逃げられない呪い   作:布団は友達

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高専生時代・生前
夏油の呪い①


 

 

 

「夏油くん?」

 

 私――夏油傑からしても、伏倉(しくら)茈苑(しおん)は第一印象として儚い人だった。

 高専一年の夏。

 その日は任務も無く、悟も高専を出ていて退屈だった。

 特に授業も無いが教室の椅子に座って時間を潰していたら、ほとんど部屋着の彼女が現れた。

 夏の暑さでも汗が滲まない白い肌は、正直生気を感じなくて時々不気味に思えてしまう。表情も動いているところを殆ど見た事が無いので尚更だ。

 それに、いつも目を閉じていて視線が合わない。会話をしている気にならないのだ。

 この時は、苦手だったと思う。

 

「伏倉さん。教室に何か用?」

「コンビニ帰りに寄っただけ」

「そうなんだ。昨日は任務だったらしいけど、怪我はしなかった?」

「したけど、硝子のお蔭で完治した」

「あれ、でも」

 

 伏倉さんは頬に湿布を貼っていた。

 硝子の反転術式――本来は身体強化や相手を呪う事しかできない呪力を呪力とかけ合わせる高度な呪力操作で生じるエネルギーを用いて行われる治療を受ければ治る範疇の負傷だ。

 もしかして、硝子が一度の治療では治しきれないと判断するほど怪我をする過酷な任務だった……?

 

「これは昨日、五条くんと」

「悟?」

「体術の練習、付き合って欲しいと頼んだら怪我した」

「悟は弱い相手にも手加減が下手だからね」

「うん。ボク下手だから、痛みで覚えようと思って残してる」

「あ、すまない。今のは煽りとかではなく」

 

 伏倉さんは「分かってる」と頷く。

 術式関係もあって、いつも私と悟の仲裁役。

 戦闘とは極力関わりたくない硝子とは違って、怪我も覚悟で制止する。却って、その勇敢さから悟には命知らずと面白がられていたかな。

 でも実際、私や悟のような呪術師にとっては中々に天敵となる術式(さいのう)の持ち主。能力の高さは認められているが、呪術師には嫌われている。

 高専入学当初で二級術師というので周囲から嫉妬も買っていたらしい。

 その反面、体術が苦手なのでその気になれば簡単に制圧できてしまうチグハグな実力。

 だから、喧嘩は止められても本気の殺し合いでは悟や私たちに及ばないので、いつも悟とは互いに伏倉に怪我をさせない内に喧嘩を止める、というのが暗黙の了解になった。

 夜蛾先生に怒られるからね。

 

「何を買ったんだい?」

「……気になる?」

「いや。聞かれたくなかったら別に言わなくても」

「良いよ。待って」

 

 私の隣に座って机の上にビニール袋の中身を広げた。

 その大半が菓子類である。

 暑い中、わざわざコンビニまで出かけて購入した物がアイスではなく、スナック菓子……。

 由緒正しき呪術師家系の家柄の影響か、ずっと家の中で育てられてきたのか常識や金銭感覚が所々欠如していて、硝子にはよく社会見学と称して休日の買い物に付き合わされる程度に変わっているのは知っていたけど。

 

「美味しそうだね」

「……夏油くんも食べる?」

「私が?」

「良いよ。ボクは食べないから」

「え。じゃあ、どうしてこんな量を」

「硝子が五条くんと夏油くんに何かされそうになったらお菓子を渡して黙らせれば良いって言ってた」

「……」

 

 硝子もまた随分と適当な助言をしたな……。

 悟の事を完全に犬のように見ている対処法だけど、実際それで何とかなりそうな部分も否めない。

 私への認識もつくづく度し難いな。

 いや、本人を前にして言うこの子の度胸も中々だ。

 それにしても……苦手な相手から菓子とは、あまり気が進まないのが正直な気持ちだ。

 

「そんな事しなくても、私は君が嫌がる事はしないよ」

「そっか」

「だから、その菓子は私には――」

「じゃあ、これ一緒に食べよう」

「えっ?」

 

 婉曲に要らないと伝えようとしたが、その前に伏倉さんから菓子が差し出される。

 じゃ○りこ。

 うん、どうせならアイスが良かったけど。

 

「どうして?」

「いつものお礼」

「お礼……私は君に何もしてないよ」

「家にいた時は同年代の人なんていなかったから、同じ教室に居てくれるだけで嬉しかった。それに、喧嘩の時はいつも割って入ったボクが怪我をしないように配慮してくれる」

「………」

「だから、そのお礼」

 

