逃げられない呪い   作:布団は友達

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懐玉編・完結。
次回『傑の呪い①』




 

 

 

 

「今、何つった?」

 

 五条悟のその様子に確信を得て、俺は嗤う。

 昔、面白半分で五条家に生まれた六眼のガキを見に行った事があったが……そのガキは、音も気配もさせずに立っていたハズの俺に振り返った。

 後にも先にも、背後に立った俺が気取られたのはこの時だけだった。

 だから、色んな手で削った。

 コイツが――鈍るまで。

 その結果、まんまと俺に不覚を取って刺され、痛みと疲労を気合で凌ぐ痩せ我慢な野郎の表情から、一気に余裕ってもんが失われた。

 襲撃は失敗したが、作戦はまだ終わってない。

 これだよ、コレ。

 一緒に行動してるのを見た辺りから『使える』と思ってた。

 

 

「だーかーら、伏倉のガキも血の海に沈めてきたぞって言ったんだよ」

 

 

 俺は高専結界入口付近の平屋の屋根上で、呪具庫の呪霊から『天逆鉾』を取り出す。

 この為に切っ先に付けたままだった伏倉の血を、これ見よがしにその場で払う。振り落とされた血の滴を六眼が一瞬だけ追った。

 ホラ、分かりやすい。

 その瞬間を狙って俺も全速力で跳んだ。

 

「クソ、どこに行った……人のモンに手ぇ出しやがって……!」

 

 どうやら、俺を見失ったらしい。

 そう考えると、俺の動きを捕捉した伏倉のガキの評価も上方修正しとかないとな。

 後で合流してくるかもしれんし。

 星漿体には逃げられたが、直ぐに追える。

 隣にいたもう一人の護衛もそんな脅威では無い。

 俺は壁面や床を素早く駆け巡りながら接近する間も思考を止めない。

 五条悟。

 呪詛師との戦闘から見るに、アイツは基本の無下限しか行使できない。六眼と無下限呪術の抱き合わせとくればそれだけで天に愛されたようなモンだが、ご先祖様みたいな術式反転までは使えないってなると話は別だ。

 要するに、術式の理解は未熟。

 ノーマルな順転ですら、呪力操作に苦労してんだろ?

 六眼が無ければ扱えねえ代物の術式な上に、護衛中に気を張り続けて疲労が蓄積した脳とさっきの傷の痛みで鈍化した意識、そこへ……気に入った人間の死の報せ。

 いつもより呪力操作が難しい筈だ。

 感情を制御し、呪力を無駄に消耗しないよう鍛えられるのが呪術師って聞くが、それすら上回る激情が邪魔してるみてえだな。呪力の無い俺にはそんなの知らん話だが。

 

「ッ――!」

「お?」

 

 ほらな俺の接近を許した。――と?

 逆鉾で仕留めようとした刹那、後方へと強引に体を吸われる感覚に襲われ、そのまま平屋の一つに叩き込まれた。

 なるほど、コレが順転『蒼』の感じか。

 俺は壁を突き破って屋内へと転がるが、その勢いを利用して逆側の壁を蹴破り、再び跳躍して五条悟のいる方へと跳ぶ。

 

「その呪具が虎の子か?寄らせねえよ」

 

 既に俺の居ないそこへ、気丈にも煽る五条悟。

 また俺を見失って、顔が険しくなった。

 アイツを中心に円を描くよう走りつつ、また接近する隙を窺う。

 さあ、どう来る?

 オマエ的にも、短期決戦で終わらせたいだろ?

 疲労、痛み、怒り――さあ、撃って来いよ。

 

「ちょこまか動き回りやがって……速度(それ)でアイツの『眼』からも逃げてたワケか。それでも負けるとは思えねえけど……呪力が全く無い、って事は廉直女学院でアイツを殺し損ねたのアンタだろ?」

 

 御名答。

 てか、俺の方を煽って来やがった。

 痩せ我慢め、そんな事しなくちゃ俺に対抗出来ねえって言ってようなモン――げっ。

 

 

「良いから面見せろよ。

 出力最大・術式順転――『蒼』!!」

 

 

 俺は急制動をかけて、平屋の上から逃げた。

 五条悟が全方位へと無限の引力『蒼』を発動させ、瞬く間に周囲の建物を瓦礫へと変えていく。地面までもが効果範囲となって抉られ、アイツを中心に島が完成した。

 森に隠れた俺は、その様子に笑いがこぼれた。

 必死だな。

 だが、遮蔽物及び俺の身体能力を活かした足場となる物が取り除かれた空間でバカ正直に突っ込んでも『蒼』が邪魔だ。――と、くれば。

 

