機動戦士ガンダムL(ルミナス)   作:C4-1341

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色々と拙い部分が多々ありますが、温かい目で読んでいただけたら幸いです。
今後後書きにキャラクターやモビルスーツの設定等を記載していこうと思いますので、併せてご確認いただければと思います。


第1話『灰色のガンダム』

 

U.C.0094年。アナハイム・エレクトロニクス社の拠点である、月面都市フォン・ブラウン。ここに、1人の女性がやって来た。

彼女の名前は、シーナ・ランチェスター。黒のスーツ姿で街を歩く様は、都心の会社で働くキャリアウーマンと言った様相を呈している。栗色の髪を靡かせ、初めて訪れた月の街並みを見渡していく。

 

「…うん、いい街。」

 

スペースコロニーの街並みにも似ているものの、体感的には月の方が活気があるように感じる。アナハイムという巨大な軍産複合体企業の恩恵があるからだろう、と…そんな事を考えては、ちょっとした笑いが溢れてしまう。何を隠そう、私はこれからそこに行くのだから。

手に握っているコーヒーの入ったボトルを口へと運び、一口飲んでいく。フォン・ブラウンに来て初めて立ち寄った喫茶店でテイクアウトしたものだが、これもコロニーで味わうコーヒーとは違う香りや味がした。普段飲み慣れているコーヒーよりも、若干だが苦味が強い。だが、深い味わいと香りがなんとも私好みで、このコーヒー1杯だけで月に来て良かったとさえ思ってしまう。

人混みを抜け、徐々に人通りも疎らになってくると、その頃にはボトルのコーヒーも温くなってきており、またあの喫茶店に行きたいな…、なんて思いながら、スーツの上着ポケットから携帯端末を取り出してマップを開いていく。現在地の場所を確認し、目的地であるアナハイム本社ビルまでの経路を再確認すると、端末を再びポケットに仕舞って歩き出す。

そこから約10分程で、目的地のビルに到着した。

 

 

 

 

アナハイム・エレクトロニクス。元は一般家庭の家電製品を製造していた普通の企業だったが、1年戦争を皮切りに軍需産業にも手を伸ばし、今では地球連邦政府や連邦軍にも絶大な影響力を及ぼす巨大企業となった。実際、私が所属している部隊のモビルスーツも、軍艦も、細々としたパーツも、その殆どがアナハイム製だ。逆に、アナハイム製ではない所を探す方が困難かもしれない。それ程までに、アナハイム・エレクトロニクスという会社は、この地球圏全体に根を張って浸透していると言っても過言ではない。

と…事前に予習しておいた事を頭の中で思い返しながら、私はエレベーターが最上階に着くのを待っていた。50階建てのビルは、流石のエレベーターでも最上階まで着くには時間がかかる。

 

「……新入社員ですか?」

 

ふと、同じエレベーターに乗り合わせていた、初老のスーツ姿の男性から声をかけられる。白髪混じりの髪をオールバックに固めており、顔に刻まれた皺と顎髭姿は、何ともダンディーな紳士といった雰囲気を醸し出している。アナハイムの社員なのか、はたまた関連企業の職員なのか、そこまでは分からないものの、邪険に扱うのも私の立場上良くないと思い、愛想笑いを浮かべながら口を開いていく。

 

「えぇ、今日からお世話になります…シーナ・ランチェスターと言います。」

 

外面は良く見せ、まるでいい所のお嬢様のようなお淑やかな笑顔を浮かべながら、小さく頭を下げて自分の名を名乗っていく。本来の私は寧ろ真逆だが、第一印象の大事さは分かっているつもりだった。

ゆっくりと顔を上げて男性を見てみると、先程と変わらない柔らかい表情を浮かべたまま、私を見ている。表情の変化が無いのでどんな風に受け止めたのか分からないものの、少なくとも悪印象は避けられたようだ。

と、エレベーターが途中の階で止まった。どうやらこの男性が降りるようで、別れ際に「では、また。」と言いながら会釈をしてフロアへと歩いていく。まるで再び会う事になると言っているような物言いに首を傾げつつ、同じ職員なら確かに会う機会もあるだろう…と、その程度に思いながら、エレベーターの扉を閉じていく。そこから止まる事はなく、最上階の50階まで真っ直ぐ上っていって、社長室のみがある最上階に到着した。

