逃げられない呪い   作:布団は友達

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硝子はスパッと纏まってくれるので有り難い。
一番重いけど。


硝子の呪い

 

 

 

 

 呪われていた、呪っていた。

 

 

『硝子好き』

 

 

 診る、治す、見送る。

 

 星漿体護衛の任務以来、アイツら三人は少しずつ変わっていった。

 傍で見ていたから分かる。

 なまじ強いから、クズ二人に関しては余程の事が無いと怪我なんてしないから手がかからないと思っていた。実際に星漿体護衛の任務にて重傷で運ばれてきた時は驚いたけどさ。

 茈苑だって、二度も死にかけたみたいだし。

 

 

『この時間があるのは硝子のお蔭。ありがとう』

 

 

 診る、治す、見送る。

 

 私は現場には出ない。

 常に帰ってきた人たちを診て治したら次の呪いの吹き溜まりへと送り出すだけ。その役割を特に重く受け止めた事は無かったけど転機があった。

 それは滅法強かった三人の傷付いた姿。

 いつか私が治す前に息絶えてしまうのかな、なんて漠然とした危機感も持つようになった。

 治療の為に運ばれてくる人間たち一人ひとりを注視するようになった。

 

 私がいるから、生き残った人たちを見送る。

 

 茈苑のヤツは、強くなったお蔭なのか私を頼る機会がかなり減った。

 のほほんと帰って来て、私に無事を伝える。

 星漿体の任務以降も強くなっていって、もはや私要らずという言葉がチラつき始める程に。

 アイツの感謝の言葉、随分と聞かなくなったな。

 そこに、計り知れない危機感を覚えた。

 

 

 

 

『硝子は神様。ボクに生きる時間をくれてありがとう』

 

 

 

 

 アイツから、私が遠ざかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ×    ×    ×    ×

 

 

 

 

 

 

 

 私は医務室で術台に乗せられた物を見る。

 処置が間に合わず、死んだ術師の遺体だった。

 今は棺掛けがされているが、布を取り払えば原型すら留めていない。実際、布越しに存在を主張する膨らみは人の形ではなく玉になっている。

 これは、もう何件目だろうか。

 今年は例年よりも呪霊の発生件数が多く、その分だけ駆り出された術師の負傷者数も比例した。私の日常は、いつも以上に嫌な血の臭いで満ちている。

 

 ……いつも以上に、か。

 

 厳密には違うな。

 いつも血の臭いで満たされていたんだ。

 ただ、それらを意識せずに過ごしていただけの事。私はアイツらの血塗れた姿でようやく自覚した。

 でも、逆にほっとしたよ。

 私でもアイツらを救えるんだって。

 

「ほんと最悪」

 

 今日やるべき事は終わった。

 これ以上ここにいても気分を悪くするだけなので早々に出ていく。

 秋の日差しが降り注ぐ高専の敷地内を歩いて、何の目的もなく教室へと向かう。今日は授業も無いけど、もしかしたら茈苑がいるかもしれない。

 アイツは何となく教室で夏油と集まって菓子を食う時だってあるし。

 

 私は静かな校舎内を歩いていく。

 

 そして、教室が近付くにつれて声が聞こえ始めた。

 悟と茈苑が会話をしている。

 やれやれ、茈苑はともかく予想していた人物でないのは少し驚いたが丁度いい。私の気分転換に付き合って貰おうじゃないか。

 

「オマエさ、俺の事嫌いだよな」

「うん。大嫌い」

「じゃあ、何でいつも許してくれるワケ?」

「……許したワケじゃない、強引だし」

「でも拒否ったりしないし」

 

 聞こえてきた内容は穏やかじゃない。

 私は思わず足を止めた。

 爪先の下で床が軋みを上げたが、会話が途切れる事は無く隠れているのが気付かれていないようだった。

 

「……救けてくれたから」

「はは、俺がいつ救けたよ」

「去年も、たくさんご飯連れてってくれたから。だから、ボクも生きようって思えるようになった」

「……は?」

「姉さんのお墓も建ててくれて嬉しかった」

「オマエ、まさか記憶」

 

 私も呼吸が止まる。

 茈苑の記憶が、戻っている……?

