逃げられない呪い   作:布団は友達

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茈苑の見た目は、ざっくり言うとfateのアスラウグの黒髪紫目バージョンですね(結構探して「コイツ……髪色以外理想だ……!」という感じでした)。


後編

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 任務帰りの高専で夜蛾センに呼び止められて聞かされた内容に俺はそれしか口から出なかった。

 何度も同じことを言われている。

 その度に俺も同じ反応しか返せなかった。

 だって信じられないし、信じたくなかった。

 

「何度も言わせるな。任務先で傑が集落の人間を皆殺しにし、行方を晦ませた」

「聞こえてますよ。だから、は?つったんだ」

 

 傑が民間人を殺して逃走した。

 あんなに非術師を守る為にあるとか口にしてたヤツがそんな過ちを犯す筈がない。大方、痕跡を傑の仕業だと偽装した呪詛師の手による悪質な犯行だ。

 そうに違いない。

 

「……殺された集落の人間……経過時間的にも最初に殺された遺体に、茈苑の残穢もあった。偽装のしようがない」

「――――」

「傑を捜索する過程で実家にも当たったが、既に蛻の殻だった。ただ、現場の血痕と残穢から……おそらく両親も手にかけている」

「んなわけねえだろッッ!!」

 

 あの二人で徒党を組んで非術師を殺した?

 いや、茈苑は呪霊だから傑が命令……違う、アイツなら茈苑にそんな真似はさせないし、いや逆に茈苑が唆して傑が庇う為に自分の犯行で覆い隠そうとって意味ないか、だからそもそも傑が非術師殺しなんて絶対にあり得ない、親だってそうだ、きっとなにかの間違いなんだよ絶対、それに、アイツらそんな素振り最近も見せ――……あれ、最近ちゃんとアイツらと、傑と話したっけ。

 何か、どれも真正面から顔見て話した記憶がねえ。

 どんな顔してたっけ、傑。

 いや、そんな――。

 

 

「悟。……俺も、何がなんだか分からんのだ……!」

 

 

 掌で顔を覆う夜蛾センの声が痛々しかった。

 ただ、隠しきれない口元は唇を噛み締めて何かに堪えているのが分かる。

 夜蛾センもまた信じられないようだった。

 その姿に俺は何も言葉が出なかった。

 

 今度こそ、は?なんて惚けたフリもできなかった。

 

 傑が非術師を殺した、それだけ。

 事実だけが残り、言い逃れも出来なかった。

 その後も傑の消息を探る調査は精力的に続けられたので、俺も参加してアイツの痕跡を探した。

 総監部としても、特級術師――単独での国家転覆を可能とする実力を認められた傑の離反は、呪術界において途轍もない脅威と見做されたのだ。

 いや、元々特級なんてそんな評価だ。

 

 術師における特級は、いわば制御不能の爆弾。

 

 呪術界を牽引するのが一級と呼ばれるように、本来はそこが頭打ち。大体が努力しても二級止まりな中で抜きん出た実力者として評価される一級だが、それ以上となれば危険人物扱いだ。

 何より、傑には特級呪霊『茈苑』が手札にある。

 アイツが全力を発揮したら町一つを塵にするのも造作も無い。

 本名を知る俺に術式が効かないとしても、それはあくまで俺を術式対象にした場合のみ。

 例えば、俺本人の呪力操作を封じる事は出来なくても、体外に放出して現象化した呪力――『蒼』、『赫』、『茈』などを対象にした時は有効になる。

 

 傑が本気で茈苑を行使したら手が付けられない。

 

 何としても探し出し、奇襲で茈苑を祓う。

 アイツは問答の余地なく人類の蠧害でしかない。傑からその切り札さえ奪えば、後は話し合える……まだ……!

 

 調査は入念に続けられたが、未だに傑は見つからずに数日が経過した。

 いよいよ本当に探さ出せない場所に逃げてしまったかと焦っていた頃、ケータイが鳴る。

 連絡主は硝子だった。

 今は街に出てた筈だ。

 

「もしもし」

『あ、五条?――夏油いたよ』

「ッ、何処だ!今、たしか硝子新宿だよな?」

『そ、新宿』

 

 やっと見つかった!