エレベーターの扉が開くと、目の前には一本のみの真っ直ぐな廊下が姿を現し、私はしっかりとした足取りで廊下を進み始める。床には絨毯が敷かれているので、ヒールの音もそれ程響く事は無く、僅かにふかふかとした感触を感じて歩いていくと、社長室の扉の前に2人のスーツ姿のガードマンが佇んでいるのが見えてきた。屈強な体格と目つきから、恐らくは私と同じ軍人の類なのではないかと思い、無意識に私の視線も鋭くなってしまう。

 

「此方に社員証を。」

 

ガードマンの1人が、ICチップが内蔵されている社員証カードを読み取る端末機器を取り出して、私に向けて差し向けてくる。もう1人のガードマンは、私の一挙手一投足に常に目を光らせている。セキュリティーを考えれば、当然の対応だろう。加えて、廊下の入り口からここに来るまで、至る所に監視カメラも設置されている。流石は天下のアナハイムと言った所だろうか。

私は懐から社員証のカードを取り出し、端末機器に軽く翳していく。ピピッ、という機械音が響くと、端末機器が緑色に発光したので、社員証が本物であると認証されたようだった。

 

「ご苦労様です、最後に指紋を。」

 

本人である確認はこれだけで終わらず、2段階認証となっているようで、端末機器の液晶画面に指の腹を押し付けるように促された。私は社員証カードを懐に戻すと、小さく頷きながら指を押していく。再び端末機器からピピッ、と音が鳴ると、また緑色に発光したのが分かり、ホッと胸を撫で下ろしていく。ガードマンの2人も、何処と無く安堵したように感じた。

 

「どうも。」

 

ガードマン2人が扉の前から1歩引き、社長室のドアを開けた。私は小さく会釈しながら声をかけ、背筋を伸ばして真面目な表情で中へと足を踏み入れていく。

社長室は、私が想像したよりも質素だった。大きなテーブル、応接用のソファーが並ぶスペース、そして社長用の机と椅子。唯一目を引くのは、天井が全てガラス張りとなっており、月の空が一望出来る点だった。

 

「失礼致します。シーナ・ランチェスター、只今着任致しました。」

 

社長は私に背を向ける形で、椅子に座りながら月の空を眺めている。私はこういう場合、どのような挨拶をするのが適切なのか分からないので、普段のように敬礼をしながら挨拶をしていく。私の声に反応したように椅子がくるりと向きを変え、社長の姿がしっかりと確認出来た。

 

「遥々ご苦労、少尉。あぁ、ここでは敬礼は不要だよ。」

 

先程エレベーターで一緒になった男性よりも、僅かに年齢が上を行ってそうな風貌をしており、仕立ての良いスーツに身を包んだ社長が、私の敬礼に対して笑みを溢しながら指摘をしてくる。別に恥ずかしいだとか、そんな感情は抱かないものの、敬礼の必要がないと分かったので手を下ろし、足を揃えながらその場にジッと佇み。

 

「挨拶は程々にしておこうか、少尉。早速だが君への辞令だ。今から君には、我が社のグラナダ工場へ行ってもらう。」

 

「はっ…。グラナダ、ですか…?」

 

私は、社長から手渡された辞令書を受け取りつつ、つい社長に問い直してしまった。てっきりフォン・ブラウン工場での仕事だと思っていたからである。そんな私の心境を汲み取ったのか、私が欲している情報を社長は口にし始めた。

 

「君には、うちのニュータイプ専用新型機のテストパイロットを頼んでいたね。だが、まだ未完成の状態なのだよ。そして、新型機の開発はグラナダ工場が担当する。…分かったかね?」

 

「……了解致しました。」

 

社長の短くも要点をまとめた簡潔な言葉に、私はしっかりと頷いていく。グラナダ工場と言えば、あのサイコフレームの製造設備がある施設だと聞いているので、新型機にも当然サイコフレームが搭載される事が分かり。となると、確かにグラナダでテストを行うのが妥当だろうと納得していく。

だが、きっと…その新型機というものは、あのアムロ・レイ大尉の為に用意されるものなのだろうと、ぼんやりとだが考えたりしていて。今現在も生きていれば、の話だが。

 

「…では、直ちに向かいます。」

 

「あぁ、よろしく頼むよ少尉。詳しい事は辞令書の中を読んでくれ。」

 

これで社長への用件は済んだ。社長も次の予定があるらしく、どこかへと電話をかけていく。

私は敬礼ではなく、しっかりと頭を下げて一礼していくと、社長室を後にした。

 

 

 

 

「おや、また会いましたね。」

 

「……さっきの…。どうも。」

 

