逃げられない呪い   作:布団は友達

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じっとりした呪術廻戦を書きたかった。


プロローグ

 

 

 

 

 

 

「見せたい物があるから来なよ」

 

 前代未聞の呪術テロ――百鬼夜行。

 それを乗り越えて少し経ったある朝、雪が降り積もった東京都立呪術高等専門学校の敷地を二人は歩く。

 一人は長身の黒尽くめの男――五条悟。

 砂利を蹴散らすように長い足で闊歩している。

 足取りには後ろを付いて来る相手に一切の配慮が無い。

 降る雪よりも透き通るような白髪を揺らし、包帯を巻いて目元を隠した怪しい装いで霊園を進んでいる。

 ここは校舎からやや離れた敷地内の霊園。

 これまで呪霊や呪詛師を相手に命を削る過酷な任務で命を散らし、引き取る親族もいない呪術師が葬られている。

 

「ほら、これこれ」

「…………」

「僕と硝子が頼んで作ったんだよ?偉くない?」

 

 五条悟が指し示す墓石には『伏倉(しくら)茈苑(しおん)』と刻印されている。

 手入れがされている墓石は艶があった。

 墓の数よりも喪失した命は多い。

 呪術師は死体が戻って来る事すら稀である。

 そんな中で納骨され、造られた墓などは思い入れが強くなり、関係者が過去を省みるとそれもまた呪いとなるので、呪術師は墓石は建てても参る事が少ない。故に他の物はやや土埃を被っていたりする分、磨かれたこの墓石は良くも悪くも異彩を放っていた。

 ここを定期的に五条悟と家入硝子が訪ねては綺麗にしているからこそであり、今回はいない後者が添えたであろう供え物が墓前で雪を被っている。

 五条悟と共に来た人物は墓石をぼーっと見た。

 

「骨は一応納めてあるよ」

「……」

「後は『呪い』になって彷徨いてる魂だけ何とかすれば良かったんだけど、それもようやく叶ったね!」

「……」

「あ、もしかして嫌だった?」

 

 陽気に語る五条悟。

 ただ、その声に反して表情に明るさは無い。

 包帯で隠した目は、殺意すら乗せて墓石を見つめる相手を射竦めている。

 

「話せるんだろ。口を開けよ」

「……」

「傑とも会話してたんだろ?――話してんだから僕の方を見ろよ」

 

 低い声で脅すが、無反応。

 光の無い紫色の瞳で墓石を眺めている。

 五条悟は手を伸ばして、小さな顔を掴んだ。

 無理やり自分の方に向ければ、墓石の代わりに憤怒で少しだけ歪んだ自分の顔が感情の無い瞳に映されるだけ。

 握力を強くしても変化は起きない。

 五条悟は舌打ちをして突き放すように解放する。

 

「次は無いからな」

「……」

「昔言った通り、オマエを祓うのは()だから。許可無く『実行』して傑を傷付けた挙げ句、硝子を困らせた」

「…………う』

「あ?」

『お墓、建ててくれてアリガトウ』

「……どーいたしまして」

 

 五条悟は白いため息をつく。

 やっと返ってきた反応も期待外れだった。

 

「じゃ、行くよ」

『……』

「なに、そこに自分の墓があるからって地縛霊にでもなるつもり?遅いって。そんな事してる暇あるなら僕と仕事に行くよ」

『……仕事』

「あと、目ぇ閉じなよ。これ命令だから」

 

 墓石の前から■■は動く。

 五条悟は包帯をずらして空の蒼さを宿した瞳でその姿を見つめる。

 十年前から変わらない容姿。

 癖の強くて毛先の跳ねたショートヘアと白い肌、黒い巫女装束に身を包む少女は、五条悟の隣へと歩み寄る。

 そのまま■■と共に、高専の出口まで歩んでいくとその途中に建っている鳥居の傍に家入硝子が立っていた。

 

「あっれ、硝子じゃん。僕の見送り?」

「五条の見送りとか冗談。私は■■のだよ」

『……』

 

 家入硝子は■■の矮躯を抱き締める。

 深く、固く、強い抱擁だった。

 

 

「もう逃げられないからな」

 

 

 声を聞いた■■の体が一瞬だけぶるりと震える。

 耳元で囁かれた呪詛に、凍っていた表情が微かな恐怖の色を滲ませる。

 硝子が離れ際に肩を軽く叩いた。

 

「私とは話してくれないんだな」

「僕の事もガン無視だよ?」

「でも、夏油とはよく話してたんだろ」

「そこが傑のヤツらしいとこだよ。流石に『縛り』じゃないだろうけど、自分としか話さないように言いつけてたんじゃない?この子ってば、昔から約束は誰よりも守るじゃん」

「オマエと違ってな」

「僕だって義理堅いよ?――現に取り戻したし」

 

 五条悟は■■を冷たく一瞥する。

 

「僕らより傑の方が凄いって」

「ん?」

「憂太との戦いで、最後までこの子は使わなかったらしいじゃん。本人によると、身内にも見せず二人きりの時しか出してないらしいし」

「これからのオマエと同じだな」

 

 ぼそっと呟いた硝子は嘆息を隠すように一度俯いて、それから二人の横を過ぎて高専の方へと歩き去って行った。

 

「それじゃ、行こっか」

『……何処に』

「出張、国内のね。下で伊地知も待ってるし、もう三十分は遅刻してるからそろそろ行かないとね」

 

