機動戦士ガンダムL(ルミナス)   作:C4-1341

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第8話『アンバークィーン』

ピースミーティア破壊任務が完了してから1週間が経過し、ラー・ネイジュは補給と修理の為、とある宙域へと向かい航行を続けていた。そこは、地球と月の軌道に挟まれるようにして存在している、ラグランジュポイント1…通称”L1宙域”と呼ばれる場所だ。本格的な修理や補給を受ける場合は、月のアナハイム・エレクトロニクスの工場に寄港するか、ロンド・ベルの本拠地であるサイド1”ロンデニオン”に入港する必要があるものの、そこに向かえない事情がある。

 

「…ごめん、ルミナス…。」

 

「またそれか…。いい加減メソメソすんのはやめな、少尉。」

 

ラー・ネイジュのモビルスーツデッキの最奥…。破損した機体を一時的に置く区間に、シーナ・ランチェスターと整備長の姿があった。

キュベレイとの死闘と、ピースミーティアの爆発に巻き込まれながらも脱出に成功したガンダムは、見るも無惨な姿という表現が出来る程の損傷を全身に受け、現在は修理不可という事でこの場に置かれている。横たわるガンダムに歩み寄りながら、その頭部に手を置き、シーナ・ランチェスターは悔しさを滲ませながら呟いていた。

 

「でも…、アムロ大尉のように…私は……。ウォルドさん達が頑張ってきた事を、私は……」

 

「…生きてるだけでも立派なもんさ。機体は直せばまた乗れるけどよ、お前さんの替えは無いんだぜ。」

 

整備長の言う事は尤もだ。パイロットの命こそ大事なのだと言う事を。だが、憧れのアムロ・レイが設計を施したガンダムであり、ウォルド・シャウラ達アナハイムのガンダムチームが、寝る間を惜しんで作り上げたガンダムを、このような形で大破させてしまった責任に、どうしても苛まれてしまう。ウォルド・シャウラからも「気にする事はない、君が無事で良かった。」と声を掛けてもらった事を思い返し、その優しさに報いたいと言う思いで胸が締め付けられる。

そんな私が、心の底まで腐り切らずに済んでいるのには、2つの理由があった。それは、ラー・ネイジュがL1宙域に向かっている事に関係している。1つは、ガンダムの修復に必要な資材を迅速に受け取り、修理する中継基地があるという事。もう1つは、そこで不足している医療備品や機器も調達出来るので、捕虜のカトレア・ペンタスを治療出来るという事だ。

 

「…医務室に行って来ます。」

 

カトレアの事を思い浮かべると、その姿を確認しないと気が済まない程、私は気が気ではなかった。彼女は未だ意識が戻らず、医務室のベッドに寝かしつけられている状況だが、私は毎日その身を案じて会いに行っている。私はガンダムに背を向け、整備長へと声をかけると、床を蹴って無重力空間のデッキ内に身体を浮かしながら、区間の通路に繋がる出入り口へ向けて進んでいく。

 

「……気ィ付けろよ、少尉。相手はネオ・ジオンの親玉なんだからな…。」

 

整備長の言葉は、既に離れている私に届く事はなく、通路に出ると一直線に医務室へと向かって行った。その途中、通路の向こう側から見慣れた人物が近付いてくる。

 

「あっ…、シーナ…。」

 

「…お疲れ様、エヴァ。」

 

その人物は、ブリッジクルーの通信オペレーターであるエヴァ・ヒギンズ少尉。このラー・ネイジュの中では、特に距離感が近しい友人だ。私の疲れた表情を目にして、彼女は若干表情が曇る。

 

「…また捕虜のお見舞い?」

 

「ん……。」

 

どこか棘のあるような声色に、私は少し眉を顰めながら頷く。確かにカトレアは捕虜には違いないが、私にとってはただの捕虜ではなく、互いに分かり合えた者同士なのだ。気掛かりになるのは当然の事であり、それを面白く思っていない彼女の気持ちも理解しているつもりだった。

だが、分かり合えたと言うのは私とカトレアにしか分からない話で、エヴァやその他クルーに話しても、信じてもらえないでいる。そこにもどかしさを感じながらも、私にもどうしようもない。

 

「シーナ……。あの人はネオ・ジオンの偉い人で、あの隕石を地球に落とそうとした張本人なんだよ…?それに、ゴードン隊長を殺したのだって…、」

 

