宇宙というものは広く、果てしなく広く、そして冷たく暗い場所であるが、実際は隕石やスペースデブリがあちこちに漂う暗礁の海と表現する者も居る程、人類の開発史によって発生した塵の場所と言える。大小様々な隕石やデブリを気にする者は、艦を操舵する航海士くらいのものだろう。それ程に、デブリというものは当たり前に存在しているものだと、宇宙に生きる人々は認識している。
『…………………。』
ラー・ネイジュへ補給物資を搬入し、外装の補修作業を進めているアンバークィーンの周囲にも、スペースデブリや隕石の類は漂っており、それを特段気にする人物は居ない。どこにでもあるデブリの類は、時折アンバークィーンの近くを通り過ぎて行き、宇宙の海へと漂っていく。
『…………………。』
だが、この隕石の中に、人の意思を込めた隕石が紛れ込む事もある事にはある。誰もが油断し、気を緩めている時程に、それは起きるのだ。
『………目標…確認。』
とある隕石群が、他のスペースデブリや隕石に紛れ、アンバークィーンへとゆっくり接近していた。
※
「気分はどうかね?」
「…寂しいものだな、あいつが側に居ないと言うのは。」
「ふふ、随分と彼女も懐かれたものだね。」
ラー・ネイジュの医務室では、Dr.モーリスによる問診が行われており、脈拍や脳波の数値を機械でリアルタイムにモニターしつつ、患者であるカトレア・ペンタスへと問いかけていた。彼は体調の具合について聞いてみたつもりだったものの、彼女からの意外な返答につい笑みを溢してしまい、安心したように言葉を返していく。
カトレアの言う”あいつ”とは、毎日見舞いに訪れていたシーナ・ランチェスター少尉の事を指している事は、Dr.モーリスは言わずもがな理解していた。つい小一時間前に目を覚ましたばかりだと言うのに、この素直な感情の吐露をさせてしまうシーナ少尉の存在は、やはり今後益々重要になっていくだろうと、Dr.モーリスは内心感じていく。これが所謂、ニュータイプの感応波で通じ合えた者同士だと言う事も、より信じてみたくなっていたのだった。
「君の怪我を完全に治療出来る物資も入ってきた事だし、明日には処置を行おうと思う。それまではゆっくり寝ていてくれ。」
敵の総大将とも言える相手に対しても、Dr.モーリスの態度は全く変わらない。どんな相手であれ、救える命は救いたいと言う、医師としての使命を全うすべく行動しているのだ。その心遣いが分からない程人間らしさは捨てていないカトレアも、素直に頷いてベッドに横になっている。彼女の顔色も大分良くなってきているので、強化人間の特徴でもある強靭な肉体も相まって、治癒はきっと早いだろうとDr.モーリスは考えていた。
(───────────────。)
…それは、何とも言えない奇妙な感覚…いや、予感のようなものだった。もっと分かりやすく言うならば、今まで感じた事のないようなプレッシャーの波を、僅かにカトレアは感じ取っていた。何処か上の空のような表情を浮かべ、ベッドに横になっていた彼女は、ふとした瞬間に布団を剥ぎ、包帯だらけの身体を起こしていく。
「お、おい…無理するな…っ!」
そんな彼女の突拍子も無い行動にギョッとしたDr.モーリスは、慌てて彼女の肩を掴みながら制止しようとしてくる。いくら強化人間とは言え、軽症で済んだシーナ少尉と違い、最低限の治療しか受けていない彼女の身体では、無理に動かせば怪我が悪化する恐れすらあるのだ。
そんなDr.モーリスの腕を、彼女はしっかりと握り締め、強い意志を宿した瞳で見つめながら、慌てた様子で告げていく。
「直ぐにここから…ッ、退避しろ……!何かが…この場所を狙っている…ッ。」
彼女の言葉を受けて、信じて良いのかDr.モーリスは迷ってしまう。シーナ少尉に心を開いているとは言え、相手は紛れもなくネオ・ジオンの要人だ。そう簡単に信じてしまってから、実はこの艦を陥れる策略だと後々気付いても、その時は既に手遅れなのだから。