驚いた事に、あのエレベーターで一緒になった初老の男性と、思わぬ形で再会した。輸送貨物船の中で、だが。

社長室から出た後、私は辞令書の中身を確認してここに居る。そこに書かれていたのは、グラナダ工場勤務となる事に加え、今日の何時にグラナダへ向けて発つかの予定時刻や、どのスペースポートから出発するのか、そして船の認識番号まで細かく記載してあった。月の地理や事情にあまり詳しくない私としては、寧ろ有難い事ではある。

そして、予定の場所と時間にスペースポートに辿り着き、船の番号も確認した上で搭乗して…この展開である。まさか、この初老の男性まで同じグラナダ行きの職員だったとは驚く他ない。

既に貨物船は出航しており、私達はスーツ姿からノーマルスーツに着替えていて、ビルの中で話していた時よりも幾分か雰囲気が砕けているように感じる。

 

「これから宜しく、少尉殿。」

 

「な……、私の階級を…っ。」

 

まだ打ち明けてすらいないのに、いきなり階級を言われてしまえば、表情が驚きの色を濃くしていき、私は目を丸くしてしまう。もしかすると、この男性は…。

 

「私の名前はウォルド・シャウラ。今度の新型機の開発責任者として選ばれたのです。君の事は既に、軍からの資料で確認させてもらっていますよ。」

 

「…そうですか…。」

 

もう知られているなら、着飾る必要もない。やはり、同じチームとして働く職員だった。私は部隊に居る時のような、つい荒っぽい口調に変わっていく。これが普段の私なのだ。

 

「…で、他のメンバーとかは?見た感じ、私とシャウラさんの2人しか乗り合わせてないけど。」

 

「あぁ、他のメンバーは既にグラナダに居るよ。フォン・ブラウンから向こうに行くのは私だけさ。」

 

彼の言葉に、私は1人納得しながら頷いていく。それなら私と彼だけしか乗っていない訳だ。そう思っていた矢先の事だった。

突如として、船体の真横をビーム砲が掠めながら横切ったのだ。次に、船内にアラート音がけたたましく鳴り響く。

 

「ッ──、攻撃…!?」

 

私はすぐに席を立ち、壁にかけられている船内回線の受話器を手に取ると、操縦席のパイロットへと繋いでいく。まずは状況を把握しなければならない。

 

「キャプテン、今の攻撃はっ?」

 

『分からないが、どうやら海賊みたいだ…!』

 

「こんな月の周回軌道上に、海賊が…?キャプテン、すぐに付近の警戒パトロール艦隊に救難信号を!」

 

『やってはいるが、ミノフスキー粒子が濃くなってきている…振り切るしかない…!』

 

私は受話器を元の場所に戻すと、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、壁に握り拳を叩き付ける。こんな非常事態に何も出来ない自分が腹立たしく、怒りの矛先を壁に向けて殴りつけた。

と、その時…ある事に気付く。この船が、何の船であるのかという事を。

私はすぐに振り返り、ウォルド・シャウラへと詰め寄っていく。

 

「シャウラさん、積んでるんでしょ?この船に…モビルスーツを…!」

 

そう、この船は輸送貨物船。私の考えが正しいなら、積んでいてもおかしくはない。どんなものであれ、動かせる機体があるならやりようはある。

私の問いかけに対して、彼は眉を顰めながら難しい表情を浮かべた。

 

「…あるにはある。だが……」

 

「あるなら私が乗ります、案内してっ!」

 

これから私の上司となる彼に対して、有無を言わせない剣幕で詰め寄り、ジロッと睨むように見つめ。次の瞬間、再びビーム攻撃が来ると、回避する為に船体が大きく揺れ動き、私も彼も蹌踉めきながら壁やシートに捕まっていく。

こんな場所で死んでなんかいられない、死んでたまるか。そんな私の言葉と気持ちに折れたのか、彼は苦渋の表情で頷いていた。

 

「…こっちだ、少尉。」

 

「…はいっ。」

 

直ぐに部屋を出ると、廊下を突き当たりまで進んでいき、幾つかのドアを開いて貨物室に向けて移動していく。他の乗組員達は慌てている様子で、一種のパニックに陥っていた。無理もないだろう、こんな場所で無防備な状態で襲われているのだから。

もし攻撃が当たれば、当然船内の酸素が急激に無くなる可能性がある。私も彼も、途中からはヘルメットも被り、最後の隔壁の扉を開いて貨物室へと入っていった。

 

「…あれが、この船が運ぶ積荷だよ。」

 

貨物室内に入ると、モビルスーツなら10機は収容出来るだけの広さがある中で、たった1機だけハンガーに格納されている機体があった。そのモビルスーツを指差しながら、彼は私に告げてくる。