分かってる。全部分かっているのだ。分かっているものの、そんな怒りや憎しみだけではダメなのだと。その境地に達している私にしてみれば、彼女が抱く敵愾心や嫌悪感は、また新たな憎しみを増やしてしまうだけなのだ。

それを上手く言葉に出来ない私は、そっと手を伸ばして彼女の肩を優しく叩く。

 

「…あの人は私に任せて。」

 

それだけを言い残して、私は彼女から離れて通路の先へと進んでいく。彼女はまだ何か言いたげにしながらも、口を噤んで私の背を見つめていた。心の中でエヴァに対し、ごめん…と呟くと、程なくして目的地である医務室へと到着する。

ドア横のスイッチを押し、扉がスライドして医務室内の景色が目に映ると、毎日変わり映えのしない真っ白な部屋を見て何処か安心感さえ抱いてしまう。そのまま中に入ると、椅子に座る白衣を纏った人物へ声をかけていく。

 

「シーナ・ランチェスター、入ります。」

 

「今日も来たのか、熱心な事だね。」

 

短く切り揃えられた短髪に、大きな丸メガネを掛け、アンニュイな雰囲気を漂わせる中年男性。この男性こそ、ラー・ネイジュの医療を担う専属軍医である、Dr.モーリス少佐だ。彼は首にかけた聴診器を外して机に置くと、敬礼をしている私を見上げて僅かに笑みを浮かべ、頷いてくれている。

私とカトレアのニュータイプ能力、その本当の力について信じてくれているのは、アンダーソン艦長やウォルド・シャウラの他には、このDr.モーリスしか居ない。だからこうして医務室への入室を許可されており、私の行動や立場を守ってくれている。

 

「あの、彼女の意識は……」

 

私はチラッとベッドへ視線を向けながら、彼へと問いかけていく。ベッドの上では静かに目を閉じて眠るカトレア・ペンタスの姿があり、規則正しい呼吸を繰り返していた。

 

「まだ戻らない。まぁ、強化人間としての副作用のようなものだ…目覚めるまで待つしかない。」

 

「…そうですか…。」

 

強化人間。人工的にニュータイプを作り出す事を目的とした、人間の倫理から逸脱した実験体の事を指す言葉である。Dr.モーリスも強化人間についての見識はあるようで、私が見たカトレアの過去についても、すんなりと信じてくれた。

彼によれば、強化人間にはその力の代償として、一定の周期で脳を焼かれるような激しい苦痛が襲うのだと言う。死を覚悟する程の激痛は、投薬によってある程度コントロールが可能であり、適切なタイミングで薬を服用して痛みを感じないようにしているらしい。彼女が私の目の前で激痛に苛まれ、意識を失ったのは、恐らく薬を服用するタイミングを逃したまま出撃した事により、あの場で激痛に襲われたと推測出来る。

 

「……早く…目を開けなよ、カトレア。」

 

私はベッドに歩み寄り、彼女の桃色の髪をそっと撫でながら、憂いを含んだ眼差しで見下ろして呟く。彼女の負った肉体的な怪我は、ラー・ネイジュの限りある医療資源で最低限の処置が施されているものの、精神面はどうしようもない。目覚めたらきっと独房に入れられてしまうかもしれないが、どんな手を使ってでも彼女を守ろうと、私は心に誓っていた。

 

「…心配するな、少尉。アンダーソン艦長は話の分かる人だ。それに…そう簡単に彼女の処遇も決まらないだろうさ。」

 

「…どういう事ですか?」

 

彼の言葉に、私は首を傾げながら問いかけていく。そう簡単に決まらないとは、一体…。

 

「彼女は確かに敵だが、向こうのネオ・ジオンの内情を1番よく知っている。こちらに協力してくれるなら、悪いようにはされないだろう。」

 

なるほど、彼の言葉を聞いて私は納得した。ピースミーティア戦で撤退した敵の行方について、未だにロンド・ベルは尻尾を掴めないでいる。その足取りが分かれば残存勢力を掃討する事が出来て、本当の敵というものも見えてくるだろう。問題は彼女がこちらに協力してくれるかだが、そこは私が説得するしかない。

 

「それに…、医者としては彼女を救ってやりたい。強化人間なら尚更にな。」

 

