逃げられない呪い   作:布団は友達

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悟の呪い①

 

 

 

 

 

 

 星漿体護衛の任務の夜だった。

 

 俺は約束した通り、茈苑の部屋へと来ている。

 寝静まった校舎の中だと俺の床を軋ませる足音だけが目立つので、努めて慎重に音を立てまいと気を配った。

 未だに昼頃から湧く全能感が抜けない。

 誰を殺しても、誰を辱めても特に何も感じない不思議な境地に達していた。

 今なら何をやっても許される。

 いや、許しなんて要らない。

 なけなしの理性で傑に判断を仰いだが、盤星教の施設で拍手する信者たちだってあのままだったら何の感慨も無く殺せた。

 今の俺は本能剥き出し。

 興奮で寝る事すら出来ないし、何なら必要ないんじゃねって思い始めてる。

 でも、そんな自分に漠然と危険を感じていた。

 どうにかして、以前の状態に戻さねばならない。

 

 神にでもなったような俺を人間に戻す。

 

 俺を繋ぎ留める儀式だ。

 どんな手段かは、目星を付けている。

 

「茈苑。俺だけど」

 

 部屋の前に付いて扉を叩く。

 少しして茈苑が寝間着の姿で現れた。

 閉じられた目元は、赤く腫れていた。未だに天内の事を悔やんで泣いていたらしい。

 俺よりも一緒にいた時間が短かったのに。

 コイツは他人の為に泣ける――まさに『人』だ。

 

「遅い」

「どうせ、オマエも眠れねえんだろ」

「……話って何?」

「中で話すから入れろよ」

「入れて貰う人の態度じゃない」

「拒否権無いから」

 

 茈苑が渋々と俺を室内に招く。

 鍋の時は躊躇いなく入れたくせに、可能な限り門前で済まそうだなんていい度胸してやがる。

 くつくつと笑いながら俺は部屋へ入った。

 シャワーも浴びた後なのか、甘い匂いがする。……これたしか、硝子と同じだな。

 感覚が研ぎ澄まされてる所為で嗅覚も敏感だった。

 

 茈苑が座布団を出して座るよう勧める。

 俺はそこに腰を下ろし、深く息を吐いて俯いた。

 落ち着け、まだだ。

 茈苑はココアを用意し、俺の傍に置くと自分も正面の床に座って話せる態勢を作った。

 

「話って何」

「……今さ、黒閃何十発も決めたんじゃねえかってくらいに気分が良いんだわ。分かるだろ?」

「知らない。黒閃やった事無い」

「雑〜魚」

「殺……嫌い」

 

 酷い反応に俺は苦笑する。

 コイツも肌で何となく俺が変わったと分かってるんだろう。

 だって、若干怯えてやがる。

 特に呪力感知に関しては人一倍その感覚が鋭いからこそ、俺の状態の変化は誰よりも鋭敏に察知しているワケだ。

 だから――丁度いい(・・・・)

 

「気分が良いなら問題無いと思う」

「良すぎるんだよ。息をするように呪力操作できてさ、無意識で全身強化状態がずっと続いてる……しかも興奮の所為でさっきもコップ二つ握り潰したし」

「……」

「このままだと気分のままに何でもかんでも壊しちまいそうでさ」

「ボクに呪力を一旦止めさせたいって事?」

「正解〜!」

 

 俺の言わんとする事が理解できたのか、茈苑が目を開いた。

 コイツの術式なら止められる。

 無意識下で行われる俺の呪力操作もすべてを停止させて、この感覚を終わらせてくれる筈だ。

 しばらく興奮状態は続くが、いずれは体に追い付いて鎮静化されるに違いない。

 茈苑は紫紺の瞳で俺を凝視し――鼻から血を噴いた。

 

「はっ?」

「ゔ、あ゛っ」

 

 茈苑が前のめりに倒れて胡座をかく俺の膝上に顔が沈む。

 げーっ、鼻血で汚れた……。

 げんなりしつつも、今起きた反応について考える。

 まだ呪力は過剰に巡ってる。

 茈苑の術式が発動したのは間違いないが、通じてないって事になる。脳に多大な負荷をかけたって事だろうが、呪力操作の『未完成化』なんていつもしてる事なのに何で出来ない?