だが…もう一つの事実として、彼女はシーナ少尉と分かり合えたニュータイプだと言う事。その彼女が警告を発してくる事を無視すればどうなるか、分からない訳ではない。考えが鬩ぎ合っている間も、彼女はDr.モーリスの腕を掴んだまま、ジッと強い眼差しで見つめ続けている。
「…分かった、ブリッジに連絡しよう…!」
Dr.モーリスの選択は、ニュータイプの可能性に賭けたのだった。
時を同じくして、アンバークィーンの格納庫内で新型の試作モビルスーツ”セレーネ”を確認していたシーナ・ランチェスターも、カトレア同様に奇妙な感覚を覚えていた。
「──────────っ。」
「…どうかしたか、少尉?」
何処か上の空のように宙を眺める彼女を見て、隣に佇むウォルド・シャウラは首を傾げていた。その視線の先にはセレーネがあるものの、然し違うものを見ているようである。
「……何か、来る……。ウォルドさん、嫌な予感が…!」
とても抽象的な表現に、一瞬彼は困惑の表情を浮かべる。何かが来るとは一体何なのか、嫌な予感とは何なのか、まずはその疑問が頭の中を過っただろう。だが、確認する暇を与えない程、事態は動き出してしまう。
ドンッ…と、何かが当たる音。続けて艦全体が揺れる程の衝撃と共に鳴り響く爆音。あまりの衝撃に身体が宙を舞い、無重力の格納庫内で漂ってしまう。
「な、何だ…ッ!?」
「攻撃……、敵襲ですウォルドさん…!早くノーマルスーツを!」
嫌な予感が現実として襲い掛かってきた。その事を強く認識した2人は行動を開始していくものの、シーナ・ランチェスターは格納庫から出ようとはせず、迷いなくセレーネのコックピットへ向けて飛んでいく。
「少尉、何を…!」
彼女の行動は分かる。だが、まだ調整も何もされていない試作機だ。いきなり飛び出ていくのは流石に無謀過ぎる。ウォルドは急いで彼女の背を追いかけ、ノーマルスーツも無しにコックピットに乗り込んだ彼女を呼び止めようとしていく。
「緊急事態につき、この機体で出撃します…っ。ウォルドさんは早く退避を…!」
彼女は既にシートベルトを締め、コンソールパネルを起動させ、メインジェネレーターのスイッチを押していた。コックピット内部の造り自体はルミナスガンダムとあまり変わらず、操作系も特段変わった所はないように見える。
然し、幾ら似通っているとは言え、まだ動かした事も実戦経験も無い新型の試作機だ。初期設定もそうだが、機体の制御系の調整も済んでいないだろう。最低限、空間機動の調整くらいはしておかなければ、満足に機体を動かす事すら出来ない可能性もある。だが…そんな事を言った所で、きっと彼女は無茶を押し通して飛び出して行くに違いない。出会った時のような、あの月の海に飛び込んでいった時のように。
「…少尉、君だけに無茶はさせん。姿勢制御の調整はこちらで行う、君はコックピット周りの調整を急げ…!」
ウォルド・シャウラも覚悟を決め、彼女へ告げた後にコックピットを離れると、直ぐに機体の足元へと降りていき、情報端末をセレーネの脚部にケーブルで接続して、外部から機体調整作業に入っていった。早く退避をして欲しいシーナからすれば、そんな事はせずに逃げてくれと言いたい所ではあるものの、彼の気持ちもまた無碍には出来ないと感じている。
「サイコミュ連動調整…ビームジェネレーター出力上昇確認…武装セーフティーロック解除…全天周囲モニター起動…パイロット認証、登録…承認クリア…、ッ……くそ…!」
手早く、そして正確に、項目を口遊みながら調整作業を進めていく最中にも、正体不明の攻撃は続いていた。また衝撃音と共に爆発が起き、船体が激しく揺れながら、船内には非常事態警報のアラート音が鳴り響いていた。私はつい舌打ちど罵声を漏らしてしまいながら、通信回線コードにアクセスしてチャンネルを開き、直ぐにラー・ネイジュのブリッジへと回線を繋いでいった。
「ラー・ネイジュ、こちらシーナ!状況はっ!?」
