俺の弛まぬ努力が実を結びつつある。
術式の反動で記憶障害を起こした同級生――伏倉茈苑との関係を喪失以前へと回復させる計画だが、アイツの殺意を退けつつ証拠混じりに事実を突き付ければ、戸惑いながらもアイツは納得した。
最初は「ボクと五条悟が食べ歩き……!?」とか。
他にも「ボクと五条悟の写真がある……」とか。
後はいつも飯を食いに行く定食屋で店長たちと会話させたりして、俺と食事をする仲だったと認めさせた。
そして――姉の生死、とかな。
最初は警戒心全開だったが、話の整合性が取れていると分かると、戸惑いながらも受け容れ始めた。
まだ以前のようにはいかないが、取り戻しつつある。
それはそれとして、最近やたら口を開けば傑の事ばかりなんだけど、どういうこと?
「なー。暇なら鍋しようぜ」
任務も授業も無い冬の日だった。
寒空の下で、俺は窓を叩いて呼びかける。
俺の声に応じて、室内から茈苑が顔を見せる。相変わらずいい反応はしないが、来た瞬間に術式を発動させたり、ナイフを構えて飛びかかって来る事は無い。
それだけでも大きな進歩だ。
部屋でぐーたらしてたのか、寝間着姿のままだ。
暖房も入れずキャミソール姿という薄着に思わず正気を疑ったが、いつもより露出度が高くて中々見る事の少ないコイツの肌色を凝視してしまう。
「硝子と傑」
「どっちも出張ってんだよ」
「鍋って、ボクと五じょ」
「んー?」
「……ボクと悟くんだけ?」
名前呼びに訂正させると嫌そうな声になる。
表情に出さないけど、こういうところで顕著だ。
二人で鍋をやろうという提案に対して乗り気ではないことが分かる。いや、気分じゃないどころか俺だから嫌だと雰囲気で訴えていた。
はっ、そんなの知りませーん。
既に具材も二人前買い揃えてんだよ。
「鍋、やろうぜ」
俺が再度訊くと、茈苑は観念して頷いた。
よしよし。
「何で窓から?」
「窓からの方が驚いてそのつまんねー顔も動くかなって」
「……大嫌い」
「んで、鍋なんだけど作るとこからな」
「どっちの部屋?」
「えっ?」
「どっちの部屋でやるの?」
今、コイツは何て言った?
いや意味としては分かる。鍋をするに当たって、会場は俺の部屋にするか、茈苑の部屋にするかという質問である。
だが、俺が驚いているのはそこじゃない。
返答次第では、コイツが俺を自分の部屋に招くという事である。
大体はいつも高専外に出て遊んんだり飯にした。
だから、実は寮で遊ぶのも初めてである。
こうなる事を予測していなかったのもあって、俺もつい固まってしまう。
その反応を不審に思った茈苑の纏う空気が鋭くなる。
「まさか、悟くん部屋に罠……?」
「はっ?」
「信用ならない。やるならボクの部屋」
「え、おま」
「異論は認めない」
「……いやー、別に?オマエがいいなら良いけど」
「……?」
コイツ、ヤバいな。
男相手、それも俺を部屋に招く度胸があるのかよ。
普段の交流からすれば、意識する相手でもないと否定してやるところだが、生憎とそんな文句が使えない程度に俺はアイツのアレな部分を知ってしまっている。
触れると柔らかいとか、意外とデカいとか。
伏倉家って、教育どうなってんの?