彼はそう言うと、柔らかな笑みを浮かべながら私を見つめた後に、再び机に向かって書類の整理を始めた。彼の言葉に嘘偽りはないと、私には分かる。ニュータイプに全てを見通せる力というものは無いものの、何となく彼の信念というものが見えたような気がしていた。

 

「私は薬を保管庫から取ってくる、ここは任せたよ少尉。」

 

暫くすると、Dr.モーリスは椅子から立ち上がり、私に彼女を見ているように伝えて医務室を出て行った。私は小さく頷いてその背を見送ると、ゆっくりと彼女へと顔を向けていく。

 

「っ───!」

 

目を丸くして驚いてしまった。私が振り向いた時には、彼女は薄らと目を開き、私を見ていたのだ。すぐに彼女の手を握ると、顔を覗き込むようにして声をかけていく。

 

「カトレア、大丈夫…っ?聞こえる?」

 

私の問いかけに対して、彼女はゆっくりと頷きながら手を握り返してくれた。私同様に、彼女も敵意というものを失っているのが分かる。

 

「…大丈夫だ、シーナ・ランチェスター。……私は…捕まったのだな。」

 

彼女は医務室の天井を眺め、そして部屋の中をゆっくりと見渡しながら、此処が何処なのかを把握した様子だった。諦めにも見えるその表情は、私からすれば憑き物が落ちたような、そんな印象を受ける。私はホッと一安心すると、ベッド脇に寄せていた椅子に座り、ジッと彼女を見つめていく。

 

「そう、ここはロンド・ベルのラー・ネイジュ艦内。カトレアにとっては敵の艦になるけど…」

 

私は彼女の処遇を決定出来る立場ではないので、そこまで言った所で口を噤む。それを決めるのは艦長なので、私が何か口走って変に期待を抱かせてもいけないのだ。そんな私の心情を汲んだのか、彼女はフッ、と笑みを溢して口を開いていく。

 

「…私は罰を受けるに値する事をしてきたのだ、甘んじて受け入れよう。」

 

「でも、あんたは……!ずっと操られて来て…っ、」

 

私の言葉を遮るように、握っていた手を離し、彼女は人差し指を伸ばして私の唇に押し当てて来た。”まだ話は終わっていない、黙っていてくれ”…とでも言うように。

 

「……罰は受ける。だが、それは…私達を操って争いを生み出してきた存在を消してからだ。」

 

彼女の言葉を受けて、私は目を見開きながら息を呑んだ。彼女だけでなく、私も操られていたと言う言葉に。私と彼女を駒にして、この戦争を仕組んだ存在があるというのだ。今となっては彼女は利用されただけの存在だと分かっているので、私は信じる事が出来る。

 

「…それって誰なの、カトレア。」

 

私は核心に迫る質問を投げかけていく。この医務室にも監視カメラは設置されているので、その存在に気付いている彼女は、私の腕を掴んで引き寄せ、耳元に口を近付けて囁くように伝えてきた。

 

「…小惑星イサベルを影で支配する、ギムレット・クルス…。そして…アナハイムの社長だ。」

 

「っ………、社長が……!」

 

私は驚きを通り越して動揺してしまった。だが、そんな私の様子を見ても、彼女は尚も言葉を続けていく。

 

「ギムレット・クルスは、私を生み出したイサベルのニュータイプ研究所所長だ。そして、アナハイムの現社長は…ダイクンの提唱した新たなる人類の革新を熱烈に信奉していて、人工的にニュータイプを生み出すギムレットと急接近したのだ…。私が知っているのは此処までだが、奴らは決して戦いを止める事はないだろう。私もお前も生きている限り、な……。」

 

小声だが、その言葉はハッキリと私の耳に入っていき、自身が置かれている状況というものが見えてきた。ネオ・ジオンの内情は分からないものの、アナハイムは意図的に戦いを引き起こしている事は分かる。その為に私をテストパイロットとして招き、ガンダムのパイロットに仕立て上げ、カトレアと戦わせて来たのだ。私とカトレアが戦う事で、人類の革新へ至る何かを掴みたかったのか、或いは……。

 

「…遅かれ早かれ、この艦もお前も…また戦いに巻き込まれるだろう。私も知り得る情報はお前達に与える…。だから、お前も私に協力して欲しい…。これ以上…私やお前のような存在を生み出さない為にも、彼奴らを倒す力を貸してくれ…シーナ。」