突然の通信回線に応えてくれたのは、通信オペレーターのエヴァ・ヒギンズだった。彼女は画面の向こう側で驚いた表情を浮かべ、「シーナ、一体どこから通信して…!?」と、コックピットに乗り込んでいる私に驚愕している発言を漏らしつつも、直ぐに思考を切り替えて状況を説明してくれた。
「現在ラー・ネイジュとアンバークィーンは…複数の所属不明モビルスーツから攻撃を受けています…!IFFに反応無し、また機体情報も未確認…新型機と思われます…!モビルスーツ隊にはスクランブルは出してるけど、まだ艦長達と隊長が戻ってなくて…!」
緊迫した現状を前に、彼女の説明も自然と早口で焦りが見られる。それも無理はないだろう、指揮を執る人物達が揃って艦に居ないのだから。
尚の事、やはり私が皆を助けなければいけないと強く感じていくと、画面越しに励ますように彼女へと声をかけていく。
「大丈夫だよ、エヴァ。私がみんなを守るから…!」
力強くハッキリと、画面越しに彼女を見つめてそれだけを言うと、スイッチを切って通信回線を閉じた。あまりこちらばかりに気を取られ、ブリッジの任務に支障を与える訳にはいかないと言う、私なりの気遣いだった。
コックピット内の調整は完了し、後は機体を出撃させるだけとなるものの、肝心の姿勢制御システムの調整が終わったか分からず、コックピットから身を乗り出して下を覗き込む形になりながら、端末を操作しているウォルドへ声を飛ばしていく。
「ウォルドさん、こっちは終わったよ!」
私の呼び方に反応した彼は顔を上げ、同じように声を張り上げて答えてくれる。
「こちらも終わる!格納庫ハッチを開けるから待機しててくれ!」
私は「了解っ!」と返事を返すと、再びコックピットのシートに座り込み、ハッチを閉じて操縦桿を握り締める。セレーネのサブモニターを起動させて格納庫内の様子を隈なくチェックしていくと、程なくして機体から離れていく彼の姿が確認出来た。通路の中に入り、その姿が見えなくなると、格納庫のハッチを彼が開いてくれるのを待ちながら、セレーネの武装についてコンソールパネルを操作しながら確認をしていった。
現在の武装は、右手に握られているハイパー・ビーム・ライフルに、両ファンネルラックと左腕部に収納されたビームサーベル、頭部の60mmバルカン砲と、新たに追加されたバックパックと大腿部のビーム・カノン4門。そしてファンネルラックに装備されているフィン・ファンネルが6基と、多少の違いはあれどルミナスガンダムと基本的には変わらないようだった。私は内心ホッと安心しつつ、後はなるようになるしかないと開き直り、武装を表示していた画面を閉じていく。
「…よろしくね、セレーネ。」
私はルミナスの時のように、操縦桿を握りながら機体へと話しかけていく。勿論返事をしてくれる訳ではないものの、自分の命を託す運命共同体なのだ、戦友のように寄り添う気持ちを持ちながら接したくなる。
程なくして、コックピット内にウォルド・シャウラの声が響く。
『聞こえるか、少尉。今から格納庫ハッチを開く、敵を追い払ってくれ…!くれぐれも無理はしないでくれ、少尉っ。』
「…了解っ。」
ノーマルスーツも無しに、これから宇宙の海に飛び出そうと言うのだ。勿論無理などするつもりはないものの、最後まで諦めない事も同じように気持ちを固めていき、開放されていくハッチをジッと見据えていく。未だに謎の敵モビルスーツからの攻撃は続いており、ハッチが開いている最中も攻撃がアンバークィーンに着弾し、爆発音と衝撃が機体越しに感じられる。
アンダーソン艦長やエリス副長、ローマン隊長はラー・ネイジュに戻れたのか。アンバークィーンの艦長や乗組員は無事なのか。アナハイムの社長は退避したのだろうか。様々な考えが頭を駆け巡るものの、私は機体を動かして歩みを進めていき、最後にスラスターの駆動チェックを行って発進準備を整えた。
「シーナ・ランチェスター…セレーネ、行きますっ!」
機体を屈ませ、スラスターを全開にしながらアンバークィーンの格納庫を飛び出し、瞬く間に戦闘宙域の只中へと突入していく。ほんの僅かな時間の全開推力だったが、これだけで既にルミナス以上の推力を身体で感じていき、ノーマルスーツを着ていないのでGが普段以上に身体を蝕んでしまう。
