機動戦士ガンダムL(ルミナス)   作:C4-1341

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『モビルビット』(2)

 

 

宇宙に住む人々の揺籠、第二の故郷であるスペースコロニー。そのスペースコロニーの中でも、スペースノイドの自治独立を訴え、ネオ・ジオンの思想に寄り添うコロニー群もあれば、地球連邦政府の庇護下に参加するコロニー群もあり、コロニー毎に様々な特徴を有している。

サイド7に属するコロニー”ロウグ”。地球連邦政府の庇護下に入るコロニーの内の一基だが、思想としては中立に近い。ここには連邦軍の軍事施設も無く、またネオ・ジオンの軍事施設も有しておらず、人々は揺籠の安寧に心の安らぎを覚えながら生活を送っている。

 

「港長、最後のコンテナです。確認をお願いします。」

 

「あぁ、今行くよ。」

 

ロウグのスペースゲートには、日夜様々な企業の輸送コンテナが運び込まれて来ており、現場で従事する作業員はコンテナの搬入受け入れと仕分け作業に追われている。プチモビルスーツを用いて用途や搬入先毎に仕分けがされていき、今日の分の最後のコンテナを搬入スペースに置いた作業員が、書類とコンテナの情報に相違がないか港長に最終確認を頼みにやって来た。作業事務所内でデスクワークをしていた港長は一旦手を止め、椅子から立ち上がってノーマルスーツのヘルメットを被りながら、事務所を出てスペースゲートへと出ていく。

 

『最後のコンテナは…これだな?』

 

『はい、アナハイムからのコンテナです。』

 

モビルスーツ程の大きさがある輸送コンテナの側面には、アナハイム・エレクトロニクス社のエンブレムが大きく描かれており、その数は10個。港長が受け取った資料に書かれてある中身については、『精密機器類』と記されている。

アナハイムからこういったコンテナが届くのは珍しくない。今でこそアナハイム=軍需産業というイメージが持たれているが、そもそもは一般家庭や企業向けの家電・電子機器類の製造メーカーだったのだ。今でもそういった物を作り続けており、製品や修理用の部品をこうしてコンテナで運んだりしているので、今日搬入されたコンテナもその類だと認識して港長は承認をしていく。

 

『よし、それじゃ運搬作業ブロックに移しといてくれ。また明日の朝にはコンテナが山程届くからな。』

 

『ははっ、そうですね。偶にはゆっくり仕事したいもんです。』

 

『そう言うな、これで飯が食えてるんだからな。』

 

港長と作業員は談笑を交わし、港長は再び事務所内に戻ろうと踵を返した時だった。

 

『こ、港長っ…!』

 

作業員の驚きと恐怖を孕んだ言葉がヘルメット内に響いてくると、港長はすぐさま振り返っていく。すると、先程確認して承認したアナハイムのコンテナのロックが自動で解除され、天井部分のパネルが開かれていったのだ。それも1個や2個ではなく、全てのコンテナが全く同じタイミングで開いたのである。あまりにも突然の出来事に、港長と作業員だけでなく、周囲でプチモビルスーツを使ってコンテナの移動を行っていた作業員達も異変に気付く。

 

『落ち着け、冷静に対処するんだ…!』

 

コンテナが勝手に開く事は今まで無かったものの、この混乱を最小限に抑える為に、作業員達へ呼びかけていく港長。だが、そんな港長の行為も虚しく、更なる混乱が起こってしまったのだ。

 

『なっ……、港長…!中からモビルスーツが…!』

 

『何だとっ!?』

 

コンテナの真上に位置し、プチモビルスーツに乗っていた作業員の1人が、必死の形相で叫んでいる。すると、開かれたコンテナの中から、ダークグレーのカラーリングが施された異形のモビルスーツが立ち上がり、10機のモビルスーツの頭部バイザーが赤い光を放った。

 

『中立コロニーにモビルスーツを持ち込むだと…ッ、直ぐにコロニー守備隊へ連絡しろ!』

 