 

「どうした?」

「ごめ……襲撃者に無理した時の負荷がまだ回復、出来てなくて……今の悟くん、情報量が術式の許容量(キャパ)を超えてて……」

「ふーん」

 

 俺の膝の上で汗を滲ませながら苦しげに呼気を震わせている。

 つまり、今の状態の俺は茈苑でも止められない。

 折角できると思って頼ったのに、どうすっかな。

 このままじゃ鎮まらなくて、何を仕出かすか自分でも分かったもんじゃない。

 俺は嘆息しつつ茈苑の肩を掴んで起こそうとした…………そこで触れた感触に息を呑む。

 

 それはタイミングが悪かった。

 

 いつもより感覚が敏感だったのもある。

 そんな状態で、触れた事の無いコイツの柔肌を直に触ってしまった。

 こればっかりは薄着なコイツが悪い。

 露出した肌に汗が滲んで俺の目には輝いているようにすら見える。さっき扉の前で嗅いだ甘い匂いが立ち昇ってきて頭がくらりとした。

 噴いた鼻血で鼻から胸元まで汚してる無様なコイツの姿に不思議と目が離せない。

 そこで、むくりといつもの悪戯心が肩首を擡げた。

 

「ったく、汚ぇーな」

「ご、ごめ、ん」

「拭いてやるから大人しくしてろよ。オマエは反転術式で脳の回復でもやってなさいって」

 

 俺は鼻から拭いていく。

 それから口元、頤を通って喉から血を取り除いた。

 思わず生唾を飲み込みながら、鎖骨の辺りに散った鮮紅色を拭い取り、最後に……胸元にテッシュを握る手を滑らせた。

 茈苑は無警戒に身を委ねている。

 俺が際どい部分に手を出しても為されるがままだ。

 

 全能感に伴う興奮――力を解放したいという欲求が、コイツの肌に触れていく内に別物へと切り換わっていく。

 

 膝上で伸びてる茈苑が憎い。

 何をしても許されるような気分だったのに、今ではコイツ一人に拘っている現状が腹立たしい。

 壊したい、引き裂きたい…………食べたい。

 

「ごめ、ん。役に立て、なくて」

「やーい、役立たず」

「元気になったら……殺して、やる」

「うわ」

「今日は無理だけど、明日、なら」

「明日になると俺、何するか分かんねーよ」

「……傑と派手に喧嘩する、とか」

「今、それじゃこの気分も解消できないって分かった」

「ボク、何ができる?」

 

 茈苑の声で大袈裟なほど背筋が甘く痺れる。

 

「出来ないって分かったんなら、もう別によくね?」

「何かしたい」

「何かって、何だよ」

「理子ちゃん、守れなかった。このまま、また何も出来ないって思ったら、ボク、もう……」

「…………」

「だから、何かさせて。気分が晴れるなら、ボクを殴るでも、何でも、良いから……!」

 

 茈苑の目からまた涙が溢れる。

 あーあ、また腫れるぞと思わず笑ってしまう。

 その瞬間、俺は思いついた。

 どうすれば、この欲求を解消できるか。

 今の俺は『神』になった気分だ。

 どうにかして人間に回帰させたい。

 神ってのは、何かに執着してはならない。自分が絶対的だと思っているから、それ以外に興味を示す存在ではない……んだと思う。

 逆説的に、執着の的ができた時点でソイツは神じゃなくなるという事。

 

 俺を人へと堕とす手段。

 

 目の前の茈苑は、手助けしてくれるらしい。

 俺は口角が昏い愉悦で上がっていくのを自覚した。

 茈苑を抱き上げて、ベッドの上に落とす。

 寝台の反発で小さく跳ねた体を押さえつけるように、俺もまた上に伸しかかった。

 

「もう一つあるけど、聞く?」

「……うん?」

「殴るより酷い事って確信あんだけど」

「……うん、いい。それで、助けられるなら」

「そっか」

 

