「………………ぁ……。」
目覚めると、見慣れた白い天井が見える。ふわふわとした感覚に全身が包まれているようで、四肢を動かそうと思考を働かせても、身体が言う事を聞かない。まるで、ここは夢の中のような…夢現な感覚が、シーナを支配していた。
「っ……、大丈夫か…シーナ?」
「…カト…レア……。そっか……私………」
目覚めた私を心配そうに見つめているカトレアの姿を確認すると、ゆっくりと口を開きながら言葉を発していく。良かった、喉は潰れていないようだ。彼女が居る事で、ここがラー・ネイジュの医務室なのだと把握し、再び身体を動かそうと力を入れてみた。
「っ……なんとか、大丈夫そう……かな…っ。」
今度は身体の感覚も掴めるようになり、上半身を起こしてみる。多少動き辛さを感じるものの、時間が経てば普通に動かせそうではあった。そんな私の様子を見ているカトレアの表情は、何処か複雑そうなのが気になってしまう。
「…カトレア、うちの制服似合ってるよ」
よく見ると、彼女は連邦軍の制服を纏っていた。常に患者用の服を着ている訳にもいかないだろうから、女性用の予備を貸し与えたのかもしれない。私の言葉を聞いて、彼女は僅かに微笑みを見せてくれた。
「……エヴァ少尉が貸してくれてな。」
「…そっか。」
少し前まで、エヴァはカトレアを敵視し続けていたし、カトレアを気遣う私を良く思っていなかった。そんなエヴァが自分の予備の制服を彼女に貸すなど、普通であればあり得ないだろう。
彼女の表情を見る限り、エヴァとの間に何か確執があったり、衝突があったようには見えない。きっと私の知らない所で、お互いの人となりを理解し合えた時間があったのだろう。そんなエピソードを聞くよりも前に、彼女の方から神妙な表情で意味深な言葉が放たれた。
「…ドクターは直に戻ってくるだろう。それから…お前が眠っていた間の事を、話した方がいいだろうな。」
「…私が眠っていたって…、どのくらい?」
「……約2週間。」
彼女の言葉に、つい目を丸くしてしまいながら口がぽっかりと空いたまま呆然としてしまった。2週間も眠っていたと言われて、なるほどと納得出来る方がどうかしている。だが、身体が直ぐには動かずに鉛のような感覚だった事を思い返すと、徐々にではあるが現実の事なのだと受け止めていく。
「…聞かせて、カトレア。私が眠っていた間の事。」
彼女は小さく頷きながら、言葉を並べていった。
……カトレアから聞いた話を簡単に纏めるなら、この2週間で私達を取り巻く戦況は大きく変化したようだ。彼女が言うには、小惑星イサベルのネオ・ジオン軍と地球連邦政府の間で、秘密裏に協定が結ばれたらしい。それは、人質として捕えられた連邦政府代表団の身柄を解放する事と引き換えに、地球側が掌握しているコロニーを1基譲渡するというものだ。人命とコロニーの交換という事にはなるが、イサベル側の主張としては『老朽化した小惑星を廃棄し、多数のイサベル内民間人の新たな生活拠点構築の為』だとしていると言う。その事については、カトレアが明確に否定したのが私には印象に残った。「イサベルは強固な軍事要塞であり、100年は余裕で維持出来る居住空間も作り出している。そう簡単に手放すような代物じゃない」…との事。つまり、このコロニー譲渡は新たな火種になり得るという事だ。
それだけではない。ロンド・ベルによる軍事抵抗と作戦行動を容認し、支持を続けてきた地球連邦軍の上層部一派が、政府の圧力によって軍中枢から排斥され、事勿れ主義となった政府に迎合する勢力が掌握したのだ。今後イサベルのネオ・ジオン軍と事を構えるには、満足のいく補給が受けられない可能性が出てくるらしい。幸いにもセレーネや既存のモビルスーツ部隊の整備補給は済んでおり、大破したルミナスガンダムもほぼ修繕と改修が終わった事が、唯一の救いか。
