機動戦士ガンダムL(ルミナス)   作:C4-1341

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第10話『世界の歪み』

 

ラグランジュポイント3。

地球とルナツー、そしてサイド7のコロニー群が取り囲む宙域であり、ピースミーティア攻防戦における戦場ともなった場所である。ここに、1隻の艦が周囲を警戒しつつ、静かに航行を続けていた。

その艦は、小惑星イサベル所属のネオ・ジオン艦艇である、ムサカ級巡洋艦『バルバロイ』。悪名高きリベリオ・ビアンキ率いる、イサベルの中でも精鋭が揃う艦だ。通常のムサカ級と違い、彼らの母艦であるバルバロイは、高速巡航に長けた長距離ブースターに加えて、瞬間的な回避を可能にしたロケットブースターも組み込んでおり、強襲と即時離脱を必須とするリベリオ隊に合わせ込んだフルチューンの戦闘艦に仕上げられている。また、カラーリングも黒と紫に塗り替えてあり、その毒々しい色合いは、見る者に恐怖を与える事だろう。

 

「リベリオ隊長、間も無く予定ポイントです!」

 

ブリッジクルーの1人が、艦長席に向けて報告を飛ばす。彼らが帯びた任務の地点は、もう目と鼻の先である。報告を受けたリベリオ・ビアンキは、艦長席にゆったりと座りながら、ニタニタとした笑みを浮かべて頷いていく。

 

「んふふ…予定時刻よりちょーっと早かったかしら…?獲物が来るまで息を潜めて待機よ♡」

 

「了解っ!機関停止!」

 

リベリオの言葉を直ぐに理解して解釈をすると、全員テキパキと自分の仕事を行っていき、機関が停止して艦全体が待機状態へと移行した。これでセンサーには感知されにくくなり、デブリにも紛れているので肉眼で発見される心配も少ない。何しろこのカラーリングだ、宇宙の闇に溶け込んでいると言っても過言ではないだろう。

 

「しっかし隊長、あの噂は本当ですかね?本当はカトレア閣下が生きてるとか何とか…。」

 

待機状態となり、副長である男が話しかけてくる。実しやかに囁かれる、イサベルに広がる噂話の1つだ。勿論その噂はリベリオも耳にしており、実際に生きているのか死んでいるのか、確証は得られていない。

 

「…んふふ…、そんなのどっちでもいいのよ…?戦って戦って稼いで稼いで、たぁくさん殺せるなら…誰が上に立とうが関係ないじゃない♡」

 

だが、リベリオの答えは単純明快だった。カトレア・ペンタスは確かに鬱陶しい存在ではあったものの、今となっては生きていようが死んでいようが、どちらでもいいのである。手綱を握る主がカトレアからギムレットに変わった事により、間違いなく戦いは広がりを見せるのだから、その分だけ自分達の戦争欲求も満たされて幸せだと、リベリオは考えていた。

そんな彼の戦争に狂った思想に惹かれ、集った仲間がリベリオ部隊である。戦争犯罪を犯して投獄されていた元受刑者や、金にがめつい詐欺集団、戦争こそ生きる場所だと思い込む戦争ジャンキー達など、経歴を辿れば碌でもない隊員達の集まりであるが、そんな彼らを引っ張るカリスマ性がリベリオにはあった。

 

「そりゃそうだ!俺たちは俺たちの仕事をしましょうぜ!」

 

「そんでもって、大金稼いで豪遊三昧だ!」

 

リベリオ隊の士気高揚はとても簡単だ。戦争と金を並べれば、勝手にこうして仲間内で盛り上がっていくのである。知能指数は低いものの、誰もが精鋭と言えるだけの実力を兼ね備えており、扱い方を間違えなければ味方として頼もしい戦力となる。

 

「その意気よ、仕事の時間まで交代で休んでなさい♡」

 

リベリオの言葉に、ブリッジクルー達は笑みを浮かべながら頷いていく。その姿を見届けると、リベリオは満足そうに笑みを見せ、艦長席を離れて通路へと出て行った。向かう先はモビルスーツデッキ…自身の愛機であるギラドーガ・カスタムに乗り込む為に。

 

「ふんふーん…ふふーん……♡」

 