 俺は上着を脱いでベッドの外へと放る。

 剥き出しになった男の上体に、茈苑が目を丸くした。

 視線は俺の顔じゃなくて、体一点に注がれてる。泣いてたのが嘘かのように涙を止めて、慌てて自身の顔を手で覆った。

 くく、面白えー反応じゃん。

 

「俺とオマエって友だち?」

「ち、違う。絶対に」

「そっか、そっか。じゃあさ、友だちには出来ねー事しようぜ」

「出来ない、こと?」

 

 茈苑が戸惑いがちに尋ねてくる。

 指の隙間から、また俺の体を見ていた。

 耳もすっかり真っ赤で、相変わらずムッツリ野郎だって事が丸わかり。

 それを見て、とても気分が良くなる。

 しばらく俺を隙間から観察していた茈苑だったが、やがて意を決したように顔の手を退けると真っ直ぐと俺を見据えた。

 

 

 

「覚悟決めた。いいよ、何でも」

 

 

 

 その一言によって、最後の砦が決壊した。

 俺は、茈苑を煮え滾った自身の欲望の捌け口に使った。

 途中、許しを乞う声も聞こえたけど気の所為って事にして続けた。

 だって、しょうがない。

 友だちじゃないんだから、遠慮なんて要らないよな。

 

 

 

 

 数時間後、何事も無かったように別れた。

 無抵抗だった態度もそうだが、別れる時にも後腐れの無い対応だったのにも驚かされた。

 かなりハイになってたのもある。

 俺も今になって冷や汗ダラダラだった。

 折角コイツが記憶を取り戻してきた辺りで実行しようと用意周到に練ってきた策が、昨晩の事で水泡に帰す危険性があるのだ。

 それ以前に、まず硝子に殺される。

 傑のヤツも説教どころか本気で殺しに来るだろうが、普段のような喧嘩じゃないし俺自身もやってしまったと自覚という名の罪悪感があるから抵抗できない。

 ま、マズい……と一人狼狽していたのだが。

 

「おはよう」

「……応」

 

 朝に廊下で会った時、茈苑はいつも通りだった。

 も、もしかして昨日の事忘れた?と都合のいいようにも考えたけど。

 アイツは俺の前で足を止めた。

 

「昨日の事は、無かった事にしよ」

「あ゛?」

「お互いの為に」

 

 と小声で囁いてきた。

 覚えてんじゃん!!と叫びたくなったが堪える。

 ただ、それ以上に湧き上がった衝動で足を止め、後ろから茈苑の腕を掴んだ。驚いて振り返るアイツの返答も聞かず、空き教室へと引き摺り込んだ。

 無かった事にしてくれるのは、正直有り難い。

 その方が教室でも気不味くならないだろうし。

 でも、何故か――アイツの方から無かった事にされるのが甚だ業腹に思えてしまった。

 

 結果、またやらかした。

 

 しかも、茈苑もまた無抵抗だし。

 何でコイツ相手だと色々ブレーキ利かないんだよ。

 昨日の内に解消されたと思ったのに、すっかり同じテンションに戻っちまった。

 俺ってかなり最低なヤツだと終わった後で自虐に耽っていたら、すっかりアイツも居なくなっていた。

 いやいやいや、思う所無しか?

 面罵の一つや二つは覚悟してた俺の予想をブッ千切っている。

 ……まーた“無かった事に”か?

 最悪メンタルのまま、一旦寮へと戻ってシャワーを浴び、着替えてから戻ると、硝子と傑が先に座っていた。

 

「あれ、珍し」

「茈苑が一番最後か。意外だな」

「……アイツ、まだ来てねえの?」

「まあ、仕方無いだろ。昨日の今日で疲れるだろうしなー……夏油と五条は、逆に休まなくて良かったの?」

「俺たち最強だし」

 

 平静を装って席に着く。

 天内は死んだのに、こうやって俺たちは普通に授業を受けるんだな。救助できずに一般人が任務で死んでも給料は出るし、最低限呪いが祓えれば人命なんて味方も軽い界隈だから普通なんだろうけどさ。