 その一言に、私は何と反応して良いか分からない。

 伏倉さんが感謝している事は、本当ならお礼どころか注意したり、硝子のように『喧嘩する方が全面的に悪い』という正直な感想を言われるような事だ。

 悟なんかが聞いたら、調子に乗りそうな発言である。

 でも、この言葉を聞いて私が彼女に持っていた苦手意識は丸々罪悪感へと変遷する。一方的に遠ざけていた事が今更ながら胸に突きつけられた。

 私は情けないほど小さい声で礼を言うと、彼女の口角がほんの微かに上がった。

 じゃ○りこの蓋を取り、互いの机をくっつけて中心に置く。

 

「いつも思うけど、私と悟の喧嘩を止めるのは何故かな」

「ん?」

「硝子みたいに避難するワケでもなく向かって来るだろう」

「迷惑だった?」

「そうじゃない。ただ理由が知りたくてね」

 

 私の質問に、伏倉さんはため息をついた。

 

「夜蛾先生が辛そうだったから」

「………あぁ」

「あと、寮母さんが物音で怖がってた」

「あ、あぁ」

「教室まで壊れると、ボクがみんなと会えなくなるのが嫌だったから」

「あ、あ、あぁ……」

 

 何だか途轍もなく申し訳無くなってきた。

 無表情だが、声だけは訴えかける何かを感じる。

 私は悟と自分の性格上、喧嘩はこれからも避けられないけど極力自分を制御するよう努めると謝罪すれば、「鬱憤が溜まるのはいけないから別にいいよ。私がしたくてしてるだけ」と言われて余計にダメージを負う羽目になった。

 

「夏油くん。もうすぐ一級だって聞いた」

「知っていたんだね」

「同期としては鼻高。呪霊操術って、珍しいって聞く」

「君の力もそうだろう。君だって一級にはなれる」

「どうかな。ボク嫌われてる」

「はは。じゃあ、私が一級になったら推薦するよ」

「体術が上達したら、お願いする」

 

 二人でシェアすると、あっという間に無くなる。

 すると、今度はもう示し合わせたように次の菓子を無言で手に取り、また共有していた。

 後で悟の分が残っていない事に気付いて、二人で買いに行く事になった。

 それもあってか、この日を境に入学以来ずっと距離を置いていた彼女と同級生として少しずつ距離が縮まったような気がする。

 

 伏倉さん――という呼び方も、いつしか親しげに茈苑と気軽に口にできるようになっていた。

 彼女からも、傑くんと呼んで貰えるようにもなった。

 それを悟には、少しだけ茶化されたけど。

 

 お互いの暇が重なったら、特に約束しているワケでも無いのに教室で集まって菓子を食べる。

 家にいた時には食べられないとあって、茈苑はこういった物に興味津々だった。一般家庭の出の私が語る常識にも、開けていない瞼の奥で目をきらきらと輝かせているのが分かるほどには。

 そんな彼女が、私には尊く思えた。

 悪意が蔓延り一般家庭の育ちでは想像できないような権謀術数犇めく呪術界の中で育まれたとは思えない無垢な感性の持ち主である。

 何というか――呪術師に向いていない。

 向いていないのに血や戦闘には慣れるイカれ具合は適材なのかもしれないけれど、私にはどう見ても不似合いな気がした。

 それに、時々まるで記憶が抜け落ちたかのように私の事を以前のように「夏油くん」と呼び、指摘すれば「そうだったね」と何か異常のサインを発していた。

 いつか怪我をしてからでは取り返しが付かない。

 いや、もう手遅れな部分まで来ているのかも。

 

 

「夏油くんとお菓子食べてる時間が一番落ち着くな」

 

 

 そう思っていた頃だった。

 

 

 

 

 

 ――高専一年の冬。

 

 その報せはすぐ私の耳に入った。

 茈苑が赴いた任務先で重傷を負い、救急搬送された。

 二級案件と思われていた内容に、近辺で活動していた特級相当の呪霊が乱入、さらに呪詛師の介入もあってこれら全てに単独で対処した結果だそうだ。

 応援要請が私に出ていたので駆け付けようとしたが、その前に茈苑が片付けてしまった。

 

 救急搬送で一命を取り留め、そこから二週間経ってようやく私は彼女に会えた。

 

 任務先のお土産を持って、彼女の病室に入る。

 その時、私の気配を察した瞬間――ベッドの上にいた彼女が、こちらに『開いた目』を向けた。

 いつもは閉じられ、開く事が彼女の術式発動条件。

 

 