 もし、それが本当なら。

 

「うん。反転術式が使えるようになって、少しずつ」

 

 反転術式が、使える。

 私はその言葉に心臓が止まりかけた。

 あ、そう。……だから最近は私を頼る事が滅法少なくなったってワケか。

 納得すると同時に手に痛みを覚えて視線を下に落とすと、いつの間にか拳を強く握りすぎて血が滴っていた。無意識の行動だったらしく、気付いた途端に五指がだらりと開く。

 私はもう必要無い。

 アイツを救けられる存在にならないんだ。

 理解したくないけど、現実は容赦ない。

 

「そ、そうか……!」

「だから、ボクに出来る事を返したい。……五条悟に借りを作るの嫌だから」

「あーあー、そういや嫌いなんだったな俺のこと」

「でも思い出した時、悪い思い出って思わなかった」

「……そうかよ」

 

 五条が嬉しそうに言っている。

 忘れられたって時、一番冷静だったヤツなのに。

 取り繕っていただけで、五条なりに混乱していたんだな。私たちの中じゃ一等茈苑の事を普通に扱っている人間だったから意外だ。

 それにしても、記憶が回復してるのか。

 ならば、私の事も思い出した筈だ。

 三人の中で、一番仲の良かった……とそこまで考えて直ぐに自身の失態を自覚する。

 

『いや?そこまでではなかったかな』

 

 記憶を失った直後の茈苑から友だちかと尋ねられて否定していたんだった。

 思い出したなら、尚更傷つけたに違いない。

 弁解させてくれ。

 私は茈苑をずっと親友だと思って――。

 

「でも戻らない物もあった」

「は?何が」

「……硝子の記憶だけ、戻らない」

 

 は?何言ってんの?

 意味不明だよ。

 五条も夏油も先生も思い出して、何で私だけ省くんだよ。偶然なら許すけど、回復する記憶に優先度があって、もし私が蔑ろにされてるっていうなら容赦しない。

 

「硝子?何で」

「分からない。でも、過去のメールのやり取りとか写真を確認すると、硝子が一番多い。絶対、失う前で一番大事な友だちとの記憶なのに、戻らない」

「…………」

「し、硝子があんなに傷付いてるのも今なら分かる」

「まあ、そうだな」

「でも、忘れたボクに謝る資格なんて無くて、だから、ど、どうして良いか――」

 

 もう聞きたくなかった。

 私は歩を進めて教室の扉を開け放つ。

 茈苑は自分の座席で頭を抱えており、その隣で五条が足を伸ばして座っていた。蒼い瞳がこちらを見て、げっと失礼な声を上げる。

 茈苑も私の入室を知るなり顔色を悪くした。

 違うだろ、何もかも。

 助けを求めるなら私にしろよ、一番の友だちだって分かってんならさ。

 

「茈苑」

「し、硝子……もしかして聞いて……?」

「うん」

「っ……ち、違う。硝子、ぼ、ボクは……」

「五条、二人きりにしてくんない?」

「はー?俺まだここでゆっくりし――」

「はやく」

「……ったく、しょーがねーな。喧嘩に巻き込まれるのもメンドくせーし」

 

 ゆったりと立ち上がって、五条は教室を出ていく。

 扉が閉められて、二人きりになった。

 私は茈苑の前に隣に椅子を移動させて座る。私を直視するのが怖いのか、茈苑は俯いて頑なにこちらへ振り向こうとすらしない。

 そう、相手さえしてくれないんだな?

 私の中の怒りが熱量を増していく。

 

「もう傷は自分で治せるんだな」

「っ、う、うん……隠してて、ごめん」

「別に悪くないじゃん。逆に、何で怪我しない事を怒るんだよ」

「でも、声が……」

「…………」

 

 表情が声に出てた、って事ね。

 

「ごめん。ちょっと気が立ってた」

「え?」

「最近さ、処置が間に合わなくて人を救えないってのが多くて。アンタらもそうそう来ないし、もう私必要ないんじゃね?って思い始めてんの」

 

 今日だってそうだった。

 救えなかった術師と同じ任務に出ていた人が、絶望しきった顔で医務室を出ていくのを見て自分の無力感を悟った。その人の傷は治せたのに、全く何もできていないと思い知らされる。