 

「硝子、そこに傑止めとけ!」

『ヤダよ。殺されたくないもん』

「分かった、俺が急ぐ」

『茈苑もいる。気をつけなよ』

 

 俺は通話状態を維持したまま、即座に新宿へと向かった。

 今度こそ、まだ間に合うと信じながら。

 

「傑のヤツ、何か言ってたか?」

『何かって?』

「冤罪だとか、何か理由があったとか」

『冤罪じゃないって本人が断言してたよ。……術師だけの世界を作るんだとさ』

「……はあ?」

 

 俺は思わず耳を疑った。

 術師だけの世界を作る……何だ、そのバカげた話は。

 字面だけで理想たっぷりだって分かる、荒唐無稽にも程がある。非術師を守る為に呪術は存在するとか常に嘯いて誇りにしていたヤツの台詞じゃない。

 何か、何かあったんだ。

 そうでなきゃ、アイツが信念曲げるワケがない。

 

「茈苑か?アイツが唆したのか!」

『切欠の一つだろ。多分、非術師に嬲り殺しにされたのも根に持ってんじゃない?』

「…………!」

『……茈苑は置いてけ、って言ったけどアイツ聞かなかったよ。茈苑は私と口すら利かなかった……多分、夏油に会話するなって言われてる感じ』

 

 じゃあ、茈苑は集落でも命令されてやっただけ?

 違うな。

 多分、性格からしてアイツも一枚噛んでる。

 それを傑が自分の命令だって演出する為に、ひたすら沈黙という自身の指示に従わせる事で主従関係の徹底差を表現し、周囲にアピールしてるんだ。

 実際、手持ちでもアイツを特別扱いしてる。

 現に集落での痕跡以来、茈苑を使った犯行の残穢が一切確認されていないらしい。茈苑に手を汚させる事を極端に拒んでる。

 つまり、最初の茈苑の残穢が――犯行が、傑を呪詛師の道に踏み切らせた。

 

「ふざけやがって……!」

 

 アイツが俺たちを滅茶苦茶にした。

 絶対に許さない。

 

 新宿に着いて、俺はひたすら歩く。

 鍛えた呪力感知で、町の中を進む傑の呪力を捕捉した。

 傍には茈苑の呪力も感じ取れる。

 特級呪霊なんて出して町中を歩いてるなんて誘ってるようにしか思えない。それに、そんだけデカい気配の呪いを連れ立っていたら周囲の非術師の体調にだって現れて痕跡を残す事になる。

 一体、何が目的なのか。

 

 その面も含めて――問い糾す。

 

 

「説明しろ。――傑」

 

 

 雑踏の中を歩いていた傑と正面から向き合う。

 アイツは茈苑と手を繋いでいた。本当にふらふらと町中を散歩する休日のラフな格好みたいで、本当に警戒の素振りすら無い。

 ただ、一目で分かった。

 今までの、俺の知る傑と違う。

 

「硝子から聞いたろ?それ以上でも以下でもないさ」

 

 淀みなく、顔に微笑みを湛えて傑は言った。

 本当に、術師だけの世界を作るつもりか……声からも冗談ではない事が伝わる。

 

「だから、術師以外殺すってか?親も!?」

「親だけ特別というわけにはいかないだろ」

 

 傑が茈苑の肩を抱き寄せ、その頬を撫でる。

 茈苑は既に『目』を開き、術式を発動しているようだった。

 現に、俺の周囲に展開していた不可侵の無限が散らされている。呪霊になって余計に術式精度が上がってやがるのが面倒くさい。

 密着している所為で、ここからだと茈苑を祓おうにも傑まで巻き沿いになる。

 

 しかも、傑はもう一体呪霊を行使してる。

 

 道の真ん中で立ち止まる俺と傑に対し、誰一人として目を向ける者がいない。

 おそらく、軽度の認識の阻害みてえな術式持ちだろう。

 これが今まで逃げ果せていた種か?

 

「それにもう私の家族はあの人達だけじゃない」

「んな事聞いてねえ。意味のない殺しはしないんじゃなかったのか!?」

「意味はある、意義もね。大義ですらある」

「ねえよ!!非術師殺して術師だけの世界を作る?無理に決まってんだろ!!できもしねぇ事をセコセコやんのを、意味ねぇっつーんだよ!!」

「…………」

 

 クソ、傑一人に集中してえのに。

 傑の言葉に反射的な答えしか出せない。

 俺の返答を聞いたアイツの顔から、あの笑みが消えていく。

 何処か見透かすような目をしていた。

 

「傲慢だな」

「あ゛?」

 