「ぐっ…ぅぅ……!目標、捕捉した……ッ!」
激しいGに歯を食い縛りながら耐え、メインモニターに目を凝らして周囲の索敵を行うと、謎の敵モビルスーツの姿とラー・ネイジュを捉えた。ラー・ネイジュは対空砲の弾幕を展開しているものの、まだアンバークィーンのドッキングアームは解除されておらず、敵からすれば格好の的となっている。対して謎のモビルスーツは、カラーリングは全身黒で統一され、両腕がビーム砲の砲身と一体化している独特の形状をしており、流線形のフォルムはどこかキュベレイを匂わせるような姿をしていた。それも1機や2機ではなく、セレーネのセンサーが捉えているだけでも5機は居る。
「そこ……ッ!」
アンバークィーンへビーム攻撃を加えようとして足が止まった不明機に向け、ハイパー・ビーム・ライフルの銃口の狙いを定め、引き金を引いた。高出力のビーム攻撃で僅かに反動を感じながら、マゼンタ色のビームが宇宙を駆けると、次の瞬間には不明機の胴体中心に直撃し、真っ二つに裂くようにして貫いていった。程なくして敵機が爆散すると、残る4機の不明機がラー・ネイジュやアンバークィーンへの攻撃の手を止め、こちらを捕捉してくる。
「そうだ…こっちに来い…!」
注意をこちらに向けさせる事が出来たなら、後は離れて戦うのみ。私は敵の集団に背中を見せる形になりながら、スラスターを再び全開にして反対方向へと飛翔していく。その姿を見て、不明機達も続々とスラスターを全開にし、セレーネ追撃に向かって来た。
推力はこちらの方が高いらしく、不明機達はセレーネに追いつく事が出来ずに、足止めをしようと意図しているのか腕部ビーム砲をひたすら撃ち込んでくる。だが、そんな攻撃は当たる訳がなく、背後を気にしながら私は一定の距離を保ちつつ、敵機をアンバークィーンから引き離していく。
「好き勝手…させない…ッ!」
ある程度引き離した後に、いよいよ反撃する時が来た。デブリ帯に敢えて突っ込み、敵を誘い込んだ事で、多数の敵を相手に立ち回りやすい状況を作り出せたのである。まだ姿勢制御の限界がどの程度なのか、駆動系の動きが自身のイメージ通りなのか、その辺りが手探り状態ではあるものの、今はやるしかない。
モビルスーツ以上のサイズのデブリに速度を落とさずに突っ込んで行くと、激突する直前に姿勢を変え、スラスターを逆噴射させて勢いをある程度殺し、セレーネはデブリを踏み台にするように両足で蹴り飛ばして一気にスラスターを全開にしていく。こちらを追っていた不明機達にして見れば、セレーネがデブリを利用して急接近して来たので、咄嗟の事に対応する事は難しかっただろう。それを証明するように、すれ違い様にセレーネはビームサーベルを振り抜き、凄まじい勢いで敵機の胴体を両断していった。
「っ……、次……!」
なんだろう、この違和感…手応えの無さは。先程ビームライフルで撃ち落とした時もそうだったが、今までのモビルスーツ戦とは何か感覚的に違うと、私の直感が囁いている。
だが、今は降り掛かる火の粉を払うのが先だ。再びデブリの中に紛れ込んで行き、敵機の行動を阻害しつつ狭めていくと、再びモビルスーツを覆う程の大きさのデブリに身を隠し、密かにビームライフルを構えていく。モニターには当然デブリの姿しか映っておらず、辛うじて左右の端が見える程度だが、サイコミュはハッキリと敵の姿を捉え続けている。
「墜ちろッ!」
ハイパー・ビームライフルを照準補正無しに構え、迷う事なく引き金を引くと、デブリを貫通しながらビームが敵機へと迫り、想定外の攻撃に回避する暇もなく胴体を貫かれていった。
残るは2機。撃破した3機目が爆散していく姿を尻目に、私は更に足元のペダルを踏み込み、デブリの中を意識が保つギリギリの所で回避しながら突き進んで行く。ジグザグな軌道を描く事で、敵機のビーム攻撃を難なく避けれる事が出来ているものの、その分身体にかかるGの負荷が激しい。
(まだ、まだだ……ッ…!)