 茈苑の命を重く認識してる俺が異常なだけか。

 

「ごめん。遅くなった」

「まだ夜蛾セン来てないから大丈夫だろ」

「茈苑、おいで」

 

 硝子が手招きすると茈苑がそちらへ歩む。

 すぐ傍まで行った瞬間、硝子がアイツの胸に顔を埋めて抱き締めた。

 突然の光景に俺と傑は絶句する。

 二人の間に何があったか知らないが、お互い特に嫌がる様子が無いから、示し合わせた二人特有の遣り取りみたいなもんなんだろう。

 は、え、は?

 それ、もしかして、お願いしたら俺も出来るやつ?

 いや、俺から頼むとか有り得な……ドサクサに紛れて事故装うならイケるか。事故なら仕方無ぇよな、ウン。

 

「硝子。もういい?」

「何で。……ていうか、何か匂い強いけど朝シャワーした?」

「うん」

「昨日一緒に入ったのに」

「また汗かいたから」

 

 情報量が多過ぎる。

 茈苑と硝子で風呂ってどういう事だよ。ってか、会話を聞いてると朝のシャワーの原因は俺ですって自覚して変な気分になってくる。

 だが、聞き耳を立ててしまう。

 俺も傑も固まったままだから、普段通りな硝子と茈苑の会話だけが聞こえる所為もある。

 そんな風に二人を不本意ながら盗み聞きしていると、唐突に硝子の声が低くなった。

 

「あのさ、茈苑」

「どうしたの」

「私が勧めたシャンプー使ってないでしょ。また同じの使ってる」

「……いつも使ってたからつい」

「夏油と同じ匂いがするのヤなんだけど」

「ご、ごめんなさい」

 

 はー??

 傑と一緒って何だよ。

 逆側を見ると、傑は嬉しそうに前髪を指に巻いていた。クソ、引きちぎってやろうかそのシンボル!

 何か俺が知ってる以上に茈苑と距離近いなオマエら。

 秘密を知ってて、尚且つやる事やってる俺だけどさ……俺はお互いの為に忘れようとか戯言吐くし、何か俺が一番出遅れてる感あるのが不満だ。

 俺がイライラして茈苑を睨んだが、茈苑は気付いてすらおらずケータイをイジっている。その画面を硝子が隣から抱き締めつつ覗き込んでいた。

 

 

 

「茈苑、アンタ……待ち受け変えたと思ったら、また誰の腹筋だよ」

 

 

 

 

 ハイ、俺の勝ちー!

 

 

 

 

 夏の繁忙期が終わって、秋になると仕事量が落ち着きつつある。

 それは例年と変わらないけど、少しだけ違うのは単独の任務が多くなって傑たちとの交流が以前より減った事だ。教室では普通に会うし、そこで会話量自体は補えてる。

 ただ、異様なのは傑だな。

 いつもみたいに非術師を守る為にーとか高説を垂れる事がめっきり無くなった。

 ま、説教されるのが減ったのは良いけど。

 いい加減、耳にタコできるくらいだったし。

 ああ、あと違う点といえば。

 

「オマエさ、俺と会話する気ある?」

「無い」

「二人で飯食いに来てんだから、勉強とかしてないで俺の相手しろよー。俺は空気か??」

「寂しいの?」

「調子乗んな」

 

 目の前の茈苑は経理関連の勉強に勤しんでる。

 何故そんな物に励み始めたのかは甚だ疑問だが……もしかして、補助監督に転向するつもりか?

