どうか忘れないで欲しい。少年兵は光であり── 作:ダイス小説部部長
教室にやってきた時はHRは本当にギリギリの終わり際だったらしく、名前だけの自己紹介を済ませて休み時間となった。僕は最前列の空いていた席──恐らく自分の定位置──に着き、学業用の端末を取りだしている時、隣の席から声をかけられた。
「なあ、君」
「どうしたの?」
「ああいや、同じ男同士だし仲良くしたいなーって。俺、織斑一夏。よろしくな」
「僕の名前はディチャン・ノーヴェ。イタリアの国家代表候補生、19番。どうぞよろしくね」
「えーと、代表候補生……って?」
端末を起動してパスワードを打っていた手を止める。僕は質問の意図が分からなかった。知ってて当然、というか姉が国家代表だったはずだから分かるはずで。でもこんな質問をするということは……僕は頭に浮かんだ当たって欲しくない質問をぶつける。
「……知らないの?」
「おう、知らん」
一夏はいっそ堂々とした潔い返事だった。僕は天井を見上げた。知らないとはどういう事か。該当者が身近にいたはずだというのに。所謂天然? 三枚目なのだろうか?
「え、マジ……うん、説明するよ。国家代表候補生は、文字通り国を代表するIS乗り、その候補だよ」
簡単に説明──読んで字のごとくというものだから説明もなにもないが──すると、一夏は難題の答えを閃いた時みたいに手のひらに拳を打ち付けた。
「あー、言われてみたら言葉通りだな」
「そうだよ……一応参考書にも書いてある事だよ。ちゃんと読んだ?」
「ああ、それが電話帳と間違えて捨てちゃったみたいでさ……」
デンワチョウ……? 聞きなれない言葉に疑問符が浮かぶが、多分聞いても話の内容とは違うからと聞き流す。こんなところで話の腰を折りたくない。
「あー……電子化したのをコピーして送るから、せめてそれ読んで」
「えっ、良いのか!?」
「うん。減るものじゃないし、僕は大体覚えたから、問題ないよ」
自分は大丈夫と、念押してデータを送る準備をする。ISと関わる機会は前いた場所で何度かあったので、最低限の知識はあった。参考書をすんなり読めたのもそれのおかげだ。
「サンキュー! お礼に飯奢るよ!」
自分の端末にデータが入ったのを確認した一夏は感謝を述べると、そこでちょうどチャイムが鳴る。授業が始まるので各々席につき、学習に備える。僕はちらりと一夏を見た。どうやら上手くやれているみたい……あ、千冬先生に応用を聞かれた。言葉に詰まっている。あ、出席簿で脳天ぶっ叩かれた。
ナムサン。
「一夏、大丈夫かな……」
授業終わりに漏れ出た第一声は、出来たばかりの友人の心配だった。無論、頭の心配である。
して、その等の友人はと言うと、休み時間に殺到した一人の女子生徒に連れてかれおり、今はどうなっているのか分からない。せめて身の危険が迫ってないと良いが……そんなふうに物思いに耽っていたら、また声をかけられた。
「ちょっと、よろしくて?」
「……なんでしょう?」
声をかけられたのは後方左、大体8時の方角。振り向くと金髪にドレス風の装いの美少女の姿があった。その顔には見覚えがあるが、表情はあまり良い気分ではないことを示していた。
「まあ、なんて気の抜けた挨拶。それがイギリスの名門貴族であり代表候補生であるこのセシリア・オルコットに相応しい態度だと考えてらして?」
堂々たる名乗りを上げたところで、僕はこの少女に感じた心当たりの正体を掴む。オルコット伯爵だ。三年前、先代の夫と出会った事があるが、その時いつか守って欲しいと頼まれた娘が彼女なのだろう。
ただ、相応しい態度という言葉の意図は掴みきれない。クラスメイトに相応しい態度とはなんだろう。考えること数瞬、友好を見せるだろうと結論付ける。
「……ああ、そっか。友達になりたいんだね。僕は大歓迎だよ」
口にした瞬間、空気が固まった。正確に言えば二人の間の空気で、もっと視覚的に言うならセシリアの表情が固まったと言えるが。
おかしい、これで正解なのではないのか?
