逃げられない呪い   作:布団は友達

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五条の呪い①

 

 

 

 

 あの目を忘れていない。

 硝子には柔らかい眼差しを向け、傑には尊敬の念を抱くオマエの態度。

 そして、それらの後に俺を見るや――冷たい殺意を含めて俺の名を呼ぶ声。

 

 

『五条、悟……』

 

 

 入学当初。

 俺と伏倉茈苑の関係は最悪の一言に尽きる。

 元々は五条家が仕掛けた事に端を発しているが、それにしたって青春と呼ぶには血腥い経緯だった。

 でも、俺だって悪くない。

 やっているのは家の連中だ。

 でも、伏倉からすればそんな事情はお構い無し。いつも表情が無くて人形みたいなヤツかと思ったら、俺には感情剥き出しで来た。

 だから、俺も全力で対応する。

 簡単に言うと俺たちは――殺し合った。

 

 

「今日も殺しに来たのかよ、オマエ」

 

 

 高専敷地内で俺は思わず叫んだ。

 今月何度目かの事で嫌になる。

 別に俺は強いから良いが……いや良くねえよ。何て言ったって相手も洒落にならない性能の術式と、俺を殺す為に練り上げた力がある。

 草を蹴って疾走してくる影を俺は睨んだ。

 振り上げられた踵が迫って来て、後ろに飛び退いた俺の頬を掠める。剃刀のような鋭さで皮膚がわずかに切れて血が滲む。

 いつもなら単純な打撃なんて届かせない。

 俺の術式なら大抵の攻撃は無意味だ。

 しかし、コイツの術式『画竜点睛』は目を開く事で己を『完成体』という概念に昇華し、視覚に捉えた全てを未完成として落とし込み、無効化する。

 要するに、コイツに視られている間は術式が発動しない!!

 

「うざッ」

「……」

「毎度懲りねえな!」

 

 俺の振るった拳の下を掻い潜りながら、伏倉ががら空きの俺の横腹にカウンターの拳を叩き込む。

 それを空いた片手で掴み取る。

 アイツが離れようとするのを握力で封じながら、振り抜いた腕を引き戻してアイツの目元を掌で覆い、突き上げた片足の膝で顎を跳ね上げにいく。

 ――が。

 

「う゛っ!!」

「ってェ!?」

 

 同時だった。

 伏倉の顎に俺の膝が直撃し、その膝に暗器と思われる三本の細い刃物が突き立てられた。

 伏倉が地面を跳ね転がり、片や俺は後ろへと倒れ込む。

 クソ、腹立つ……。

 視覚を塞いだのに術式防御が間に合わなかった。

 俺は痛みに堪えながら、刃物を引き抜いた。幸い、咄嗟に大事な血管が通る腿に来そうだったのを避けるよう体を捻って回避したお陰で重傷ではない……けど、それは逆に回避行動を取らなかったら致命傷だったって事だ。

 コイツ……本気で殺りに来てやがる!

 こういう相手は慣れっこだ。

 なまじ昔から懸賞金なんざ懸けられてきたワケで、そういう険難な荒事も経験済み。

 でも、コイツ――同級生とは思いもしなかった。

 

「殺さ、なきゃ……」

「っ、しつけぇ」

 

 クソ。

 特に効いてなさそうだな。

 手応えが薄かったから納得だけど。

 蹴りの瞬間、膝と顎の間に手を挟み込んで防御したのが見えたし、その上でアイツは上体を逸らしながら後ろに飛んで威力を殺してやがった。

 軽微な脳震盪すら無く、ピンピンしてやがる。

 

「ッて……あ?」

 

 ずきりと手が痛んだ。

 俺が自分の右手を見ると、皮膚を食い破られた痕があった。伏倉の目を覆った手だが、離れ際に噛み千切ってやがったのか。

 顔の割に野性的過ぎじゃねえか。

 この女ァ……!!