 

間近で彼女と目を合わせ、彼女の真剣な言葉を真正面から受け止めていく。勿論互いにしか聞こえない程度の囁き声なので、監視カメラに声を捉えられている心配は無い。

私の答えはもう決まっている。小さく頷き、「…分かったよ、カトレア。」と呟くと、もう一度彼女の手をしっかりと握り締めていく。後は、艦長がどのように判断を下すのかだが……。

 

 

『目標捕捉、各員は所定の持ち場にて待機せよ。繰り返す、各員は所定の持ち場にて待機せよ。』

 

 

すると、私達の会話を遮るように、艦内アナウンスが医務室の中にも響き渡った。副長のエリス中佐が発したアナウンスは、このラー・ネイジュが目指していた場所に辿り着いた事を意味している。

 

「…この艦は何処に向かっているんだ?」

 

2人だけの会話は終わったので、お互いに体を離していき、普通の声量で彼女が私に問いかけてきた。私もそれに応えるように口を開いていく。

 

「…アナハイムのドック艦、アンバークィーンだよ。」

 

 

 

 

小惑星イサベルには激震が走っていた。

ピースミーティアによる地球掌握作戦の失敗以上に、指導者であるカトレア・ペンタスが戦死したと発表されていたからだ。

 

「…我々は、これからどうやって…。」

 

イサベルの軍司令部、その会議室に集まったネオ・ジオンのトップ達の表情は固い。ある者が弱音にも似た言葉を吐くものの、それを咎めたり訂正を求める声も上がらない。それもそうだ、カトレア・ペンタスのカリスマ性に縋り付き、ここまでイサベルを纏め上げてきた存在を失ったのだから、誰しも茫然自失になるのは当然と言えよう。

そんな重い空気に楔を打ち込んだのは、カトレアをイサベルの指導者に祭り上げ、強化人間になる事を強要した、ギムレット・クルスだった。

 

「お集まりの諸君…。先ずは黙祷を捧げようではありませんか。先の作戦に散っていった兵達と、偉大なカトレア閣下の為に…。」

 

彼は悲しみに満ちた表情と声色ながらも、しっかりと前を向いているように言葉を発していく。将軍達や参謀本部の軍人達は、皆ハッとしたように表情を引き締めると、直ぐに起立して各々目を閉じながら黙祷を捧げ始めた。ギムレット・クルスも、同じように目を閉じて黙祷をしていく。

暫しの静寂が過ぎ去ると、ギムレットは続けるように言葉を発していった。

 

「亡きカトレア閣下の意志を継ぎ、地球を我らイサベルの手中に収める為にも、我らは今こそ結束しなければならない。閣下を死に追いやった連邦軍を、決して許してはならないのです。」

 

この言葉に、何人かは力強く頷いていき、打倒連邦軍を掲げて闘志を燃やしていく。それとは逆に、慎重になるべきだという意見も出始める。

 

「待ちたまえ、ギムレット参謀長。我々も戦力をズタズタにされている…これ以上連邦軍と事を構えても、返り討ちに遭うのが関の山ではないのか?」

 

ある将軍から発せられた言葉は尤もな事だ。エンドラ級とムサカ級が撃沈され、モビルスーツも総戦力の半数を失った事で、現行戦力ではイサベルを防衛する事で精一杯だろう。この将軍の発言にも賛同を示す者達が一定数現れ、会議の場は抗戦派と慎重派で二分されていく。

 

 

「貴様、そんな弱腰でどうする!建造途中のコロニーの1基や2基を奪取して、地球に落とすべきだ!」

「弱腰などではない、現実を踏まえての発言だ。今は強行策よりも、着実に戦力を整えて反攻の機会を伺うべきだと言っている。」

「もっと弱腰なのは地球連邦政府だ!今のうちに畳み掛けねば、我らの勝機は無くなるのだぞ!」

「そうだ、コロニーを落とすしかない!」

「地球連邦政府と連邦軍に鉄槌を!カトレア閣下の仇を!」

「もっと冷静になれ、お前達!コロニーを奪取すると言っても、ロンド・ベルとルナツーの連邦軍が黙っていないぞ!今の戦力では焼け石に水だ!」

 

 