私は、驚きの余りに一瞬声を出すことすら忘れて、ジッと食い入るように見てしまう。

 

「─────ガンダム…。」

 

見間違えようがない。鋭い4本のブレードアンテナに、背部に装備された6本のファンネル。カラーリングは全身灰色だが、どう見てもアムロ大尉が設計を施したHi-νガンダムそのものだった。

だが、これで海賊がこの船を狙う理由が分かった。何故ガンダムを積んでいる事が漏れているのか、そこまではまだ頭が回らないが。

私は躊躇う事はなかった。貨物室内は無重力空間となっているので、床を蹴り出して一気にコックピット目掛けて跳躍していく。ハッチを開き、コックピットへと乗り込んだ際、少し遅れて彼もやって来た。

 

「少尉、この機体はまだ未完成品だ。それに武装も…っ、」

 

「動くならそれでいいです、機に火を入れますっ。離れて下さい…!」

 

一刻の猶予もない。私は彼の言葉を遮るようにしながら、コックピットハッチを閉じていく。普段使い慣れているジムIIIとは確かに勝手は違うようだが、操縦出来ない程複雑な訳ではない。私は起動スイッチを押し、この機体を起動させた。まるで産声のような、熱核融合炉の稼働音がコックピット内にも響いてくる。

 

「システム、チェック…。バランサー、良し…火器管制、オンライン……。全天周囲モニター、起動…よし…っ。」

 

コンソール画面を操作しながら、この機体の初期設定をこなしていく。本来ならマニュアルを片手に手順をきちんと踏む事だが、今はそんな事をしている暇はない。必要最小限の確認をした所では、どうやら既に空間戦仕様に調整自体は済んでいるようだった。モニターを起動させると、貨物室内の映像がコックピットの全天周囲モニターに映し出される。ちょうど彼は、貨物室から船内通路へと出ていく所だった。あとは外に出るだけである。

私はコンソール画面を再び操作し、通信設定をこの船と同期させると、周波数を合わせてヘルメットのマイク越しに話し始めた。相手はこの船のキャプテンである。

 

「キャプテン、貨物室のハッチを開けてっ、出撃します!」

 

『なっ…あの積荷で…!よせ、外は海賊のモビルスーツも複数接近してきてるっ。』

 

「奴らの狙いは、この機体なんでしょ?だったら、私が囮になるからっ。その間に安全圏まで離脱して!早くッ!」

 

『む、ぅ……ッ。』

 

押し問答の末、キャプテンは束の間の時間考え込んでいた。キャプテンの気持ちも分からなくはない。この積荷を無事にグラナダへ送り届ける事がキャプテンの任務であり、それを放り出すような決断を迫られているのだから。

だが、私も軍人だ。危機に際しては、この身を犠牲にしてでもキャプテン達を助ける義務がある。そして、今の私にはそれが出来る。

やがて、キャプテンは貨物室のハッチを開放してくれた。

 

『こっちは艦砲射撃を回避するので精一杯だ、後は自分で出てくれ!』

 

「…了解っ。」

 

短い返事の後、バランサーがちゃんと働いている事を確認するように、1歩、また1歩と、灰色のガンダムを動かしていく。問題なくハッチ前までやって来ると、掛け声一つ。

 

 

「…シーナ・ランチェスター、ガンダム…行きます!」

 

 

緑に輝くデュアルアイが一際光を放ち、私とガンダムは月の海へと飛び出していく。これが、運命の初日。

 

 

 

 

やはり、宇宙は良い。

遥か遠くに存在する星々、太陽、惑星。それら小さな光が散りばめられ、然しとても冷たく暗い。人の存在を拒む場所ではあるものの、だからこそ私には心地良く、自分が自分らしくあれる唯一の空間だと感じる。自分らしく、という意味には、ここが死に場所となっても本望だと言う事も含まれているが。

 

『…時間です、閣下。あくまでも今回はテスト、無理に戦闘状況に介入する必要はありません。』

 

ふと、コックピット内に響く男性の声。聞き慣れた、私を補佐する参謀の声だ。その声に反応するように、私はゆっくりと目を開いていく。

コックピットの計器類、操縦桿、ペダルの感触、全天周囲モニターに広がる宇宙の海。あぁ…ようやくこの日が来たのだと、私は感情の昂りというものを抑え切れない程に、つい口元を弛ます。

 

「分かっている、無理はせんよ。」

 