 流石に同級生を殺したらマズいから本気では殺れねえし、殺さず止めるなんて事は出来なくもないが、実行したら今以上の怪我は覚悟しないといけねえ。

 

「今月入って三回目だろオイ」

「三回も、仕損じた」

「あぁ!?」

 

 そりゃオマエが雑魚だからな!

 そんな風に罵ろうとして痛みで口が引き攣って出なかった。

 クソ、マジで痛ぇ。

 傑といい、伏倉といい俺に攻撃の届くヤツがいるなんて面白い学年だなチクショウ。

 しかも、コイツに限っては一回目より成長してる。

 撃退する度に強くなるとか悪夢か。

 

「メンドくせー……!」

 

 俺は腕を掲げて構え直す。

 コイツの術式の要は――『目』。

 視られなければ、術式は無効化されない。

 他に考えられる弱点としては、そもそも規模がデカすぎて対象が視界内に収めきれないケースもまた効かないんだろう。

 まあ、俺の場合は常に死角に回り込んで攻撃する事だけだ。

 一度でも入れば、昏倒させるだけの一撃は噛ませる。

 問題なのは……コイツが速すぎる事だ。

 おまけに下手なヤツより体術ができる。

 俺と傑の喧嘩を止めた時は簡単に制圧できて「体術は苦手」とか言ってたくせに、猫かぶってやがった。俺と傑の間に割り込んでくるだけあって面白いヤツだと思ったら最悪な爆弾だった。

 単純にフィジカルの強度は華奢な肉体だけあって低いが、戦闘技術は高い。

 体格的にも、死角を取るのは難しいな。

 

「そんなに俺に死んで欲しいかよ」

「五条悟を殺せば……姉さんを返して貰える」

「ハッ、親の言いなりかよ。雑魚の思考だな、俺を殺した後も姉は返さず良い駒にされるオチだろうが」

「っ……」

 

 伏倉家は、総監部の狗だと聞く。

 どうせ、コイツの術式に目をつけて禪院か加茂、俺の存在で崩れた均衡を戻すか、あるいは自身に優位な方向へ傾けようとしている連中の差金だ。

 言葉から察するに、人質作戦らしい。

 どうせ、練度の高い体術も暗殺の為に鍛えさせられたってのが想像できる。

 それに、俺を殺したらそのまま罪を被せて処刑し、蜥蜴の尻尾切りって末路が目に見えてる。実際、残穢で犯人なんて特定出来るしな。

 俺を殺そうがコイツ自身が生きて姉と再会する結末は無い。

 どれだけ頑張ろうとも報われないのだ。

 だが、そこに頭が回らないほど冷静さを欠いている。

 それだけ人質に取られた姉が大事か。

 

「まだ戦るか?」

「……許、さない」

「あ?」

「ボクを襲う呪詛師も、五条家が雇ったって」

「……俺は知らねえっての」

 

 知らない……けど、想像は付く。

 御三家の均衡崩壊を危ぶんだ連中がいるように、ソイツらが俺相手に適役の刺客を差し向けてくる事を察した五条家が何もアクションを起こさないワケが無い。

 伏倉自身も、入学初日に襲われたって言ってたしな。

 ソレが五条家の使嗾した奴らという可能性を俺は否定できない。

 

「五条悟が憎い」

「そうかよ」

「だから」

 

 コイツは止まらない。

 姉の事、個人的な恨みが合致してる。

 俺を諦める道理が今のところ一つも存在していないから、止めるにはどちらか一方を取り除かない限り制止は無理だ。

 …………。

 どちらか、か。

 

「俺がオマエに負ける事はねえし」

「…………」

「それでも殺りに来るなら、こっちにも考えがある」

「何」

 

 伏倉が袷のように広くカスタマイズされた制服の袖からナイフを取り出した。

 うわ、止まる気無しかよ。

 

「俺がオマエの姉救けてやんよ」

「え………?」

「それなら俺を殺す理由も無いだろ」

「う……嘘……」

「嘘ついてどうすんだよ」

「五条家の人間は、信じない」

「あっそ。メンドくさ」

 