 でも、総監部がコイツを後方支援に回すとは思えねえし。

 現に、星漿体の任務が終わってからコイツに振られる任務の内容のほとんどが呪詛師狩りだ。裏で『術式殺し』とか変な異名が付き始めてるくらいの活躍らしいし。

 

「オマエ、補助監督にでもなんの?」

「ならない。何で?」

「なるなら俺と傑専属にしようと思って」

「悟は嫌だ。特級のレベル二人も面倒見れないから傑の方がいい」

「いや二択なら俺選べよ」

「何で?」

「何でって……」

 

 そこで言葉に詰まった。

 俺と茈苑は友だちではない。

 二人きりで飯は食うし、以前のように殺し合いをする事は無くなったが、傑や硝子に感じてる物とはまた違う。

 二回衝動に駆られて致したし、その後も俺が事前に連絡して部屋を訪ねると応じてくれる……まあ、この変な勉強習慣が身に付き始めた辺りから二回に一回は断られるようになったけど。

 何の心変わりだよ。

 

「補助監督に後ろから刺されたい?」

「オマエさ、俺が反転術式使えるようになったからって前よりも軽率に本気で攻撃するのやめろよな」

「治るから良いと思って」

「てか、この前の術式使わずに俺を殴れたの何で?」

 

 コイツ、この前は俺との組手で俺を『視て』すらいないのに、腹に強烈な拳をクリティカルヒットさせやがって。

 結界術みたいな呪力の流れが六眼で見えたが、未だに原理が分からん。

 

「名前は決めてないけど、簡易領域みたいなの」

「はーん?」

「術式を付与しない領域を全身に帯びて、空いた容量に悟の術式を流し込んで中和する。この前、似たような術式の呪詛師を相手にしたから練習して編み出した」

「……相変わらず器用だな」

「発動中は生得術式が使えないけど、脳を酷使しなくて済むから新しい戦法」

「オマエなら『視て』終わりだけどな」

 

 ハッキリ言って効率が悪い。

 俺相手に他の人間が使うなら有効だけど、コイツの場合はそもそも俺を視認すれば終わる話だし。以前より術式からの情報を処理する能力が上がったのか、俺の呪力操作と肉体の挙動を同時に『未完成化』させてくるから、この前久し振りに敗けた。

 流石は御三家の御用達術式だ、腹立つ。

 

「教えようか?」

「俺こそ逆に誰に使うんだって話だっつの。小細工ばっか覚えやがって」

「その小細工で大の字に伸された」

「その後に血噴いてぶっ倒れたくせに」

「……無下限呪術自体が複雑だし、悟の呪力量多過ぎるからパンクする」

 

 話している内に、注文した料理が届く。

 茈苑は参考書をしまって食べ始めようとして、箸を落とした。

 指先が不自然に震えている。

 

「後遺症?」

「ち、違う」

「反転術式で治癒できるのにも限度あるだろ」

 

 呪霊なんかは秋とか冬には数が減るけど、呪詛師は人間――つまり活動期間に周期なんて無いから、そちらを主に請け負っている茈苑は年間で見れば俺たち以上に任務の数をこなす事になるだろう。

 反転術式で治癒してても間に合わないのか?

 折角、去年の記憶が戻り始めてるってのにさ。

 計画が完遂される前に壊れても困る……壊れるなら、その後にしてくれ。

 

「……普通なら、そう」

「何?普通じゃないのって」

「これは理子ちゃんの任務の時からで、あまり進行してない」

「……あっそ」

「卒業まで、保つかな」

「卒業したら何かあんの?」

「別に」

 

 茈苑は一方的に会話を中断して箸の手を動かす。

 何なんだ、一体?

 

 小さな疑問が重なっていく。

 

 まだ高専生活は二年もあるけど、茈苑は俺に対して最近悩んでる縁談の話を含めて将来に関わる話になると露骨に避ける。

 俺から隠して、一体何がしたいんだ。

 気になってそれとなく尋ねるけど、また躱される。

 呪術じゃ器用なくせに、話題を逸らしたり嘘を言う時はクソ下手くそだから、尚の事分かりやすくて腹が立つ。

 

 

 そして、その答えがわかったのは冬だった。

 

 

 茈苑は卒業後、誰かと一緒に生活する予定だったらしい。

 呪術界も離れて、ひっそりと。

 行けるワケも無いのにと嘲る余裕も無かった。

 それを聞いてカッとなった俺は、茈苑延いては伏倉家を五条家に引き込む為に動いた。

 ただ、これは禪院が邪魔して中々進まないが縁談は握り潰せたし、後はゆっくりやっていくだけ。俺から逃げようったって、そうはいかない。

 俺から離れる為に勉強を頑張ってました?