「それと…、私はお前が眠っている間に艦長や副長達と話し合い、情報支援と戦闘アドバイザーとしてブリッジに詰める事になった。……今の私にとって、お前が居る場所が私の帰る場所だ。イサベルが敵になった以上…お前達の力になると決めたよ。」
「……そっか。ありがとう、カトレア。」
こんなにも詳細な情報を何故彼女が知っているのか、その理由がようやく分かった。アンダーソン艦長やエリス副長達は、カトレアの事を理解し、私達へ害を及ぼす存在ではなくなったと信じ、ギムレット・クルスに立ち向かう為に協力関係を結んだのだ。同時に、彼女の存在は今の連邦軍上層部に知られてはいけないのだとも理解し、カトレアの存在が漏洩すれば私達の立場も今後危うくなる可能性は否めない。
「でもさ…、よく艦長や副長が許可してくれたね?」
「…働かざる者食うべからず、という奴だ。」
話を聞くと、心身共に回復したカトレアは、このラー・ネイジュの雑務という雑務を自ら率先してこなし、言葉ではなく行動で信頼を得たのだと言う。炊事、洗濯、掃除……それらをこの2週間近く毎日こなしていたと言うのだから、そんな彼女の姿を是非見てみたかったと内心思ってしまう。
「なんだ、目覚めていたのか?」
「あっ…ドクター…。すみません、またここに来てしまって……」
「何を言うかと思えば…気にするな、少尉。」
カトレアとの会話の最中、医務室にDr.モーリスが戻ってくると、私はベッドの上で頭を下げながら謝罪の言葉を口にしていく。2週間もベッドの1つを占領してしまったのだ、兵士としては申し訳ない気持ちに苛まれてしまう。
だが、彼は私を責める事はせず、気さくな笑みを浮かべながら首を振っていた。その気遣いに、私は感謝をしながら再び頭を下げていった。
「少尉、検査結果に問題が無ければ明日にでも復帰は可能だ。頭を下げるなら、艦長やローマン隊長、ウォルド主任にな?」
「…そうですね…ありがとうございます、ドクター。」
ドクターは変わらずに笑みを浮かべ、私のカルテに目を落としていった。カトレアはカトレアで、そんな私達のやり取りを柔らかい表情で見守ってくれている。
「…では、私はブリッジに戻る。明日からよろしく頼むぞ、シーナ。」
「ん……ありがと、カトレア。」
彼女が医務室から出ていくと、私は再びベッドに横になり、天井をぼんやりと眺めていく。様々な人に迷惑をかけ、人質を守りきれなかった私に出来る事などあるのだろうか…と、ネガティブな考えが頭を過り、右手を天井に向けて伸ばしながら自身の手のひらを見つめていく。
…もっと強くなりたい。大切なものを守れるように。その為には、操縦技術を磨き、自身の精神を強め、どんな困難にも立ち向かう覚悟が必要だ。それは分かっているものの、一方では不安な気持ちも拭えないでいる。今まで生きてきて様々な困難に直面しては乗り越えてきたが、今回ばかりはその壁が高過ぎる…と、つい考えてしまう。
「……随分と思い詰めているようだね、少尉?」
そんな私の考えを見透かしたように、カルテから視線を上げて私を眺めるDr.モーリスが話しかけてきた。私は掲げた右手を下ろし、彼へと視線を向けていく。
「…こんなんじゃ…死んだ父さんや母さん…ゴードン隊長に笑われちゃうなって、思って。」
不甲斐ない私の気持ちは、短い言葉に全て乗せて伝えていった。その一言だけで察してくれた彼は、小さく息を吐きながら笑みを溢している。
「…少尉、人間は皆不完全な生き物さ。ニュータイプだろうと同様にね。だが、不完全だからこそ…最善の方法を取ろうと努力をするのも人間だ。言葉を変えれば…過ちを受け止め、未来の可能性を広げるのが人間だよ。分かるかい?」