 俺は呪具庫の呪霊から、内部で飼っていた四級にすら届かない呪いの塊――無数の蝿頭(ようとう)を解き放つ。

 

 群がったソイツらに、五条悟が自身を中心とした無下限の防壁を展開した。

 よし、よし、よし。

 コレで術式による防御に回った――。

 俺は再び気配を消して駆ける。

 蝿頭で視界を遮蔽され、次なる俺の襲撃への反撃か、それとも蝿頭は陽動で自身を無視して星漿体の方へ向かわれたかと判断に迷っている。

 その一瞬の隙。

 

 

「っ――!!」

 

 

 俺は懐へと潜り込み、五条悟の喉を逆鉾で術式防御ごとブチ()く。

 術式を破った呪具に目を瞠りながら、アイツは抵抗しようと逆鉾を掴むが、もう遅い。

 俺は下へと刃を下ろし、ヤツの胴体を袈裟に裂いた――女学院での伏倉のガキと同じように。血を噴くアイツの脚をさらに三回刺し、術式の止まったその頭めがけて小振りのナイフを突き込んだ。

 俺の眼前で六眼が光を失い、長身が床に崩れ落ちて血溜まりが生まれる。

 五条悟を、仕留めた。

 やっとか。

 初撃で仕留められなかった時は、俺も鈍ったかと思ったが……。

 

 

「勘が戻ったかな?……ん?」

 

 

 血の臭いがする。

 五条悟とは、別の。

 臭いを辿れば、瓦礫に縋りながら近付いて来る伏倉のガキがいた。

 血反吐で口を汚しながら、よたよた歩いて来る。

 俺が刺した背中の傷が思いの外深いみてえだな。反転術式は……もう使えないのか、治癒していない。

 呪力を消耗しきったという演技?

 いや、違うな。

 

「拡張術式……『火防眼』だったか。そんなモンを高専結界付近に幾つも発動させたから、流石に呪力を消耗しすぎてスッカラカンなのかよ」

「うる、さい」

「はっ」

 

 俺は笑いながら、その場を後にする。

 要は反転術式を使う呪力も無いんだろ。

 そもそも出来たなら、五条悟が敗北するのを知る前だし自分を優先してただろ。それすらしないって事は、呪力が底をついた証拠だ。

 それに、あの傷じゃ急がなきゃ死ぬだろ。

 俺の用は、星漿体とそれを守る厄介な六眼だけだ。

 

 

 

「じゃあな、死に損ない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ×    ×    ×    ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――勘が戻ったかな』

 

 

 敗けた。

 自分の血溜まりに沈みながら思った。

 術式を破る呪具なんて出鱈目な隠し玉があるとは思わず、ヤツの術中に嵌まって見事に喉から腹まで裂かれてしまった。

 最悪だ。

 コイツの言動に振り回されたが故だ。

 天内護衛の為に、沖縄から一度たりとて睡眠も摂らずに術式を展開し続けた。茈苑を瀕死に追い込んだヤロウの存在もあるし、油断は禁物だと思って常に警戒していたのに。

 高専に到着し、安心して解いた瞬間を狙われた。

 誰が予測できるかよ、高専結界内に侵入できる襲撃者なんて。

 お蔭で不意打ちに刀の一刺しを食らった。

 しかも、最悪なのはその次だ。

 致命傷にはならなかったし、傑と共に反撃までして凌いだ後、多少傷やら疲労やらでキツくはあったが、真っ当な戦闘に持ち込んで戦ったまではいい。

 

 

『伏倉のガキも血の海に沈めてきたぞ』

 

 

 襲撃者の一言を耳にして頭に血が昇った。

 ソイツは、手にした短刀の呪具に血が付着していた。

 まだ浴びてから間もない鮮やかな真紅が目について、血に宿った微かな呪力を目にして感情が奔流と化した。

 それで呪力制御が乱れたのもある。

 また生まれた隙を、襲撃者は見逃さなかった。

 結果、今度こそ致命傷を食らったし、マジでこれは死ぬなと我ながら呑気なほど感じた。呪具を叩き込まれた瞬間に術式による防御は不可能だと反撃を諦めて、未修得の反転術式に意識を巡らせた。

 死に際だったが、『死』というインスピレーションによって呪力が如何なる物か理解し……呪力の核心を掴んだ。

 反転術式だって土壇場でやってみせる。

 今なら何でも出来る気がした。

 それでも俺の治癒が間に合う保証は無い。

 治癒するのが先か、死ぬのが先か。

 一か八かの賭け。

 

 結果は……俺の勝ちだった。

 

 回復してすぐに俺は立ち上がった。

 最高だ、今俺は初めてこの世に生まれ落ちたような気分である。黒閃を決めた時よりも自身の呪力が繊細に読み取れて、五感すらもが最高潮に研ぎ澄まされている。

 俺はやってやった!