港長の直感が、これは不味い状況だと叫んでいる。ヘルメットの通信機能を用いて事務所に残っている職員へと通信を行っていくが、不明機体はお構いなしに起動していき、スラスターを噴射してコロニー内部に通じる隔壁へと向かって行った。幸いにも隔壁は閉じている状態なので、そう簡単にはコロニー内部に侵入する事は出来ない筈である。守備隊のモビルスーツが到着すれば無力化出来るだろうと、この時は誰もが考えていた。

 

『港長、守備隊へスクランブルを要請しました!』

 

『よし、これで……』

 

だが、僅かな希望は無慈悲な現実が打ち砕いていく。あろう事か、不明機達が手持ちの武器を構え、隔壁に向けて銃口を向けたのだ。作業員達、そして港長はギョッとしてしまい、次の瞬間には港長が声を張り上げた。

 

 

『総員、退避ぃッ!!』

 

 

不明機達のビーム砲が隔壁に撃ち込まれ、直後に凄まじい爆発が起こり、衝撃波と破片が飛び散りながら港長の叫びを掻き消していく。スペースゲートを爆炎と爆風が遅い、その場にいた作業員達や港長、搬入途中だったコンテナ、そしてゲート内の事務所…全てを吹き飛ばし、燃やし尽くしていったのだ。

生存者は居ない。あっという間に惨劇の舞台となったスペースゲート跡に居るのは、10機のモビルスーツのみ。真っ赤な光を放つバイザーが何度か点滅すると、モビルスーツ達は次々に隔壁内部へと侵入していく。その先にあるのは、人々の生活の場であるコロニー内部だ。

コロニー公社守備隊が到着するまでの間、不明機達はコロニー内の至る箇所を無差別に攻撃していく。学校、病院、市街地の中心部、公共の広場…ありとあらゆる場所にビーム砲が撃ち込まれていったのだ。住民達はただ、訳も分からず嬲り殺されていったのである。

 

 

 

 

 

 

「艦長、至急電です!」

 

それは、人質救出作戦開始の1時間前に起きた。

ラー・ネイジュのブリッジも既に戦闘態勢を整えており、後は戦闘ブリッジに移行するという段階で、通信オペレーターのエヴァ少尉が声を張り上げる。

 

「読み上げてくれ、少尉。」

 

「はっ…。”発、ロンド・ベル艦隊司令ブライト・ノア。宛、ラー・ネイジュ艦長レイ・アンダーソン。現在複数のコロニーと地球各地で、所属不明モビルスーツによる同時多発テロが発生中。ロンド・ベルは直ちに鎮圧作戦を開始する。貴艦の作戦遂行を早められたし”……以上です!」

 

「……ふむ…。」

 

至急電の内容を聞き、アンダーソン艦長の表情がより険しくなっていく。あまりにもタイミングが良過ぎると感じたのだ。アンダーソン艦長は見解を問おうと、補助席に座るカトレア・ペンタスへと顔を向けていく。

 

「カトレア閣下、貴女の見解を訊ねても宜しいか?」

 

「…恐らくは、ギムレット・クルスの策略だ。」

 

艦長からの問いかけに、カトレアは迷う事なく今感じている事を口にしていく。

 

「イサベルを防衛する為、こちらの戦力集中を妨害して分散させる狙いが一つと…コロニー落としの障害となる我々の戦力を削る狙いがあるだろう。」

 

コロニー落とし。

その言葉を聞いた瞬間、ブリッジ内に張り詰めた空気が漂っていく。この宇宙世紀の時代を生きる者ならば、地球にコロニーを落とすという事はどんな被害を齎すのか、知らない者は居ない。あのピースミーティアの何倍、何十倍もの質量のコロニーを地球に落とされてしまえば、場所によっては億単位の人々が死ぬ事となる。

イサベルのネオ・ジオン軍にコロニーが渡れば、こうなるだろうという予測は誰もが出来ていた。だが、実際にこうして言葉にされて突き付けられると、誰もが事態の深刻さに口を閉ざし、目を伏せてしまっていた。

 

「……諸君、我々は諦める訳にはいかない。この攻撃を盾として、連中はコロニー譲渡を急がせる事を政府に要求してくるだろう。若しくは…強引にコロニー奪取に乗り出す可能性もある。ブライト司令の言うように、人質救出作戦を直ちに決行する。総員、戦闘配備!」