 五条悟が手を差し出す。

 それに対して■■は――一歩後退りした。

 警戒するような反応に「あ?」と低い声が薄い唇の隙間から漏れる。煮え滾らせた憤怒が込められた短い音を聞いた■■の体がびくりと跳ねて、そっと差し出された彼の手を握る。

 満足気に五条悟は笑って、■■と共に坂を下りていく。

 

「それで良いよ」

『……』

「次、遅れたら祓うからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ×     ×     ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 坂の下では、黒い車が停車している。

 車内ではスーツ姿の伊地知潔高が今か今かと待機しており、バックミラーに映る遠くに五条悟を見つけてほっと胸を撫で下ろした。

 五条悟の遅刻はいつもの事だ。

 だが、今日もスケジュールは詰め詰めなので可能な限り急いで欲しい。現に、あと三分でも遅れていたら明日にまで持ち越さなくてはならない案件ばかりである。

 接近する五条悟に備えて背筋を伸ばす。

 そして、ふと五条悟の傍にもう一つの影を見咎めて――ぎょっとした。

 

「えっ?えっ?」

「はい。伊地知、出して」

「あの、五条さん。その、お隣の、方……」

「懐かしいでしょ〜。でも今日も忙しいんだから、早く車出しなって」

「………はぃ」

 

 遅れてるのあなたの所為ですけど、という声を飲む。

 伊地知は車をゆっくり発進させた。

 

「五条さん。その、『彼女』の事は既に報告されたのですか?」

「バッチリ!まあ、現状だと僕しか祓えないから監視も兼ねて実用って事で、こうして連れてきたわけ。また目を離した隙に何処かに行かれたら敵わないからね」

「……そう、ですね」

 

 何せ、登録されている特級呪霊の内の一体ですから。

 等級としては、人類への脅威度として最大とされる『特級』を冠する負の感情の塊――呪霊なのだから、野に放たれたら恐ろしい事この上ない。

 本来なら確認次第、一級術師か特級術師を以て祓除すべきなのだが……そうせず上層部からの圧力も撥ね退けて自分の手元に固定しておく不条理を可能にするのが、現代最強と名高い五条悟の発言力の強さである。

 その傍若無人さに振り回されて長い伊地知潔高は、今回の事も理解するより先に、取り敢えず考えるのをやめようと思考を止めた。

 

「十年ぶり、でしょうか」

「伊地知とは短かったっけ」

「はい。お話ししたのは、数回でしたけど……」

「だからってジロジロ見んなよ」

 

 低い声で言われて、私の全身が縮み上がりそうになる。

 

 私が■■さんを見た印象は、幸薄そうな少女だ。

 恐ろしい先輩達の中でも、比較的私にやさしく接してくれた貴重な人物である。

 いつも目を閉じているし、表情すら無くて出で立ちからも人形のようでどこか怖かったが、声から伝わる労りの温かさは当時の私に強く思い出として刻まれていた。

 

 伏倉■■――元一級術師。

 私の二年先輩で五条さん達の同期だった。

 最強と呼ばれた二人には及ばないものの、七海さん等の後輩にとっては目標の一人として意識されるほどには強かった。

 その上、人格面も二人に比べて申し分無し。

 今思えば、もっと話しておけば良かったと後悔する。

 ……いや、無理だったかも。

 

『初めまして、伊地知くん。ボクは■■』

『あっ、はい、は、初めまして』

『五条くん達の事で色々あるだろうけど、困ったら相談にも――』

『■■』

『あ……硝子。いま伊地知くんと話してて』

『怪我してるだろ。早く来な』

『いや、大丈――』

『ん?』

『……ごめん、伊地知くん。行かなきゃ』

 

 私を気遣っていたけど、もしかすると私よりも五条さん達に苦労していた人かもしれない。

 見かける時は、常に同期と二人組。

 ある時は家入さんに膝枕、ある時は五条さんと談笑?し、ある時は夏油さんに手を引かれて歩いている。

 それだけ親しい、とさえ思った。

 家族のような気安さで■■さんに三人は接していた。

 当の本人は、かなり困惑していたように見えたけど。

 でも、彼女が夏油さんと向かった任務でとある出来事を起こしてから、後ですぐに夏油さんが高専を離反して色々と変わってしまった気がする。

 

「し、しかし本当に良いんでしょうか」

「ん?」

「本来なら、直ぐに祓うか、封印すべきなのに」

「……良いんだよ、これで」

「………」

「主従関係は築いたから。僕に逆らう事は無いだろうし、万が一の時は容赦なくいくから」

「は、はあ」

「なに、文句?後でマジビンタね」

「マジっ……!?」

 

 ちら、とミラー越しに■■さんを確認した。

 体の向きは、やや窓の外の方を向いている。膝の上に置かれた手が小さく震えていた。

 目は閉じているが、何となしに車窓に顔を向けているようで、その実隣を見たくないという必死さを感じる。

 ■■さんの態度から何かを察したのか、五条さんがくつくつと喉を鳴らして笑っていた。

 

 ああ、可哀相に――そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から過去編です。

好きな地獄を選んでよ。

  • 夏油傑
  • 家入硝子
  • 五条悟
  • 夜蛾先生
  • 冥冥
  • 歌姫
  • 伏黒甚爾
  • 伏黒恵
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