 以前から、反転術式については難儀してた。

 既に習得済みな上に他人の治癒まで出来る硝子は感覚派で何言ってるかサッパリだったし、ならばと恥を忍んでもう一人に聞けば。

 

『ボクに教えを乞う五条悟』

 

 などと抜かし、満足気に鼻を鳴らす。

 だが、どうだ!?

 俺はその段階まで来た、もう上だとふんぞり返っていられる場合じゃないぞ。今の俺なら、誰にだって負ける気がしない。

 負ける気が……ああ、忘れてた。

 さて、俺を殺したヤツは何処だ?

 

 

「――は?」

 

 

 ようやく俺は、自身の体を見下ろして気付く。

 体にべっとりと、茈苑の残穢がついていた。

 まさか……俺の『傷』を『未完成化』して止めてたってのか。だから、死ぬ事もなく俺の反転術式が間に合って復活できた……?

 

「良かっ、た」

 

 隣で誰かのか細い声がする。

 振り向くと、隣には茈苑が座っていた。

 俺を見て目を閉じるや、前のめりに倒れて俺の足下に伸びる。

 背中から、血が湧いていた。

 まさか、コレが襲撃者にやられたっていう手傷か。アイツが簡単に死ぬワケはねえと思ってはいたが、致命傷は受けていたらしい。

 でも、コイツには反転術式がある。

 回復すればまた復帰できるだろ、なら今は護衛、襲撃者を追跡する方が先決だ。俺を撃破したってんなら、当然ながら次は傑の方に向かう。

 

「回復しとけよ。……は?」

 

 一言だけ言って、その場を去ろうとした。

 だが、目端に六眼で捉えたアイツには――呪力がほとんど無かった。

 これじゃ反転術式も使えない。

 何で、どうしてここまで消耗してる?

 でも……不思議と心は乱れなかった。

 コイツが生きてなきゃ将来的にも(・・・・・)駄目なのに、そのまま死ぬのさえ良いかもしれないと頭の隅でそんなことを考える。

 だって、要は死ぬ瞬間……最後にコイツが見たのが俺で、実質これから先俺以外を見る事が無くなるということでもあるから。

 

「……茈苑……!?」

 

 その声は聞き覚えのある物だった。

 夜蛾センセーがこっちに向かって走って来ている。

 俺はその姿で我に返った。

 余計な事は考えるな。

 

「悟、これは」

「襲撃者にやられた。センセーは、コイツを硝子の所に。……俺は追跡に出る」

「……分かった、気を抜くな」

「誰に言ってんだよ」

 

 今度は失敗(しく)らねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボク――伏倉茈苑は医務室で目を覚ました。

 悟くんの復活を見届けて、それから気絶……したんだと思う。

 そして、今。

 

「っ……」

「あ、起きちゃった」

 

 眼にメスを突き立てられる寸前だった。

 反射的に使った術式でメスの動きを止める。

 ずきり、と酷使した頭が痛んだけど、気にしてる場合じゃない。

 

「硝、子……?」

「あ、良かった。憶えてた」

 

 呑気に硝子が笑う。

 でも、メスは退けてくれない。

 ボクが『未完成化』したのは振り下ろす動作であって、それ以外は大丈夫だからメスを引く事は出来る筈なのに硝子は一向に止めない。

 

「どうして」

「ごめん。死にかけてた茈苑を治癒したけどさ、またこんな事があるならって思ってね」

 

 ごめんね、とあやすように頭を撫でられた。

 危なかった。

 もし、もう少し目覚めるのが遅かったら……。

 またずきりと頭が痛む。

 男との戦闘中、いよいよ殺られると思った時に何故か先生がよく呪骸作成で使う裁縫室に転移していた。その時に呪力残量から考えて傷より優先して最後の反転術式で脳を治癒して再び現場に急いだ。