 

アンダーソン艦長は決断した。作戦時間を早め、一刻も早く人質を救出する。被害がこれ以上地球圏に広がらないよう、ギムレット・クルスの暴走を食い止めなければなない。

 

「これより作戦行動に移る。総員、第一種戦闘配備!繰り返す、第一種戦闘配備!」

 

副長のエリス中佐が艦内の全部署へとアナウンスを行い、直後に艦内放送に乗せて戦闘配備を告げるサイレンが鳴り響いた。作戦予定時刻よりまだ早いものの、クルー達の動きは迅速で迷いがなく、誰もが担当の部署や配置に駆け足で移動していく。

 

「では、私もガンダムで待機する。」

 

「…ご武運を、閣下。」

 

席を立ったカトレア・ペンタスに対して、アンダーソン艦長の一言を皮切りに、エリス副長を始めブリッジクルー全員が彼女へ向けて敬礼をしていた。彼女もまた、全員に向けて敬礼を返していく。

そんな中、彼女は1人の人物の元へと歩み寄っていった。通信オペレーターのエヴァ・ヒギンズ少尉である。

 

「えっ……、あの……」

 

「…私に何かあれば、あいつを支えてやってくれ。頼んだぞ…少尉。」

 

カトレアはエヴァ少尉の肩に手を置きながら、真っ直ぐに見つめて言葉を紡いでいく。この作戦では多くの血が流されるであろう事、その内の1人に自分が含まれる可能性もあると自覚した上で、シーナ・ランチェスターの事を予め託す為の言葉を告げたのだ。

そんなカトレアの言葉を受け、一瞬目を見開いたエヴァだったが、肩に置かれた彼女の手を握って真っ直ぐに見つめ返すと、真剣な眼差しで言葉を返していく。

 

「…その願いは承服しかねます…。…貴女も、シーナも、みんな揃って帰って来て下さい…ッ。」

 

エヴァの言葉に、今度はカトレアが目を見開いてしまった。あまりにもストレートで、彼女の人間性が分かる言葉を受け止め、カトレアの瞳が僅かに揺らぎを見せながら目を細めていく。ただ短く、「ん……。」と呟きながら頷いていくカトレアの表情には、ほんのりとした微笑が浮かんでいた。

 

「…ではな。」

 

カトレアはエヴァから離れ、ブリッジを出てモビルスーツデッキへと向かって行く。

…この艦には、大切なものが出来過ぎた。彼女は密かにそんな事を思い、ヘルメットを持ちながら通路の扉を何箇所か抜け、モビルスーツデッキ前の隔壁へと到着した。

 

(……あいつが戻って来るまで…私がなんとかしなければな…。)

 

モビルスーツデッキへと入っていくと、既にジェガンやプロトタイプ・リゼル達の機体に火が入っており、パイロット達が各々機体へと乗り込んで準備を進めているのが見えた。私はデッキ内の通路から身を乗り出すと、手摺りを蹴って一直線にルミナスガンダムの元へと降りていく。

ガンダムの足元には、このモビルスーツデッキ内を預かる責任者の整備長が居た。

 

「…よう、ネオ・ジオンの総大将。あんたがこいつに乗るんだってな?」

 

整備長の言葉には明らかな棘があり、敵意を向けている事を感じ取っていく。私は少しだけ表情を固くし、鋭い眼差しで整備長を見つめ返しながら、相対するように床面に降り立った。

 

「…そうだ。」

 

「…俺はまだあんたを信用した訳じゃねぇ、あんたらのせいで何人も仲間が死んだんだ。」

 

「……分かっている。全て私の罪だ。」

 

「…あんたには、まだまだ山程言いたい事があんだ。勝手に死ぬんじゃねぇぞ。」

 

整備長はそう吐き捨てると、ガンダムへ乗り込む為に道を開けてくれた。言葉には未だに敵意が篭っているものの、この作戦の為には致し方ないという妥協が見て取れる。…そんな彼の厚意を無駄にしない為にも、私は私に出来る事をやり切るまでだ。

 

「…ありがとう。」

 