紛糾する会議室の空気を鎮めたのは、またしてもギムレット・クルスだった。

 

「皆、静粛に!」

 

彼の声に、皆一様に静まり返る。ギムレットは軽く咳払いをした後に、言葉を続けていく。

 

「心配には及びません、現行戦力でコロニーを奪取する事は可能です。こちらをご覧いただきたい。」

 

そう言うと、彼はポケットから会議室の空間投影モニターのスイッチを取り出し、スイッチを押してモニターを起動させた。スクリーン画面にはイサベルの現在地と、地球圏の各ラグランジュポイントや、コロニー郡達の位置関係を示す地図が映し出されている。

 

「ピースミーティアの威嚇を以て条約を締結する為に、地球連邦政府の代表団がサイド7”ロウグ”に入港した事は、皆ご存知の通りです。その代表団は、輸送船の推進剤と食料の補給を終え、地球への帰還コースに乗る為に、L3宙域の中継ポイントを通ります。」

 

彼の説明が進んでいくと、サイド7と地球を結ぶように赤いラインが表示され、その中でもラグランジュポイント3の一部に赤いシグナルが点滅している。ここが所謂中継ポイントと呼ばれる場所だ。

 

「サイド7に潜伏している諜報員の情報によると、代表団を乗せた輸送船は昨日出航し、2日後にはL3宙域に入ると見られます。そこで我々は、この政府代表団の輸送船を強襲し、これを拿捕。地球連邦政府に対し、彼らの身柄と引き換えにコロニーの譲渡を認めさせるのです。」

 

この説明に、出席していた誰もが息を呑む。ここまで正確な情報を持っているのは、他ならないギムレット・クルスのみなので、これが成功すればイサベルの勝利も引き寄せる事が出来ると想像に難く無いからだ。

然し、慎重派の懸念も未だ拭い去る事は出来ていない。先程真っ先に発言した将軍の1人が、再び口を開いていく。

 

「…疑問がある、ギムレット参謀長。輸送船の護衛の規模はどの程度なのか、それに地球連邦政府が交渉に応じなかった場合はどうするつもりなのか。」

 

この疑問は想定内のようで、ギムレットは顔色ひとつ変えず、スクリーンに映し出された画面を変え、別の情報を表示していく。

 

「輸送船の護衛には、ルナツーの連邦宇宙軍艦隊の一部が随伴すると見られる為、これを撃破する戦力を充てる。この作戦は、リベリオ・ビアンキの部隊に任せようと考えています。」

 

その名を聞いた瞬間、会議室内が一瞬騒つく。リベリオ・ビアンキという名を聞いて、誰もが嫌悪感を抱いてしまうからだ。一部では味方を粛清していると噂も流れている部隊なので、良く思わないのが普通である。

だが、その腕は確かだ。このイサベルにおいて、最も実戦経験と技量が高いのがリベリオ部隊である。彼らに任せる事で、確実に輸送船を拿捕出来るだろうと言う安心感を、この場の誰もが感じていた。

 

「次に、地球連邦政府が交渉に応じなかった場合についてですが…これを使います。」

 

そう言ってスクリーンの画面を切り替えると、そこに映し出されていたのは、この小惑星イサベルだった。その一部が赤く点滅しており、それが何を意味しているのか、この場に居る誰もが瞬時に理解した。

 

「ッ……、参謀長…!それは諸刃の剣だ…ッ。」

 

慎重派の将軍の表情は強張り、心なしか声も震えている。その兵器の存在は誰もが知っているが、誰もが忘れていた…否、忘れようとしていたのである。

この小惑星イサベルが隠し持つ、秘密の兵器について。

 

「確かに…これを使用すれば小惑星イサベルの秘匿性は破られ、連邦軍に位置を露呈してしまうでしょう。だが、この一撃で決すれば良いだけの話。」

 

「然し…、ここには民間人も多く住んでいるのだぞ…!」

 

「我々が勝利し、地球を手にすれば問題はない。そうでしょう、将軍?」

 

「く………。」

 

小惑星イサベルは、惑星全体がミノフスキー粒子の転用による光学迷彩で覆われており、そのお陰で地球圏に到達しても今まで連邦軍に察知されないで居たのだ。常時展開し続けるだけのエネルギーを発生させる為には、巨大な核融合炉が複数基必要となり、イサベルの最深部にそれは設置されている。この核融合炉のエネルギーを全て攻撃に転用した兵器が、このイサベルには備わっているのだ。