何処となく、男性の安堵したような息遣いがスピーカー越しに聞こえてくる。私の声が聞けた事の安堵なのか、身の安全に配慮する事を約束した事の安堵なのか、或いは両方か。

総司令部も、随分と過保護な男を側に遣わしたものだ。だが、これから行うべき作戦の為には、これくらい過保護なお目付け役が必要な事も分かっている。この身を常に危険に晒す事になるのだから。

 

「さて…、行くか。」

 

漆黒の宇宙を、黒いモビルスーツが溶け込むように飛翔していく。

 

 

 

 

「数は…3……!」

 

灰色のガンダムに乗り込んだ私は、月の海へとその身を投げ出し、姿勢制御スラスターを噴射しながら高速で接近してくる熱源へと向きを変えていく。こちらへと向かってくる数は3つ。その内の1機は他の機体に比べ、足が速いように感じられる速度で迫ってきている。所謂、隊長機という奴かも知れない。

敵の機体コードを自動でこの機体が識別をし始め、コンソール画面に表示がされる。こちらに接近してくる機体は、3機ともギラ・ドーガ。何度も交戦してきた機体なだけに、どう立ち回れば良いのかも熟知しているつもりだった。

 

唯一、というよりも、致命的な問題点を挙げるとするならば………

 

「武器、武器は…っ……、無し…!?」

 

私は愕然とした。

コンソール画面を素早く操作し、WEAPONの項目を選択して開いたはいいものの…そこには、選択肢すら設定されていなかった。つまり、この機体は丸腰なのである。背中に装備されているフィン・ファンネルすらも、お飾りである可能性が高い。

ようやく、何故彼やキャプテンが、出撃を最後まで渋っていたのかの理由が分かった。そもそも、戦えない機体なのだ。だが、だからと言って、ここで逃げたらそれこそ軍人の恥である。私は覚悟を決め、操縦桿を握り締めて、ペダルを目一杯踏み込み、スラスターを全開にしてギラ・ドーガの小隊に突っ込んでいく。

身体に感じる加速Gの負荷。ジムIIIとはまるで違う、桁違いの加速感、速度、反応性の良さと高さ。この機体が正真正銘のガンダムなのだと、私に思わせてくれている。戦いの場において、私は気分が高揚していたのだった。武器が無いなら、無いなりに戦えばいい。

 

「攻撃…回避──ッ。」

 

ギラ・ドーガ全機から、ビーム・ライフルによる射撃が行われた。3つのビームの閃光が迫り、私はスラスターを小刻みに噴射しながら攻撃を回避していく。攻撃の軌道を見る限り、どうやらコックピットへの直撃は避け、機体の四肢や頭部を破壊して無力化しようという意図が感じられる。

やはり、海賊が奪いたいのはガンダム本体らしい。なら、私にもやりようはある。

 

「海賊風情が…ッ!」

 

今度はこちらの番だと言うように、ギラ・ドーガの内の1機へと距離を詰め、肉薄していく。向こうはビーム・ソード・アックスを抜いて構えるものの、その攻撃軌道を見切れば、紙一重の距離で斬撃を回避し、ギラ・ドーガの脇腹を思い切り右脚部で蹴り飛ばしていく。加えて、向こうが体勢を整える暇を与えずに、今度は左腕を振り翳し、握り締めたマニュピレーターを思い切り頭部のモノアイへと叩き込んでやる。元々の基礎設計のお陰か、ガンダリウム合金による高強度の恩恵なのか、勿論出力の高さもあるだろう。ギラ・ドーガの頭部がぐしゃりと潰れ、モノアイが機能を停止した事が分かる。

だが、一時的に視界を奪ったに過ぎない。直ぐにビーム・ソード・アックスを振り翳してきた為、敵の機体を蹴り飛ばしながらスラスターを噴射し、攻撃を回避していく。

 

然し、それが致命的なミスとなる。

 

「ッ───、くそ…ッ!」

 

残る2機のギラ・ドーガに左右からワイヤーが発射され、機体の両腕に雁字搦めに巻き付けられてしまった。こんな装備があるだなんて、私は初耳だった為、反応も対処も出来なかった。

左右に引っ張られ、両腕が軋む音が聞こえ、コンソール画面には過度な負荷が掛かっている事を告げるように、両腕部が赤く点滅してアラート音がコックピット内に鳴り響く。

不味い、このままでは。頭では分かっていても、スラスターを噴射して脱出する事も叶わず、3機のギラ・ドーガが再びビーム・ライフルを構えてきたのが見える。

 

このままやられるのか。成す術もなく、ガンダムを鹵獲されてしまうのか。私は、まだ何も成し遂げてすらいない。こんな所で死んでなんかいられない。

 