私は小さく感謝の言葉を述べると、ヘルメットを被りながらコックピットへ向けて床を蹴りながら向かっていく。無重力空間である為、一直線にコックピットブロックに辿り着き、素早く乗り込んでいった。

 

「…やはり、キュベレイとはコックピットの形状が違うな。……動かせれば問題はない…か。」

 

初期設定は既に済んでおり、シーナ・ランチェスターが搭乗した際の戦闘データが全て残っている状態のルミナスガンダム。当然操縦の癖やサイコミュ受信機の数値もシーナ用に調整されているので、先ずは機体の動きを把握しながら作戦を進める他ない。加えて、このガンダムは試験的に全身のフレームをサイコフレームに作り替えてある代物だ。当然キュベレイ以上の反応速度と追従性、出力の高さに耐えなければならない。

 

「…あいつが使いこなせていたのだ…私が出来ない道理はない…。」

 

コンソールパネルに触れながら、自分に喝を入れるように独り言を呟いていく。ガンダムを託された者として、そしてカトレア・ペンタスの名を穢さぬよう、全身全霊でこの暴れ馬を手懐けてみせようと覚悟を決めたのだ。

ラー・ネイジュは第一戦速で、作戦予定宙域へ向けて航行を始めている。第一陣として出撃するのは、このルミナスガンダムだ。操縦桿を握り締め、ブリッジからの通信を静かに待っていた。

───そして、その時は来る。

 

『進路クリアです、ガンダムをカタパルトデッキへ!』

 

エヴァ少尉の言葉が通信を介してコックピット内に響き、ルミナスガンダムはモビルスーツデッキからカタパルトデッキへと移されていく。程なくしてハッチが開かれ、漆黒の宇宙の海が見えてきた。本来なら黒のカラーリングに染め上げて溶け込みたい所だが、そんな贅沢は言ってられないだろう。

カタパルトが固定され、射出コントロールがパイロットに譲渡された事がコンソールパネルに表示されると、操縦桿を引いて機体を射出体勢に屈ませていく。ここを出れば、もう後には引けない。それでも私は迷う事なく引き金を引くだろう。自分の信じる道の為に。

 

「カトレア・ペンタス…ルミナスガンダム、出るぞッ。」

 

カタパルトデッキ内に表示されているシグナルが赤から青に変わり、操縦桿を強く前に押し込んでいくと、ガンダムは勢いよくカタパルトで射出されてラー・ネイジュを発った。

身体にかかる加速Gの強さ、それに機体の反応性を確認するように、発進後に戦闘機動を試しながらマニューバをかけてみる。

 

「────、これは…中々……ッ…!」

 

右へ、左へ、そして上下へ。迫り来るデブリにも怯む事なく、バレルロールを交えながらスラスターを噴射して掻い潜っていく。

何という機動性、そして反応速度。スラスターを自分の意のままに操れる、この不思議な感覚。正に人馬一体という言葉が当て嵌まるような、フルサイコフレームが齎すダイレクトなインフォメーションに、感心と共に恐怖にも似た感情を抱いてしまう。こんなものを本気で動かそうものなら、間違いなくパイロットが先に斃れてしまうだろう。文字通り、私のような強化人間か…若しくは、シーナのようなニュータイプでない限り。

 

(…人の想いに応えるのが、お前なら…!私の想いを力に変えてみせろ…ガンダム…ッ)

 

ルミナスガンダムの装甲の隙間からは、仄かに赤色の光が漏れ出始めていた。その軌道は複雑な模様を描きながら、ラー・ネイジュを導くように姿を隠しているイサベルへ向けて飛翔していく……

 

 

 

 

 

 

「ギムレット大佐、MB稼働状況良好。各地の防衛部隊や迎撃部隊との交戦を開始した模様です。」

 

「よし、第一段階は完了だな…戦闘データの随時吸い上げは忘れるな。連邦政府へのコンタクトは?」

 

「はっ、間も無くレーザー通信回線が開きます。」

 