モビルスーツデッキへと向かう最中、彼は陽気に鼻歌を口遊む。出撃前の彼なりの儀式であり、戦闘に意識が集中し過ぎて余裕を欠いてしまう事がないようにする為の行為である。

余裕が無くなった際のリベリオは、正に残虐非道を体現したような行動に出てしまう。それは敵味方を問わず、目の前に映るもの全てを破壊する事しか考えられなくなる、正に戦闘狂そのものと化すのだ。故にイサベル内でも彼を忌避する空気が出来上がっており、あのカトレア・ペンタスも軽蔑していた理由に繋がる。

 

(戦って戦って…殺して殺して…たーくさん稼ぐのよ。みんなを幸せにする為にね…)

 

そんな彼が仲間から慕われるのは、何よりも部下の事を考え、彼らがこれからの人生を過ごしていけるように支えようという姿勢だ。ただでさえ爪弾きにされ、居場所も行き場もないゴロツキ集団なのだ、リベリオ部隊という場所が無くなれば生きていく事もままならないだろう。そんな彼らの人生を守る為に、手段はどうあれリベリオは戦っている。

通路を抜け、幾つかの隔壁を超えた先に、モビルスーツデッキに面する扉が構えていた。扉の横に設置されているスイッチを操作し、その身をデッキ内へと進めていく。

 

「おっ、隊長!もう出撃ですかい?」

 

真っ先に話しかけて来たのは、丁度愛機を整備していたメカニックマンだった。他にもパイロット達があちこちに点在しており、皆出撃準備や機体の調整を行っている。リベリオは笑みを浮かべながら首を横に振り、メカニックマンからの問いかけに答えていく。

 

「まだよ、でももう少し…♡ギラドーガの調整、どうかしら?」

 

「いつでも行けますぜ!」

 

「そう、ありがとう♡」

 

リベリオはメカニックマンにウインクを送りながら、コックピットへと上がっていく。ブリッジは副長に任せて来たので、後は報告を受けてから出撃するのみである。

 

「さて、と…。今日はあんまり殺せないのが残念ねぇ……」

 

コックピットに乗り込み、シートに座ってコンソールパネルを立ち上げると、リベリオは改めてギムレットから与えられた任務の内容を確認していく。

目標は、当該輸送船の捕獲。そして、輸送船に乗船している地球連邦政府の要人達を捕虜にする事だ。この輸送船は無傷で手に入れる必要があり、改めて隊員達には厳命しなければならないだろう。加えて、輸送船の護衛にクラップ級が2隻随伴していると偵察情報が寄せられているので、この護衛艦隊は殲滅しなければいけない。普段なら皆殺しにしている所だが、殺しと捕獲を同時に行わなければいけない分、普段以上に任務の難易度は高いと言える。リベリオは任務内容を整理しながら、どこか残念そうに言葉を吐いていく。

だが、次の瞬間にはニンマリとした笑みを浮かべ、思考を切り替えていった。この仕事をやり遂げれば、カトレアの下で働いている時以上の金が部隊に入って来るのだから。それ程、ギムレット・クルスの羽振りの良さは、リベリオ隊にとってはとても魅力的に映る。

 

「ま、ロンド・ベルの邪魔が来る前に終わらせないといけないわね…♡」

 

コンソールパネルに再び触れ、任務内容を表示していた画面を閉じていく。そしてゆっくりと息を吐き、彼は目を閉じた。

 

(まだまだよ…ここからのし上がって行くんだから…)

 

彼の理想とする未来には、連邦もジオンも最早重要ではなくなっていた。

 

 

 

 

人間の身体とは何とも脆く、壊れやすいものだ。

 

「痛ッ!痛いって、ドクター!!」

 

「我儘を言うんじゃない、少尉。これでも十分優しく巻いているぞ?」

 

人間が宇宙で暮らすようになって1世紀が過ぎようと言うのに、肉体の脆弱性はそのままで、ちっとも進歩していない。ニュータイプは人の革新と言うが、精神的よりも肉体的に革新して欲しいと、シーナ・ランチェスターは今この瞬間思っていた。

 

「ほら、処置はこれで終わりだ。2、3日は安静にしているように。」

 

「…了解。」

 