「……ガンダム…ッ。」

 

私は、叫んだ。心の内から溢れ出る言葉を。

 

 

「───私に力を貸せッ!!」

 

 

次の瞬間、私の脳裏に何かが迸るような感覚が襲い、それは形となって機体に反映されていく。背部ファンネルラックから6枚のフィン・ファンネルが射出され、それらがまるで意思を持っているかのようにコの字に変形すると、次々に頭上からビームを放ち、絡みついたワイヤーを撃ち抜いて拘束から機体が解放されていく。

そして、敵である海賊達の声が、回線が混線した事で聞こえてきた。

 

『どうなってやがる…っ、武装は無いんじゃなかったのか…!?』

『慌てんな、落ち着け!』

『あのガンダム、なんで装甲の隙間から光が…ッ!?』

『こ、殺されちまう…!』

『こうなったら仕方ねぇ、堕とすぞッ!』

 

やはり、この機体の情報が漏れている。それも、武装が無い事すら。

だが、彼らも必死だ。鹵獲を諦め、自らの危機を振り払おうと本気で攻撃を仕掛けてくるらしい。各々がこちらとの距離を取り始め、ビーム・ライフルを構えてくる。

 

「行け…ッ、フィン・ファンネルッ!」

 

尤も、反撃の暇を与える程、私はお人好しではない。上手く言葉では言い表せないものの、6つのファンネルそれぞれを、私の手足のように自在に操れる”確信”が生まれていた。攻撃のタイミング、侵入コース、軌道、全てが私の思考通りに動いてくれている。

最も距離が近かったギラ・ドーガに、まずはファンネル達が襲い掛かっていった。向こうもビーム・ライフルを急いで構えて反撃を試みているが、ビームの攻撃はファンネルには当たらず、虚しくも宇宙の彼方に消えていく。そして、四方八方からファンネルによるビーム攻撃が降り注ぎ、左肩部、右脚部、背部スラスターに命中し、最後はコックピットを撃ち抜かれて爆発した。

 

「次…!」

 

撃破を確認すれば、私の意識はその隣のギラ・ドーガに向けられていく。迫り来るファンネル達に対して、2機目のギラ・ドーガはライフルとしての機能から切り替え、ビーム・マシンガンとして弾幕を張り始めた。

この判断は正しい。私も訓練時にそう教わった。だが、ファンネルはその程度の弾幕では易々と撃ち落とせはしない。粗雑な弾幕を掻い潜り、ファンネルが次々とビーム攻撃を撃ち込んでいくと、頭部に1発が命中して一瞬ギラ・ドーガの動きが止まる。その隙を見逃さず、2発、3発とビームが機体を貫いていき、コックピット周囲をファンネル達の全方位一斉射で撃ち抜き、2機目も爆発した。

 

『くそ…がぁ…ッ!!』

 

最後に残った、恐らく隊長機と思われるギラ・ドーガが突っ込んでくる。向こうは脚部に追加スラスターが装備されているようで、まだ精密には操作し切れていない私のファンネルの攻撃を振り切り、ビーム・ソード・アックスを構えてきた。

私は、内心舌打ちをしていく。あまりにも接近されてしまえば、迂闊にファンネルの攻撃は行えない。こちらの機体も被弾する恐れがあるからだ。

 

「くそ…ッ!」

 

お互いに罵声を飛ばし合いながら、私はガンダムの操縦性の良さ、反応速度に命を賭ける。振り下ろされたビームの刃を、姿勢を変える事でスレスレの所で回避し、左脚部を思い切り蹴り上げて相手の得物を吹き飛ばしてやる。咄嗟の事で反応が出来なかったようで、柄が蹴り飛ばされた事で一瞬ギラ・ドーガの体勢が崩れ、その隙を見逃さずにコックピットへもう1発蹴りを入れていく。

 

『がっ─、ぁ…ッ!?』

 

再び混線で入ってきた向こうのパイロットの声は、ガンダムの蹴りをまともにコックピットブロックで受けてしまった事で、凄まじい衝撃を肉体に受けている事を物語るような呻き声だった。恐らくは、脳震盪やら内臓へのダメージやら受けているだろう。

そして、蹴り飛ばした事で再び機体間の距離が開き、ファンネルのオールレンジ攻撃の間合いとなった。

 

「──ファンネルッ!!」

 

私の掛け声、そして思考に敏感に反応するように、コックピットブロックに埋め込まれているサイコフレームが光を僅かに放ち、ファンネル達が一斉にギラ・ドーガへと襲い掛かる。