小惑星イサベルの司令室内では、ギムレット・クルスが複数の大型モニターを眺めながら下士官達からの報告に耳を傾けている。カトレア・ペンタスの創造した設計図を基に、培ってきた知識と技術を注ぎ込んだ我が子達の活躍を聞き、感動にも似た感情を覚えずにはいられない。

MB(モビルビット)。それがギムレット・クルスの仕掛けた策略の正体。ペーパープランにて終わっていた機体の設計図を用い、ニュータイプ研究所の蓄積してきた膨大な強化人間達のデータを集約し、自律兵器としてこの世に解き放たれた命なき人形。まるで意思を持っているかのような戦鬪機動をこなし、人工知能は戦闘を重ねる毎に学習していく為、戦場に存在し続ける事で進化していくマシーンだ。コロニー数基と地球各地に送り込んだモビルビットは、実戦配備したとは言えまだまだプロトタイプに過ぎず、改良の余地を残している。いずれは精鋭部隊であるロンド・ベルに鎮圧されるのも時間の問題だろう。だが、戦闘データさえ取れれば今後のモビルビット達にインプットさせ、より強力な自律兵器として生み出す事が出来る。

パイロットの数も兵器の数も、圧倒的に足りていないイサベルの内部事情においては、実に有効的な兵器とも言えるだろう。

 

「大佐、繋がりました。」

 

下士官の言葉と共に、正面の大型モニターに映像が映し出された。画面の向こうには、連邦政府の中枢を担う政府閣僚の面々が揃っている。誰も彼も表情に焦りが見られるのは、余程モビルビットの襲撃が堪えているのだと容易に想像がつく。

 

「お久しぶりです、皆様方。地球圏各地でテロが発生している事は私の耳にも届いております。」

 

『…流石に情報を掴むのが早いな、ギムレット大佐。』

 

「えぇ。なんでも…アナハイムから謀反を起こされたとか何とか。」

 

ギムレットの発言に、閣僚達の表情が更に陰っていく。勿論アナハイム・エレクトロニクスが仕掛けたテロではない…が、アナハイム社が使用する輸送コンテナに偽装して各地に送りつけたのは、ギムレット・クルスの作戦である。今となっては地球圏を支配する計画を進める上で、アナハイム・エレクトロニクスという力を持ち過ぎた企業は大きな障害となっているのだ。政府とアナハイムの蜜月の関係に亀裂を生じさせ、そこに付け込んで両者を共倒れさせる事が、ギムレットの狙いである。

沈黙が支配する閣僚達の空気を変えるように、尚もギムレットは言葉を続けていく。

 

「皆様に、私から一つご提案があります。譲渡していただく建造中のコロニー運搬につきまして、我がイサベルの技術部隊に任せていただきたい。そうすれば、運搬に割いている其方の護衛艦隊を、全てアナハイムによるテロ活動への対処に向ける事が出来るでしょう。」

 

『…それは、その通りだが……』

 

「加えて、アナハイムの粛清には…我々もお力添えさせていただきましょう。民間企業と言えど、その資金力や軍需品の製造能力は侮れない。私と皆様で作る新しい地球圏の未来には、あのような過ぎたる力を持ち過ぎた企業は危険極まりないと、お分かりの事だと思いますが?やがては政府を飲み込み、軍を飲み込み、宇宙を飲み込み…この地球圏を飲み込むでしょう。月が地球を支配する未来に、皆様の席はあるとお思いか?」

 

『む、ぅ………』

 

保身しか考えない現在の地球連邦政府に、選べる選択肢など有りはしない。お膳立てを済ましてやれば、自ずと出口を求めて縋り付いてくる。

 

『…分かった、ギムレット大佐。指定する座標宙域にて速やかな人質の受け渡しを願いたい。身柄の安全を確保出来た後に、運搬途中のコロニーを即時イサベルへ譲渡する。』

 

「結構です。人質はランチに乗船させてそちらへお渡ししましょう、お互い護衛のモビルスーツは非武装で……宜しいですかな?」

 

