逃げられない呪い   作:布団は友達

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「戻ったかい」

 

 爆破の犯人だった呪詛師を処理した後、私――夏油傑は同じく星漿体の護衛を担う悟と茈苑を迎えた。

 爆破された後で空いた穴から吹き込む風があるが、保護した星漿体の少女は、ソファーの上で安らかに眠っている。

 茈苑も無傷のようだ。

 私が捕らえた方の『Q』の男の情報によれば、二人が交戦した呪詛師は『Q』の最高戦力らしいが、悟が撃退した写真画像を送信してきたので彼の無事は知っている。

 私はようやく安心した気分になれた。

 

「茈苑、怪我は無いんだね」

「うん。悟くんが守ってくれた」

「そうか。ん、悟くん?」

「ん?どうした、傑?」

「……いや別に」

 

 気の所為、という事にしておこう。

 呼び方の変化なんて些末だ。

 私だって傑と呼ばれているのだし、むしろ今まで悟だけそんな風に呼ばれていなかった方が不自然だ。きっとそうに違いない。

 私が変に思考する間、星漿体の少女を悟が持ち上げ、自身の腕の中に抱えた体を六眼で観察する。

 

「これが星漿体のガキんちょね」

「普通の女の子」

「悟、彼女の容態に異常は無いか」

「無いね。茈苑の残穢があるだけで、傑もすぐ助けたからそれ以外の呪術的な痕跡は見当たらない」

 

 悟の眼による判断ならば安心だ。

 この少女――天内(あまない)理子(りこ)は先に襲撃されてしまったが命に別条は無いらしい。もし何かあったら護衛に任命された意味が無い。

 天元様や呪術界からも大きく失望されていただろう。

 

「これで説教は無さそうだ」

「一応、医者見せる?」

「硝子のように反転術式、それを他人にアウトプットして治療する行為ができればよかったんだけど」

「アイツ感覚派過ぎて何言ってるか分かんねーし」

「硝子は天才」

「オマエは出来ねえの?」

「他人の治療は無理。でも、呪いの解呪くらいなら眼でできる」

「取り敢えず、まずは説明だね」

 

 少し離れた位置で私達を見ている給仕服姿の女性へと向き直る。

 星漿体の少女こと理子ちゃんと共に襲撃を受けていた女性だ。資料通りなら、彼女は黒井さん。

 たしか、黒井というのは星漿体に代々仕える家柄だったと聞く。給仕服もそうだが、きっと理子ちゃんの側付きなのだろう。

 

「その制服は、高専の……」

「こんにちは。我々は天元様との同化まで天内理子の護衛を依頼された者です。私が夏油傑、白髪の彼は五条悟、そして彼女が伏倉茈苑」

「どもー」

「初めまして」

「そうだったんですね……私は黒井と申します。理子様の側付きです」

 

 自己紹介を済ませ、黒井さんは私たちの顔を見回す。

 

「随分お若いんですね」

「ええ、まあ。ですが、天元様からの指名でして」

「分かります。見ていました、凄くお強いんですね」

「いえいえ」

「あ……傑、起きた」

 

 茈苑の言葉通り、視線を落とすと理子ちゃんが目を覚ましていた。

 至近距離にいた悟と視線が合う。

 ほんの一瞬の沈黙。

 私も茈苑も、彼女がどう動くか注目し――。

 

 

「オラーーーーーーー!!!」

 

 

 壮絶な平手打ちが悟の頬に炸裂した。

 術式防御も発動していない無防備なところに一撃を食らわせた後、腕の中から脱出した理子ちゃんは敵意の眼差しで私たちを睨んでいた……茈苑の後ろで。

 

「下衆め!妾を殺したくば、まず貴様が先に死んでみせよ!」

「え、あの」

「分かっておる。おまえが妾が護衛じゃな?よし、奴等から妾を守るのじゃ!」

 

 理子ちゃんの勢いに圧されて茈苑は何も言えていない。

 そんな強引だと彼女は何も言えないじゃないか。

 叩かれて顔も気分も穏やかじゃない悟と、すっかり理子ちゃんに流されそうになって悟に対し掌印を構える茈苑の代わりに私が状況を説明しないとならない。

 やれやれ、本当に困った級友たちだ。

 私は一歩前に進み出て、なるべく警戒されないよう笑顔を作った。

 

「理子ちゃん、落ち着いて。私たちは、君を襲った連中とは違うよ。その子の仲間さ」

「嘘じゃ!嘘つきの顔じゃ!前髪も変じゃ!」

「う、嘘。胡散臭い。ま、前髪はカッコいい」

 

 理子ちゃんはすっかり疑り深くなっている。

 私の前髪が……何?

 よく悟にも誂うポイントとして着目されるが、一体何が変だというのだろう。流石に失礼にも程がある、茈苑も何か言ってほしいな。どうして身構えてるのかな、雰囲気に流されたって私に敵対する事は無いんじゃないかな?

