逃げられない呪い   作:布団は友達

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呪いが成就して
伏黒の呪い①


 

 

 

 

 

 高専の裏庭に、その人はいつもいる。

 申し訳程度に作られた花壇は、先輩の一人である呪言師の狗巻棘さんが水やりなんかをしているぐらいで他に誰かが管理しているのか見た事が無かった。

 俺――伏黒恵は生活関係で呪術高専に出入りする機会が多かったから、一体狗巻先輩の不在には誰が管理しているのかとか、有り得ないが呪的処理でも施されているのかとか変な考え方もしたものだ。

 

 そこに新しい顔を見たのは、入学前の冬だ。

 

 一応は師である五条悟に連れられて高専に来たものの到着するなり本人に急用が入り、仕方なくそれが終わるまで敷地内で暇を潰しておけと放置されたのだ。

 勝手にも程があるが、相手は特級術師だ。

 多忙さも常識も通じないと考えるのが当然。

 口には出さず眼差しで批難しつつ、俺は無聊を慰めるために来年から通う事になる高専を改めて見て回ろうと思った。昔から足を運んでいるので今更だが。

 何処も特に代わり映えしない。

 ハッキリ言って無意味だ。

 こういう時に便利だから読みかけていた本でも持ち込むべきだったと小さな後悔を抱いていたら、あの裏庭に辿り着いたんだった。

 

「……え」

「――?」

 

 花壇の傍に誰かがいた。

 膝を抱くように屈み込んで土に何かしている。

 冬で何も無い花壇なのに。

 思わず足を止める拍子に靴が砂を噛む音を立ててしまい、ぱっと花壇の傍の人は俺に振り返った。

 瞼は閉じられていた。

 鼻や口など小作りなパーツで整った顔立ちの少女は、今まで高専内や五条先生に紹介された人脈でも見たことがない。

 歳は、同じか少し上……くらいか?

 小柄で童顔だが大人、という先もある。

 初めて見る相手と、出会い方。

 俺も相手も無言で向き合う沈黙が続いた。

 こっちは動揺で喋れなかっただけだが、相手は分からない。

 目を開けていないので目が視えないのかもしれない。音のした方を反射的に向いただけで、実際に俺がここに居ると分かっていない可能性もある。

 でも、高専関係者なら呪力感知で分かるよな……?

 そういえば、この人の気配は妙だ。

 呪霊……に近いけど、視覚的にも物的な体がある。しかし生命、というよりパンダ先輩と同じ呪骸とも似た気配でどちらとも判じ難い。

 もしくは、警戒しているのか。

 ここに入れる時点で俺も高専関係者だと分かる筈だが、そもそもが初対面だし驚かれても仕方無いよな。

 

「こんにちは」

「…………」

「来年からここに通う事になります、伏黒恵です。失礼ですが、お名前聞いてもいいですか?」

「…………」

 

 失礼は無かった筈だ。

 少女は俺の問に対し、周囲を見回した後に口を開いて――不自然に硬直した。喉に違和感でもあるのか、苦しげに眉を歪めて喉元を押さえている。

 大丈夫なのか?

 俺が歩み寄ると、少女が懐中に手を入れる。

 さっと取り出されたそれが一瞬分からず、今までの行為が相手を油断させて接近するように行った演技かと考えて身構えた。

 しかし、蓋を開けてみれば手に握られていたのは手帳である。

 そこに少女は取り付けていたペンで何かを書いた。

 

『ごめんね。実は喋れなくて』

 

 綺麗な字が謝罪を告げている。

 呆気に取られたが、字面や俺の自己紹介に応えられなかった事への謝罪を直ぐにする辺り、意外と珍しい常識人なのかもしれない。

 乙骨先輩と同じで安心していい人なのか。

 

「こっちこそ突然すみません」

『『縛り』で名告れないけど、こっちも高専関係者。君は来年からの入学生だよね。もしかして入学準備で来たの?』

「……分かりません。今は付き添いで来てるだけなんですが、相手が俺の用事がそもそも何なのかも教えずに来たし、来た瞬間に放置されて暇だから歩き回ってます」

『大変だね』

 

 筆談する文字は、少しずつ柔らかくなっていく。

 表情が希薄で、リアクションが難しい。

 ただ、普段から狗巻先輩などの特殊ケースと会話した経験もあるお陰で、こういう時に相手の感情の機微を読み取れるようになっていた。

 喋れない、名告れない『縛り』。

 もしかして、敷地内にはいるけど意外と要注意人物……高専の監視対象だったりするのか?