閣僚達は黙って頷いている。これにて交渉は終了した。奥の手を使うまでもなく、コロニーを地球に落とす事で計画は成就されるだろう。

地球連邦政府の中枢たる場所に、コロニーを落とす。その後、混乱に陥った地球をモビルビットの軍勢によって制圧し、政府機能を完全に掌握する。それがギムレット・クルスの目論む野望だ。カトレア・ペンタスのような半端な生ぬるさではなく、徹底的に破壊し尽くして奪い取るという明確な意志を持ち、その為ならどれだけの人々が死のうが構わないとさえ思っているのだ。

勿論、その全貌を知る連邦側の人間は居ない。現に政府閣僚らは、コロニーを引き渡せばイサベルが手を引いてくれると思い込んでいる。真っ先に抹殺されるのが、自分達であるというのに。

 

「では、準備を進めて参りますので…これにて。」

 

レーザー通信回線が切られ、大型モニターは元の画面へと戻った。その直後、連邦政府からの暗号通信が届き、人質受け渡しの指定座標が開示された。

 

「大佐…これでいよいよ地球は我々の手に。」

 

「そうだな…。だが、まだ安心するには早い。ロンド・ベルとアナハイムを消してからだ。」

 

下士官の喜びの滲む言葉を受けても、ギムレット・クルスの表情は変わらず固いままだ。現にロンド・ベルは独自に作戦行動を開始しており、コロニーで発生したテロ行為の鎮圧に向けて艦隊を派遣している。その一部は地球にも降下を始めており、数日の内にモビルビット達は制圧されてしまうだろう。その中でも、ロンド・ベル本隊と別行動を取るラー・ネイジュの動きは、注視していかなければならない。

もう一つは、月のアナハイムの動きだ。社長の人柄や考え方は知っているつもりであり、この状況を楽しんでいるに違いない。あの社長には、野望とも願望とも言えるものを心に秘めており、そのステージに至る為に手段を選ばない人物だ。そう言う意味では似た者同士とも言えるが、願いを叶える為にアナハイムを捨てる程の夢想家とも言えない。”何をしてくるか分からない”という不気味な存在は、計画を進める上で最大の障害になりかねないのだ。

ギムレットはイサベル内の兵器開発工廠へと通信を繋ぎ、責任者に対してコンソールパネルのモニター越しに問いかけていく。

 

「技師長、MBの生産状況はどうなっている?」

 

『おぅ、大佐。艦隊と拠点防衛用って分けちゃいるが…明日までに50機ってとこだな。割り振りはあんたに任せるよ。』

 

「そうか、その調子で増産を頼む。」

 

『あいよ。それとな…新型MA(モビルアーマー)の件だが、パイロットは決まったのか?』

 

「あぁ、先程調整が完了した。直ぐにでもテストに向かわす。」

 

『そいつは何よりだ…起動準備しておくぜ。』

 

ギムレット・クルスの策は、モビルビットだけではない。保険という意味合いが強いものの、切り札をその手に忍ばせているのだ。

 

 

「っ───、イサベルのレーダー警戒網に感あり!」

 

 

刹那、レーダーを監視していた下士官の一人が叫ぶ。ギムレットは直ぐに「詳細を報告せよ。」と命令を下していき、司令室内の空気に緊張感が漂い始めた。

 

「はっ…、高速で接近してくる高熱源体を捕捉。数は1、この熱量は…モビルスーツです!」

 

「…来たか、ロンド・ベル。このイサベルを探知するとは…。」

 

下士官からの報告を受けて、ギムレットは直感していく。このモビルスーツはロンド・ベル所属の、あの忌々しいガンダムである…と。光学迷彩を常時展開しているこのイサベルを探り当てた方法は不明だが、現に熱源は一直線にこの場所へと向けて突き進んでいる。こうなった以上、迎撃に出るしかない。

 

「直ぐに迎撃部隊を出撃させろ、稼働可能なモビルビットも出すんだ。」

 

「了解しました。」

 

ギムレットの命令を受け、イサベルの軍事施設全域に対し、スクランブル発進を告げるアラート音が鳴り響いていく。けたゝましく、そして連続して鳴り響くアラート音に、イサベル内部は慌ただしく戦闘準備に追われていった。

 

『第一種戦闘配備。繰り返す、第一種戦闘配備。イサベルに接近中の不明機体を捕捉、艦艇とモビルスーツ部隊は発進急げ。』

 