「と、と、友達!? なにを仰いますの! 私があなたのような庶民と? ありえませんわ!」
「君が言ったんじゃないか。『相応しい態度』って」
「私が言ったのは貴族に対する相応しい態度ですわ!」
「でも……僕達クラスメイトでしょ?」
なにか間違っているだろうか? クラスメイトなら貴族とか平民とか関係が無いはずだけど。友達になれるならそうすべきだと、
「そ、それはそうかもしれませんが……とにかく、私はあなたのことを友人とは認めていませんから。いいですね!?」
「そんなぁ……」
セシリアは言いたい事だけ言って自分の席に戻ってしまった。せっかくの初めての友……知り合いだというのに。残念に思うと同時に、これからどうやって仲良くなろうかと考え始めたところで授業が始まった。
ちなみに一夏は授業開始後に女子と戻ってきて、千冬先生の折檻を喰らった。
ナムアミダブツ。
「さて、これより実践で使う武装の特性を説明する……その前に、クラス代表者を決めておかなければな」
二時限目、授業の始まる前に千冬先生は役職の選定を思い出したみたいだ。こういうことは早めに決めておくべきだと思うのだけど。いや二時限目は十分早い部類か。
「クラス代表というのは、要するに学級委員だ。特に決まりはないが、クラス対抗戦に出るからな……必然的に実力者が選ばれることが多いな。自薦他薦は問わないぞ」
クラス代表、もとい学級委員。トラブルの渦中に放り込まれる見逃せない要素の一つ。青春ポイントの高いイベントを見逃せるような僕ではなかった。
「はい、やります。やらせてください」
「うむ。自薦は今のところ、ディチャン・ノーヴェだけだな」
手を挙げながら、堂々と宣言すると周りから視線が突き刺さる。それも当然、男性なのだから。千冬先生が念押するよう募集を続ける。
「他にいないのか? 推薦してもいいぞ」
「はい! 織斑一夏くんを推薦します!」「私もそれがいいと思います!」「右に同じく!」
「お、俺!?」
次々と上がる一夏への立候補の声。僕は挙手を下ろして成り行きを見守る。見た目が良いから、男だからと周囲は僕らを持ち上げる一方、一夏は驚き戸惑っているようだった。
「待ってくれ! 俺はそんなの……」
「他薦された者に拒否権は無い。選ばれた以上は覚悟を決めろ」
「でも……!」
引き下がる一夏、一蹴する千冬先生。互いに一歩も引かない駆け引きだが自分を無視して強引に押し付けられようとしている図に、そろそろ自分の自薦が忘れられているような懸念を覚えた。
ここは存在感を示すという意味でも助け舟を出した方が良さそうか、時期を伺うと後方から甲高い声が上がった。
「納得が行きませんわ!」
セシリアだった。立ち上がり、凛とした佇まいで抗議する。
「そのような選出は認められません。男がクラス代表だなんて、恥さらしも良いところですわ。このセシリア・オルコットを差し置いて、そんな劣った──」
「劣ってない!」
セシリアの言葉に割り込む形で、今度は僕の声が上がる。強く張り上がった声だ。出した自分もびっくりしている。まさか、口に出てくるとは思わなかった。
教室内の全員がこちらを見る。千冬先生は少し驚いた顔をしていた。セシリアは僕の方を向き、口をパクつかせていた。言葉が出ず、見開いた瞳も段々と鋭くなっている。
僕の心は慌てふためいていた。しかし、言ったことは取り消せない、
「……劣ってなんて、ないよ」
もう一度、同じ言葉を口にする。場の認識が変わったおかげか、声にはそれなりの真剣さが宿っていた。しかし、セシリアの反応は反対に嘲るようだった。
「誰に言っているか理解しておりまして? ISを乗る女性に、しかもイギリスの代表候補生。国から専用機を与えられたエリート中のエリート。男が優れている道理なんて微塵もありませんわ」
セシリアは鼻で笑い、見下した表情を浮かべる。まるで自分が絶対的優位に立っていると確信しているように。
僕は落ち着き払った声音で答える。
「僕だってISを動かせる。イタリアの代表候補生だ。専用機だってある」
「あら、同じ舞台にいると言いたいのですか?強がっても所詮は男。結局は女に負けて惨めな様を晒すだけですわ」
「……僕は負けない」
小さく、誰の耳にも届かない呟きは確信ではなく、事実の再表明。過去のどこかで敗北していたらこの場には存在しえなかった。
「……なるほど、謝りもしないと。ならば格の違いというものをその身に分からせて差し上げましょう。決闘ですわ」
「分かった、受けて立つよ」
セシリアはハンカチを出し投げつけ、僕が受け取る。手袋代わりの決闘の証、これで契約は結ばれた。
「よし、話は纏まったな。勝負は一週間後の放課後、場所は第三アリーナ。この結果をもってクラス代表を選出する。セシリア、ノーヴェ、織斑はそれぞれ用意をしておくように。それでは授業を始める」
千冬先生が話を締め体を黒板に向ける。授業が始まるが、周 囲の視線は昼休みまで僕に向けられたままだった。
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