 直向きに、か?

 あの目が他を見る事は許さない。

 俺を視て生きて、俺を視て死ね。

 茈苑を前にする度に、その怒りが再燃化して俺は以前のように無理やり部屋に引きずり込んだり、部屋を訪ねるようになったりした。

 秋とかの時と違って断らないが、俺相手に諦めたように力を抜く様子が気に入らない。

 特に、茈苑相手にここまで俺が必死にならないといけないのが更にイラッとする。

 

 

 兎に角、実現の為に動いて忙しい冬を過ぎ、春になった頃だった。

 俺と硝子と教室で二人きりになる事があった。

 傑は長期任務で疲れて今日は休んでるらしい。

 茈苑のヤツも同様で、部屋で爆睡してると硝子は言った。

 いないなら仕方無い。

 座学は硝子と二人で受けるしかなさそうだ。

 元々四人だけなのを少ないと感じた事は無いが、流石に二人となると教室の広さを意識しちまう。

 

「最近さ、集まり悪くね?」

「茈苑は特にな」

「ほぼ呪詛師専門みたくなってるしな」

「……でも、任務量減らさないとな」

「ん?何で?」

 

 俺が尋ねると、硝子が睨んできた。

 おお、怖。

 え、俺なんかしたっけ。

 

 

 

「茈苑のやつ、妊娠してるから」

 

 

 その一言に、俺の心臓が大きく跳ねた。

 妊娠、した?

 俺が硝子を凝視すると、硝子はため息をつく。

 

「まあ、流石にオマエが犯人じゃないか」

「……」

「驚き過ぎて無反応?何か無いの」

 

 あ?とチンピラ風に凄んでくる硝子も今は気にならない。

 俺はただ、さっきの言葉を脳内で反芻していた。

 茈苑が身籠った……十中八九、俺の子だ。だって、そういう事(・・・・・)は俺としかしていない。最近はしてないが、茈苑に俺以外の男がいるとは思えない。

 計画と少し違うが、考えてみれば結果オーライ。

 

 俺は溢れた歓喜のまま、笑った。

 

 

 

「何それ。ウケる」

 

 

 

 言った瞬間に硝子の拳骨を頂いた。

 

 

 

 

 それから少しして、硝子と傑が席を外した教室で茈苑と二人きりになった時に、俺はアイツの傍へと移動した。

 音を聞いたアイツが怪訝な顔をするが無視だ。

 俺はウキウキしながら、アイツの肩に頬杖を突く。

 

「いやー、この歳でママとかウケるわ」

「……聞いたんだ、硝子に」

「おう」

 

 茈苑がため息をついて、腹部を撫でる。

 俺はその上に自分の手を重ね――ようとして、アイツが目を開いて『止めた』。

 は?俺にも撫でる権利があるだろうが。

 

「何でだよ」

「悟は遠慮しないから絶対力加減しない」

「俺のことゴリラだと思ってる?」

「ゴリラの方が大切に扱ってくれる」

「は?」

 

 本当に減らず口は変わらない。

 だが、許してやろう。

 今の俺はとっっっても寛大だからな。

 

「いやー、人生って分からないもんだな!」

「……だね」

「生まれる時に想像できたかよ?俺もこの歳で子持ちとか、過去の俺が聞いたら笑っちまうわ」

「……?」

「……何その反応?」

 

 茈苑が小首を傾げた。

 

「悟、子供いるの?」

「は、いるだろ」

「え」

「いや、いるだろ。ここ(・・)に」

 

 俺はそう言って、茈苑の腹部を指差す。

 オマエ以外の誰とそんな事態になるんだっつの。

 こちとら御三家の人間として外部に余計な問題抱えないように意識してんだよ。

 俺が批難の眼差しを投げかけると、茈苑が眉根を寄せる。

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この子は、悟の子じゃないよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………あ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二回、曇らせ度は誰が一番高い?

  • 夏油傑
  • 家入硝子
  • 五条悟
  • 夜蛾正道
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