 疑り深くて、もうやめようかと考えた。

 でも、俺も諦めたら学生生活コイツと殺し合うだけの日々が続く。

 それが一番ウンザリだ。

 

「じゃあ、それまで勝手に殺しに来いよ。何度でも返り討ちにしてやるけど」

「…………」

「だから、俺の方でも勝手にやっとく」

 

 …………。

 伏倉は俺を睨み続ける……が、そろそろだ。

 

「ッう……!」

「やっとか」

 

 アイツの鼻から血が垂れる。

 ナイフを落とし、その場に崩れ落ちた。

 伏倉の術式は脳を酷使する。

 その影響で長時間使用すれば身体に多大なダメージが及ぶ。俺相手となって気を張っているから、限界近くまで目を開き続けていたのもあるんだろう。

 

「今日も俺の勝ちだな」

「次……次、は……!」

「はっ、懲りねー」

 

 失神した伏倉を見て、俺はせせら笑う。

 屈み込んで、その顔を観察した。

 眠った事で警戒や殺意から解かれた表情は、教室で見る無表情よりも穏やかだ。……へーっ、コイツってこんな感じの顔もできたのか。

 

 俺がいつも見ているのは、殺意に滾った瞳。

 爛々と輝いて、ただ俺だけを映している。

 呪力が内側で燃え上がった瞳は、俺の六眼と似て非なる綺麗な色をしていた。

 

「……はー、これまた運ぶのかよ」

 

 撃退する度に倒れる伏倉。

 俺はそれを硝子の元まで届ける行為を三回はしている。

 置きっ放しにしたら夜蛾センにも怒られるだろうし。

 自分を殺そうとしたヤツの介抱なんて御免被りたいが、放置した事によって死なれでもしたら入学して間もなく人でなし判定を下されても癪だしな。

 俺は痛む足に鞭を打って動き、伏倉を背負う。

 背中に密着する小さな体の感触は軽い。

 

 

「マジかよ……」

 

 

 それはそうと、やっぱりコイツ……デカいな。

 

 

 

 

 

 調べて判明したが、伏倉家には双子の姉妹がいた。

 そして、術式判明の際に妹の方には天賦の才があり、姉の方は術式すら持たなかった。

 これに目を付けた御三家のどちらか……最悪な事に特定は出来なかったが、俺の暗殺に適任だからと仲睦まじかった姉の方を人質にし、妹へ五条悟暗殺を強要した。

 

 だが、姉は術式こそ持たなかったが賢かった。呪術の一家ながら稀有なことに良識も備わっていた。

 

 人質さえいなければ妹は従わなくていい。

 人殺しをしなくていい。

 姉は躊躇いなく自害した。

 既にこの世にはいないが、生死を知らない妹の方には関係ないと自殺の件は伏せられ、そのまま暗殺計画は継続されたらしい。

 

 ……その真実が俺と伏倉の耳に入ったのは数ヶ月経った夏だった。

 

 

 

 

 

 寮の共同スペースで、伏倉が椅子に座っていた。

 後ろ姿で顔は見えない。

 こちらにはまだ気づいてないようだ。

 傑も不在で、飯を一人で食いに行こうと思って出てきたら遭遇してしまった。

 マジかよー……。

 入学してから殺し合いは二十回。

 俺の全勝だが、その度に怪我を負っては治す硝子に言い訳を考えるのが一苦労だ。結局、『特別訓練』と言って俺が体術の面倒を見てるって事にしてる。

 伏倉も硝子の事は甚く気に入っていて、嫌われるのが怖いのか言い訳の時は必死だ。

 けっ、そのまま嫌われちまえ。

 

 ただ、最近のアイツは殺気が無い。

 救いたかった姉がいないと知って、もう俺を殺す事しか縋る物が無いといった風だった。

 調査の手が五条家という部分が信憑性も無いと言い張り、無駄な戦闘を続ける。

 硝子たちの前ではいつも通りに振る舞っているのも痛々しいし、見てて反吐が出る。

 