だがそれは、攻撃の為に光学迷彩を解除しなければならないというデメリットを孕んだものであり、正に将軍の言うように諸刃の剣となる。その兵器の詳細なデータが、スクリーン上に映し出されていく。

 

「惑星間長距離レーザー掃射砲…”ネメシス”。この一撃を地球に撃ち込み、地球連邦政府に条約の締結を迫るのです。」

 

会議場が静まり返る。あのカトレア・ペンタスでさえ使う事を躊躇した兵器を、この男は躊躇いなく使おうと言うのだ。その本気度を前にして、誰も逆らう事など出来なくなっていく。

ギムレット・クルスの目指す未来にとって、最早小惑星イサベルの存亡など、取るに足らないものと成り果てていた。どんな犠牲を払ってでも地球の実権を握り、この地球圏を支配しようという野心の前には、どんな障害をも排除する強い意志に満ちている。カトレア・ペンタスが目指していた、地球と宇宙の人類が共存する未来とは違う、地球人類を抹殺してでも覇権を手に入れようとする悍ましい野心が。

 

(…ギムレット・クルス…奴は危険な存在だ…。カトレア閣下という光に隠れて、虎視眈々と機会を伺っていたのか…)

 

そのなりふり構わない彼の姿勢に危機感を抱いたのは、常に意見を言い続けていた、慎重派のダリオン将軍だ。この流れで行けば、自ずとギムレット・クルスがイサベルの指導者の実権を握り、カトレア・ペンタスの敵討ちを大義名分として強行策に出る事だろう。そうなる前に、同じく慎重派の仲間を募り、せめて民間人だけでもイサベルから逃す算段を立てなくてはならない。

 

「では皆さん、異論が無ければ次の議題に移りたいと思うが…如何ですかな?」

 

ギムレット・クルスの言葉に、誰も口を開く事はなく、コロニー奪取に向けた作戦指揮は彼に一任する事が決まったのだった。

 

 

 

 

ラビアンローズ級3番艦、『アンバークィーン』。第一次ネオ・ジオン抗争にて大破したラビアンローズに代わり、主にロンド・ベル部隊への補給と整備を担当している、アナハイム・エレクトロニクスが所有する自走ドック艦だ。船体は主に黄色に塗装されており、花弁のような船体中央には、巡洋艦や戦艦を係留・固定出来る巨大なドッキングアームが複数備えられている。

L1宙域に進出して来たアンバークィーンのドッキングベイに向けて、ラー・ネイジュは相対速度を同調させ、接舷しようとしていた。

 

「アンバークィーンよりガイドビーコンキャッチ。ドッキングベイへの接舷航行に入りますっ。」

 

「よし、慎重にな。」

 

操舵を務める航海長のサンドラ少佐の報告に、アンダーソン艦長は穏やかな声色で声をかけていく。ラー・ネイジュは何度か艦首の逆噴射スラスターを噴射し、ゆっくりとドッキングベイに近付いていくと、最後は艦の自動操舵で接舷していき、僅かな振動が艦全体に響いていった。接舷が完了するとブリッジ内に安堵の空気が流れ、アンバークィーンのドッキングアームが次々と動き出し、ラー・ネイジュの船体をしっかりと固定していく。

 

「接舷完了しました、艦長。」

 

副長のエリス中佐の報告に小さく頷くと、アンダーソン艦長は席から立ち上がり、館内アナウンスを行う為にマイクを手に取っていく。

 

「艦長より達する。本艦はアンバークィーンへの接舷が完了した。補給物資の搬入を進めつつ、手の空いた者から休息を取るように…以上だ。」

 

アンダーソン艦長のアナウンスは艦全体に響き、モビルスーツデッキの全ハッチが開いていくと、早速補給物資の搬入作業が開始されていった。

ドッキングベイ内から、アンバークィーンの乗組員達が搭乗しているプチモビルスーツが複数出てくると、補給物資コンテナをマニュピレーターで掴みながらモビルスーツデッキへと入って来て、次々にデッキ内へと搬入していく。搬入されたコンテナはラー・ネイジュのメカニックマン達によって開かれていき、仕分けをしながら各部署へと運ばれていく最中、また別のプチモビルスーツ達が現れると、彼らはラー・ネイジュの外壁の補修作業を始めた。

