逃げられない呪い   作:布団は友達

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データが吹っ飛んだので、忸怩たる思いで一応載せられる分を載せました……。


逃げんなよ

 

 

 

 

 

 

「失敗した場合、茈苑は逃げてくれ」

 

 私――夏油傑が伝えた内容に、普段は滅多に動かない茈苑の表情が悲愴な形に歪んだ。

 縋るように袈裟を掴む手が震えている。

 負け戦をしに行くつもりは無いから、まるで死人を見送るような反応は心外だと言いたくもなる。茈苑を呪霊として戦略的に運用すれば確実だろうが、それは出来ない。

 高専に宣戦布告をした日に理解した。

 知り合いにも会うだろうから、私が手にした宝物だぞと喧伝する意も込めて茈苑に同行してもらったが、茈苑を捉えた瞬間の悟の目は尋常ではなかった。

 当然だろうね。

 私とは別に、裏で茈苑を手にしようと躍起だった悟や硝子の動きは聞いている。……が、情報源が被害者本人の茈苑であるにも拘わらず、目にした事実は伝達された情報以上の残酷さを秘めていた。

 茈苑は、まだ自覚しきれていない。

 だから、私に説明された内容に不足が会った。

 

 ――悟は、ボクが離れないようにしたいだけ。

 ――本当にそれだけかな?

 ――悟にとって、四人でいる時と傑が隣に居る事が何よりも大切だった。だから、すぐ死んじゃうかもしれないボクを繋ぎ留めるのにああいう事をしただけ。

 ――……そうなのかもね。 

 

 四人で過ごした眩しい青春。

 悟はそれが大切だから、自分は求められている。茈苑の言は間違っていない。……でも足りない。

 悟は茈苑を見て表情に出さなかった。

 ただ、厳格に呪術師として呪詛師と呪霊に対峙する態度を装っていた。私だから、あの包帯の裏にある眼光とそこに孕んだ膨大な感情を読み取れる。

 

 悟は――嗤っていた。

 

 まんまと獲物が自分の前に出てきた、と。

 大切な人、なんて生易しい表現じゃない。

 貪り、尽きるまでひたすら自身に消費してやろうというドス黒いモノを宿している。私が茈苑を降伏してから矢鱈とアイツは危険だから祓除した方が良いと忠告してきたが、あれも全て欲望の裏返しだ。

 自分以外の手に渡った茈苑を許せない。

 ただ、その一念だけが悟にある。

 

 私が失敗した場合とは――つまり死だ。

 

 乙骨に敗北した時、第三者の横槍が入った時ぐらいが失敗の要因になる。

 特に後者は、私の予想を裏切って早々にミゲルを平らげてしまった悟の到着だ。ミゲルの実力を含め、彼の所有する呪具の力なら問題は無いと思うが。

 

『傑。ボクも戦えば』

「駄目だよ。乙骨の相手は私だけで充分さ」

『でも、悟も来たら』

「悟の対処はミゲルが為し遂せるさ。十分もあれば『折本里香』の奪取は行える。ただ失敗した後、悟が茈苑をどんな風に扱うか分からないじゃないか」

『……』

 

 茈苑は死後、私に全て託すと言った。

 約束を守って彼女は来たし、それ以降はずっと一緒にいると疑わなかった。

 だから、考えもしなかったのだ。

 もし私が死んだら……その後の茈苑は?

 

「私は欲張りでね。私が死んだ後だって君が他の誰かに君本来の『色』を見せるのが嫌なのさ」

 

 そう。

 今、私を見る茈苑の瞳は本来の色。

 術式行使中の紫紺ではなく、生来の瞳が宿す物だ。

 呪霊と化した後でも私と再び『縛り』を結んでくれた事で可能としたこれを、茈苑が自白するまでもなく悟はきっと気付くだろう。

 悟は茈苑を手にして、彼女から悉くを奪い取るだろう。

 そうなった時、いよいよ茈苑の自由は全て失われる。

 

 せめて、死んだとしても茈苑の真の色を私だけが独占できないか。

 

 私は苦肉の策を講じるしか無い。

 

「茈苑。『縛り』を結ぼう」

『傑?』

「仮にもし、私が君を呪霊操術の制御下から解放する。代わりに、私以外に君の『色』を見せてはならないよ」

 

 茈苑はしばらく逡巡したが、首を縦に振ってくれた。

 これで『縛り』を結んだ当人である私の死後も有効であるかは不明だが、これでいい。

 たとえ形だけだとしても、『死んでも約束を守った』茈苑ならば、『縛り』でなくとも死守するに違いない。

 

 後顧の憂いは消えた――後は、やれることを精一杯やるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ×    ×    ×    ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 12月24日――百鬼夜行。

 未曾有の呪術テロは、血を血で争う戦になった。

 夏油傑が抱える呪詛師の数が思いの外多く、練度もまた弱くて準ニ級レベル、加えて東京と京都に撒かれた呪霊はそれぞれ二千と尋常ではなく、高専側もかなりの苦戦を強いられた。

 呪霊自体はほとんどが二級以下だが、問題は数だ。

 時折だが呪詛師と連携を取る個体もあり、結果的に被害はかなり大きかったと言える。

 

