え、筆休めならもっと安穏としたのを書け……?書けなくなってて自分でも困ってるんですよ。
「なんだ、悟か」
五条家の邸宅で僕を迎えた声に固まる。
訓練用の野袴と単衣を着る少女は、淡々とこちらの方に瞼を閉じた顔を向けていた。
雰囲気も声も顔も、似てるんだよなぁ。
僕は動揺を隠すように笑顔を作って片手を挙げた。
「や。調子はどう?」
「頗る悪い」
「ありゃりゃ。どした?」
「ノートの人みたいに上手くいかない」
「そんな時は、帰って来たパパに頼ろう!」
「…………」
「お返事はー?」
僕の声を生意気にも無視しやがる。
そういう所は似なくていいのに。
伏倉家の人間っていうのは、もしかしてそういう性質なのだろうか。術式だけならともかく、性格まで可愛げないと将来的に困るよ。
近付く僕の前で、少女は宙に石を放る。
そして、見開いた目で凝視すると石は中空で停止した。
「完璧じゃん」
「視るので手一杯。その間は動けないし、遠いと効果薄い」
「え、そういうのなん?」
「そんな便利な力じゃない」
「使い熟せば凄いよ。――『画竜点睛』はね」
僕は少女の頭に手を乗せる。
すると、石が地面に落ちて少女に怒られた。
無言で短刀を振ってくる辺り、養父に対する態度ではないと思いつつ、その手首を手刀で打って武器を手放させ、腕を軽く捻り上げて行動を止める。
恨めしそうに僕を『視る』が効かない。
ニヤニヤ笑ってやれば、じわりと目尻に涙が浮かび始めた。……っと、意地悪しすぎたね。
腕を解放して頭を撫でようとしたが、するりと躱されて何処かへ走って行ってしまった。
やれやれ、引き取って四年経つのにこれか。
僕は頭を掻いて、少女の後を追う。
口すら利いてくれなかった初対面の頃に比べれば進歩したのだろうが、未だに僕……というより術師への警戒心が見て取れる。
まあ、ボチボチだね。
しばらく歩いて少女の姿を見つけたのは、母屋から少し離れた庭にある庵で、襖が開きっ放しで外からは丸見えになっている。
彼女は座敷の隅にある棚にある棚の前に蹲ってノートを見詰めていた。
「僕に訊いてよー」
「うるさい」
「うるさいて。……全く、恵といい敬意のないガキばっかだね」
「悟も他の所じゃ歳上は敬ってないって聞く」
「だって敬えるような人間がいないんだし」
「私も同じ」
「クク、シゴキ甲斐がありそうだね」
「……恵も可哀想に」
「大丈夫。君のお父さんとの約束もあるし、変な事はしないよ」
「……」
「だからそんな顔しないでよ?――
少女――紫月が不服だと唇を尖らせる。
碧と僕の関係は養子縁組の家族。
何故そんな事になったのか、その端緒は四年前に遡る。
傑が離反した後、僕は五条家の仕事として伏倉家の騒動の事後処理に追われていた。
呪霊化した茈苑の手によって全滅した一族の遺産を御三家が扱う事となり、色々と調査の手が入った。術式の為の秘匿された儀式といい、外部に伝達されていない情報が山程あった。
たしかに、伏倉家は御三家御用達。
呪術界の総監部からも走狗として贔屓にされていた。
彼らの一族の歴史は、常に滅私奉公。
命令されれば必ず任務を完遂し、その功績の一切を放棄する――その条件として、一族内の情報を一切周囲に探らせる事はしなかった。
一応、全滅後に重要な部分は茈苑の祓除任務後に僕が全て回収しているから、禪院や加茂が知れたのもその上澄みでしかない。
そして、回収された家系図からある事が判明した。
伏倉家の一人が一般家庭を営んでいる事。
伏倉家当主の弟で、相伝どころか術式すら持たず、呪いさえ視認できないとあって冷遇され、一族内での扱いに堪えきれず情報を一切外部に漏洩させない条件で出奔を見逃されたという。
僕は遺産分割の件もあり、早速そちらへ赴いた。
そして、外で家庭を持った彼と、その娘を六眼で見て驚かされたのだ。
片方に――相伝『画竜点睛』有り。
伏倉家関係者と明かせば男には警戒されたが、一族が全滅したとか色々と事情を話せば、少しだけ話を聞いてくれるようになった。