 何にしろ、未だにアイツと二人きりで会えば殺し合いになる――その関係は続いていた。

 

 今日も、この場には二人きり。

 ここで戦うのも面倒臭いから去るのを待って物陰に隠れ――……いや何でそんな事しねえといけないんだよ。

 まるで俺が怯えてるみたいで癪だ。

 ため息を付きながら、共同スペースへと進む。

 足音で気付いた伏倉の顔がこちらを見る。

 

 ……泣いてた。

 

 

「あ……」

「あ?」

 

 

 俺も伏倉もお互いに予想外の事で固まる。

 一分近い沈黙が続く。

 そのまま黙ってても立ち去ればいいのに、俺もアイツも動けなかった。

 さんざ俺を殺しに来たヤツが泣くとか……いや、どうでもいいし、俺を殺そうとするヤツとか。しかも、こういうの傑とかの方が得意だし、俺は何かしたいとか思わないし。

 

 立ち止まっていた俺に、伏倉が無言で近付いて来る。

 

 ちっ、また今日もかよ。

 俺は構えを取って、接近するアイツに備える。

 一歩、二歩とアイツはふらふらと歩いて――そのまま隣を通過していく。

 そう見せかけて、背後から襲う算段だろ!

 俺も追うように身を翻し、後ろの伏倉を警戒…………したけど、アイツはこちらに見向きもせず歩いていく。

 

「……なあ」

「……何?」

「今日は向かって来ないのか?」

「……」

 

 こちらを向かないまま伏倉が俺へと団子状に握り潰された用紙を差し出した。

 六眼()で見た限り、接触した途端に発動する呪符の類ではないのは分かった。

 俺は紙を受け取って、クシャクシャの紙面を広げた。

 そこは、伏倉家がコイツの双子の姉の死を認める内容が記されていた。

 

「……ふーん」

「もう、五条悟を襲う理由も無い」

「良いの?上層部に口封じされるかもだけど」

「だって……もう何も意味が無い」

 

 とぼとぼと歩いていく。

 よく見れば、伏倉の顔色は悪かった。

 殺す理由は無くなった、か。

 縋る物も無くなって絶望してるんだろうが、俺からすれば朗報でしかない。これでやっと同級生で殺し合う無益な日常から解放されるのだ。

 はあーっ、清々した。

 これで心置きなく飯食いに行ける。

 心置きなく…………。

 

『五条悟が、憎い』

 

 そう言えば、アイツ俺を見ようともしなかったな。

 いつもあんな、真っ直ぐ見てくるくせに。

 

「………いやいやいや」

 

 何、気になんの?俺?

 伏倉を気にしている自分がいる事に思わず首を横に振りたくなる。

 何で殺意マシマシで向かって来るヤツを案じなくちゃいけないんだよ。

 だが、考えれば考える程に気にしている事実を自覚するようで悶々とする。

 

 つまり、今の俺はアイツを放って置けないらしい。

 

 

「あ゛ー、だっる」

 

 

 俺は早足で廊下を歩く。

 すると、直ぐに伏倉は見つかった。

 力無く垂れた腕を後ろから掴み、引っ張ってこちらに体の正面を向かせる。

 互いに真正面から向き合う。

 俺がじっと見つめるが、伏倉は俯いたままだ。

 

「今から飯行くんだけど」

「……いってらっしゃい」

「オマエ、どうせ今日何も食ってないだろ。暇だし、付き合えよ」

「……ご飯食べる気分じゃない」

 

 ッ、あーメンドくせー!!