アイツの事だから、俺をそんな対象として見ているワケも無いだろうし、単純に考え無しって線が濃厚な気がする。
でも?俺も手を出すほど飢えてないし。
俺を殺そうとしたヤツに欲情するとかあり得ない。
……まあ、億が一に備えておくか。
俺は一旦、買い揃えた具材や器具なんかを自分の部屋へ取りに戻った。
いくら殺し合う仲とはいえ若気の至りって有り得るし。
アイツの方からってのも否定できない。
脳内で延々とその事について考え続けていたら、あっという間に準備が整ってしまって、全てを両腕に抱えながらアイツの部屋の前に立っていた。
改めてノックすると、扉が開かれた。
良かったぜ、居留守とかされたら吹き飛ばしてたところだ。
同じ姿で俺を迎えた茈苑は、渋々と俺を室内に招く。
俺は狭い台所に全部置き、肩を回した。
既に調理する気満々なのか、アイツもエプロンを身に着け始めた。それが新鮮で、俺はケータイでそっと撮影を試みる。
俺がアイツの背後でシャッターを切ろうとすると、ふとアイツの動きが止まっている事に気付いた。しかも、逆手持ちに包丁を構えている。
「さっきから何してるの」
「いえ、何も」
「奇襲は効かない」
見開かれた紫紺の瞳が肩越しに俺を睨む。
ただ撮ろうとしただけじゃん。
ガチ目の殺意を俺に向け始めたので、真面目に料理に取り組む事にした。とはいえ、台所は狭いので意外とやれる事は少ないんだけどな。
率先して包丁を握った茈苑だが、果たして料理できんのか?
やや不安になって見ていると、手際よく具材を切り分け始める。
な、何ィ……?
「おま、料理できたのかよ」
「うん」
「ふーん。何か意外」
「料理した事無かったけど、体は覚えてて」
「…………」
「多分、忘れたボクがいっぱい練習してたと思う」
「いや、俺でも知らねえんだけど。オマエが料理してたとか」
「傑も驚いてた」
「は?傑?」
茈苑が興奮気味に何度も頷く。
「ご飯作ってあげたから」
「……は?」
「作ると喜ぶから、何度も作って一緒に食べてる」
楽しげに茈苑は語るが、俺の胸中は急激に冷たくなっていく。
何だ、それ。
傑とは部屋も近いんだから、俺にも寄越せよ。
何か異様に仲良いとは思ってたけど、いつの間にそこまでの事になってたのか。
は?
内心穏やかになれない俺など意に介さず、無防備に後ろ姿を晒して料理を続けている茈苑に、今度はこっちが殺意を抑えられない。
「……次からは俺も呼べよ、食う時に」
「嫌だ」
「はぁ?」
「四人でいる時、悟くん相手は演技しなきゃいけなくて疲れる。食べるなら二人きりがいい」
「……………」
「悟くん?」
「オマエさ。……オマエさ」
「……どうしたの?何か気持ち悪い」
「オマエさァ!!?」
本気で殺してやろうかなァ!?
悶々とする俺だったが、結局何もできずに鍋作りは恙無く進んでいく。
後は蓋を閉じて待つだけの時間となり、カセットコンロの上に設置したそれを、二人で部屋の中央に運ぶ。
机の上にゆっくり安置し、俺たちは向かい合って座った。
コイツが普段使うだけあって机は小さい。
だから、いくら足を畳んでもお互いの足がぶつかる。
「………」
「………」
「………」
「………なあ、何か喋れよ」
「話したい事も無いのに?」
「相変わらずだな」
「相変わらず……ボクと悟くん、そんな気安く話せる関係じゃなかったんだ」
「当たり前だろ。何処かの誰かは俺を見るなり殺してやるしか言わないし」
「もう言わない」
「ホントか〜?」
「本当」
「ほ、ん、と、か?」
「………し、死ねば良いのにとは、思う」
「オイ」
コイツやっぱり許せん。
「ったく、可愛くねー」
「ボクたち、ホントは友だちだった?」
「違うけど何?」
「……ううん、ほっとした」
「……はっ」
嫌いな相手と友人関係になったとか死にたくなるって口か。
本当に失礼なヤツだ。
まあ、俺の所為で姉は人質にされた挙げ句自害まで追い込まれて、自分自身はただ暗殺の為だけに生かされてきた感じだもんな。
俺だったら反吐が出てるぜ。
「そりゃ良かったな」
「うん。悟くんが気にせず済むし」
「……あ?」
言い方が引っかかる。
俺が睨むと、茈苑は微笑んでいた。
「友だちじゃないなら、悟くんは傷つかないから」
…………は?