「……だから、どんなに辛くても、悲しくても…それでも…前に進み続けろって事ですか?」
「そうだ、少尉。君はあのガンダムのパイロットなんだ。…猛獣を手懐けて、君の選ぶ未来を掴み取りたまえ。君の優しさは、きっといい未来に繋がっている筈だからね。」
「……ありがとうございます。」
Dr.モーリスは身体の傷を治すだけでなく、心を癒す術にも長けているようだ。腐りそうな私の心を叱咤し、前を向いて歩く事を促してくれる。彼の優しさは、今の私にはとても有難いものだった。
早ければ明日から実戦配備となる。私は視線を再び天井へと向け、ゆっくりと瞼を閉じていく。きっとゆっくり休めるのは今日くらいだろうと、なんとなくそんな予感を抱きながら……。
※
「この度の補給、感謝します。シュミット艦長。」
『これくらいお安い御用さ、アンダーソン艦長。うちの社長からの命令でもあるからね。』
「然し……我々の現状は艦長も聞き及んでいる筈。もし軍側から圧力が掛かれば…」
『何を言っている、私は軍人じゃない…一民間企業の職員さ。例え連邦軍の圧力があろうが、君達を支援し続けるよ。』
「……ありがとうございます。」
ラグランジュ・ポイント3の宙域に進出したラー・ネイジュに対して、補給を行う為に到着したアンバークィーン。補給作業はシーナ・ランチェスターが意識を取り戻す数刻前に完了し、現在はドッキングを解除してラー・ネイジュは出航を果たしていた。アンバークィーンを離れる際、アンダーソン艦長とシュミット艦長は、通信回線で別れ際の挨拶を交わしていく。
ラー・ネイジュを取り巻く現状は厳しい。地球連邦政府の弱腰な姿勢は、遂に軍内部にまで影響を及ぼしてしまい、アンダーソン艦長を始めロンド・ベルの作戦行動を支えてきた将軍一派が失脚したのだ。ロンド・ベル隊の作戦指揮権は正規軍とは独立しており、行動自体は正当性が担保されているとは言え、直接的な支援は今後期待出来ないのが現実だ。そんな中、独自にロンド・ベルへの支援を表明する企業が存在していた。
アナハイム・エレクトロニクスである。
『では、アンバークィーンはフォン・ブラウンに向けて発進する。アンダーソン艦長、貴艦の幸運を祈るよ。』
「はっ…、シュミット艦長もお気を付けて。」
通信を終え、アンバークィーンは月方面へと進路を向け、この宙域から離れていく。その姿が遠ざかっていくのを、アンダーソン艦長他ブリッジクルー達は、モニター越しに眺めていた。
「…これで当面の作戦は可能となりましたね、艦長。」
先に口を開いたのは、副長席に腰掛けているエリス中佐。アンバークィーンによって供給された補給物資のリストを眺めながら、僅かに安堵の声を滲ませて呟いている。アンダーソン艦長は小さく頷きながら、エリス副長に指示を出していく。
「先ずは人質を救出する事が急務となるだろう…、各長とパイロット達をブリーフィングルームに集めてくれ。」
「はっ、了解しました。」
エリス副長は直ぐに艦内放送用のマイクを手に取り、ブリーフィングルームに集合するよう呼集をかけた。それに合わせ、アンダーソン艦長は補助席に座るカトレア・ペンタスへと視線を向けていく。
「貴殿にも同席して欲しい。宜しいか?」
「…了解した、アンダーソン艦長。」
「では、留守を頼んだよ。副長、エヴァ少尉。」
アンダーソン艦長以下、主だった各部署の責任者である長の面々がブリッジを出ていき、そこにカトレア・ペンタスも加わってブリーフィングルームへと向かい移動していく。