修理と補給作業が同時進行で進められていく中、アンダーソン艦長とエリス副長、モビルスーツ部隊指揮官のローマン中尉に加え、ガンダム開発責任者のウォルド・シャウラと、ガンダムのパイロットであるシーナ・ランチェスターの5名は、アンバークィーン側からの要請を受けてドック艦に乗艦しようとしていた。ラー・ネイジュとアンバークィーンを結ぶ通用路が接続されると、エアロックが作動した後にハッチが開き、アンバークィーン内部へと皆入っていく。そこでは、アンバークィーンの現場責任者であるシュミット艦長が出迎えの為に出て来てくれていた。

 

「任務ご苦労だったね、アンダーソン艦長。それにエリス副長も。」

 

「恐縮です、シュミット艦長。修理と補給、ありがとうございます。」

 

シュミット艦長とアンダーソン艦長。所属は違えど年齢はあまり変わらず、技術畑出身のシュミット艦長の方が、僅かに身体の線が細い程度である。然し、この2人の付き合い自体は長く、アンダーソン艦長が現役のモビルスーツ乗りだった頃から、シュミット艦長は技術アドバイザーとして幾度も戦場を共にしていた仲なのだ。その繋がりで、エリス副長も彼には度々世話になっているので、敬礼で返しながらも表情は穏やかであり、和やかな空気の中両艦長は握手を交わしていく。

 

(…なんで私まで呼ばれたんだろ。)

 

その光景を眺めながら、シーナ・ランチェスターは神妙な表情を浮かべていた。艦長と副長が呼ばれたのは分かる、モビルスーツ部隊の責任者であるローマン隊長も分かる、アナハイムの職員であるウォルドも分かる。だが、ガンダムのパイロットとは言え、ただの一兵卒のパイロットがこの場に居るのは不自然だろうと、彼女は内心思っていた。

 

「アンダーソン艦長、エリス副長、それにローマン隊長は、私と共にブリッジに来てもらいたい。……君がシーナ少尉だね、活躍は予々伺っているよ。」

 

3人に声をかけた後に、シュミット艦長は私の前に歩み寄り、にこやかな表情を浮かべながら言葉をかけて来た。一瞬目を丸くするものの、直ぐに表情を引き締め直し、「はっ…、ありがとうございます。」と返事を返していく。まさか直接話しかけられるとは予想外だったので驚いてしまうものの、そんな私の様子を横目で見つめるウォルド・シャウラは、微笑を浮かべていた。

 

「ウォルド・シャウラ技術顧問に、シーナ・ランチェスター少尉。両名には別の方がお呼びだ、案内に従って応接室に行ってもらいたい。」

 

シュミット艦長からの言葉を受けると直ぐに敬礼をしていき、程なくして通路の奥からやって来た案内役の女性職員に促され、私と彼の2名は艦長達とは反対方向に案内されていく。この2人組で呼ばれると言えば、やはりガンダム絡みの事なのだろうと、容易に想像が出来た。

 

「…ウォルドさん、何か聞いてる?」

 

「分からんな……。」

 

彼の表情を見ても、本当に何も聞いていない様子で、不思議そうにしているのが印象的だ。こんな表情を見せる事など殆ど無いので、私はどこか得したような気持ちになりながら、案内役の女性職員の背を追って廊下を進んでいく。

暫くしてとある部屋の前に到着すると、女性職員は私達に一礼してその場を去っていった。ここから先は任せる、という事なのだろう。彼が小さく頷いたのを見ると、私は一息吐いてから表情を引き締め、ドアを数度ノックした後に「失礼します。」と一声発し、ドアを開けて応接室へと入っていった。

 

「やぁ、久しぶりだね少尉。それにウォルド君も、元気そうで何よりだ。」

 

(ッ──────!!)