茈苑の一言に俺の中で怒り以外の雑念が全て消えた。
何それ何それ何それ。
こっちは忘れられてイラついてんのに。
俺の心の中も察せず、鈍感で見当違いな答えに安堵してる微笑みがどうしようもなく憎い。
俺の気を逆撫でするのが随分上手くなったな。
「硝子は、傷付いてた」
「だろうな」
「傑も、何となく隠してるのが分かる」
「……」
「でも悟くんは――」
「オマエさ、鈍すぎじゃね?」
俺の一言で茈苑が止まる。
言葉の真意を理解できないようで小首を傾げていた。
「アイツらみたいな傷心ではないけど、俺キレてるからな?」
「そう、なの?」
「色々頭足りてないんじゃない?術式で脳が壊れてんだろうけど」
「む……」
足りないなら、教えてやればいい。
自分が何をしたか、何をしているか。
「だから、男と部屋で二人きりになれるんだよ」
「どういうこと?」
「薄着で男迎えるとか襲われても文句言えねえぞ?しかも自分より強い相手招くとか、いざって時に抵抗するつもり無いって受け取られるだろ」
「悟くん、そんな事しないでしょ」
「――へえ」
俺は立ち上がって、茈苑へと手を伸ばす。
アイツが反応するよりも早く首を掴み、そのまま床へと押し倒した。
抵抗しようとする両腕を膝で固定した。
足は机の下なので、完全に動きを封じている。
俺がそのまま体の上で見下ろしていると、茈苑が開いた目で俺を冷たく睨んだ。
「………最低」
「―――ハっ」
初めて見せた、俺だけを映す瞳から感じる目一杯の侮蔑。
ぞくぞくと、甘い痺れが背筋を走った。
なるほど、こんなのもあったのか。
俺が高揚していると、ふとアイツの目が俺のシャツを見る。
「悟くん、服汚れてる」
「あー、誰かさんがエプロン貸してくれなかったからな」
「シミになるから洗う。脱いで」
「やーん、えっちー」
「……」
「はいはい、つまんねーの」
上着を脱ぐ間、茈苑はじっと見詰めて来る。
どうやら、さっきのやり取りで未だ警戒しているらしい。依然として俺にゴミを見るような眼差しを注いでくる。
へっ、上等じゃねえか。
そんなに見詰めてくるなら、俺も万々歳。
いい気味である。
……しかし、これだけ視られてるともっと色んな反応を見たくなる。
俺はつい勃然と胸中に生まれた悪戯心に従って、脱ぐ必要も無いシャツの裾を捲って腹部をチラ見させる。
ほれほれ、どうだ。……って、アホらしい。
考えれば、コイツも呪術師。
死体とか色んな物を見慣れてるヤツに、今さら男の素肌を晒して見せたところで面白い反応が返ってくるワケもないか。
そう思っていたが。
「―――」
じっと、紫紺の視線が腹部に集中していた。
さっきまで俺全体を収めるように油断なく見ていた目とは全く違う。好奇心という名の力に惑わされ、すっかり一点にピントを合わせている。
へえ……。
「何見てんの?やらしー」
再度からかってみる。
まあ、どうせ少し驚いた顔して「ごめん」とか言うくらいなんだろうけど――。
「あっ、ち、違……」
そんな俺の予想を裏切り、アイツは狼狽えていた。
顔を真っ赤にして、全力で体ごと俺の方から背ける。
……。
…………。
…………………へー?