全身至る所を包帯で巻かれ、素肌が覗いているのは顔のみと言う状態の私は、ラー・ネイジュの医務室のベッドに縛り付けられている。たった今手当が終わり、モビルスーツに搭乗する事は勿論、日常生活すらも制約を課され、絶対安静をDr.モーリスから言い渡されてしまった。

外傷という外傷は無いものの、内臓へのダメージが大きかった私は、セレーネのコックピットから下ろされた後に、真っ直ぐ医務室に運び込まれたのだった。隣のベッドにはカトレア・ペンタスが居り、同じように横になりながらこちらの様子を眺めている。やれやれ…と言わんばかりの表情を見るに、きっと呆れているに違いない。

 

「全く、無茶はするなとあれだけ…」

 

「はいはい、もう分かったから…。いいからセレーネの調整、頼みましたよ。」

 

「それは勿論だ、少尉。君もゆっくり休んでいてくれ…後はよろしく頼みます、ドクター。」

 

呆れていた人物はもう1人居る。ガンダム開発チームの主任であり、私の上司であるウォルド・シャウラだ。彼の小言を半ば聞き流しながら、医務室から出ていく彼の後ろ姿を見送る。

 

「…ふふ、まるで父と子だな。」

 

声が聞こえたのは、隣のベッドから。カトレア・ペンタスがクスクスと愉快そうに笑みを溢しながら、私とウォルドの関係性を揶揄してきたのだ。揶揄っているのは分かるものの、私は怒りよりも驚きの感情を抱きながら目を丸くしてしまう。

 

「……なんだ、その顔は?」

 

私の顔を見て、カトレアは眉を顰めながら首を傾げている。自分の言った言葉に対して意外な反応を示されたので、疑問がありありと浮かんでいるのが分かりやすい。今度は私がクスッと笑みを溢してしまいながら、「ごめんごめん」と前置きをして、自分の感じた正直な気持ちを彼女へ伝えていく。

 

「いやさ…まさかカトレアがそんな事言ってくるなんて思ってなくて。ふふっ…。」

 

僅かだが、カトレアの人間らしい一面を知れたのかもしれない。私の答えを聞くと、彼女は「…私だって人の子だ。」と、まるで私の思考を読み取っているかのような言葉を返してくる。無表情に見えても、確かに彼女にも感情があるのだと感じる事が出来て、私は小さな幸せを胸に仕舞い込んでいく。

 

「…ありがとね、カトレア。あんたがブリッジに危機を知らせてくれなかったら、危なかったと思う。」

 

隣同士、そして同じ怪我人同士、ある意味仲間意識というのが芽生えてくると、私は素直な感情の発露として彼女へ感謝の言葉を送っていく。ラー・ネイジュに帰還してから知った事だが、被害を最小限に抑える事が出来たのは、彼女がいち早く危険を察知してブリッジに伝えてくれた事が大きかったらしい。そのお陰で対空戦闘を素早く展開する事が出来て、モビルスーツ隊のスクランブルも迅速に行われたようだ。

自身の安全を優先しての行動かも知れないが、それでもこの艦と仲間を救ってくれた事実は変わらない為、彼女へと顔を向けながら柔らかな眼差しで見つめ、精一杯の感謝を伝えていく。そんな私の言葉を受けて、彼女は目を丸くした後に、ゆっくりと微笑を浮かべながら口を開いた。

 

「…いいや、実際に皆を救ったのはお前だ、シーナ・ランチェスター。……ありがとう。」

 

そのありがとうは、彼女の心からの感謝だろう。ニュータイプでなくとも、その柔らかな表情と声色で察する事が出来た。また小さな幸せが胸にじんわりと染み渡っていき、私も微笑を溢していく。

 

「…君達を見ていると、いずれは人類皆がニュータイプになって…戦争なんか無くなる世界が来るんだと信じたくなるよ。」

 

私達のやり取りを遠巻きに見守っていたDr.モーリスが、椅子に座りながら話しかけて来てくれた。1人はネオ・ジオンを束ねる女帝、1人は数多の軍人を治療してきた軍医、1人は才能を見出された新米パイロットと、立場が異なる者達がこの場に会しているものの、その気持ちは同じだった。Dr.モーリスの言うように、戦争をこの世から無くしたい…それだけなのだ。