次の作戦については、既にカトレアや艦長ら、そしてローマン隊長を加えて協議がされており、後は作戦内容をパイロット達やメカニックへと周知させるだけとなっていた。そんな最中、移動中の通路にて1人の男性がアンダーソン艦長へと声をかけていく。ガンダム開発主任のウォルド・シャウラだ。
「艦長…2分だけ時間を頂けないでしょうか?」
アンダーソン艦長は足を止めると、他の面々に先に行くよう促し、ウォルドの問いかけに応える形で向かい合っていく。
「手短に頼むよ、ウォルド主任。」
「ありがとうございます、艦長。……こちらを。」
彼は艦長にある資料を手渡した。表面には何も書かれていない、黒一色の資料。アンダーソン艦長は表紙を捲り、中に書いてある内容へと目を通し始めていく。
たった数ページ、それも文字ではなく図面や設計図の類が描かれているもの。だが、その中身を見ていくアンダーソン艦長の表情は徐々に変化していき、目を見開きながら息を呑んでいた。
「……ウォルド主任、こんなものをアナハイムは…。」
「いいえ…これは社長や上層部には知られていない、極秘のプロジェクトです。私と、私の息がかかった部下達や協力者の手によって…ほぼ稼働状態まで完成してあります。この兵器は、イサベルと事を構える以上、必ず必要となるでしょう。」
「…それはそうだろうが…、主任…。君は大丈夫なのかね?」
「……恐らく私の地位は無くなるでしょうし、命も狙われるかもしれません。それでも…私はシーナ少尉の可能性に賭けたいのです。どうか少尉と私をグラナダに向かわせる許可を頂ければ幸いです、艦長。」
アンダーソン艦長は暫し言葉を飲み込み、口を閉ざしながら考えに耽る。人質救出作戦に際し、シーナ・ランチェスターの駆るガンダム・セレーネは主力として機能してもらう予定でいた為、作戦を一から練り直す必要性が出てくるからだ。
作戦自体の時期をずらすか?否、それは出来ない。コロニーがイサベルのネオ・ジオンの手に渡れば手遅れとなる。そうなる前に人質を救出し、コロニーの譲渡を阻止しなければならない。かと言って、ガンダムが不在の状態で作戦を完遂出来るかと言えば、かなり危ういと言わざるを得ないだろう。戦力を増強する意味では、今直ぐにでも2人をグラナダへ向かわせるべきなのだろうが……
「……アンダーソン艦長、私が出よう。」
「っ…、カトレア閣下…聞いていたのかね?」
通路の角から姿を現し、2人へ声をかけてきたのは、先にブリーフィングルームへ向かった筈のカトレア・ペンタスだった。アンダーソン艦長は一瞬驚きの表情を浮かべ、ウォルド・シャウラは真剣な表情を浮かべて彼女をそれぞれ見つめていく。
「ガンダムによる敵勢力への陽動が無ければ、イサベル内部へ救出部隊を突入させる事は出来ん。その役目をあいつの代わりに私が受け持とう。……不安なら、コックピットに遠隔の自爆装置を仕込んでくれても構わん。」
カトレアの言葉は真剣そのものだった。自分が身を挺して覚悟を示し、離反の不安を抱かれる事も踏まえて逃げ道を自ら消してきたのだ。確かに彼女の操縦技量とニュータイプ能力があれば、シーナ・ランチェスターの抜けた穴を埋める事も可能だろう。
「……時間が無い。閣下、ブリーフィングルームに向かおう。ウォルド主任…少尉を連れてグラナダへ向かう事を許可する。」
「はっ…、ありがとうございます…アンダーソン艦長。」
アンダーソン艦長は決断を下し、カトレアを連れてブリーフィングルームへと向かっていく。その場に残されたウォルド・シャウラは、自分の部屋へと向かいながら、懐から携帯端末を取り出してある人物へ連絡を取り始めた。
「……私だ、艦長から許可を取り付けた。少尉と共に間も無くグラナダへ向かう…アルストロメリアをいつでも起動出来るよう準備を進めてくれ。」