残った2機は撤退するかと思いきや、それまでと違って連携を見せながら動きを変えてきた。1機は上昇していき、残る1機は牽制するようにビーム砲を撃ち続けてきている。この攻撃パターンは厄介だと感じながらも、私の狙いは援護射撃を加えてきている機体に定め、一直線に加速して肉薄していった。
照準を定められた敵機は、今度はスラスターを逆噴射しながら距離を取ろうとしていき、同時に迫り来るこちらに腕部ビーム砲で攻撃し続けて来る。周囲のデブリが密集しているので回避するにもスペースが足りず、敵の攻撃をほぼ真正面で受け止めなければならない状況だ。
「この……ッ!」
私は臆する事なく、新兵装のシールドを構えながら、逃げ撃ちをしてくる敵機へ一直線に距離を詰めていく。次々に撃ち込まれるビーム砲は、セレーネのシールドに直撃する直前、内部に内蔵されたI・フィールドジェネレーターの働きによりビームを無力化し、消し飛ばしていった。それでも敵機は攻撃の手を止めず、ビーム砲を撃ち続けてくる。
距離にして近接格闘の間合いまで詰めれば、ライフルを背面腰部にマウントし、シールドでビーム砲を防御しながらビームサーベルを構えた。
「もらったよ…ッ!!」
こちらがビームサーベルを振り下ろす直前、敵機の左腕からビームの粒子がサーベル状に展開され、セレーネの攻撃に合わせるようにサーベル同士がぶつかり合い、鍔迫り合いの状態となっていく。敵機の見た目からして接近戦は不得意だと思っていたものの、先入観は改めないといけないと感じ、私は舌打ちをしながら敵機を蹴り飛ばそうとサイコフレームに思考を飛ばそうとしていく。
その時、サイコミュが違う方向から来る敵意を察知した。先程上昇していた残る1機が、同じようにビームサーベルを構え、鍔迫り合い状態で身動きが取れないセレーネに向けて頭上から急接近して来ていたのだ。
「くそっ…、舐めんな…ッ!」
目の前、そして頭上。同時に相手をしなければいけない状況を前にして、私は罵声を飛ばしながら諦めはせず、新たな武装を構えていく。バックパックに追加装備されたビーム・カノン砲、そして大腿部のビーム・カノンだ。バックパックのカノン砲2門が頭上から迫り来る敵機へ照準を定め、大腿部のビーム・カノン2門は鍔迫り合い状態のまま目の前の敵機の胴体に砲身を向けた。
「これで、終わりだッ!!」
4つの砲門が同時に光を放ち、マゼンタ色のビームが撃ち出されると、それぞれの敵機にビームが命中していき、頭上と目の前で激しく爆散していった。爆発の衝撃に多少機体が押され、破片が装甲を叩くものの、セレーネ本体は殆ど損傷を受けずに迎撃を完遂させたのである。
静寂がデブリの海を包み込み、装甲の隙間から漏れ出るサイコフレームの光も徐々に光度が落ち着いてくると、一先ずは母艦と合流する為アンバークィーンへ向けて機体を進めていった。
「……何だったんだろう…、あの機体……。っ……身体が痛いな……。」
アンバークィーンの現在地は捕捉出来ているので、コンソールパネル上でオートパイロットモードを作動させ、方位や座標を入力して操縦桿から手を離していく。機体は自動でスラスターを噴射しながらゆっくりと進んでいき、あとは到着するまで任せっきりとなる。
物思いに耽ろうかとした際、戦闘中のアドレナリンが切れた影響なのか、今更になって身体のあちこちが痛み出している事に気付く。想像以上に無理をして戦闘機動を繰り返したせいか、Gで身体が悲鳴を上げているようだった。先程まで操縦桿を握っていた手も微かに震えている。改めてこのセレーネという機体のスペックが、生身の人間の限界を考慮しない性能を秘めているという事実に恐怖を抱きつつも、同時にパイロットスーツの重要性を再認識していく。