向こうもハッとした様子で、シールドを巧みに使いながら何度かファンネルの攻撃を耐えていたものの、長くは保たなかった。四方八方からのビーム攻撃が胴体やコックピットを貫き、最後の1機も宇宙の塵と化すように爆発していった。

 

「ッ──、はぁっ……はぁっ…、や…った…!」

 

ファンネル達に”戻れ”と思考を飛ばすと、従順な子供達のように機体へと戻ってきて、背部ファンネルラックにそれぞれ再接続されていく。これで、目の前の危機は去った。

初めての機体、そして自らにとって未知のサイコミュ兵器の使用。あまりの出来事の連続で、私はかなり疲弊してしまっていた。ヘルメットのバイザーを開けると、額から滴る汗を指で拭っていく。汗の雫がコックピット内を漂う姿を目で追いながら、遠くでは海賊達の母艦が宙域を離脱していくのが見えた。どうやら、これ以上の戦闘は危険と判断しての撤退だろう。私としても、戦艦とやり合うのは今は厳しい。

 

『──、───。──い…少尉、聞こえるかねっ?こちらは安全圏に離脱した。速やかに合流してくれっ。』

 

ミノフスキー粒子の散布濃度が低下した事で、通常回線での通信がようやく通じ始め、輸送貨物船から通信が入ってきた。声の主はキャプテンである。

あれだけの艦砲射撃を回避し続けたのだから、キャプテンも疲労が凄まじかっただろうという事は、容易に想像がつく。尤も、海賊達もお目当ての積荷を破壊する訳にはいかないので、航行を無力化させる為の砲撃だっただろうが。ともかく、この場から離脱して合流するとしよう。

 

「…了解っ。」

 

私は短く返事をした後に、スラスターを噴射して月の海を再び駆けていく。

 

 

 

 

月の周回軌道から外れた宙域には、大小様々なデブリや廃棄された資源衛星が存在しており、一種の暗礁と化している。連邦軍の目を掻い潜り、活動拠点として根城を築く犯罪組織や海賊も少なくない。月と地球への航路を狙って襲い掛かる海賊組織『アドラー』も、このデブリ帯を拠点として活動している組織の1つである。

保有艦3隻、保有モビルスーツ15機、構成員は全て合わせて70名に迫ろうかと言う程の、このデブリ帯では1番の規模を誇る海賊組織だ。その内の1隻が、狩りを終えて秘密ドッグへと入港していく。

 

『お疲れ様です、ボス!お宝は手に入れましたかい?』

 

ドッグのゲートが閉鎖され、アドラーの旗艦でもあるムサカが、ドッグ内のドッキングベイに無事に着岸し、作業員達による整備作業と乗組員の下船準備が進められていく。作業アームでしっかりと船体を固定された所で、ドッグの管制室からの通信が飛んできた。お宝、というのは勿論…あのガンダムだ。

 

「いいや、今回は失敗だ…。大事なモビルスーツも3機失っちまったからな。」

 

こちらの返事に、管制室の男は驚きの声を張り上げていた。無理もない、アドラー史上最大級の報酬が約束された仕事だったのだから。しかも、今回は絶対に失敗出来ないと、わざわざ主力であるこのムサカと、ギラ・ドーガの精鋭部隊まで引き連れて行ったのである。それで失敗だと言われたら、驚きや落胆の反応があって当然だろう。

 

『そんな…!だって、向こうは丸腰だった訳でしょう!?』

 

「それはそうなんだが…どうやら情報に誤りがあったみてぇだ。」

 

乗組員達が次々に降りていく中、ブリッジで通信を介して会話を何度か繰り返していくと、今度はドッグ内にアラート音が鳴り響く。これは、不明機接近を知らせる緊急アラートだ。その音に、艦内もドッグ内も、皆一様に慌しく反応している。

 

『ボス、識別に該当無し!あっ、いや…通信…?』

 

「繋げ。」

 

管制室からムサカのブリッジへと通信回線を繋げてもらい、ブリッジの巨大なモニターに映像が映し出された。リアルタイム通信が出来ると言う事は、それだけこの秘密アジトに既に接近している事を意味している。警戒網は何重にもそれなりに敷いている筈だが、それすら掻い潜るという事は、かなり危険な相手であると認めざるを得ない。

モニターに映し出された映像に映っていたのは、桃色の髪をした凛々しい女だった。

 

『お前が、この海賊組織のリーダーか?』

 

その美しい見た目とは裏腹に、かなり高圧的な物言いで、ギャップについ驚いてしまう。だが、女相手に怯む程女々しくはない。こちらも同じように言葉を返していく。

 