「どちら様ですか?」

 

 

 冗談かと思った。

 でも、その声色は明らかに警戒の色を含んでいる。

 いつも無表情だが、空気感は冷たかった。

 私は驚愕で手の中のお土産を床に落としそうになりなった。

 

「だ、誰って。君と同じ高専一年の」

「あ、そう……でしたね」

 

 思い出した……風を繕う反応だった。

 私は軽く二、三言を彼女と交わして即座に容体について詳しく知っていそうな硝子などに話を聞きに行った。

 

「術式関係だよ」

「術式……」

「特に、五条ほどじゃないけど脳と目を酷使するらしい。まあ、あんな物持ってたら相応のリスクは回避できないのは当然だ」

 

 茈苑の術式――『画竜点睛』。

 完成した芸術は己のみ、それ以外は許さないというエゴを具現した術式。

 普段は自ら視覚を封じる事で不完全体を演じる縛りを強制されるが、代償に目を開いて目視した自身に対しての攻撃を目的とした他者の術式発動を『未完成』にする。

 五感の一つを完全に封じる縛りの効果もあり、効果も不明な相手の術式を理解していなくとも初見で無に帰す。

 即ち、事実上の術式無効化の術式。

 故に茈苑は呪術師の天敵と呼ばれる。

 だからこそ、悟と私の仲裁――呪術まで用いた本気の喧嘩でさえも制止する事が可能なのだ。夜蛾先生にも毎回校舎が半壊せずに済んだと甚く感謝されているらしい。

 

「今回の状態は」

「無理をした結果だ。……茈苑曰く、本来は目視した術式二つ程度の無力化が限界らしいが、予定していた呪霊に加えて呪詛師、特級呪霊を一挙に相手取らなくてはならなくなった」

「まさか」

「無力化する術式情報の全てを処理しようとして脳が焼き切れる寸前まで行った事で、軽度の記憶障害が出ている。……具体的に言うと、ここ八ヶ月の記憶は失われた」

 

 硝子が眉根を寄せて苦々しげに告げる。

 私は驚きで言葉も出なかった。

 以前から危惧していた事態とは少し異なるが、それでも茈苑そのものが摩耗し、いつか消失するという点においては同じ。

 記憶が、八ヶ月……。

 それは、入学前まで記憶が退行しているという事。

 硝子の表情も納得の惨状だ。

 私や悟よりも、茈苑は硝子と仲良し……というより懐いていた。そんな彼女に慕われて、硝子自身も愛着が湧いていたからこそ酷な現実としてこの事態を受け止めているのだろう。

 

 ……本当に、彼女は呪術師としてやっていけるか?

 

「次に同じ事をしたらどうなる?」

 

 思わず、その質問が口をついていた。

 脳は、他の器官もそうだが身体の中で最も繊細な部分の一つだ。そう簡単に完治しない。だから、次に同じ事をしたら記憶障害で済むかは私も想像が付かない。

 

 

「廃人だな」

 

 

 硝子の端的に短く告げた言葉に私の中が冷たくなっていく。

 呪術師として、仲間を喪う覚悟は出来ている。

 実際に、何度か同じ現場になった先輩の術師が知らない間に亡くなっていた事も屡々あった。

 ただ……同じ教室で過ごす四人の内から、誰かいなくなるなんて想像を一度もしなかったが故に胸を打つ衝撃は大きかった。

 私の代は、誰も彼も才能の塊。

 生半可なことでは死なない者ばかりだ。

 認識が……甘かったかもしれない。

 きっと、硝子や悟が同じようになっても私はこうなっていただろう。

 今回は、茈苑だっただけだ。

 彼女が気付くキッカケだった。

 誰かがこうなるかもしれない可能性を、私はずっと頭の中で排除していたんだ。

 私や悟は、はっきり自分で言える程には強い。

 硝子は貴重な人材だから、前線に回される事が殆ど無いので心配ない。

 では――私や悟より弱く、硝子と違って前線に駆り出される茈苑は?

 彼女は守るべき非術師側の人間ではない。

 だから、こんな心配も本来ならすべきではない。

 でも……考えずにはいられなかった。

 

 今回の任務も妙だ。

 近くにいた特級呪霊が遭遇、そこに呪詛師が介入……こんなバッティングが普通は起こり得るのか?

