本作における獄門疆に封印された五条悟の解放手段
①呪具・天逆鉾『あらゆる術式を強制解除』
→11年前に五条悟が海外に封印もしくは破壊。
②呪具・黒縄『あらゆる術式効果を乱し相殺する』
→去年の百鬼夜行で五条悟が全て消した。
③呪霊・茈苑『あらゆる術式の未完成化』
→渋谷事変前に五条悟しか知らない空間に隔離。
※同じ術式持ちの紫月の脳では獄門疆の情報が処理しきれず術式が効かない。
生徒一同「何してんだ、あの人は!?」
冬の校庭に集まった三人の様子を見守る。
今は秤と紫月が組手を行っていた。
どちらも格闘センスに秀でているから、学生のレベルを逸脱していて中々に見応えがある。二人の白熱する戦いぶりの熱に中てられたのか、僕――五条悟と一緒に見学しているもう一人の一年こと綺羅羅は二人に声援を送っていた。
どちらも術式込みの訓練。
ただ、紫月が術式を使うと秤は中々に己の力が揮えない状況に苛立っている。
その顎と喉に紫月の打擲が突き刺さった。
何処かの誰かさんを見本とした体術なため、その攻撃は打撃というよりは刃物による刺突である。頑強な肉体の持ち主でも侮って受けようものなら、防御力をすり抜けたダメージを喰らう羽目になるのだ。
僕もアイツとの訓練で敢えて一撃受けて抑えてから仕留めようと打撃を食らったら、その瞬間に視覚がブラックアウトし、混乱してる間に次々と攻撃を叩き込まれ、気付いたら医務室のベッドの上だった経験がある。
「やめろッ、紫月!俺の熱を止めるな!」
「止めなきゃ危ないから止めてる」
「うおおおお、漲らねえぞ呪力!」
「痛っ」
術式は使えないが、未熟な紫月では術式しか止められない。
基本的な呪力操作は普通に行える。
正直、秤の実力なら術式が無くても肉弾戦で大概の事態は処し遂せる。加えて、六眼で捉えた通り特殊な呪力を有する秤の打撃は、受けた者に威力の大小に拘らず鑢で削られたような苦痛を味わわせる。
実際に、今攻撃を受け止めた紫月の顔が歪んだ。
そこからは露骨に受ける事をやめ、受け流す方向へと戦術をシフトし始める。僕の指示通り、肉弾戦の最中でも術式を使うのを中断しない。――が。
「けほっ」
途中で動きを止めた紫月の腹部を秤の拳が打つ。
後ろへと転がった彼女は、そのまま校庭に大の字で倒れた。
勝ち誇る秤だったが、さっきの一撃と関係ない鼻血に濡れた紫月の顔を見るや駆け寄り、その肩を抱いてゆっくりと体を起こしてやっている。
「おいおい、大丈夫かよ」
「う、ん。何とか」
「ったく、そんなになるまで俺と真正面から
拳を握って感動に堪えてる秤に綺羅羅も紫月も苦笑している。
潮時だと思って、僕は手を叩いた。
集まる視線に対して教師として構える。
「はーい、そこまで。反省点は――」
秤と紫月にそれぞれ僕の視点からアドバイスする。
すっかり板についた物だと我ながら思う。
教師に向いてるかもなんて自画自賛してた何処かの誰かさんよりも、きっと僕は優秀かもしれないね。
「五条準一級術師」
伊地知の声に僕と紫月が振り返る。
準一級術師、という事は紫月なんだろう。
でも高専内だと僕以外で中々聞かないからつい振り返ってしまうんだよな。今年から紫月が入学した事で初めて意識するようになった。
「ちょい伊地知。僕がいる時は区別しろって言ったじゃん」
「え、だから等級で」
「紫月は五条の嬢!!僕は悟様って呼べよ!?」
「嫌だからやめて」
紫月に冷たい声で言われた。
鼻血を拭いた紫月が伊地知の下へ向かう。
高専で活動するようになり、術式情報等も総監部が把握しているから、今では御三家にも存在が筒抜けではある。
ただし、茈苑の代で伏倉家は全滅。