 傑の眼差しが冷たくなっていく。

 

 

「君にならできるだろ、悟」

 

 

 俺の知らない傑の声だった。

 

「自分にできることを、他人には「できやしない」と言い聞かせるのか?君は五条悟だから最強なのか?最強だから五条悟なのか?」

「何が言いてぇんだよ」

 

 会話をしているようで、全く噛み合わない違和感。

 目が合って話せているのに、傑は別の何処かを見ているかのようで話せていない。

 

「もし私が君になれるのなら、この馬鹿げた理想も地に足が着くと思わないか?――生き方は決めた、後は自分にできる事を精一杯やるさ」

 

 傑が踵を返し、俺に背を向けて歩き出す。

 駄目だ、ここから逃がしたら駄目だ!

 逃がす、くらいなら――俺は『茈』の掌印を構えて呪力を練る。攻撃を察知した茈苑が傑を庇うように立つが、それだって構うものか。

 このまま逃げられるなら、二人とも……!

 

 

 

「殺したければ殺せ。――それには意味がある」

 

 

 

 傑の告げた一言に思わず固まった。

 アイツが以前から意味があると言うのは、大義名分がしっかりと果たせる殺し。

 言われてはっとしたのは、周囲が一般人で満たされていること。今術式攻撃を放てば、百以上が巻き込まれる大惨事だ。

 盤星教の時だって言われた、意味が無いと。

 アイツが今、それが有ると言ったのは――ここで逃がせば、これからする俺の攻撃で生まれる犠牲者以上の数が被害に遭うという含意があった。

 

 指の関節が錆びたように動けない。

 

 遠のいていく傑、やがて俺が攻撃しないと思ったのか茈苑も黙って付いていく。

 それを見ても、やはり俺は……動けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故追わなかった?」

 

 高専に帰って、高専入口の階段の上に座りながら不貞腐れていたら、夜蛾センが歩いてきた。

 

「それ……聞きます?」

「……いやいい。悪かった」

 

 俺と同じ感情なのか、それ以上先生は踏み込んで来なかった。

 先生も、この前まで茈苑の事で落ち込んでたしな。

 そこに立て続けに傑の離反なんて続いたから、俺と同じで深い追及は勘弁願いたいんだろう。

 

 ……でも、それは傑も同じだった。

 

 アイツはもう、決めていた。

 他人に意思を曲げられないぐらいには決意が固まっていて、こっちに踏み込ませる余地が無かった。

 俺の助けなんて必要としてない。

 それを決める前に、一緒に悩んでいたら結果は違ったかもしれないけど。タラレバなんてやっても虚しいだけだからしたくないが、そんな考えがどうしようもなく頭を過る。

 

「先生。俺、強いよね」

「ああ、生意気にもな」

「でも、俺だけ強くても駄目らしいよ」

 

 一緒に並んで、悩める立場だったなら。

 アイツが苦悩を分かち合えるように、置き去りになんてしなければ。

 コレも、アイツが言ってた『傲慢』ってやつなんだろうけども。

 

 置き去りにしていった俺の救いなんて、アイツは求めていない。

 もう道は分かれて、自分だけが進める方へと傑は行ってしまった。

 今度は俺が置き去りにされた気分だ。

 茈苑の事だって、アイツの意思とか関係なく話を進めていったから、アイツが他に選んだ未来があっただけで勝手に裏切られたと思った。

 アイツと一緒になるつもりだったなら、俺も隣で考えるべきだったんだ。

 

 ただ、傑も茈苑も……俺が顧みずに置いてきぼりにしただけ。

 

 

「俺が救えるのは、他人に救われる準備のある奴だけだ」

 

 

 

 俺を見ないアイツらに、もう俺の手は届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ×    ×    ×    ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――とある施設。

 かつて、星漿体の暗殺を目論んだ連中の根城だった場所だ。

 言うなれば、解体された盤星教の集会所。

 

 

 私――夏油傑は控え室にいた。

 身を包む直綴の襟を正し、衆目に晒しても良いようにシワがないか裾を伸ばしたりして入念に確認していく。これからは、これが私の制服のような物になっていく事になる。

 姿見の前に立つと、我ながらキマっていると思った。

 うん、らしい(・・・)な。

 

『傑、これ』

「ああ、ありがとう」

 

 背後で見ていた茈苑から五条袈裟を渡される。

 私がそれを肩にかけると、茈苑が再び袖や裾の確認をしてくれた。

 何だか出かける前の夫婦みたいだね。

 