 話している感じ、全くそんな風には見えない。

 

「あなたはここで何を?」

『暇だから、ちょっと花壇をいじってた。いつもしてる』

「…………」

『ここ最近、ようやく部屋から出してもらえるようになったけど、やっぱりやる事が無くて』

「いつも部屋から出られなかったってどういう……?」

『ご覧の通り、呪骸だから。学長とか色んな人に管理されてて活動にも制限が多いんだ』

 

 綴られた内容にぎょっとする。

 やっぱり、呪骸だったのか。

 学長が作った……のではないのだろう。あまりにも人として精巧に作られ過ぎている。正直、ここまで人を模した呪骸なんて見た事無いし、記録上は呪力を巡らせるだけの人形――道具だからそこまで外見の凝ったヤツを作る人間自体いないだろうから、製作者の並々ならぬ情熱を感じる。

 

『暇なら、本あるよ。読みかけだけど』

「食べかけみたいに言わないで下さい」

 

 いつもの感じでついそう返してしまった。

 五条先生の相手ばかりしてる所為だ……。

 俺が己の反射的な行動に頭を痛めていると、くすりと動かなかった少女の顔が微笑みを浮かべる。蕾が柔らかく綻ぶようなそれは、どこか呪われて一切感情を面に出すどころか意思疎通すら叶わなくなった姉に似ている無害さを感じた。

 驚いて固まる俺に、少女は本を差し出した。

 内心混乱しつつも、ゆっくりと受け取る。

 出版日がかなり最近だから、誰かが買ってきた物かもしれない。本人は学長管理下とか言ってたから、高専敷地を出れない身分だろうし。

 少女が手招きした先にベンチがある。

 知ってるんだけど、この人はどうやら俺が初めて来たみたいに思ってるみたいで世話を焼く。

 

「じゃあ、有り難く読ませてもらいます」

『これからも高専に来るなら、返すのはまたいつかでいいよ』

「いや、そんな」

『読みかけって、モヤモヤするでしょ』

「じゃあ、あなたは読まないんですか?」

『それ、タイトルとかあらすじから分かると思うけど悲恋物語って感じでね。知り合いが買ってくれたけど、学長と他にも二人に猛反発されて読むの禁止された』

「意味不明すぎる……」

 

 呆れつつ、厚意に甘えて俺は読書を始めた。

 少女は、俺の隣で裏庭を眺めている。

 隣りにいるのに全然気にならず、俺は本の中の世界に没入できた。正直、読みたいジャンルではなかったけど、この空気感も相俟ってページをめくる手と文字を追う目が倦む事は無かった。

 そうして、どれだけ時間が経ったか。

 俺のポケットのスマホが着信に震えた。

 はっとして、自分がどれだけ集中していたかに驚きつつも急いでスマホを手に取って応答する。

 

「もしもし」

『ごめんねー、恵。こっちも用事終わったから、正面ロータリーまで来てよ』

「人待たせといてですか」

『じゃ、よろしくぅ!』

 

 ブツリ、と通話を一方的に切られる。

 あの人は……!

 苛立ちつつも、俺はベンチから立ち上がった。

 それから本を返すか悩んだが、隣の少女が手を振ったので仕方なく次の機会に返す事にして、彼女に一礼しながらその場を離れた。

 

 不思議な人だったな。

 

 呪術師って、誰も彼も癖が強いのに。

 あの人もまあ、常識で考えたら少し外側の存在ではあるし、人と言って良いかも微妙なラインなものの、俺への対応は良心的で会話をしていても特に不快感が無い。

 この高専敷地内でそんな人に会えた事が驚きだ。

 俺はいつもより軽い足取りで正面ロータリーに向かうと五条先生が立っていた。一言待たせていた事への文句でも言おうかと思ったが、本人が誰かと通話中で出鼻を挫かれる。

 

 

「へえ、いま裏庭にいんの。そ、なら早く部屋に戻れよ。出歩くのを許可はしたけど、この時期は術師もそんな忙しいワケじゃないから会う確率も高いでしょ……は?口答え?……頼むからさぁ、怒らせないでよ。良いから部屋戻っといて。あっ、お土産あるから食べといていいよ!――じゃあ、また夜に」

 

 

 は……?

 何だ、今の会話は。

 若干キレ気味の五条先生の声音は、伊地知さんだったり家入さんと話している時の気安い感じに近い。近い、けど……どこか拭いきれない違和感がある。

 それに、裏庭って言ったか?