 術式が使えないほど消耗したなら、傷を治したところで足手まといになる。

 それなら、せめて二人の助けになって死んだ方が良いと考えての結果だったけど……。

 

 悟くんを救えてほっとした筈なのに、今では硝子のメスでそれも後悔しそうになる。

 

「硝子。ボク大丈夫」

「…………」

「それより、二人は――」

それより(・・・・)?」

「ご、ごめんなさい……傑と、五条くんは?」

「……夏油なら、さっき負傷した状態を回復させたら目覚めるなり何処かに行ったよ」

「……そっか」

 

 硝子の言葉に、私はシーツを強く掴む。

 つまり……傑も敗けた。

 ならば、黒井さんも……理子ちゃんすらも……。

 

「茈苑、大丈夫か」

「……先生」

「襲撃者については、悟が追跡に出た。……が、傑の話によれば任務は……失敗したようだ」

「…………」

 

 ベッドの横に立った先生が告げた内容に、改めて現実が突き付けられて、ボクは黙るしかなかった。

 昨日まで、元気な声が聞けてたのに。

 悟くん達が沖縄に滞在してる間、ボクは高専付近に呪符の設置で忙しかった。

 その時に。

 

『もしもし』

『もしもし、茈苑かっ?』

『理子ちゃん?どうしたの?五条くんたちにまた意地悪された?』

『あやつらはいつも意地悪じゃが……茈苑が心配でかけたのじゃ』

『ボク?』

 

 電話の向こう側で、理子ちゃんの不安げな顔が思い浮かぶ。

 

『黒井も無事救出できて、今は沖縄を楽しでおる!……すまん、茈苑抜きで楽しんで』

『謝罪の電話?』

『うむ。あと、それだけじゃなくて茈苑が心配しているだろうし、安心させようと思って電話したんじゃ!』

『……ありがと』

『うむ!要件はそれだけじゃ。茈苑、また明日!』

 

 理子ちゃんは良い子だった。

 その明るさは、まるでいなくなった姉さんみたいで。

 ボクがベッドの上で膝を抱き、膝頭に顔を埋めた。

 溢れそうな物を必死に堪える。

 背中を優しくさすってくれる骨張った大きな手は、きっと先生の手。硝子もボクの頭を包むように抱きしめてくれた。

 

 堪えきれなくなって、ボクは泣いた。

 

 

 

 

 

 数時間後、ボロボロの二人が高専に帰還した。

 ボクは入口で迎えて、悟くんが抱えている物を聞き取った。

 衣擦れとかから分かる。

 これは……これは……。

 ボクは思わず手を伸ばして、悟くんの腕の中の『彼女』の頭を掻き抱いた。もうすっかり冷たくて、それが感じられてまた胸が痛い。

 

「ごめん。ごめんね……理子ちゃん……」

「茈苑、君の所為じゃない」

「ああ、俺が油断してしくっただけだ」

 

 悟くんから『彼女』を傑が優しく自分の腕の中へと移動させる。

 

「後の事は、私に任せて。悟もボロボロだ、休むといい……茈苑も、今日は絶対安静だ」

「……うん」

「ああ、分かった」

 

 傑がそのまま『彼女』と去っていく。

 一瞬、ボクらに背を向ける前に聞こえた吐息が怒りで震えていたように感じた。

 不穏に思って、ボクはいつまでも傑の足音に耳を澄ましてしまう。

 

 すると、肩を悟くんに叩かれた。

 

 悟くんの方を見るけど、何も言われない。

 思えば、帰って来た時から何だか様子が違う。

 感じられる呪力も、何だか……。

 

 

「後で話あるんだけど。――今晩、部屋で待ってろ」

 

 

 ボクが返事するよりも先に、悟くんもまた何処かへ行ってしまう。

 話って何だろう。

 もしかして、あの男と交戦した時の詳細を聞かれるのかな。……あの男がどうなったか、ボクも知りたい。生きていたなら、また脅威になるかもしれないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 後に、ボクは痛感する。

 この時、悟くんを追ってでもここで話を聞くべきだった。

 彼を部屋に招くべきじゃなかった。……あんな事に、なるのなら。

 

 

 それが、逃げられない地獄の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

好きな地獄を選んでよ。

  • 夏油傑
  • 家入硝子
  • 五条悟
  • 夜蛾先生
  • 冥冥
  • 歌姫
  • 伏黒甚爾
  • 伏黒恵
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