 

……当然、このアナウンスを聞いているのは、ギムレット・クルスに異を唱えるダリオン将軍一派も同様。奇しくも、作戦決行日である今日この時に来襲とあっては、正に神の悪戯とも言えるだろう。

現在時刻、23:40。クーデター決行まであと20分。ダリオン将軍の端末に、ある人物から連絡が入った。イサベル艦隊旗艦アグライアの艦長、エドワード・マキネン中佐である。

 

『将軍…スクランブル警報が発せられました。アグライアにも出撃命令が出されています。』

 

「仕方あるまい…、君は命令通り出撃したまえ。こちらの作戦開始と共に、輸送船の護衛についてくれ。」

 

『はっ…、了解です。では…』

 

マキネン中佐からの通信が切られ、ダリオン将軍は端末を懐に戻していく。現在将軍が居る場所は、イサベルの地下ブロック…囚人を捕える監獄エリアだ。本来の作戦に加え、新たにサイド6へ逃す人物らと接触していたのである。

 

「…お聞きの通りだ。不明機体の目的は未だハッキリとしないが、諸君らの救出か…或いはこの基地の破壊か…いずれにせよ、ここはもうじき戦場となる。」

 

「…そのようだな…ダリオン将軍。」

 

牢獄の檻を隔てながら、ダリオン将軍は中に捕えられている人物と言葉を交わしていく。この場所に収監されている数は、男女合わせて9人。つい2週間前にこのイサベルへ連行された、地球連邦政府の高官達だ。その中の代表者である男性が矢面に立ち、ダリオン将軍と会話を繰り広げている。

とは言っても、これはあくまでも将軍からの一方的な接触だ。捕虜となった彼らには何ら力もない事は承知している。然し、ギムレット・クルスの野望に彼らが利用されている事もまた事実。故に、将軍は彼らも逃す為に此処に来たのだ。

 

「諸君らには、我々の用意する輸送船でサイド6に行ってもらう。このイサベルの民間人と共に。」

 

「……私達を逃すと?…将軍、貴方は一体……」

 

彼だけでなく、周りの高官達も困惑した表情を浮かべている。クーデター計画を知らない彼らにとっては無理もない。だが、悠長に説明している時間がないのも事実であり、ダリオン将軍は再度代表者の男性に問いかけていく。

 

「我々は間もなくクーデターを決行する。それに合わせて民間人を退避させる。…諸君らはそれに乗じて脱出したまえ。いいな?」

 

返事を聞く前に、将軍は檻のロックを解除し、扉を開けていった。これでいつでも人質である彼らは逃げる事が出来る。まだ困惑している様子の彼らを見ると、素直にこちらの言葉を信じてくれるのか不安は残るが、どうするかは判断を委ねるしかない。ダリオン将軍は立ち去る際、「この地下ブロックから地上に登るエレベーターが、通路を出て突き当たりにある。そこからスペースポートに向かうといい。」と言い残し、その場から去っていった。

残された連邦政府代表団の面々は、顔を見合わせながら言葉を発していく。

 

「…信じていいのでしょうか?」

 

「罠という可能性も…」

 

「私達も…処刑されるんじゃ……」

 

当然と言えば当然の反応である。現に一人見せしめのように射殺されているのだ、これ自体が罠であると疑うのが自然だが……

 

「いや……この話に乗ろう。」

 

代表団をまとめる団長の男性だけが、ダリオン将軍の持ちかけてきた脱出計画に賛成の意を述べたのだった。誰もがその男性に視線を向けて、発する言葉に耳を傾けている。

 

「このままこの場所に留まれば、遅かれ早かれ私達は殺されるだろう。なら…最後まで足掻こうじゃないか。少しでも生き残る目があるなら、私はそこに身を投じたい。」

 

彼の言葉は最もだった。人質として利用価値が無くなれば、真っ先に殺されるのは明白である。その言葉に奮い立たされるように、誰もがしっかりと頷いていく。

 

──時刻は23:55。後にこのクーデターが、イサベルとラー・ネイジュを取り巻く命運を揺がす分水嶺となる事を、まだ誰も知らない……。

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