 

「拒否権なんてありませーん」

「もう……放って置いてよ」

「あれ?聞こえなーい」

 

 そこから、ひたすらアイツの細やかな抵抗を無視して俺は店まで引き摺って行った。

 

 

 

 

 

 殺し合いは無くなった。

 その代わり、俺と伏倉はちょくちょく飯に行く仲になっている。勿論、仲良しこよしで行っているワケではない。

 普段も傑や硝子の前ではお気楽に振る舞っちゃいるが、俺と伏倉が未だに気安く話せた事はそこ以外で無いのだ。

 高専一年の秋。

 もう何度目かの二人飯、同じ店、同じメニュー。

 いつも通り、伏倉は黙って食べている。

 

「……五条悟」

「んだよ」

 

 と思ったら、伏倉の方から話しかけてきた。

 声は呆れと疲れを含んでいて、聞いている俺がイラッとするくらいには親しみどころか敬意すらも無い響きである。

 

「もう、大丈夫」

「何が?」

「ボク、今はもう純粋に学校楽しんでる。硝子と傑がいるから」

「ふーん……で?」

「……?」

「俺、別にオマエを気遣って飯に来てるワケじゃねーけど。単に暇潰し相手にしてるだけだからな」

「……傑の言う通り、捻くれてる」

「あ゛ん!?」

 

 傑も何吹き込んでんだよ。

 

「てか、いつの間に傑のこと名前呼びになったんだよ。前は夏油クーン♪とか呼んでたろ」

「……呼んでない」

「呼んでた」

「呼んでない」

「呼んでた」

「……夏油くん、って呼んでた。くーんじゃない」

「細かいっつの。……もう俺の事殺したいとか恨んでるワケじゃねえなら五条悟って呼び方やめね?」

「……五条くん」

「それ硝子とか傑の前ではもう呼んでるだろ。あと『五条』って言う時、オマエ無自覚かもだけどスゲー凄んでるからな」

「そんなことない、はず」

 

 本当に無自覚なのか、箸を止めた伏倉は歯切れが悪い。

 五条が嫌いなの分かるし、俺が原因で刺客を差し向けられたのも承知してるけど、そこに俺自身の意志は一切関与してないから、マジでそろそろ距離感をどうにかして欲しい。

 日頃から二人きりの時とのギャップでつい剣呑な空気になりそうになる。

 

「……悟、くん」

「……まあ、良いんじゃない?」

「何それ」

「五条悟よりはマシってこと」

「……悟くんは、ボクと友だちになりたいの?」

「オマエ今自分が何様な発言してるの自覚してる?」

「……」

「オマエは俺の暇潰し相手。だから、別に友だちでもねーから。あと、ウジウジしてるくらいなら吹っ切れるまで俺相手に悪態つくなり発散しろよ」

 

 俺の発言に、伏倉が顔を顰めた。

 お、初めて不細工な顔したな。

 

「何だっけ……硝子が言ってた……ドM?だっけ」

「へー、オマエって俺に嫌われる天才か?」

「……何で、そんなこと言い出すの」

「別に。ただ、知らなかったとはいえ俺の事で色々人生狂ったんなら、ちょっとだけ何かしよーと思って」

「……悪い物食べた?」

「ホンっっト余計だなオマエ」

 

 俺が睨むと、伏倉は小首を傾げる。

 よく分からないが、コイツに無視されるのは癪だ。

 教室では話すが、二人きりになった途端に俺をいない者扱いで一切干渉して来ないし、飯の時も引っ張ると無抵抗で文句の一つすら言わない。

 基本的に無言だ。

 俺の方を向かず、俺に話しかけず、俺に関わらない。

 それが気に食わなかった。

 

「とにかく、無視すんなって話」

「話す事も無いのに」

「作れ。絞り出せ」

「……恨み言なら、沢山」

「それで良いから話せ。溜め込んでウジウジして無視されるよりは断然良いから」

「……分かった」

 

 途中から気恥ずかしくなって顔を背けて言っていたら、ぷふっ、とアイツが小さく噴き出す声が聞こえた。

 驚いて振り向くと、そこに笑顔は無い。

 ただ、少し顔色が良くなったアイツの顔がある。

 

 

「悟くん、優しいんだね」

 

 

 アイツが俺に向けた初めての感謝の言葉。

 恨み言を覚悟してたのに、何だよ……その二人きりじゃ聞いた事ない柔らかい声色は。

 ただ、不思議とイライラはしなかった。

 