 高専敷地の広さもあるし、裏庭なんて幾つもあるけど………まさか。

 

「五条先生」

「お、来た?」

「待たせておいて謝罪も無しですか。……ところで、俺は何しに連れてこられ――」

「恵。何処に居たの?」

 

 俺の声を遮って五条先生が尋ねる。

 何処って、裏庭――と答えようとした喉が自然と引き攣る。

 本能的に言ってはいけないと、謎の焦燥感に駆られた。

 

「校舎内を彷徨いてました」

「……そっか。ごめんね、変な匂いしたから」

「……?臭ってます?」

「ううん。何でもなーいよ」

 

 ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべる。

 あの人と全く違うな……。

 

 

 

 

 

 それからも、度々あの人と会う事はあった。

 読み終えた本を返したり、鍛錬も億劫で暇な時はもしかしたら前のように時間が潰せるかもと思ってつい裏庭を訪れると彼女はいて、少しだけ任務の事だったり生活全般の事を話すようになった。

 本人が静かな所為もあるだろう。

 まるで、一人で喋っている気分だから半ば愚痴みたいになる。

 でも、あの人は聞いてくれるし、たまに手帳による筆談で聞いたり、可笑しいところがあるとちょっと笑ったりもする。

 

 そんなやり取りが、どこか呪術とは全く別の人生を感じさせてくれて、不思議と気が和んだ。

 

 呪われた姉や、救われるべき善人を救けたいという責任感やエゴのままに呪術師として活動しようという意気込みで、無自覚に溜め込んでいた疲労が解消されていく。

 特に、土産より土産話の方が喜ぶ。

 内容も任務じゃなくて、遠い地の人の様子とか街の活気とか。敷地から出られない分、そういう方面に興味が向くのも無理はない。

 ただ、あの人の不思議な所はそこだけじゃない。

 

 いつだったか。

 

 入学前日に寮に入る事になった時も会って、そこでお守りを渡されたのだ。

 暇潰しで許可された裁縫を嗜むようになり、作った物を俺にくれた。

 呪術はかけられていない、ただの願掛け。

 安全に、という願いが込められただけの物。

 一片の悪意も無いこの心に、俺は自然とありがとうと心の底から返していた。

 ……喋れない、か。

 俺も土産を渡したりして、感謝されるけどいつも筆談だ。

 

 いつからか、あの人の声がどんな物か興味を持った。

 

 

 

 

 

 

 鍛錬を終えて、やる事が無く暇だった。

 そんな時は決まって、自然と足が裏庭へと動く。

 この時間帯は、あそこにあの人しか居ないから自分の無自覚な目的が分かってしまって自嘲的な笑みが自然と出てしまう。

 土産もあるし、ついでにあの人用の本もある。

 悲恋物……は駄目だし、人が不幸になる系の話は全面的に禁止されているとか言うので、単純に人の死なないヒューマンドラマ作品を選んだ。

 その時も、自分が読んでて面白くなかった物を人に勧めるのはどうかと思うからと入念に評判を調べたり、とにかく選ぶ際に自分でも過剰かと思うくらい慎重を期した。

 異常だな、俺は。

 ただ、苦労した甲斐はあって面白いと思ってくれるかもしれない物は見つけた。

 

 俺は渡した時のリアクションを想像しつつ、裏庭へと向かって……。

 

「どう?美味しいでしょ!」

「―――」

「……美味いかどうかぐらい答えろよ」

「……美味しい」

 

 ベンチに座っている二人。

 いつもの飄々とした感じとは違う五条先生の脅すような低い声に、あの少女が答えていた。

 は……喋れる、のかよ……。

 しかも、目を開いてる。

 喋れないって言ってたのに。あれは、誰かに会話を禁じられていたとか?

 じゃあ、何で五条先生とできてる……管理者の学長が許可したから?

 目を見て、話せる相手……いるんだな。

 

「そりゃ何より。買ってきた甲斐があったよ。生徒からの評判も良いんだよね」

「生徒から?みんな甘いの好きなんだね」

「僕には何も無いくせに、生徒の話が気になるんだな」

「……」

「あのさ」

 

 五条先生が少女の巫女服の襟を掴んで引く。

 強引すぎるそれに、あの人は体勢を崩して先生の膝上に倒れ込んだ。

 体を起こそうとする少女の顔を掴んで自分の方へ向け、至近距離から睨んでいる。

 あまりの剣呑な空気感に、隠れて見る形となる俺も思わず体が強張った。

 

 

「最近さ、臭いんだよ。誰と会ってるワケ?引っ付いてる硝子の香水とかは別に仕方無いから良いけどさ、妙に四月辺りからずっとオマエから硝子とも俺とも学長とも違う匂いすんだけど――誰と会ってんだよ」

 

 

 少女の顔は蒼白くなっていく。

 そのまま答えようと、震える唇が微かに開いた瞬間――着信音が裏庭に響いた。

 五条先生は動きを止め、しばらく少女を睨んでいたが、やがて舌打ちするとスマホを手に取る。

 

「もしもーし。……あ、そう、任務ね。伊地知、後でマジキックね」

 

 早々に通話を終わらせると、五条先生は再度少女へと顔を近づけて――口づけ、した?