 私には人が救えない。

 何の為の反転術式使いなのか。

 茈苑にまで必要とされないんなら、もう何したって変わらないような気がしていた。

 

 

「そ、そんな事あるわけない」

 

 

 自棄になっている私の心情を茈苑が否定する。

 余計だよ、私が必要なくなったアンタに言われても何も響かない。

 私が睨むと、茈苑が怯えながらも私の手を握る。

 

「硝子のお蔭で、生きてる人がいるよ」

「…………」

「反転術式が使えなくて怪我ばっかしてた時も、硝子がいたから皆といる時間があった。あの時間があったのは硝子のお蔭」

 

 やめろ、その言葉は。

 

「ボクにとっても、みんなにとっても硝子は神様。……ボクに生きてる時間をくれて、ありがとう」

 

 やめろよ、思い出せないくせに。

 憶えてないくせに。

 何で、そうやって私ばかり思い出させられるような言葉を使うんだよ。

 

『硝子は神様。ボクに生きる時間をくれてありがとう』

『この時間があるのは硝子のお蔭。ありがとう』

 

 それを言われた私が、どれだけ嬉しかったか。

 今のアンタに言ったって無駄なんだから、思い出させないでよ。

 そんな事言うから、歯止めが利かなくなる。

 

「……じゃあさ、恩返ししてよ」

「えっ……」

「それなら許すから」

「あ……う、うん!何?何すれば良い?ぼ、ボクに出来るなら何でも――」

 

 身を乗り出して尋ねてくる茈苑に笑みがこぼれる。

 ホント、記憶はなくても変わらないんだね。そうやって簡単に乗せられちゃうところ。

 だから、私がこれから告げる特大のワガママにも応えなくちゃいけないんだよ?

 

「傷、治さないで。私にやらせて」

「ぇ」

「私、みんなの神様とかやり甲斐感じない。アンタの神様じゃなきゃやってらんない」

 

 私の要求に、当然茈苑が固まる。

 でも構わずに私は続けた。

 それ以上、言ったら――。

 

 

 

 

 

「お願いだからさ、茈苑。――『私を救けて、私の神様になってよ』」

 

 

 

 

 

 

 言ったら、呪ってしまうと分かっていたとしても。

 そして、その呪いが茈苑に災いをもたらすと分かっていたとしても。

 

 

 

 

 

 それから数ヶ月間、茈苑は律儀に約束を守った。

 自分の傷を癒やさず、ちゃんと私の所へと来る。

 茈苑の傷を見て、私は密かな快楽を覚えていた。これで実質的に私の知らない傷が茈苑に刻まれて無いという事になる。

 これで、私だけだ。

 茈苑を傷つけるのは私だけ。

 約束を守る為に癒やすのを我慢して『()』の痛みに堪える茈苑の姿に安堵する。

 この事実に私は救われる。

 私を救ってくれる神様になってくれたから、アンタが忘れた事も許してあげる。

 

 そんな倒錯的な関係になった私と茈苑は、これでまた再スタートが始められると思った。

 

 もう私に隠し事は無し。

 何もかも洗い浚い話して貰う。

 五条に話してた姉の事、五条といつも何してたかも、全部ぜんぶ引き摺り出した。

 私はアンタのすべてを知ってる……一番の理解者。

 これでもう、逃げられないでしょ。

 だから、私を裏切らないで、隠さないで、消えないで。

 

 そんな風に思っていたのに、茈苑はまた裏切った。

 妊娠していた事を知るや私は事情を問い詰めたけど、アイツは相手の男を語らなかった。

 普段よりも頑固で、私が根負けした。

 何で隠すんだよ。

 もしかして、逃げようとしてる?