「そ。今さら気付いた?」

「うん。――だから、ご馳走さま」

「あ?」

「まだ悟くん嫌いだから。奢ってくれたら許す」

「はァー!!?人が優しくした途端に付け上がりやがって!奢るわけねーだろ!」

「じゃあ、許さない」

「けっ、別に許して欲しいわけじゃねーし」

「お会計、あの人で」

「あっ、テメ――!」

 

 先に店を出ていくアイツを追おうとする。

 このヤロ……一般人の前だろうと関係無く『蒼』で引き戻してやろうかと席を慌てて立ち、走り出そうとした。

 しかし、店の引き戸を開けて外に出ていく瞬間、振り返ったアイツの微笑んだ口元と――俺を見る紫紺の瞳。

 ぴしり、と足が固まった。

 な、んだコレ……動けね……。

 まさか、アイツ。

 

「術式だけじゃなくて、見た動作も『完成させない』のか……!」

「悟くん。ご馳走さまです」

「おいコラ待て!」

 

 引き戸が閉まって、伏倉の姿が消える。

 置き去りにされた俺が茫然自失としていると、ぽんと肩を叩かれた。振り返ると、注文票を手にした店長のおっさんが笑顔で俺を見ている。

 

 

「頑張れ。道は長いぞ」

「そういうんじゃないんで」

 

 

 俺は店長の手から注文票を奪って、再び椅子に腰を下ろす。

 やられた。

 アイツ、今度絶対に泣かす。

 

 ……それにしても、あんな風に『視』られたのは初めてだったな。

 

 不快ではなく、むしろいつもより心地よい。

 ただ、何か余裕みたいな物を感じてイラッとする。

 別に睨まれるのよりは良いハズ、なんだけどな。

 ただ、何かが物足りない。

 あの目は、傑や硝子にだって向ける……ありきたりな態度。

 何か、何かが……。

 

 

「何なんだよ、ほんと」

 

 

 言語化出来ない不満に、だが真剣に考えるのもアホらしくて俺は思考を止めた。

 取り敢えず、アイツに後で飯代払わせよ。

 何にせよ、これからの伏倉と俺は……もしかしたら仲良くなれるのかもしれない。アイツも俺に肩を並べるくらいには強い。

 だから、もしかしたら。

 

 今まで無かった、四人での楽しい時間なんてあるのかも――そう夢想した。

 

 

 

 

 

 それ以降、夢見た通りにはいかなかったけど、俺と伏倉……じゃなくて茈苑は、二人で色んな飯屋を巡るようになった。

 意外と健啖家なアイツと大食い勝負したり、スイーツの食い歩きで男気じゃん拳したりと楽しんだ。

 傑と硝子も混ぜようかと考えたけど、始まったばかりで今はまだコイツ相手は二人の方が気楽にやれる。

 

「っやりー、俺の勝ち」

「む……これで七戦三敗の四勝」

「勝った数強調しても無駄ムダ♪オマエは今!敗けたんだから」

「あと一敗で追いつかれてしまう(・・・・・・・・・)

「だから」

「でも勝てば、また二つリード」

「いやいや、あのな」

「全然ヨユー」

「ウッゼー!!食ったら次行くぞ、次!まだ四つあるからな、追い越してやるよ」

 

 一々人を苛立たせる話し方しやがって。

 俺が睨むと、コイツは楽しそうに次の店は?と尋ねる。

 その様子を見て、不覚にも俺まで雰囲気に流されて楽しんでしまう。

 

「あ。この前の出張で面白いやつ見つけたんだけど」

「何?」

「地方限定の激辛ソース」

「…………」

「明日、それで傑と硝子も混ぜてロシアンルーレットするから覚悟しろよ」

「悟くんから持ちかけた勝負で敗けた事はない」

「明日見てろよマジで」

 