「あぁ、そうだ。お前は誰なんだ?まさか、同業者か?」

 

こちらの質問に、女はどこか不敵な笑みを浮かべていた。いや、こちらを嘲笑っているようにも見える。その態度に、内心腹立たしい気持ちを抱いてしまうが、そんな事は表情には出さない。

だが、次に述べられた言葉を聞いた瞬間、背筋が凍りついてしまう。

 

『口の利き方に気を付けるんだな、海賊風情が。私はカトレア・ペンタス…よもや、名を知らぬ訳ではあるまい?』

 

「────ッ、し…失礼…しました…っ。」

 

すぐに頭を下げ、先程までの無礼を謝罪していく。

何故だ。何故、この人がこの場所にやって来たんだ。カトレア・ペンタス…今回の仕事の依頼主だと聞いている。そして、彼女は…。

 

『今回の顛末を聞きに来たのだよ、アドラーのボス。とりあえず、入港許可を貰いたいものだな?』

 

「は…、はっ…!おい、ゲートを開けろッ。」

 

管制室の男性に半ば怒鳴るような形で指示を飛ばすと、閉じたばかりのゲートが開かれていき、ようやくここで彼女が乗り込んでいるモビルスーツの姿を目にした。

それは、漆黒のモビルスーツ。脚部や肩部といった一部の装甲が赤に染まっているのが、やたらと不気味に見えてしまう。そして、流線美という言葉がピッタリのシルエット。ドッグ内に居る部下達も一緒になって見ているが、誰も見覚えがないシルエットだと言わんばかりにポカンとしてしまっている。

だが、俺だけは違った。あのモビルスーツには見覚えがある。あれは───

 

『ご苦労。そして、さようならだ。』

 

「なっ────!?」

 

漆黒のモビルスーツが動いたかと思えば、右手に握られている大口径且つ長砲身の武器を構え、彼女は躊躇う事なく引き金を引いた。巨大なビームの閃光が目の前に広がり、ムサカのブリッジの大部分が撃ち抜かれていく。アドラーのボスは、何が起きたのか理解する暇もなく死んだ。

慌てふためく他の構成員達。我先にと逃げる者も居れば、迎撃しようとモビルスーツに乗り込もうとする者も居る。だが、そんな事はお構いなしと言うように、ドッグに係留されている3隻の艦艇に次々にビーム攻撃を加えていく。

 

『行け、ファンネル。』

 

彼女の声と共に、遠隔攻撃子機であるファンネルが複数射出され、仕上げと言わんばかりにドッグ内の至る所を無差別に攻撃し始めた。船のメインエンジンを撃ち抜き、起動前のモビルスーツのコックピットを撃ち抜き、そして一部のファンネルの攻撃がムサカの弾薬庫に着弾すると、凄まじい爆発が起こり始め、それは両隣の艦艇へと誘爆していく。

ここまで来れば、もう手を加える必要はない。漆黒のモビルスーツはそう言わんばかりに攻撃の手を止めると、ファンネル達が機体へと戻り、踵を返すように彼女は海賊達の根城から離脱していく。直後、アドラーの本拠地である資源衛星の残骸は、凄まじい爆発を起こして内側から粉々に砕け散った。あれでは、生存者はまず居ないだろう。

 

直後、通信が入った。

 

 

『…お疲れ様です、閣下。無理に介入しなくても良いと言った筈ですが…』

「あれもテストの一環だ。それに、やはり海賊程度ではガンダムの相手は務まらんようだったからな。」

『…だから、殲滅したと?』

「この機体を見られたからには生かしてはおけん。それに…いずれは私のものとなる地球だ。宇宙の航路を荒らす輩を先に掃除したまでの事。」

 

答えに納得したのか、若干心配が残っているのか、通信相手の男性はそれ以上は何も言わなかった。

然し、あのガンダム。パイロットはニュータイプの素質がある人物のようだが、果たして私の前に立ちはだかる程の存在となるのかどうか、今はまだ分からない。未完成品とだけ情報として得ているが、完成すればどんな機体になるのかも予想がつかない。

だが、それでも負けるつもりはない。このカトレア・ペンタスの敗北は、あってはならない事なのだから。

 

「…帰投するぞ、ギムレット。」

 

『畏まりました、閣下。指定座標にて回収致します。』

 

漆黒のモビルスーツが、宇宙の闇に再び溶け込んでいくように、暗礁地帯の中を駆け抜けていく。その姿は、誰の目にも触れる事は無かった。


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