『畏まりました、ウォルド主任。…。社長に気付かれる前にお早めに。』
「………分かっている、そちらも気を付けるんだぞ。」
『えぇ。…あぁ、それから一つ伝えておきたい事が…』
「何だ?」
『アナハイム・エレクトロニクスの名で、地球の主要各都市部や連邦軍駐屯基地に輸送コンテナが送られているとの報告が上がっています。然し、我が社からそのような物資輸送の履歴は無く、コンテナも厳重なロックが掛けられていて解錠が出来ないとの事。……計画を急いだ方が宜しいでしょう、主任。』
「……分かった。出来る限り急いでグラナダに向かう。では……」
端末の通話ボタンを押し、通話を切ると、ウォルドはノーマルスーツを着る為に足早に部屋へと向かう。妙にきな臭い動きが世界に広まりつつあるという情報に、胸騒ぎを覚えていた。
一方、同時刻。場所はラー・ネイジュのブリーフィングルーム。
ブリッジクルーの各長とモビルスーツ部隊のパイロット達、整備長に機関長と錚々たる面子が連ねており、皆アンダーソン艦長の入室を待っていた。これから始まるであろう作戦、その緊張感は既にこの室内に漂っており、楽観的な空気を出す者は1人として居ない。
「もう身体は大丈夫なのか?少尉。」
「はい、問題なく…。……絶対に作戦を成功させます。」
「…あんまり気負うな、俺らも居るんだからよ。」
「……そうですね…。」
モビルスーツパイロットの面々が腰掛ける席の中で、ローマン隊長とシーナ・ランチェスターは隣同士となっていた。隊長から気遣いの言葉を受けると、彼女は少しだけ目を伏せながら頷いていく。自分がやるべき役割、果たすべき責任を感じているからこそ、彼女に笑みは無い。そんな彼女を見つめるローマン隊長の表情もまた、複雑な感情を抱いたものだった。
次の瞬間、ブリーフィングルームのドアが開き、残る2名の参加者が室内へと入ってくる。アンダーソン艦長と、カトレア・ペンタスだ。出席者は全員起立し、姿勢を正しながら艦長へと視線を向けていく。
「休め。……皆、よく集まってくれた。これより作戦を説明する。」
艦長の一声に全員が着席していくと、ブリーフィングルーム内の室内灯は消灯され、艦長の背後にある大型のモニターによる発光が室内を照らしていく。一層緊張感が増し、全員の表情が引き締まっていくと、アンダーソン艦長とカトレアはモニターを使いながら作戦を説明し始めていった。
「今回の作戦は、小惑星イサベルに捕えられた人質救出が主任務となる。敵防衛部隊への奇襲と陽動を敢行し、敵の注意を引きつけている間に陸戦部隊をイサベル内へ突入させる。イサベルの情報については……閣下、説明を頼む。」
「…了解だ、艦長。小惑星イサベルは複数の巨大核融合炉を最奥部に備えてあり、その膨大なエネルギーとミノフスキー粒子の応用を効かせ、常時惑星全体を光学迷彩で覆っている。目視やレーダーによる探知は不可能だが…凡その位置は判明している。我々が向かうべきポイントは……ここだ。」
バトンを受け取ったカトレアが説明を始めていき、モニターの画面内容を変えていく。そこには、2週間前にセレーネと敵部隊が交戦した地点と、敵艦の逃走経路、そしてイサベルの予測地点が表示されていた。予測によれば、小惑星イサベルはL3宙域に存在している事を示している。
「光学迷彩の消費エネルギーによって、イサベル自体は殆ど移動が出来ない。よって、この地点に潜伏している可能性が高いだろう。次に…これが小惑星イサベルの内部構造だ。」
カトレアが次の画面に切り替えると、今度は小惑星イサベルの全体像と、細かな内部構造の図面データがモニターに表示された。司令室、管制室、ブリーフィングルームは勿論の事、民間人の居住スペースやモビルスーツの格納庫、戦艦を係留するドック、新型モビルスーツ開発工廠、スペースゲートの位置まで、事細かに表示されている。これはカトレア・ペンタスの記憶を頼りに作成されたデータであり、天才的な頭脳を持ち完成された強化人間である彼女の成せる技とも言える。