 小生意気な茈苑にそう宣言しつつ、二人での時間を楽しんだ。

 双子のこと、暗殺、戦闘力……そしてこの茈苑の態度も含め、俺だけが(・・・・)知っているコイツの姿。

 俺だけが知る『秘密』。

 その事実を噛み締めて、変な悦に浸ってしまう。

 ……いやいや、大丈夫か俺。

 

「悟くん?」

「……何じろじろ見てんの?やらしー」

「変な顔してた」

「オマエの寝顔ほどじゃないしー」

「……そういうとこが嫌い」

 

 容赦ない言葉につい息を呑んでしまう。

 まあ、変に遠慮されるよりは良いか。

 

「俺もオマエの生意気なところ嫌ーい」

「じゃあ、お互い様」

「へっ」

「……傑と硝子とも来たかった」

「えー?じゃあ、オマエの事情話せる?アイツらに同級生と殺し合ってましたー、なんて」

「……嫌い」

「事実だろ」

 

 茈苑が早足になり、俺を置き去りにしようとする。

 しかし残念な事に体格差から来る歩幅の圧倒的優位性により、アイツが稼いだ距離は虚しく俺の少し速めた歩調で簡単に潰せた。

 

「……二人には、話せない」

「だろうな」

「うん。だから悟くんとの秘密」

「……俺との?」

 

 二人だけの秘密、と茈苑が念押しする。

 妙に甘美な響きがあって、そう感じる自分も何だか嫌になる。

 やめろ、中身が剣呑過ぎて口外できないってだけだから。

 

「絶対に言わないで」

「言ったら?」

 

 気を取り直して、俺がニヤニヤ笑いながら尋ねた。

 すると、茈苑の瞳が開かれて俺を見る。

 

 

「また殺しに行くから」

「上等じゃん」

 

 

 随分と仲良くなったものだと感慨深く思いながら、俺たちは次の店に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして―――その冬。

 廊下で前を歩くアイツを見つけ、俺は驚かそうと肩を叩いた。

 

 

 

「五条、悟……」

 

 

 

 出会った頃と同じ目で、俺を見るアイツがいた。

 警戒と殺意の眼差しで、俺を射竦めるあの綺麗な眼。

 他に意識を割く余裕なんて一切無い、俺だけを真剣に見詰める眼差し。

 後にされた説明で、アイツは失ったという……俺と殺し合って、和解して、仲良くなった日々を。

 何で、何で忘れたんだよ。

 ふざけんなよ。

 

「――――させるかよ」

 

 コイツがこの調子だと、また殺し合いになる。

 ただ、術式の酷使、脳への負担によって記憶障害にまで発展した事で、今後も俺を殺す為に容赦なく術式を使用してより摩耗が激しくなるのが予想される。

 完治もしていない内から、俺を殺す為だけに全身全霊で自分を削りながら向かって来たら、今度こそ死ぬかもしれない。

 予定していた呪霊以外に特級呪霊と呪詛師、きっとコイツにとっては過酷だったんだろう。

 

 ……そうだな、その目で俺以外を見て壊れた。

 

 情けない事に、今自覚できた。

 俺は歪ながら気に入っていたのだ。

 殺意と怒りで染まりながらも、俺だけに自分の全てを注がんとするアイツの目が。

 どうせ壊れるなら、原因は俺で良いだろ。

 なんだよ、呪霊と呪詛師って。

 

「ッ死ね――うぐっ!」

「………」

「ぅ、あ……」

 

 袖口からナイフを出し、俺に襲いかかろうとした瞬間にまず凶器を構えた手を掴んで止め、そのまま腕で喉元を押しながら壁に固定する。

 苦しむ声が聞こえるが、どうでもいい。

 また、俺と殺り合おうってんだな?

 ……分かった。

 オマエがそうくるなら、俺も手を変えよう。

 また繰り返してやるよ、失う前の関係まで修復してやる。

 それで、今度こそ失わせたりしない。

 

 

「俺以外を見て俺を忘れるとか、許さないからな?」

 

 

 全て終わったら、もう二度と俺以外見えないようにしてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

好きな地獄を選んでよ。

  • 夏油傑
  • 家入硝子
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