手段は間違っていても、カトレアは自分が地球圏を治める事で、戦争が無い世界を作ろうとした。Dr.モーリスは軍医という立場から、1人でも多くの兵士が生きれるように戦争を無くしたいと願っている。私はと言うと…正直2人ほど崇高な考えも無ければ、組織を動かす程の力を持っている訳でもないものの、一兵士として戦争が無い世界にしたいと日々思っている。立場の違いを超え、お互いがお互いを理解し合える世界…ニュータイプの感応波で通じ合える世界になれば、Dr.モーリスの言うようにきっと戦争は無くなるだろう。

 

「…一緒に作ろう、カトレア。あんたと私でさ。」

 

根拠も確信もない、只の夢物語を語るに過ぎない言葉。人類皆ニュータイプにするなんて、現実的にどうすればいいのか考えもつかない。それでも、Dr.モーリスの言葉を頭から否定しては、その先にある未来は諦観と絶望なのは私にも分かる。

だったら、私達がその未来を創る為に一緒に歩んで行こう。こうしてお互いを知り、理解し合えた者同士なのだから。私の気持ちを乗せた短い言葉に対して、彼女はしっかりと頷きながら言葉を返してくれた。

 

「あぁ…そうだな…。人の未来は、人の可能性が創り出すものだ…。」

 

彼女の穏やかな表情を横目で眺めながら、これがきっとカトレアの本当の姿なんだろうと、私はぼんやりと思っていた。冷酷で厳格なネオ・ジオンの指導者ではなく、生身の人間としての彼女を、私は今目にしている。人格さえも書き換えられた強化人間手術と訓練の過去を垣間見た私にしてみれば、カトレアには人としての人生と幸せを手にして欲しいと願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

「整備長、何か分かったかね?」

 

「おや、艦長…。それがどうもキナ臭くてなぁ…」

 

追加の弾薬補充と外装修復の為に、ラー・ネイジュは予定日数を超えてアンバークィーンに接舷したままとなっている。勿論、ただ補給と修理を受けているだけではなく、ラー・ネイジュの艦内では新たな懸案事項に対しての調査が進められていた。

モビルスーツデッキに転がっている、黒い残骸の数々。調査対象の残骸であるそれは、シーナ・ランチェスターが交戦し、撃破した所属不明モビルスーツの残骸だ。原型を留めているものは少ないものの、装甲素材やブラックボックスが解析出来れば、どの勢力の機体か判明するかも知れない。調査は艦長命令で整備長に任せていたものの、自分の目で確かめようと、こうしてアンダーソン艦長はモビルスーツデッキに来たという訳である。

 

「キナ臭い…とは?」

 

アンダーソン艦長は残骸の前に降り立ち、整備長の言葉に興味深そうに反応を示していく。対する整備長は後頭部を掻きながら、バツの悪そうな表情を浮かべて口を開いていった。

 

「生き残っていたブラックボックスを解析してみようと思ったんですがね…一定の損傷を受けるとログを全消去するプログラムが組まれていたようで。こんなプログラム、見た事ないですぜ。」

 

「……ふむ…徹底した機密保持…。通常は確かに組み入れないな。」

 

整備長の言葉を聞いて、アンダーソン艦長は顎に手をやりながら思考を巡らせていく。通常は戦闘データを残し、後の作戦や機体開発に活かすのが常識であるが、それを真っ向から否定するプログラムを組み込んでいるという事は、余程このモビルスーツの情報が外部に漏れては不味い事情があるのだろう。

ブラックボックスから何も情報が取れないと分かれば、後は装甲に用いられている素材についてだ。アンダーソン艦長は整備長に質問を投げかけていく。

 

「整備長、装甲素材についてはどうかね?」

 

「それは判明してるが…ガンダリウム合金製さ。」

 

ある程度予測出来たとは言え、素材名を聞けば特に珍しいものでも未知の物質でもなく、この時代のモビルスーツに使われている素材だった。アンダーソン艦長は小さく息を吐き、そして頷いていく。

 

「つまりは、どの工廠でも製造は可能…という事か…。」

 

悩ましい問題だった。

仮にネオ・ジオンが製造したモビルスーツだとすると、捕虜として収容しているカトレア・ペンタス一派のイサベル軍と、行方不明となっているシャア・アズナブル一派のネオ・ジオン軍の2つが少なくとも存在しており、場合によっては両方を相手にしなければならなくなる可能性が出てくる。