しかも、生前で御三家御用達ではあったけど禪院家と特に深かった関係が、今では五条家に逆転している。禪院と加茂が紫月に魔の手を伸ばすのもそのお蔭で防げていた。
勿論、僕への嫌がらせとして間接的に紫月へ無茶な任務を振る場合もあったけど、逆にそれは成長の為の試練になるし、そういう悪意の隠れた怪しい物には紫月本人が敏感だから僕への連絡を欠かさない。
そういえば、扇のおっさんも紫月を効率的に運用したいとか声を上げてたけど、茈苑が特に嫌ってたから顔すら見せてないし絶対に会わせないようにしてる。そこは甚壱のおっさんの奇妙な協力があっての事だ。
どうして協力的なのかは不思議だと思ったが、あの甚壱はわざわざ高専へ紫月の顔を見に来た時に真意が分かった。
『……似ているな、「茈苑」やその妹と』
『もう禪院にはあげませんよ?』
『貴様に頼むのは癪だが、守ってやってくれ』
『はあ?』
『俺は何も出来なかったからな』
最初、言っている意味は分からなかった。
『紫月、と言ったな』
『はい』
『……励めよ』
会話はそれだけだった。
後で甚壱を追って話を強引に聞き出せば、相伝術式持ちの妹に拘る扇とは違い、後は殺される予定だが人質と周囲に偽って隔離されていた双子の姉――『本物の茈苑』はお転婆で、何度も伏倉家を脱走していたそうだ。
なまじ賢かったのもあり、何度捕まっても方法を変えていたらしい。
その先で、彼女は甚壱と幾度も会っていたそうな。
『よく笑い、よく泣く娘だった』
『へー、仲良かったんだ?』
『黙れ。……術式も無い忌むべき存在だったが、美しい娘で人に愛される才があった。俺も短い期間ながら翻弄され、ぱったりと脱走して俺の所に来なくなってから気になっていたが……五条家の調査が入り、高専に遺骨が回収されたと聞いて漸く死んだと理解した』
『何もかも遅かったわけだ』
『別に貴様らの言う『茈苑』はどうでもいいが、俺の知る「茈苑」には……伏倉にはそれなりに思い入れがある。それだけだ』
協力するのは、紫月の事のみ。
僕と甚壱の関係は、一つの契約だ。
おそらく、紫月の親に接触していた禪院家の者というのも甚壱なんじゃとも思ったけど、まあ憶測だからどうでもいい。
そんな経緯もあり、基本的に紫月は高専生として生きていく事ができている。
「紫月、どんな任務?」
「悪質な商法で呪物売り捌いてる呪詛師の処理」
「そ。なら大丈夫だね」
「いってきます」
手を振って伊地知と一緒に去っていく紫月。
それを僕は同じように軽く手を振って見送り、改めて秤たちに向き直る。
すると、秤たちがニヤニヤとしていた。
「どしたー?」
「五条さんも人の親なんだな」
「何それ。そんな老けて見えた?まだピッチピチのグッドルッキングガイなんですけど」
紫月の事で僕をイジろうとする秤たちにお灸を据えるべく、その日の訓練をいつもより厳しくした。
ごめんね、秤。
無下限ありの打撃で吐かせちゃって☆
でもごめんね。
僕と紫月は、親子というほど親子じゃない。
紫月は将来的に呪術界を変える為の一人としか捉えていないんだ。
だから、親心なんて――――。
「髪の色どうしたの!!?」
任務から帰って少し経つと、茶髪に染めた紫月に僕は詰め寄っていた。
年頃だからお洒落の為に髪色変えるのは分かるよ?
でもさ、でもさ……何か心穏やかにいれないんだよ。
身近な人間の急変に、さしもの最強だって動揺を禁じ得ないものさ。
詰問する僕に、いつも以上に汚物を前にしたような顰めっ面をされた。
な、何で、どうして……!?
最近はそんな目で見られるような事してないでしょ!
そりゃたまに冷蔵庫のプリン勝手に食べたり、訓練中に後ろから『蒼』の吸い込む反応で意地悪して難易度上げたりとかするけど、別に恨む程のことじゃないし!