 この角度からはよく見えないが、少しして離れた時には少女は切れた唇から血を薄く垂らしていた。

 

「――はっ。後で硝子に見て貰いな」

 

 満足げな息を漏らした五条先生が、俺とは反対側へと去っていく。

 

 ……何なんだ、今のは。

 

 いつも可怪しい人だとは思うが、今回はそれ以上に常軌を逸していた。

 何なんだ、あの一目で分かる執着具合は。

 大切にしているようで、一歩間違えたら次の一瞬には消し飛ばされるような緊張感の孕む雰囲気だ。

 見た物が信じられず唖然としていた俺の耳が、裏庭にこぼされた独り言を拾う。

 

「あの時……消えれば良かったのかな」

 

 有り得ないほど悲痛な自虐だった。

 無意識に、俺の足が後ろへ一歩下がる。

 今の俺に何ができるかなんて分からない。五条先生のアレを見た後だと、関わらないのがお互いの為にも最善だというのも肌で感じた。

 ……会うのは、もうやめておこう。

 

 そう思って、体も後ろへと方向転換した時。

 

 

 

「…………今日は、来ないのかな」

 

 

 

 切ない声に俺の足が再び止まる。

 そして、気づいたら堂々と裏庭に出ていた。

 瞼を閉じた少女の顔がこちらに向く。……交流して少し経ったからか、大分感情が読み取れるようになった。

 俺を見るなり、血の気の引いていた顔が初めて安堵を滲ませる。

 そして、手帳を開いてペンを動かす。

 

『こんにちは。またお話、聞かせてくれる?』

 

 微笑む彼女に、拳を握った。

 大変な時、手の届く距離で俺は隠れて見ていただけなのに……素知らぬ顔で話そうとしている自分に嫌悪感が湧く。

 それでも、悟らせまいとする彼女の痛々しく見える努力を無為にする勇気も無くて。

 

「怪我してますけど、大丈夫ですか?」

『ご飯食べるときに、噛んじゃった』

「……土産、あるんですけど食べれないなら」

 

 首を横に振る彼女の隣に座った。

 呑気に土産の封を開ける姿に、さっきまで五条先生に向けていた恐怖やその他諸々は何処に言ったんだと言いたくなる。

 あんな、剥き出しの感情を向けられるんだな五条先生には。

 怯える少女には失礼だが、少しだけ……イラッとした。

 

 

「……いつか、アンタと声で話したい」

 

 

 無意識に呟いていた言葉にはっとする。

 もう遅いが、俺は慌てて自分の口元を手で覆い、恐る恐る相手の反応を見る……聞かれたか?

 少女は少し驚いたように動きを止めていた。くそ、聞かれてたか。

 後悔に嘆息する俺の横で、少女が何度も強く頷く。

 それが可笑しくて俺も小さく笑った。

 

『伏黒くんって笑うと可愛いね』

 

 上機嫌な文字で書かれた内容に、取り敢えずこの人の前では次から顔を引き締めようと思った。

 いつか、この人が俺を見て、俺と声で話してくれるようになるまでは。

 そう思っていると、急に何かを覚悟したように少女の文字に緊張感が表れた。

 

『話せる方法、あるにはあるよ』

「……どんな?」

 

 方法があるなら、それをやってみたい――と思うくらいには、少女に肩入れしている。

 俺が尋ねると、少女は少し躊躇う様子を見せてから、記す。

 彼女が俺を見て、話せる方法。

 あるなら、やってみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ボクを、殺すくらい傷つければいい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愚かにも、そう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「五条、あいつ最近臭うんだけど。多分男だ」

「あー、やっぱり?」

「悟、硝子。男は近付けるなと言った筈だ」

「後で聞きますよ。……それからじっくり考えればいいじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰のルートが見たい?

  • 夢を叶えた夏油
  • 計画を完遂した五条
  • 傷を刻んだ家入
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