 私は悟の方を見る。

 どうやら、私たちは前世が兄弟だったかのように以心伝心……悩んでいた星漿体への対応がここで決定した。

 

 

「イダダダダダダ不敬ぞーーー!?」

 

 

 二人で手足を持って左右から理子ちゃんを引っ張る。

 早々に悲鳴を上げ始めたが、これではまだお仕置きは足りない。

 それと、茈苑にもだ。

 私は後ろへと振り返り、茈苑に笑いかける。

 

「茈苑。君も後でね」

「ぇ……い、痛く、しないでね?」

「ッ……!!」

「うお、傑!?」

 

 私は理子ちゃんから手を離してその場に膝を突く。

 不覚の一撃だった。

 仕置を覚悟した茈苑が怯えながらも粛々と受け容れて弱々しい声色で放ったそれを、私の体が別の意味として受け取ってしまった。

 衝撃がある部分に走って、今立ち上がるとバレてしまいそうだ。

 くっ、忌々しい!

 私は茈苑をそんな風に見ていないのに。

 私の体も、やはりまだ青臭いガキだったようだ……!

 

「どした、傑?」

「すまない。今、少し……立ち上がれない」

「案外強かったのかよ呪詛師……傑がやられるとはな」

「あ、ああ……もうそれで良い」

「オマエは高専戻って治療するか?」

「いや、一時的な物だ。直に鎮まる」

「鎮まる……??」

 

 良かった、悟にも伝わっていない。

 こんな事が露見すれば、悟はここぞとばかりにイジってくるだろう。そうなれば、護衛任務の途中といえど殺し合いになりそうだ。

 落ち着け、落ち着くんだ、私の体……。

 そう、いつもの彼女を思い浮かべるんだ。

 野良猫と戯れて喜ぶ茈苑、ソフトクリームを頬張る茈苑、私を見て微笑む私だけの茈苑……すーっ、よし。

 

 私は立ち上がり、肩を回す。

 

 よし、もう大丈夫だ。

 私は冷静さを取り戻して、さっき手を離して理子ちゃんを床に落としてしまった事に気づく。悟も私の異常に驚いて握っていた足を解放してしまったらしい。

 慌てて確認すると、理子ちゃんは大の字で床に突っ伏してしまった。

 何やら苦しそうにぷるぷると震えている。

 

「大丈夫ですか!?」

「黒井!」

「お嬢様、その方達は味方です」

「味方……本当か……?」

 

 理子ちゃんの疑念は相当に深い。

 私たちに向けられた目が不審者を見るそれである。

 

「思ってたよりアグレッシブなガキんちょだな。ったく、同化でおセンチになってると思ってどう気遣うか考えてたのに」

「フン!如何にも下賤な者の考えじゃな」

「あ゛?」

「良いか?――天元様は妾で、妾は天元様なのじゃ!」

 

 何だか誇らしげに語り始めたが、特に聞く必要が無さそうなので聞き流していると、悟の方も興味を無くしてケータイで遊び始めた。

 一瞬、ちらっと見えたのが誰かが薄着で寝ている姿なんだが……見覚えがあるのは何故だ??

 待ち受けと言えば、茈苑のケータイの設定諸々は私が行っており、彼女の待ち受けは私とのツーショット写真にした事がある。

 まあ、基本的に操作は見ずとも音だけで可能な茈苑は特に待ち受けなんて見ないし、あと即行で硝子によって猫の写真に変えられていたけど。

 今は誰だが分からない男の腹筋の画像になっている。

 誰だ、誰の物なんだ……茈苑……!

 

「待ち受け変えた?」

「これ秘蔵だから教えねえよ?」

「私と君の仲だろ」

「さ、五条くん……これ、は……?」

「オイなに人のケータイ覗き見してんだオラ」

「――聞けぇッ!!」

 

 おっと、無視されていたと気付いた理子ちゃんに怒られてしまった。

 

「あの喋り方だと友達もいないじゃろ」

「快く天元様との同化に送り出せるのじゃ」

「可愛い喋り方なのじゃ」

「学校じゃ普通に喋ってるもん!!……あ、学校」

 

 不意に理子ちゃんが壁の時計を見やる。

 

「昼前……黒井、急ぐのじゃ!」

「いえお嬢様、しかし学校は……」

「行くったら行くのじゃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 理子ちゃんの勢いに圧されるまま、私たちは彼女が通う廉直女学院まで来てしまった。

 本来ならすぐ高専に送り届けた方が安全なのだが、私も茈苑の事が言えない程に流されている。

 判断を仰ぐべく悟が夜蛾先生に連絡を入れているが、反応はあまり良くない。

 言われている内容は、概ね推測できるが。

 それに悟が納得するかは難しい。

 

「天内理子の要望にはすべて応えろ、だぁ?」

 

 案の定、悟は眉を顰めている。

 ケータイを閉じるなり、不機嫌そうに空を蹴る。

 