 大体、呪霊の殆どは発生地域から動かない。

 呪詛師の介入としては暗殺も考えられる。茈苑は元から上層部やその他術師からもあまりいい顔をされないから。

 まさか、茈苑を排除する意図で……。

 

『私が一級になったら、推薦しようか』

 

 自分自身の言葉が脳裏をよぎった。

 一級になれば、より高度で危険な任務が斡旋される。

 強敵に立ち会えば、また同じ状況になりかねない。

 一級だからと、彼女を排除したいと考える者にしては都合のいい文句を与えてしまう。

 そうなれば、本当に。

 

『夏油くんとお菓子食べてる時間が一番落ち着くな』

 

 そう言ってくれた彼女の言葉が頭の中で響く。

 

 

「一級、なんて絶対に駄目だ」

 

 

 私の中で、『覚悟』が決まった。

 

 

 

 

 

 ――高専二年の春。

 

 

 あれから取り組んだのは、まず関係の再構築だ。

 硝子たちが戸惑う中、私は臆せず茈苑と距離を詰めた。

 私から誘って、色んな菓子や店を回った。

 どれにも新鮮な反応をする事から、やはり八ヶ月の思い出は失われたのだという事実も痛感させられて胸は痛んだが、それでも失われた頃より比較的に早く以前かそれ以上の物を取り戻せた筈だ。

 かつては硝子がいた位置に私がいる。

 最も親しい相手として。

 

 そして――私からの忠告をちゃんと聞く関係として。

 

 硝子が物を教えていたが、私が教える立場になった。

 良くも悪くも懐いた相手の事を信じきる茈苑は、見事に私の言う通りに動いてくれる。

 身の丈に合わない危険を感じたら即座に撤退させるよう誘導したし、茈苑本人にはいい顔をしておいて外部には彼女の実力が高くないという情報を噂程度に流して推薦の声を予て極力潰す努力もした。

 悟からは、特級相手に戦えたのに何で推薦されねーの?って不思議がられていたが、私が原因とは言えないな。

 

 …………分かっている。

 術師としてはあるまじき行動なのも承知している。

 それでも。

 

「傑。ご飯一緒に……?」

「――――」

「傑?」

 

 茈苑はどこかで怪我をしているのを見ると、私の中のすべてが酷く冷たくなっていくのを感じた。

 

「何で怪我を」

「傑……?」

「任務は無いと言っていた筈だ。もしかして、私に嘘をついた……?私が忠告したのに、どうしてそんな怪我をしてるんだ。言ってくれ、怒らないから」

「傑、手が折れる」

「っ、あ、ああ、すまない」

 

 いつの間にか、私は茈苑の両手を強く掴んで壁に押さえつけていた。

 当の本人は、痛みも顔に出さず黙って私の方に顔を向けている。私が放した手首には、くっきりと手形が付いていた……放置していたら、きっと明日には痣になるだろう。

 痛いと口にしない、顔に出さない。

 そのリアクションの薄さが、生きていないのではないかとわずかに錯覚させて、私の心を乱す。

 どうして私の忠告を聞かない?

 我に返って、私は慌てて体を離した。

 

「それで、その怪我は?」

「五条くんと体術の訓練」

「……相変わらず、悟は手加減が下手だな」

「ボクが手加減しないでって頼んでる」

「え?どうして」

「傑にいつも心配をかけてばかり。ボクが早く強くなれば大丈夫になるはずだから」

 

 ……ああ。

 ああ。

 ああ。

 本当に、この子は私の忠告を聞かないな。

 危険から遠ざけようとしても、自ら踏み込んでいく。

 私の為に?――ふざけるな。

 私の為を思うなら、そんな事をしないでくれ。

 無自覚に私ばかり掻き乱して、いつか無責任に消えていくつもりか。

 

「茈苑」

「なに」

 

 そんな事をされたら、私はいずれ。

 

 

 

 

 

「君は本当に、優しい(愚かな)子だね」

 

 

 

 

 

 ―――君を、呪いたくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 補足

 術式『画竜点睛』

 術式発動以外は視覚を完全に奪われる縛りだが、その代わりに目視した自身への攻撃目的の術式発動を完遂させない。
 他にも術式以外に動作に対象を絞れば、実質的に相手をぴくりとも動けない状態にできる。

 欠点としては、対象は『術式』と『そうでない物』の二分化される。相手の行動によっては、その都度術式対象を設定し直さなければならないが呪力消費が凄い。
 しかも、視覚頼りなので視覚外からの攻撃は無効化出来ない、不意打ちにかなり弱い。




好きな地獄を選んでよ。

  • 夏油傑
  • 家入硝子
  • 五条悟
  • 夜蛾先生
  • 冥冥
  • 歌姫
  • 伏黒甚爾
  • 伏黒恵
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