そして、娘に相伝有りと伝えると彼は頭を抱えた。
これは『画竜点睛』の発現条件。
生まれてくる子は双子である事。
その条件通り、家には元々双子として生まれはしたが姉の方が産まれて間もなくして死亡し、今は一人であるらしい。
娘は秘儀となる名前の譲渡等の手順が踏まれていないのもあってか、術式の自覚はあっても行使には至っていないようだった。
だから、呪霊や呪力は感じ取れても祓える力は無い。
ところが、時期的に伏倉家全滅前から禪院家が嗅ぎ取っていたらしく、娘を言い値で引き取ろうと迫ってきていたらしい。
御三家のやり方は心得ている彼としては、娘の身を案じてどうにか安全な拠り所が無いかを探っていたらしかった。
僕は伏倉家の最高傑作と名高い茈苑と級友だったと認識されていて、その一定の信頼から『縛り』を結ぶ事で娘を呪術界の権力云々から守る形になった。
秘密裏に五条家で匿い、存在をひた隠した。
呪術界で言えば、正直歳なんて些末な事。
だから、既に当主となった僕が養父として彼女を引き取ったのである。
ただし、僕も特級術師。
任務の事に加え、恵の教育も忙しい。
この子一人を守り抜くには些か不安だったので、この子自身が己を守る力を付けて貰う必要があった。強くなって、一人前の術師にでもなって貰えば独力で生きられるしね。
だから。
『君、お名前は?』
『……
『んじゃ、今日から紫月を名乗ってね』
『っ、それはお姉ちゃんの名前!』
『うん、でもね。これからは君のお姉さんが君を守る力になってくれる。しかも、その名前で生きて君が幸せになればお姉さんを幸せにもできる……って感じがして素敵じゃない?』
『……あなたは誰?』
『僕は五条悟。最強のパパだよ』
『…………』
『娘がつ・め・た・い〜』
以降、僕が娘としてこの子を育てつつ、いつか独り立ちできるサポートをする事になったのだった。
はい、回想終わり。
齧りつくようにノートを読む紫月の隣に腰を下ろす。
自身を肉親から引き剥がした呪術を厭う割に、熱心なのは何でかなぁ。
早く自立したい、とか?
引き取った当初、僕が未来設計図を話した所為かもしれない。それはそれで寂しいんだけど。
或いは、同じ術式を持つ茈苑の遺産って事で親近感が湧いてるからかな。
ともかく、あと四年で高専入学させる。
それまでに、一端の実力は身に付けて貰わないとね。
「悟」
「ん?」
「一冊目が無い」
「あー、メンゴ。恵に貸出中」
「反転術式覚えたいのに……」
「僕も使えるよ」
「悟は感覚派。聞いても為にならない」
「ちぇっ」
僕に頼ろうとしてくれない辺り、本当に可愛くない。
アイツもそうだ。
縁談の時といい、僕に頼ろうとしなかった。
傑といい、アイツらは僕がそんなにも頼りなかったのかって言いたくなる時もある。……二人の場合、僕だからこそ頼れなかったってのが正しいんだけどさ。
どうか、紫月もそんな事を言わないで欲しい。
「ねえ、紫月」
「……」
「紫月?」
呼びかけるが返答が無かった。
やがて、ぽすりと紫月の体がゆっくりと横に傾いで僕の肩に頭を乗せる。びっくりしてこっちが固まっていたら、寝息が聞こえ始めた。
……警戒してんだかしてないんだか分かんないなホントに。
僕は紫月の体を横倒しにする。
その体に上着をかけてやっても起きる気配は無し。
寝顔までそっくりかよ。
禪院家もそうだけど、一族内だと顔立ちってよく似る物だよな。父親も茈苑の面影を感じで顔が引き攣りそうになったしさ。
……多分、この子は察している。
話している間、僕がこの子の顔を直視できていない事に。自分を通して、僕が誰かを見ている事に。
因みに、紫月の存在を硝子には明かしていない。
一体どうなるか、僕でも予測が付かないからだ。
一応試しに夜蛾
本物は、今も傑の隣にいるって分かってるのに。
「この子は代わりじゃない」
そうやって自分に言い聞かせている。
僕じゃなくて傑の隣を選んだアイツは、もう絶対に相容れないのだ。
……でも硝子は?