 

私は思わず立ち止まってしまいながらも、何とか平静を保ちながら応接室に入り、彼と横並びになりながらその人物を見据えていく。

そこに居たのは、アナハイム・エレクトロニクスの社長だった。

 

「社長…、驚きました。何故こちらに?」

 

私より先に社長へ向けて言葉を返したのは、隣に立つウォルド・シャウラだった。私と同じく驚いた表情を浮かべているものの、その驚く理由はお互い全く違っている。

 

(こいつが…私とカトレアを……)

 

私はと言うと、決して表情や態度には出さないものの、黒幕の1人と言われている小太りの男を前にして、心の内では沸々と燃え滾るような感情の波が起こり始めていた。そんな私には視線を向ける事なく、社長はウォルドに向けて言葉をかけていった。

 

「この艦は我がアナハイム・エレクトロニクス所有のドック艦だよ、現場視察も社長の仕事の一つという訳だ。社員達の頑張りもキチンと把握したいからね。」

 

尤もらしい理由を述べながら、恰幅の良い社長は人当たりの良い笑みを溢していく。今の私にとっては、この笑顔が心底不気味に思えてしまい、次は何の企みを考えているのか問い糺したいくらいだ。

 

「さて、我が社の実験機であるガンダム…殆ど再起不能な状態にまで大破したらしいね。」

 

「、……。私の技量が足りず、申し訳ありませんでした。」

 

社長の言葉に、私は少しだけ唇を噛み締めた後、謝罪の言葉を発していった。陰の思惑がどうあれ、ガンダムを大破させてしまった事実は変わらない為、自分の責任としての謝罪である。悔しさを滲ませる表情を浮かべる私に対して、社長の笑みは変わらず言葉を続けていく。

 

「いやいや、戦闘記録は見せてもらったよ少尉。寧ろあの状況で生き残れた事自体…正に奇跡と言う他ない。ガンダム…いや、サイコフレームが君を救ってくれたのだと、私は思っているよ。」

 

てっきり責任追及をされるのではないかと思っていたものの、社長の言葉は予想に反し、どこか満足したかのような言葉だった。私は一瞬目を丸くしながら、返す言葉が見つからずに口を閉ざし、小さく頷くに留めてしまう。

確かに爆発に巻き込まれた際、私は無我夢中だった。カトレアと戦っている時のような、私の意識や意思がサイコフレームと共振していき、物理的なエネルギーとなって一種のバリアーを張ったように私には見えた。そのおかげで爆風や瓦礫を押し除け、衛星の残骸から脱出出来たのだ。

 

「さて、本題だが…。うちの見立てでは、ガンダムの完全修復には最低でも3週間は必要だ。サイコフレームの再製造に時間が必要だからね。そこで……」

 

社長がそこまで言った所で、ある資料を私とウォルドに差し出してきた。その表紙に書かれているのは、『Project Selene』という言葉。セレーネ計画とは一体何の事だろうと疑問符を浮かべながらも、資料のページを捲って中身を確認していくと、直ぐに私は目を見開いてページを凝視してしまう。

 

「これっ……、ガンダム……。」

 

開発コード、セレーネ。そう書かれているページには、ガンダムタイプのモビルスーツの設計図が記されていた。見た目はルミナスガンダムに似通っているが、追加装甲や拡張型のオプションパーツ類にまで目を通していくと、別物の機体である事が分かる。

隣に佇むウォルドは、興味深そうに眺めていくものの、その表情は何処か険しい。

 

「…この機体のテストパイロットを、少尉に?」

 

「あぁ、その通りだよウォルド君。ガンダムの修復が完了するまで、少尉にはこのセレーネのテスト運用をしてもらいたくてね。サイコミュ兵装との連動も確かめねばならん。」

 

私は軍人として命令に従わなければならない。そして彼もアナハイムの社員として、社長の指示には従わなければならないだろう。お互いがお互いの立場を弁え、私から率先して「テストパイロットの任に就きます。」と発言していった。やはりウォルドの表情は険しいものだが、彼の真意がいまいち読めない私には、考えても仕方ない事である。

…それに、上手く使えばこの機体で成し遂げられるかもしれない。カトレアとの約束を。

 

「少尉なら引き受けてくれると思っていたよ、ありがとう。機体はアンバークィーンの格納庫にある、確認してくれたまえ。」

 

私は敬礼をし、ウォルドは一礼をしてから社長に背を向けると、2人揃って応接室を出て行く。その足取りは格納庫へと向けられていった。

…新たなガンダム、開発コード”セレーネ”。この機体が巻き起こす新たな争乱を、2人は違った思いで覚悟を決めていた。シーナはまだ見ぬ未来の為に、ウォルドは過去の贖罪の為に……

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