 

 産む気満々なアイツに、私は強く止める事は諦めて寄り添う事にした。相談しやすい相手となれば、きっと私に助けを求めて離れていかなくなる。

 実際にその通りだった。

 夏油や五条には打ち明けてなかったみたいで随分と驚いてたな。

 

 離れていくな、裏切るな、隠すな――逃げるな。

 

 私はひたすら心の中で呪詛を吐き続ける。

 これが本当の呪いになって、私から逃げられなくなるように。

 

 

 

 

 

 そして――その呪いが茈苑を殺した。

 

「茈、苑……」

 

 冷たい術台の上に茈苑が横たわっている。

 一応治療に運ばれたんだけど、見るからにもう死んでいた。

 傷だらけの体に沈黙する。

 茈苑を回収したのは現場である村の近くに任務で来ていた五条で、気紛れに様子を見に行くや襲われて倒れた茈苑を救出し、急いで高専に運んだらしい。

 そんな彼から経緯は聞き及んでいる。

 呪霊被害で怯えきった村人たちが呪霊と戦った茈苑の存在に同じような恐怖を覚えて排除しようとしたそうだ。

 やっぱり、妊娠で調子を崩したから非術師相手に殺されちゃったのか。こんな呆気なく死ぬなんて思わなかった。

 私はよろよろと壁際に移動する。

 何かに凭れかかっていないと倒れそうだ。

 

 倒れ込むように私が壁に背中を預けたと同時に、今まで何をしてたのか、やっと五条が医務室へと戻って来た。

 しばらく黙って入口で茈苑を眺めた後、椅子を術台の傍に運んで腰を下ろした。

 

「なあ、硝子」

「なに?」

「コイツ、反転術式使えるんだけどさ」

「知ってる」

「……六眼で見たけど、高専に運ぶ時は呪力はあったんだよ」

「……は?」

 

 何それ。

 

「妊娠で術式が発動しにくいのは分かるけど、呪力操作まで阻害されるワケじゃない。だから、反転術式使えた筈なのに……使わなかったんだよ」

「…………!!」

「何でかな?」

 

 五条が尋ねてくる。

 知らないんだろう。

 茈苑が反転術式を使わないのは、私が原因だって。

 死ぬまで、アイツは死ぬまで約束を守ったんだ。

 

 

 その事実を知った私は、もう何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2007年の夏。

 五条と夏油が久し振りに二人で任務に向かった。

 星漿体の任務以来で、少し胸騒ぎもした。

 茈苑を失ったばかりだから、またどちらかが帰って来ないなんて事も有り得ると。

 どちらも愛した男ではないが、共に歩んできた仲間だと思っている。

 

 だから、帰って来い――それだけ祈った。

 

 そして、私の祈りが通じたのかアイツらはその日に帰って来た。

 夏油は何やら手続きがあるとかでいないし、五条は何も言わずに何処かへ行ってしまって詳細すら聞けない。傷は反転術式で治したんだろうけど、服がボロボロだったので過酷だったんだなとは察せた。

 また明日、時間がある時にでも特級二人を動員した任務内容を聞いてみよう。

 

 そう思っていたら、夕方に手続きを終えたであろう夏油が私の前に現れた。

 

「硝子、見てくれ」

「は?何……が……」

 

 夏油が一体の呪霊を喚び出す。

 悪いけど、医務室でそんな物を出さないでくれと言いたかったのに、固まってしまった。

 だって。

 

 

『硝子。ただイま』

 

 

 死んだ筈の茈苑がいた。

 生前の姿のまま、巫女装束という異変のみを残して私の知る彼女が存在していた。

 どうして、夏油の呪霊操術で喚ばれた?

 本当に、呪霊なのか。

 

「茈苑はね、約束を守ってくれたんだ」

「守った……?」

「ああ。――『死んだ後は、呪いになって私の所へ帰ってきてくれる』ってね」

 

 目の下に隈を作り、窶れながらも夏油は幸せそうに笑った。

 ただ、私の気分は穏やかじゃない。

 

 また、また私にそんな秘密で夏油と約束なんてしてたのかよ。

 

 何で私の所に帰って来ないんだよ。

 一番の理解者なんだから、ずっと私で傷つけば良いだろ……死んだ後だって。

 私は眼の前の茈苑の体を抱きしめた。

 肉体は無いけど、ここにアイツの魂がある。

 

 なら、また同じことをすればいい。

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり。――もう逃さないからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度だって、呪えば良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曇らせ度は誰が一番高い?

  • 夏油傑
  • 五条悟
  • 家入硝子
  • 夜蛾正道
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