「人質が収容されている可能性がある場所は…この地下ブロックの牢獄だ。ここは犯罪者を収容する為の場所だが、人質を隠すにも絶好の場所となる。この牢獄に最短ルートで行く為には、7番スペースポートから徒歩で行く他ない。……激しい抵抗が予想されるだろう。」
カトレアの説明はここまでのようで、彼女はアンダーソン艦長に目配せをしていく。再び説明のバトンを受け取った艦長は、次の画面に切り替えて説明を続けていった。
「部隊編成を伝える。迎撃に出て来るであろう敵艦、及び防衛部隊の奇襲と陽動には…ガンダム単騎で行ってもらう。その他のモビルスーツ隊は、上陸ルート確保と艦の護衛につくように。ラー・ネイジュはガンダムと連携し、イサベルへの陽動と撹乱を行う為、後方から艦砲射撃とミサイルで応戦した後にスペースゲートへと突入。以降は陸戦部隊が任務を完了して帰還するまで、ゲートを封鎖、維持し続ける……ローマン隊長、護衛部隊の指揮を頼んだよ。」
「はっ…、了解です艦長。」
「敵部隊を引きつけ、陽動に出るガンダムだが…先刻修復が完了したルミナスガンダムに出てもらう。搭乗員、カトレア・ペンタス。」
この発言を聞いた瞬間、ブリーフィングルーム内が俄かにざわつき始める。その中でも特にシーナ・ランチェスターの反応が顕著だった。
「艦長、なんで…ッ、」
「尚、シーナ少尉は別途特命任務がある為、ガンダム・セレーネとゲタを使い、ウォルド技術主任と共に至急グラナダへと向かうように。…以上だ、質問はあるかね?」
彼女の言葉を遮るようにアンダーソン艦長は捲し立てていき、任務説明は終わった。流石にこれには強気なシーナと言えど口を挟む事は出来ず、言葉を詰まらせながら口を噤んでいく。いや、それ以上に気になる発言があった。特命の任務…そしてウォルド・シャウラと共にグラナダへ向かえというものだ。
室内のざわつきは徐々に収まっていき、皆覚悟を決めたように鋭い目つきをしていた。あのアンダーソン艦長がガンダムにカトレア・ペンタスを乗せる事を許可したのだ、それ以上に信ずる事の出来る理由など有りはしない。クルーやパイロット達は、皆艦長を信頼しているのだ。
「では、作戦開始まで交代で休息を取るように。以上、解散。」
アンダーソン艦長の一声に、全員が席から立ち上がり敬礼をしていく。それを受ける艦長もまた、全員に向けて敬礼を返していった。ブリーフィングルームの室内灯が再度点灯し、モニター画面の映像は消え、皆それぞれ部屋を出ていく。そんな中、シーナ・ランチェスターはルミナスガンダムの新たな担い手、カトレア・ペンタスの元へ歩み寄っていった。
「……カトレア。」
「…すまない、シーナ。お前の機体を使わせてもらう。」
「いいの…?あんたは、それで……」
「私は決めたのだ…お前と共に行くとな。それがかつて私を慕い、付き従ってくれた同胞に銃を向ける事になろうとも…迷いはない。」
「……ん…、……分かった…無事に帰ってこなきゃ承知しないから。せっかく私のガンダムを譲ってやったんだからさ。」
「…それはこちらの台詞だ。お前も…無事に私の元に帰って来い。」
確かな信頼の形が、そこにはあった。2人は不敵に笑みを浮かべ合い、軽くハグをして身体を離していく。その様子を見つめていたアンダーソン艦長の眼差しも優しい。間違いなく、カトレア・ペンタスはラー・ネイジュのクルーの一員となっていたのだった。