一方で、連邦軍の秘密裏に開発したモビルスーツだとすると、この状況は所謂同士討ちを行っている事になってしまう。加えて、このタイミングでラー・ネイジュを狙って奇襲して来たとするならば、まだ報告をしていないカトレア・ペンタスの存在が外部に漏洩し、抹殺する為に送り込まれた掃討部隊の特務機である可能性もある。

どちらにせよ、今はまだ情報が不足していた。

 

「…艦長、まだ続きがあるんですがね…」

 

難しい顔をして思案に耽る姿を目にしながら、まだ報告すべき事項が残っているようで、整備長は神妙な面持ちでアンダーソン艦長へと言葉を漏らしていく。その言葉を聞いてゆっくりと視線を整備長へと戻していき、アンダーソン艦長は彼の話に耳を傾けていった。

 

「…この機体、コックピットが無いんですよ。」

 

「……何だと?」

 

アンダーソン艦長の目が大きく開き、険しい表情を一層強めていく。

 

「正確に言うなら、人が乗れるスペースが無い…って言うのが正しいですかね。コックピットブロックらしい残骸はありましたが、パイロットが乗り込めるだけの広さは無いですぜ、ありゃ。」

 

「…無人で稼働し、人のような意思を持った戦闘を行えるモビルスーツ…。そんな事が可能なのか…?」

 

「現状、そう考えるしかないでしょう。少なくとも…少尉の戦闘機動に肉薄出来る無人機なんて、うちじゃ作れないですよ、艦長。」

 

問題は、更なる問題と謎を起こして深まっていき、現場だけの判断でどうにかなるレベルを超えていると、アンダーソン艦長は考えていた。それは技術屋である整備長の立場からも同様のようで、「アナハイムの連中に聞いてみますかい?」と艦長へ問いかけてくる。

 

「…アナハイムには、ネオ・ジオンと関わりが深い部署もあると聞く。彼らが何処まで知っているか分からないが…頼めるかな?」

 

アンダーソン艦長の頼みを受けて、整備長はしっかりと頷きながら「了解です、艦長。」と答えてくれた。メカニック方面の調査は整備長に一任する事にして、アンダーソン艦長としては上官に現状を報告しようと考えており、整備長の肩を軽く叩きながらその場から離れていった。デッキの床を蹴って身体を浮かし、艦内通路の出入り口に向けて進んでいく。

 

(…或いは、カトレア・ペンタスなら何か…。)

 

ふとアンダーソン艦長の頭を過ったのは、イサベルの指導者であるカトレア・ペンタスの存在。シーナ少尉が視たと言う彼女の過去を信用する前提となるが、カトレア・ペンタスは強化人間手術を受ける以前は、天才的な頭脳でモビルスーツ開発に携わり、ジオンの兵器開発工廠で働いていたと聞き及んでいる。もしかすると、彼女があのモビルスーツを設計、或いは開発に携わっていたとしても、何ら不思議ではないのだ。

機体のブラックボックスが全て消去されていても、カトレア・ペンタスが生き残っている限り、モビルスーツの情報は外部に流出する危険がある。それを防ぐ為に、何らかの手段を用いて場所を特定し、このラー・ネイジュとアンバークィーンを襲撃して来たと考えれば……。

 

「…決めつけるのは良くないな。」

 

そこまで思考を巡らせた所で、その考えを一旦頭の隅に置き、アンダーソン艦長はフッ…と笑みを浮かべながら言葉を漏らす。先入観や決めつけほど危険なものは無いと言うのが、アンダーソン艦長の持論だ。あくまでも可能性の1つに過ぎないので、治療の進行度合いを見ながら尋問を行おうと思い、通信室へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

「定時報告、レーダー反応無し。有視界領域にも異常無し。」

 

『了解、指定時間になったら代わりの偵察機を送る。それまで現状のまま距離を保ち、警戒を続けよ。』

 

ラグランジュポイント3の宙域で、3隻の船が一定の距離を保ちながら航行していた。1隻は地球連邦政府の代表団を乗せた専用輸送船であり、前後を挟むようにルナツーから派遣されたクラップ級巡洋艦が護衛をしている。前衛を務める艦艇と、後衛それぞれが偵察用モビルスーツを発進させており、周辺を索敵しつつ地球へ向けて進み続けている。