「茈苑は控え室で待っててくれ」

『ボクも行くよ』

「いや、しかし……」

『行く』

「……ありがとう」

 

 私は茈苑を抱き締める。

 

「本当に、私と一緒で良かったのかい?」

『傑が独りになるのは嫌だから』

「……そうか」

『傑。行こう』

 

 茈苑と共に私は控え室を出ていく。

 扉の前には、男が一人待っていた。

 私がこれから行う上で舞台を整えるのに必要だった為に呼び寄せた仲介人の孔時雨だ。裏に通じて長いのか、手際も良い。

 孔時雨は、茈苑を凝視した。

 茈苑の方は、まるで誰もいないかのように彼を見ない。

 

「……呪霊、なのか?」

「そうだが」

「……随分親しそうだが、元友人だったりするのか」

「ああ、少し前に亡くなった友人でね。こうして私の下に帰ってきてくれたんだ、健気だろう?」

「……」

『初めまして、孔時雨さん』

「っ……初めましてだな、名前は?」

『茈苑』

「……そう、か」

 

 孔時雨が目元を覆い、深くため息をつく。

 何だ一体……まあ、どうでもいいか。

 これが終われば、緊急時以外で茈苑を人目に晒す事も無いからいいか。他人の目を気にするのも可怪しい話だし、茈苑も家族の一人だけれど他にだって譲れない。

 数ある居場所で、私を選んで帰ってきてくれたんだ。

 もう私以外で目移りしないように。

 

 猿どもでも死ぬと悲しんでしまう彼女を、傷つけないように。

 

 私は茈苑の手を引きながら通路を歩く。

 

「それにしても、盤星教は解体されたハズだが?」

「表向きは居抜きみてぇにしてるがな。嫌か?」

「いや、呪いと金が集められれば何でもいいさ」

「……本当にその格好で出るつもりか?」

「いいだろう?ハッタリは大事だ」

 

 集会所の講堂、その舞台袖まで行くと猿どもの悪意から救出した子供――美々子と菜々子が待っていた。

 傷も治って、顔色も良い。

 私は「夏油様」と呼ぶ彼女らの小さな頭を撫でる。

 これから、彼女らに示すのだ……呪術師が人の上に立つ新たな人間の形であることを自覚してもらう為に。

 

「揃っているな?」

「各支部長、代表役員、会長……その他太客お揃いで」

 

 孔時雨に確認を取り、深く息を吸って……私は壇上へと出た。

 

 

 ぞろぞろと、不快な視線が私に束ねられる。

 後ろから付いて来る茈苑の足音でその不快感を紛らわせつつ、手に取ったマイクの電源を入れた。

 

 

『あーあー、皆さんお待たせしました。それでは手短に。

 ……今この瞬間からこの団体は私の物です。名前も改め、皆さんは今後私に従って下さい!』

 

 

 笑顔で告げると、そこかしこで猛反発する声が聞こえた。

 中には、茈苑が視える者もいるようで彼女本人に罵声を浴びせる者もいる。

 

 うーん、そうですかそうですかっ!

 

 いやあ、これは反対多数か。

 困ったなぁ。

 

「困りましたねー……そうだ!」

 

 やっぱりこうなったか、と思いつつ適当な人間に目をつける。

 たしか、名前は、何だっけ。

 まあ、これも適当で良いか。――どうせ■だし。

 

「園田さん、よろしければ壇上へ。……そう!アナタです!!」

 

 怪訝な顔で壇上へと園田さんが上がる。

 すると同時に、私の背後で茈苑の体が変容していく。

 壇上を埋め尽くす程の巨大な体で蜷局を巻く翡翠色の龍と化し、叩きつけた尾の一振りで園田さんを床に潰した。

 溢れた血が飛び散り、私の頬にかかる。

 それを龍が――茈苑が舐め取った。

 

 彼女はどこまでも、私に寄り添ってくれる。……独りではない、だから安心してこの道を行こう。

 自分にできる精一杯を、私もやり遂げよう……そうだろ、茈苑、灰原。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、改めて。――――私に従え、猿共」

 

 

 

 

 

 

 

 

 猿は嫌い――私の選んだ本音の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二回、曇らせ度は誰が一番高い?

  • 夏油傑
  • 家入硝子
  • 五条悟
  • 夜蛾正道
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