特命を帯びたシーナ・ランチェスターは、ブリーフィングルームを後にすると、急ぎパイロットスーツを着込んでモビルスーツデッキへと向かっていく。艦長からの話によると、既にベースジャバーとセレーネの発進準備が進められていると聞いたからだ。
「来たか、少尉。」
「あっ…ウォルドさん。2人旅だね?」
「そんな気楽なものでもないが…そうだろうな。」
モビルスーツデッキに入って直ぐ、通路に佇んでいたウォルド・シャウラが声をかけてきた。彼も既にノーマルスーツを着込んでおり、後はベースジャバーに乗り込むだけとなっていた。
「揃ったな、お二人さん!こっちの準備は出来てる、いつでも出られるぞ!」
セレーネの足元に居た整備長が、私達の姿を確認して声を張りながら呼びかけてくれた。私は直ぐに「了解、ありがとうございます!」と返事を返すと、ウォルドへと視線を向けていく。
「行こう、ウォルドさん。説明は行きながら聞くから。」
「…そうだな、悠長に内容を話してる暇はない。」
お互いにヘルメットを被り、彼はベースジャバーのコックピットへ。私はセレーネのコックピットへと、それぞれ乗り込んでいった。既にセレーネはベースジャバーの背に膝立ちで掴まっている体勢となっており、後はこのままカタパルトデッキに上げられて発進するだけとなる。
「メインジェネレーター…始動…、サイコミュシステムとの連動確認…全天周囲モニター点灯、火器管制…オンライン。スラスター駆動確認…良し。そっちはどう、ウォルドさん?」
『問題ない、航路の入力も済ませてある。後は行くだけだ。』
「了解…っ」
発進前の最終チェックを済ましていき、セレーネを載せたベースジャバーがカタパルトデッキへと上げられていく。第1デッキのハッチが開かれていき、星々の煌めく宇宙の海がモニターに映り込んだ。
そう言えば、2人だけで宇宙の海を飛んでいくのは…出会ったあの日以来か。その間あまりにも色々な事が起こり過ぎて、もう数年前の出来事のように懐かしく感じてしまう。私はついそんな事を思いながらも、発進の為に操縦桿を前へと目一杯押し込んでいった。
「シーナ・ランチェスター、ガンダムセレーネ…行きます!」
カタパルトが勢いよく射出され、ベースジャバーごとセレーネは宇宙の海へと飛び出していく。直後、ベースジャバーのブースターが作動し、更なる加速をかけて飛翔していった。
加速Gの負荷はほんの一時であり、巡航速度に移行すると寧ろ快適なくらいである。ベースジャバーの自動操縦に任せながら、ウォルド・シャウラは通信を介してこちらに話しかけてきた。
『少尉、聞こえるか?』
「お肌の触れ合い回線でバッチリだよ、ウォルドさん。」
『それは何よりだ…、今回の任務についてだが…少々強引にある機体を受領しに行く。』
「…ある機体?」
『そう…うちの社長すら知らない極秘の機体だ。』
カトレアと私が互いに共通の敵として認識している、アナハイムの社長。その社長ですら把握していない機体がグラナダにあるという事に、私は内心驚いていた。その機体を彼は知っているという事はつまり……
「……ウォルドさんが作った機体なの?」
『…まぁ、そんな所だ。月までの軌道は問題ないだろうが…管制レーダーに捕捉されれば、当然グラナダに守備隊が駆け付けるだろう。その前に機体を起動し、小惑星イサベルへと向かう。』
彼の言葉と共にとあるデータが転送され、コックピット内のコンソールパネルに表示されていく。その中身はアンダーソン艦長も目にした、例の機体の設計図や図面、そしてスペックの表だった。
そこに書いてある、機体のコードネームを口ずさんでいく。
「…アルストロ…メリア……、これって……」
『……セレーネの、本当の姿さ。少尉』
私は、その中身に戦慄を覚えていた……。