アイツは健気に茈苑が帰って来ると思ってる。
つい思い出話で茈苑の名を口にすると不安定になるけど、もしかしたら硝子にとってはこの子は代わりになるんじゃないか?
……どちらにせよ、この子が高専に通う事になれば分かる話だ。
「ん……あ、寝てた」
「冬だってのにスヤスヤ寝るね、君も」
「……何もしてない?」
「してないよ。僕の事何だと思ってんの?一応パパなんだよ??」
寝起き一言目がそれって。
呆れる僕の前で、紫月は目を擦る。
「『ボクも悟と友だちになりたかった』」
はっ?
突然何を言い出すんだ、この子は。
そう思っていたが、受け止めた言葉で本能的に凍りつく。その一人称といい、瞼を開いて真っ直ぐこちらを見る顔も相俟って何だか本当にアイツみたいで。
硬直している僕に、くすりと紫月が笑う。
「寂しそうな顔」
「…………」
「三冊目の最後のメッセージ欄に書かれてたセリフ」
そう言って、ぽんとノートを胸に押し付けられた。
僕を置き去りに、また紫月は何処かへ走っていく。今ノートで見た事を実践する為だろう。
一方で、僕は未だに動けずにいた。
今の言葉が、三冊目にあった言葉……。
たしかに、二冊目以降はアイツが二年の頃……つまり僕との関係も修復しつつあった頃に書いていたヤツで、僕すらもあまり目を通していない。
友だちに、なりたかった?
「クク、俺が友だちで満足してたと思うのかよ」
あまりにも滑稽に思えて笑いが込み上げてきた。
それから四年後、紫月を予定通り高専に入学させた。
実力的にはまだ未熟。
僕も『画竜点睛』への知識が浅かったからか、紫月の成長の仕方や術式の使い勝手などを知って、如何なる理由で茈苑が『伏倉家の最高傑作』なんて呼ばれていたかの所以を知った。
術式発動中、通常は視覚に集中するので動けない。
二つ目、かなり緻密な呪力操作を要する。
三つ目、対象は脳が処理しきれる情報量に限る。
術式は凄い物だが、思い返すとどれだけ茈苑が性能的にイカれていたか分かる。入学して間もない頃から術式を発動しながら僕と格闘戦を繰り広げ、さらに最大で二つ対象を指定して無効化。
伏倉家内では、かなりのバケモノだったワケだ。
だから教育方針も結構苦労したよ。
何とか鍛え続けて、入学時に二級術師。
まだ伸び代はあるし、本人的にもいつか反転術式を会得してより術式の性能を上げると意気込んでいた。
すっかり術師の考え方である。
だが今年の一年生は豊作、彼女だけじゃない。
特に秤はイイね。
僕が英才教育を施した紫月と共に、これから強い術師になってくれるだろう。
さてさて、念願のお披露目だ。
「硝子ー、今暇?」
「今手は空いてるが込み入った話ならお断りだ」
「ちょっと見てよ、僕の教え子」
「何だ。怪我でもし……」
振り返った硝子が固まる。
隣に伴った紫月を見せた途端にコレだ。うわー、初対面の頃の僕を見ているかのような気分だ。
硝子が黙っている間、勝手に簡潔な説明をして紫月と僕の関係を明らかにしておいた。
紫月を見て止まっていた硝子だが、手招きして僕を傍へと呼びつける。
「五条。ちょっとこっち……君は外で待っててくれる?」
「あ、はい」
紫月が席を外した医務室で二人きり。
何だよ。
恐るおそる近づくと、襟を掴まれてぐいと引き寄せられた。
「茈苑が戻るまでの代替のつもりか?」
「……んなわけないじゃん。昔言ったろ、茈苑みたいなヤツを作らないって。御三家が絡め取ろうとする前に保護したんだよ」
僕がそう言うと、硝子が襟を放してくれた。
耳打ちで話していたから、室外で待機している紫月でも会話は聞き取れていない筈だ。
「良かったよ」
「ん?」
「私の前であの子を茈苑の代わりとして扱ってたら
怖い怖い。
「アイツはアイツだよ。……必ず僕が祓うんだから、同じ扱いなら殺さなくちゃいけないじゃん」
誰のルートが見たい?
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傷を刻んだ家入