だろう。岩王帝君が崩御なされたことは俺も知っていた」

「我には未だ信じられぬ。帝君が璃月から居なくなるなど……」

 

 魈は目を伏せる。

 燐も黙祷を捧げるように目蓋を閉じた。これから来るであろう質問にどう答えようか悩んでいるからである。

 

「燐、我ら仙人の中で帝君と付き合いの長かった者はお前だ。だからこそ聞きたい事がある」

 

 お願いだから聞かないで。

 

 これでも圧倒的すぎるカリスマの帝君と自由奔放な職人気質仙人ズの間で中間管理職を長年勤めてきた経験があるのだ。仙人の中でもピカイチの忠誠心と武力を持つ魈が何をしようとするかは明らかである。

 

「帝君を弑した者は誰だ?」

 

 まあ当然、犯人を殺しに行きますよねー!

 

 

 




みなさま感想評価ありがとうございます。嬉しくてすぐに続き書けてしまいました。
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