 多くの犠牲者を出して――首魁・夏油傑のみという戦果である。

 

 他の呪詛師は、事前に退路が作られていた。

 あれだけの数なのに速やかな撤退、しかも消息まで見事に絶って後を追わせない。

 

「そこら辺も傑らしいや」

「…………」

「まあ、高専側にとっての戦果が傑一人。僕にとってもこの戦いで生徒の命以外は一つしか得られなかったワケだけど」

 

 個室の椅子の上で寛ぐ僕――五条悟は、眼の前の唖然としている茈苑を見つめる。

 高専から撤退しようと龍になった茈苑が傑を運んでいるところを見たので、死角から『赫』で狙い撃ち、逃げられないようにした。それから傑の死を見届けた後、硝子や学長の為にも茈苑は持ち帰るって判断になって今に至る。

 いやあ、大変だったねえ。

 傑が死んで、コイツ意外にも泣き喚くんだもん。

 初めて見たよ、茈苑が泣いて叫ぶ処なんて。

 安らかな顔で死んだ傑の体に張り付いてるのを引き剥がすのも一苦労だった。

 

「……何、これ」

 

 茈苑が僕に問う。

 それは、呪霊とは違い……人のように生命的な声帯から発せられる音として僕に伝えられる。

 茈苑は自身の体を怯えた表情で触って確かめていた。

 予想通りの反応ー。

 

 それは、学長と硝子、僕の知識を撚り合わせて作った傑作だ。

 

 学長の突然変異呪骸を元に考案された物で、一応は肉の体だ。細部までは流石に生命を再現する事は出来なかったが、今のコイツは血の通う人間と大差無い。

 かなりの技術とコストを要しただけあって、生産できたのは学長が慎重を期して複製した数が限界だ。

 

「学長が用意してくれたんだよ」

「……マサミチ、が?」

「へえ。そう呼んでたんだ?」

「人、形……?でも、これ、明らかに」

「血が通ってるでしょ?オマエの肉体情報から作った人形でさ、オマエの呪力を血液に変換して弱体化、術式行使を封じてるワケ。勿論、血液量は限界値があるんだけど活動エネルギーは血を使うから自然と呪力が消費されるエンドレス」

「ひっ……」

「しかもさぁ、くっくっくっ……これが最高に面白いけどね。人形に収まってるのは、オマエ以外に僕と硝子と学長の肉体から複製した魂の情報を入力してある……オマエが僕や硝子、学長の許可無く術式を使おうとするのを監視し、実際に使おうとすると三つの魂が内側から呪力を食って封じる」

 

 僕の説明に、益々茈苑の顔色が悪くなる。

 ふはっ、血が通ってるからこその変化だ!

 

「流石に排泄とか、妊娠とかは再現できないし、損傷が激しくなると拘束力が落ちて人形から出られるけどね」

 

 それを聞いた瞬間、茈苑がはっとして自分の腕に噛みつこうとした。刃物も取り上げられた今、茈苑に残されたのは呪力による身体強化術や結界術などの簡易的な呪術のみ。

 おそらく、腕を噛みちぎって人形が機能を失うまで損傷させようとしたんだろうな。

 ――まあ、無理なんだけどね!

 

 僕の予想通り、茈苑の体が硬直した。

 

「え……?」

「言ったろ。複製された僕と硝子と学長の魂が監視してるって……自傷行為も駄目だよ。感じるだろ、内側で学長の呪力がオマエの体を縛るのを。逃げようとすれば僕の呪力、何かを隠そうとすれば硝子の呪力がオマエを縛る」

「……やだ……」

「ん?」

 

 絶望しきった茈苑の瞳が僕を見る。

 

 

 

「へー、元はそんな色してんだ?」

 

 

 

 僕の一言に、茈苑が慌てて目を手で覆う。

 だが、その隠そうとした行為に硝子の呪力が反応して動きが止まった。

 術式が行使できず、呪力を血に変換されるという状況でコイツの目も一時的に術式の力から解放された故の結果なのだろう。…………初めて見る。

 

「やめて、お願い」

「聞かねえよ。ほら、目ぇ見せて」

「傑との約束が」

「……そんな約束してたんだ。ちょっと心が痛むね。――でもこの状況はオマエが招いた物、守れないオマエが悪い」

 

 傑は悪くないよ。

 傑の約束を守れない力不足なコイツが全部悪い。

 傑に逃がしてもらえたのに、俺や硝子に捕まるコイツが全部悪い。

 祓ってやろうと思ったのに、結局またあの僕以外が眼中にない恐怖の目で僕を見てきたコイツが全部悪い。

 そもそも呪霊になったコイツが全部悪い。

 死んだコイツが全部悪い。

 僕らの前に現れたコイツが全部悪い。

 

 

「分かったら逃げんなよ?また呪うぞ〜?」

 

 

 茈苑の額を突くと、その場にへたり込んだ。

 ありゃりゃ、絶望しきっちゃってるよ。そういう反応してほしかったわけじゃないんだけどなぁ。

 まあでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり。茈苑」

 

 

 

 

 

 

 

 

 これから満足行くまで、コイツに相手して貰えれば良いだけだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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