『おい、少尉!無事かっ!?』
すると、帰還コースに入りながら飛行を続けていた私の前に、見慣れたモビルスーツ達が迫って来る。ラー・ネイジュ艦載機であるプロトタイプ・リゼルと、ジェガンだった。通信で呼びかけてくれたのは、プロトタイプ・リゼルに搭乗しているラプター隊の隊員だ。
「はい、何とか……。そっちの被害状況は?」
『良かった……少尉が敵を引き離してくれたお陰で、ラー・ネイジュもアンバークィーンも軽微な損傷で済んだ。みんな無事だぞ。』
その言葉に、私は心底安堵して深く息を吐く。良かった、本当に。気掛かりな点は色々とあるものの、先ずは目の前の命が救えた事を良しとしよう。それ以上に、私は休息を取りたかった。
「…良かった…。」
オートパイロットに身を委ね、ラー・ネイジュへと着艦するまでの僅かな間、私は目を閉じながらゆっくりと息遣いを整えていくのだった。
※
時間は少し遡り、所属不明のモビルスーツと試作機セレーネが戦闘を繰り広げている様子を、遠巻きに見物している人物が居た。
「…社長、ランチの進路をフォン・ブラウンのスペースドックに固定しましたが…このまま留まって居ては危険です。」
「まぁ待ちたまえよ、ユアン・リィ君。寧ろこちらから動き出せば標的になるかも知れん、今はシーナ少尉に任せよう。」
その人物は、アナハイム・エレクトロニクスの社長だった。秘書であるユアン・リィと名乗る女性と共に、アンバークィーンの非常用ハッチから脱出ランチに乗り込み、月の方角に向けて密かに発進していたのである。
だが、社長はランチの動きを止めさせ、離れたデブリ帯に敵機を誘き寄せたセレーネの戦闘を、食い入るように船内モニターで眺めていた。下手をすれば流れ弾が当たるとも限らない場所で動きを止めるのは、常識的に考えれば自殺行為であり、その事をユアンが社長に告げても、社長は動こうとはしなかった。
「流石はシーナ少尉だ、あのじゃじゃ馬を乗りこなすとは…。彼女の戦闘データを組み込んだから当然と言えば当然か…。」
秘書であるユアン・リィは気付いていた。普段は夢の実現に向けて邁進しながらも、常に心に余裕を持って笑顔を絶やさない社長が、今は笑みが消えて険しい眼差しになっている事に。ピースミーティアを巡る戦闘に関しても、ルミナスガンダムとヤークト・キュベレイの戦闘結果を伝えても、どこか気味の悪い笑みを浮かべていた、あの社長が…だ。
その理由は、社長の計画を知っている彼女にしてみれば、ある程度推して知る事は出来る。セレーネが交戦している、あの謎のモビルスーツだろう。
「…戦闘、終了した模様です。」
それから程なくして、爆発の光は収まり、辺りを静寂が包み込んだ。シーナ少尉の駆るセレーネは、5機の所属不明モビルスーツを相手にほぼ完璧に立ち回って見せて、こちら側への被害を最小限に食い止めた。その事を社長に報告しても、彼の表情は変わらずに険しく、笑顔を見せる事はない。
「ふむ……。ランチを発進させてくれ。」
社長の言葉に小さく頷き、秘書であるユアン・リィはランチの操縦席へと向かい、操縦士にランチを出すように伝えた。秘書が去り、1人となった空間でシートに座りながら、アナハイムの社長はセレーネが戦闘を行ったデブリ帯を窓越しに眺め、思案に耽る。
(…ギムレット・クルスめ…、いよいよ自分の野心を隠し切れなくなったか。)
証拠は無い。だが、この襲撃が誰の仕業によるものか、彼には確信があった。その裏付けを取る為にも、シーナ少尉始めラー・ネイジュのクルー達には、今一度奮起してもらうしかない。
人々の心を増幅し、星をも動かす力を秘めた…あの奇跡をもう一度。
「…やれやれだね。」
新たなる火種は、着実に地球圏に広がりを見せ始めていた……。