「ゆとり極まれりだな」

「そう言うな。同化後、彼女は天元様として高専の地下最下層で結界の基となる。今後、二度と家族や友人と会う事は無くなるんだ――好きにさせよう、それが私たちの任務だ」

 

 同化すれば二度とそこからは動けない。

 呪術界の礎となる為に、天元様と一体になる事で今いる友人たちとも会えなくなる。

 生まれた時から定められた運命。

 私たちの想像すら及ばない辛苦があるだろう。

 

「理子様にご家族はおりません。幼い頃に事故で……それ以来は私がお世話をして参りました。ですので、どうかせめてご友人とは少しだけでも……」

 

 幼い頃から一緒、か。

 家族を失った理子ちゃんが明るくいれたのは、紛れもなく黒井さんのお蔭だろう。二人の仲の良さがそれを何よりも物語っている。

 

「じゃあ、貴女が家族だ」

「……はい!」

「……傑。監視に出してる呪霊は?」

「ああ。等級的にさほど強くは無いが、術師ならば邪魔に思って払う程度の障害レベルを配置してる。冥さんみたいに視覚共有できればよかったんだけどね」

「充分だろ。異常があれば直ぐ分かるんだろ?」

「ああ。……ところで茈苑は?」

「アイツなら、俺らと違って気配消すのが上手いから天内の傍に張ってるんだってよ」

「護衛としては本末転倒だけど、理子ちゃんに拒否されてしまったからね……」

 

 友達に見られるのは嫌、か。

 流石にそうは思わないが、彼女曰く私たちは不審者に見えるらしいので近くを彷徨くと友人を萎縮させていつも通りに過ごせなくなる。同化前にいつもの日常を噛み締めたい理子ちゃんにとっては不本意だろうな。

 茈苑が傍に張っているなら万が一にも対応できる。

 たとえ彼女に倒せない強敵でも、私たちがすぐに駆けつけられるだろうし――?

 

「お、伏倉から連絡だ。はーい、しもしも」

「……なぜ私じゃなくて悟に」

「……傑、呪詛師来てるってよ。二人処理したらしい」

「……?呪霊にはそんな反応……!」

「どうした」

 

 今しがた、監視に出した呪霊が祓われた。

 茈苑の連絡にあった呪詛師の仕業……ではない。予て茈苑には私の呪霊の存在を伝えてあるし、彼女が誤って祓除した可能性は皆無。

 となると……茈苑が撃退した呪詛師とは別に、新たに襲撃に現れた者の仕業!

 

 

「悟、急いで理子ちゃんのところへ。二体祓われた」

 

 

 急がなくてはならない。

 あれからまだ数時間だが、仲間に伝達させる間も与えず『Q』は撃退した。追手が放たれるにはまだ速い。

 一体、何が起きている――?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ×    ×    ×     ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボク――伏倉茈苑は、トドメを刺した呪詛師の一人を木陰に移動させる。

 これで二人目。

 でも、どちらも『Q』の服じゃなかった。

 盤星教……なのかな。

 でも、傑はみんな非術師だって言ってた。

 お金で雇われたのかもしれない。宗教って、結構お金が儲かるって硝子も教えてくれた気がするし。

 

 ボクは短刀の血を払って、礼拝堂へと再び戻る。

 

 悟くんに連絡したし、いずれ応援は来る。

 それまでは、ボクが理子ちゃんを守らないと。

 

「周辺に呪力反応無し。五条くん達が直に……かッッ!!?」

 

 警戒していたのに、背後から貫かれた。

 胸元から刃が生えている。

 ボクの血で切っ先までたっぷりと濡れた刀身から呪力は感じられず、呪具ではない。

 なら、刺されただけ。

 まだ反撃の余地は――!

 

「はい、遅い」

 

 止めようとした私の手より速く刃が袈裟に滑っていく。

 臓物どころか骨まで断たれる感触がした。

 滂沱と溢れる自分の血と共に、力が抜けてその場に倒れた。

 不幸な事に、うつ伏せになっている所為で後ろが見えない。

 まずい、落ち着け、反転術式を。

 

「伏倉の最高傑作。後々残しておくと厄介だからな」

 

 振りかぶられる長刀が視界の隅に映る。今度は間違いなく呪具だ。

 呪いに転じる可能性を危惧して呪具で殺すつもりだ。

 呪力が、練りにくい。

 動作を『止める』のは難しい……せめて呪具の術式だけ『不完全化』する!

 

 直後、首がすぱりと断たれた。

 

 視界が激しく回転し、地面に横たわる自分の体が見える。

 犯人の姿はそこにはない。

 意識が途絶える、前、に、術式反転――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

好きな地獄を選んでよ。

  • 夏油傑
  • 家入硝子
  • 五条悟
  • 夜蛾先生
  • 冥冥
  • 歌姫
  • 伏黒甚爾
  • 伏黒恵
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