「別に良いでしょ。私は茈苑じゃないから」
「は、え、はぁっ?」
「私を通してあの人を見てる顔がいつも気に食わなかったから。それだけ……これ以上近付かないで下さい、五条先生」
僕を置き去りにして紫月が去っていく。
いつもは悟、なのに。
五条先生……ご、五条先生?いや先生って敬われてる感があって逆にいいのか。
唖然としていると、横で気まずそうにしていた伊地知が視界に入った。
僕は伊地知の肩を掴む。
「あのさ、どういう事……?」
「ヒィッ!?」
「反抗期なんて聞いてないんだけど?あんな苛烈だなんて聞いてないんだけど?恵だってまだ穏やか……いやアイツも横断幕に不良吊るしたとか面白いことしてるけどさ、それでも僕自身に噛みついた事ってあまり無いんだよ?紫月なんて特に、仲良かったんだよ?伊地知、理由知ってるって顔だよね。何で伝達しなかったの?もしかしてこうなる事を見越して僕のこの様を見たいが為に黙ってたんならマジキックだよ伊地知。良いから話してご覧?話せ。話せよ」
「たたたたた直ちに!!」
伊地知から訥々と語り始めた。
紫月は問題無く、任務を完遂した。
呪詛師を抹殺し、後は帰投するだけだったのだが、現場に新たな術師が現れた。
ずっと潜伏し、行方を掴ませずにいた特級呪詛師こと夏油傑である。
本来なら紫月では敵わない相手であり、即時撤退の為に動こうとした行動を彼の呪霊――『茈苑』が展開した三重の結界によって阻害され、やむを得ず戦闘を選択。
しかし夏油傑は何かする事も無く、ただ伏倉家の生き残りの噂を聞いて紫月を勧誘すべく今回の呪詛師を餌にしたという。
無論、勧誘を固辞した紫月に夏油傑は。
『じゃあ、悟の傍でずっと茈苑の代わりをするのかい?』
爆弾となる一言だった。
ずっと五条悟と過ごす中で、彼が自分を通して誰かを見ているのは紫月も理解していたという。
ただ、それが茈苑なのは薄々分かっていたし、その上でどうでもいいと断じていたが……彼が自分を呪術界に招き入れ、助けたのは偏に失った同期を、片想い相手の代替をして心を慰めていただけなのだと想像が少しでも思い至った瞬間に激しい反感が心の中に芽生えた。
結局、勧誘を断られた夏油傑は呆気なく撤退し、紫月も帰還したが…………。
「なるほど、それで反抗期かよ……」
「す、すみません。現場の担当補助監督は私でもあり……」
「いや、いい。今回は僕の日頃の態度が招いた結果だ。伊地知に当たるのは筋違い」
「ほ……」
「その上で蹴らせて欲しい」
「ひっっ!!?」
だってムシャクシャしてるんだもん。
しかし、これは身から出た錆だ。
紫月だって素直に話したくないだろうし、僕と顔を合わせる度に思い出してしまうなら、それこそ接触自体を避けようとするのは当然。
それにしたって、傑のヤツめ……。
茈苑の代わりだなんて、それこそ努めて意識しないようにしていたっていうのに、これでは水の泡じゃないか。
第一、あんな物の代わりなんてあってたまるか。
「そ、それと、紫月さんが言うには特級呪霊『茈苑』は五条さんの名前を聞くと怯えていた……とか」
伊地知の余計な追加情報にガツンと頭を殴られたような衝撃を覚える。
僕の名前を耳にしただけで怯えるだって?
……なんだ、傑の所に行ったって僕を忘れられないみたいじゃないか。
すっかり、紫月の反抗期なんて頭から飛んでしまった。
あるのは、途方もない愉悦である。
いずれ必ず祓うが、その前に色々してやっても良いかもしれない。
侮蔑でも、怯懦でも、憎悪でも、何でも良い。
その目と意識が僕で大きく揺らぐのが心地良い。
「もう一度、呪ってやるよ。茈苑」
一方で、僕はこの時知らない。
一年後の事件にて、紫月が京都に出向して保守派の連中を同期と共にボコして停学になったのは、この反抗期の延長線故だという事を。
× × × ×
『特級過呪怨霊『折本里香』……』
私――夏油傑の膝上で茈苑が呟く。
とある筋から、いつも私が手駒にする強力な呪霊等の情報を収集するのだが、今回引っ掛かったのはここ近年では類を見ない強大さを誇る呪霊。
数々の事件を起こし、対応した術師複数名を返り討ちにしたとあって、私が望むだけの力を備えているだろう。
その呪霊に呪われた少年が高専に保護されたと聞いた時は、簡単にはいかないなと思ったけど。
何故なら。
「その被呪者は、乙骨憂太。悟にスカウトされたらしい」
『悟……』
「大丈夫。私が守るさ」
茈苑を抱き竦めながら、この後に控えている信者たちとの面会がストレス過ぎてため息も出た。
最近は中々上手く行かないな。
呪霊も雑魚ばかりで無駄に不味い物を口に含むばかりの日々が続くし、有望な『画竜点睛』の術師にはフラレてしまったから。
猿どもを一掃する……世界を変えるには、まず身近な呪術界から変革しなくてはならない。
その為にも高専との激突は必至。
だから、野良の呪詛師等を国内外問わず募っているが戦力的には未だかなり遠い。
勿論、『茈苑』の協力があれば悟以外はかなり簡単なのだが、私だけの宝物を無闇に晒すのは鳥肌が立つほど嫌だ。
「茈苑。今年が分岐点になるよ」
『分岐点?』
「そう、猿の時代が終わるか否か……のね」
勿論、悟が立ち塞がるなら簡単に進ませてはくれないだろう。
だが、可能性は転がっている。
特級過呪怨霊『折本里香』。
いずれ必ず物にし、その暁には呪術界を新たな時代へと導き、術師だけの理想郷を作る。
そこならきっと、茈苑も落ち着ける筈だ。
私は茈苑を抱きしめながら、未来に思いを馳せた。
次回から百鬼夜行、タブンネ。
誰のルートが見たい?
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夢を叶えた夏油
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計画を完遂した五条
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傷を刻んだ家入