変に気まずくなったのかアイツは黙々と鍋を食べると、互いに完食するや片付けを手伝わせる事も無く、問答無用で俺を部屋から追い出した。
春が来て高専二年になった。
学年が変わったからと言って特に何があるワケでもない。傑も硝子もいつも通りで、俺だって特に年の変化を気に留めた事は無かった。
だが、茈苑は違うらしい。
俺は寮へと戻る途中でアイツを見つけた。
空を見上げながら歩いているらしく、俺が背後にいるのに恐ろしく無警戒だ。気付いていないフリだとしたら、俺をもう敵視していないという事実であってくれるから安心できるんだが。
まあ、単純に気を抜いてるだけだろうけど。
「何見てるの?」
「けっ、気付いてたのかよ。迂闊なんじゃない?俺に背後を許すなんて。オマエの術式は目なんだから、俺が見えてないとマズいっしょ」
「もう悟くんは敵じゃないし」
「……お?」
振り返らないままのアイツと会話が続く。
もう敵対対象じゃない、となると……そろそろか?
俺は大股で隣へと追いつき、横から顔を覗く。
すると、茈苑は胸前で拳を握っており……何か燃えてる。
「それに、今年から後輩ができる」
「はあ?」
「カッコいい先輩にならないと」
「…………」
「……ん?」
「ぷーっっ!」
思わず噴き出した。
真剣な顔してると思ったら、そんな事かよ。
たしかに今年から後輩ができるけどさ、まさかと思うが先輩面できると思って滾ってたわけ?
「オマエに威厳あって尊敬できる先輩とか無理無理!体格とかその会話苦手そうな感じ、せいぜいマスコット扱いされるだけだって!良かったでちゅねー!かっこよくは無いけどかんわいい先輩にはなれまちゅよー?」
俺がもはや条件反射とも呼べるくらいにいつも通りアイツを誂うと、薄目で睨みながら術式で俺の動きを止め、その間に強烈なハイキックを無防備な臀部に叩き込んできた。
傑や硝子も知らない洗練された蹴りの威力。
俺が声を押し殺して堪える中、アイツは早足で俺を置き去りに道を急ぎ始めた。
こンの女ァ……!
遠くなっていく背中を睨んだが、少しして立ち止まったアイツが突然踵を返して直ぐ近くまで戻ってきた。
「んだよ」
「少なくとも、悟くんよりは尊敬される」
「は!?」
「最低野郎。不真面目。才能だけ」
「才能だけじゃねーし!顔とか性格も天恵揃ってんだろうが!」
「可哀想な先輩」
「よーし分かった、今日こそトドメ刺してやるよ!」
急いで逃げようとするアイツを『蒼』で引き寄せ、羽交い締めにして持ち上げる。
ようし、どうしてくれようか。
面白い制裁に思考を巡らせていた俺の後ろから近づく足音がした。抱え上げた茈苑ごと振り返ると、傑が呆れ顔で俺たちを見ていた。
「悟。何してるんだ」
「おー、傑。今から締めるとこだから」
「……何やってるんだ君らは」
「何でも、後輩に尊敬されるカッコいい先輩になりたいなんて夢見てるらしくて」
「へえ?」
傑がにこりと胡散臭く笑って茈苑の頭を撫でる。
「茈苑は良い子だからね、みんな可愛がってくれるよ」
「傑……まで」
「ほらな、マスコット扱い」
「何やってんのー?」
「お、硝子も来た」
相変わらず年齢制限無視で煙草を銜えた硝子も合流し、絶望している茈苑を見て微笑む。
「おいクズ共、放してやんなよ」
「硝子、ボク尊敬される先輩になれるかな」
「当たり前じゃん。流石に他二名の最悪さに比べたらね」
「硝子……!」
俺らをクズ呼ばわりとは。
でも、逆に俺らって比較対象差し引いたら尊敬されないって言ってるようなもんだぞ。
………まあ、良いけどな。
傑も硝子も、これから来る後輩だって、きっと
しかも、あと少し関係修復の作業が進めば俺以外を見る事も無くなるし、俺以外が見る事もなくなる。問題は、それを
ただ、一級推薦には二人の申請が必要。
ここは、他に推薦協力してくれそうな人……お金を出せば冥さん辺りは有効か。
「へっ、後輩なんかに目移りさせねえっつの」
その後、俺は笑いがこぼれた口元を隠すのに必死だった。
好きな地獄を選んでよ。
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