ピースミーティアの砕け散った残骸がスペースデブリとなっており、時折船団の行手を阻むものの、その都度偵察機に排除させて航路を確保しながら航行を続けていった。

 

「しっかし…、よくもまぁ衛星を粉々に破壊出来たもんだな…。」

 

前衛を務めるクラップ級より発艦した偵察機のジェガンは、辺りを警戒しつつデブリの海をモニターに捉え、パイロットが独り言をコックピット内で呟いていく。

この衛星…ピースミーティアを破壊したのはロンド・ベルであり、ルナツーに駐屯する連邦宇宙軍の正規軍艦隊は作戦に参加しなかった。通常であれば目と鼻の先にある危機に対処しなければならなかったものの、出撃は上層部からの許可が最後まで下りず、現場の兵士達は複雑な思いを抱きながら戦況をただ眺めている事しか出来なかったのである。隕石落としと言えば1年前のアクシズ・ショックを連想してしまうだけに、2度に渡って地球への落下阻止をやってのけたロンド・ベルには、素直に尊敬の念と称賛を送りたいとジェガンのパイロットは思っていた。

 

「俺もいつかロンド・ベルに転属願いを出そうかな…。」

 

現場の兵士達の間でも、日に日にロンド・ベルの存在感は増してきていた。このパイロットのように、血気盛んで若いパイロットは、皆実戦経験が豊富な精鋭揃いのロンド・ベルに転属し、地球と宇宙の平和の為に力を尽くしたいと憧れを抱いているのだ。その一方では、現行の体制に満足して苦労を嫌がるパイロットも多く居り、そういう兵士達は正規軍から出たがらない。ある意味では多様性とも言える連邦軍内部は、規模が大きいが故にそうした意見や意識の違いが生まれ易く、然し規模が大きいが故に軍としての組織を維持出来ているのだ。

 

『お前もロンド・ベルに憧れてるクチか?ケルベット。』

 

独り言はどうやら同僚に聞かれていたらしい。機体間の通信回線が開き、同じく艦隊前方で偵察に出ているジェガンのパイロットから無線が飛んできた。ケルベットと呼ばれたパイロットは、声の主へと返事をしていく。

 

「そりゃそうさ、お前はどうなんだよ?ロイクス。」

 

『俺か?俺はルナツーでのんびり過ごすさ。ロンド・ベルに居たら命が幾つあっても足りな─────………』

 

「…おい、ロイクス?」

 

突然通信が途切れ、ヘルメット内のスピーカーからはノイズ音が響いてきた。直ぐにモニターを確認するものの、爆発の光は無い。僚機が墜とされた訳ではないとすれば、この通信障害の原因は一つしか考えられない。

 

「っ…、ミノフスキー粒子が散布されている…!?」

 

母艦から戦闘状態に入る報告は受けておらず、艦隊方面である後方へ振り返ってみても、爆発の光は無い。つまり、自身が居るこの地点周辺からミノフスキー粒子が散布されている事を示唆しており、敵が潜んでいる可能性が非常に高い。

母艦へ連絡しようと、焦りから通信回線を開いて報告を飛ばそうとする。

 

「こちら064、ケルベット!敵が近くに潜んでいる、直ぐに迎撃準備を…!」

 

だが、ミノフスキー粒子は既に戦闘濃度まで散布されており、通信が母艦に繋がることは無かった。その時、機体前方のデブリから何かが現れたのが視界の端に映る。

 

「あ、ッ─────」

 

ケルベットは操縦桿を操作してジェガンのビームライフルを構えようとするものの、気付くのが遅かった。現れた何かからビーム砲が放たれ、ジェガンの胴体に命中すると、コックピットを融解しながらビームが貫通していった。

身体がビームの粒子に灼かれて蒸発していく最中、ケルベットが散り際に思った事は、ロンド・ベルの隊員として戦場を駆ける自身の未来像と、それを実現出来ずに死んでしまう事への無念。

 

(…皆…悪い…、逃げ─────────)

 

意識が途絶えると同時に、ジェガンはデブリ帯の只中で爆散していった…。

 

 

『さぁ、アンタ達…行くわよォ♡』

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